スポーツウェアが、健康を損なう?アパレルの不都合な真実と向き合うAllbirdsの挑戦

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15分のランニングで、ストレスが消し飛ぶ。米国ブリガムヤング大学の2018年の研究によると、たとえ数キロでも毎日走ることが、脳の慢性的なストレスを減らすという(※1)。走ることで心拍数が上がり、体が温まって免疫力が上がるだけでなく、交感神経が活性化されて気分が良くなるのだ。

心地いいランニングに欠かせないのが、吸湿速乾などの機能性に優れたスポーツウェア。軽くて動きやすく、「運動をするときはこの服」と決めている人もいるだろう。しかし、その素材が何でできていて、私たちの健康や生活にどのような影響があるのかを考えたことはあるだろうか。

私たちが日常的に着ているスポーツウェアの多くは、ポリエステルなど石油由来の素材でできている。その製造過程では大量のCO2が発生し、大気汚染や災害をも引き起こす気候変動の原因となる。また、これらの素材でできた服は体に有害な1,000以上の化学物質で処理され、洗濯したとしても肌に付着し、アレルギーや体内の不調の原因になりえることがストックホルム大学の研究で明らかになっている(※2)

つまり、健康や心地よい暮らしのためにランニングをしているはずが、長期的にはかえって私たちのウェルビーイングを損なう事態につながっているという矛盾が起こっているのだ。

アパレルと石油

では、どうしたらいいのだろう?本記事では、まず私たちに身近なスポーツと、気候変動との関係性を解き明かす。そして、健康や環境に配慮したベターな選択肢について考えてみる。

今回、気候変動とスポーツアパレル業界のリアルな現状をひも解くにあたり、“世界一履きやすい”スニーカーブランドとして知られる「Allbirds(オールバーズ)」でマーケティングディレクターを務める、蓑輪光浩(みのわ・みつひろ)さんに話を伺った。蓑輪さんは、Nikeなどの企業でさまざまなスポーツアパレルの開発に携わり、世界的なスポーツ選手たちのサポートも身近で行ってきた人物だ。

Allbirdsの蓑輪光浩さん。丸の内の店舗外にて

Allbirdsの蓑輪光浩さん。丸の内の店舗外にて

スポーツと気候変動、3つの不都合な真実

世界の気候変動は、ますます深刻さを増している。2021年8月に発表されたIPCC第6次報告書では「人間活動の影響によって大気、海洋、陸地が温暖化していることは疑う余地がない」と述べられている。現在のままの取り組みでは地球の平均気温上昇を(産業革命前から)1.5度に抑えることはできず、なおかつ、もし平均気温上昇が2度になった場合は猛暑(酷暑)日は13.9倍に増える、ともある(※3)

日本でも、日最高気温30℃以上の真夏日と、日最高気温35℃の猛暑日の年間日数は、統計期間1931年〜2016年で増加傾向にあることがわかっている(※4)。では、これらが私たちのスポーツライフや健康にどのように影響するのか。ここでは、3つの知りたくなかった事実に向き合ってみる。

01. 「たった0.5度」の弊害

日常生活のなかで、暑い日に走ると、パフォーマンスが落ちるということは何となく想像できる人も多いだろう。実は、プロスポーツ選手の試合結果を見てみても、気温が影響を与えていることはわかる。

2019年にマラソン選手を対象に行われた調査報告では、平均的な選手は、気温が0.56度上がるたびにマラソンのタイムが1分25秒遅くなるという結果が出ている。また、レースのフィニッシュタイムが変わる要因のうち、「気温」が30%以上を占めていることも明らかになった(※5)

それでも、世界のマラソンはますます「暑い時期」に開催されるようになっている。2007年のシカゴマラソンでは、猛烈な暑さを理由にスタートから4時間後にレースが中止され、参加者の1人が亡くなった。日本でも、2021年夏に開催された東京オリンピックでは、マラソン競技においては東京から札幌へと舞台を移した。

Allbirdsの蓑輪さんは「テニスの錦織選手のサポートしていたときにわかったことなのですが、2日に1回試合をするときに、選手たちは本当に常に背中に太陽を受け続けているんですね。そもそも暑い日は記録が出にくいのです」と自身の経験を述べる。

Allbirdsの蓑輪光浩さん

02. 大気汚染や異常気象で安全にスポーツができない環境に

気候変動による高温状態は、対流圏オゾンやその他の呼吸に有害な汚染物質のレベルの上昇にも深くつながっている。ランニングのような有酸素運動では、より多くの空気を取り入れることが必要なため、より多くの汚染された空気を体に取り入れることになるのだ。大気汚染により、世界中で毎年推定700万人が亡くなっていることを世界保健機関(WHO)は示している(※6)

また、異常気象により、マリンスポーツをしたいのに海面が上昇して安全に実施ができなかったり、ウィンタースポーツをしたいのに雪がほとんど降らなくて実施ができなかったりと、自然の状態と直結したスポーツは特に気候変動の影響を受けやすい。

03. スポーツは気候変動の犠牲者であり、加担者でもある

再度、スポーツアパレル業界のおさらいをしよう。スポーツをするときに着るウェアの多くは、ナイロン、ポリエステル、エラスタン、リサイクル合成繊維などの素材でできている。特に石油の成分と水、化学物質で作られたポリエステルは、世界で流通する繊維の50パーセント以上を占めている状況だ。

こうした合成繊維は私たちの体への直接的な健康リスクがあるだけでなく、環境負荷も大きい。Forbesの記事によると、ポリエステル繊維の製造だけで、毎年7,000万バレル近くの石油が使用されているという。現在も、人々の需要に応え続けようと石油の発掘は続いているのだ。

また、2020年の研究では、ポリエステルでできた服を着て日常生活を送っているだけで、20分で1gあたり最大400個のマイクロファイバーが空気中に放出されることも明らかになった(※7)。洗濯しても、繊維から抜け落ちたマイクロプラスチックが海に流出し、自然界に残り続ける。

環境に悪いとわかっていても、石油依存を止められないアパレル業界

ではなぜ、そんなに「環境に悪い」素材をアパレル業界は使い続けるのだろうか。

石油由来の合成繊維は良く伸びて、汗を吸ってもすぐに乾くことが特徴だ。安価な生産コストや加工しやすさ、発色の良さ、耐久性、軽さ、そして天候に関わらず安定した供給が得られることから、現状ではどうしても石油由来の素材が選ばれる傾向にあると蓑輪さんは話す。

「いわゆるスポーツウェアは、アスリートが汗をかいてもパフォーマンスを発揮できるようにデザインされています。これまでの人間の体の進化に合わせて、道具の進化も必要だったのです。一分一秒でも長く、速く、強く。それを考えると、石油由来の素材が使いやすくファーストチョイスとなっていました。以前、他のスポーツブランドで働いていたときも、ポリエステル素材は大きな需要がありましたね」

Allbirdsの蓑輪光浩さん

「また、スポーツアパレル側が環境に配慮した素材を使いたいと思っていたとしても、大きい企業であるほど難しい現状もあります。あいだに量販店などが入ってくると、コスト効率を考えなくてはならないからです。企業側もそうですし、買う側としても、環境コストに対してお金を払う、という発想が根付いていません。同じパフォーマンスの服であれば、当然安い方を選びますよね。これから、より多くの人が環境に配慮した素材を求め、市場が大きくなれば環境配慮した素材を使うコストも下がってくるかと思います」

手ごろなスポーツウェアを着て、走る。この行為が気候変動に加担していると感じることは普段ほとんどないだろう。海に捨てられたごみなどの形あるものと違い、その影響が目に見えることは少ないからだ。しかし人々の求めるものが、市場の傾向を作っていくのも確かである。

つまり私たちが現状に目を向け、考え方を変え、買い物習慣を変えることが、業界にも地球環境にも、ひいては私たち自身の健康にも影響してくるということだ。スポーツを楽しみ、健康になりたいからこそ、素材もすべての製造過程でも環境負荷の低い服を選ぶ必要がある。

解決策としての「自然育ち」アパレル

具体的には、どのような服であれば良いのか。蓑輪さんが働くAllbirdsが、公式サイトで「頭のてっぺんからつま先まで自然育ちのアイテムがありますよ。」と称したアイテムがある。

Natural-Run-Collection

2021年8月に発売された、パフォーマンスアパレルライン「Natural Runコレクション」だ。ユーカリの木の繊維と極細のメリノウールをブレンドした通気性のある素材を使用しており、名前の通り走るのに適したウェアである。

Allbirdsは、スポーツウェアに使われる素材の生産や、開発に伴う環境負荷に目を向け、2年以上かけて何千時間ものテストを行い、通気性、吸汗性、速乾性、ストレッチ性など、石油由来の素材と互角に渡り合う自然由来のウェアを開発したのだ。

左から、①Natural Run Form Tank、②Natural Run Tank、③Natural Run Short、④Natural Legging

左から、Natural Run Form Tank、Natural Run Tank、Natural Run Short、Natural Legging

同社が重視しているのは、カーボン排出に関する目標だ。Natural Runコレクションは、製品タグにカーボンフットプリントを表示した業界初のアパレルラインであり、製品開発に伴うカーボンフットプリントは4.7kg~14.5kg CO2e。この排出量は、パートナーであるB CorpやNative Energyと共に土地、空気、エネルギーのプロジェクトへ出資することより、最終的に100%オフセットされる。

蓑輪さんはこの取り組みについて「カーボンフットプリントが表示されていても、実際ピンと来ないでしょう?」と笑う。そしてこう続けた。「しかし、この表示を業界の“当たり前”にすることには、価値があると思っています。今、食品はカロリー表示がされることが当たり前で、ハイカロリーな食べ物を食べたとしたら、次の食事では気を付けようとなりますよね。そんな風に、環境負荷の指数も今後はもっと浸透して、だんだんと感覚がわかるようになってくるのではないかと。これは作り手にとっても、ものづくりの判断基準になってきます」

Natural Runコレクションにも課題はある。まず、完全に天然素材でできているわけではなく、エラステンや再生プラスチックなども一部素材に含まれている。また、機能性としても一分一秒のタイムを争うプロアスリートが使うアイテムとはなっていない。環境面、機能面どちらも、企業にとっていずれ超えなければならない壁があると蓑輪さんは話す。

店内に展示されたマネキン。レディース、メンズ共にトップス:Sea Tee 、ボトムス:Natural Runコレクション

店内に展示されたマネキン。レディース、メンズ共にトップス:Sea Tee 、ボトムス:Natural Runコレクション

すべての商品がサステナブルなブランドの哲学

“世界一履きやすい”スニーカーブランドAllbirdsの究極の目的は、作った商品を売ることではない。人々のライフスタイルや選択肢を変え、最終的に「ビジネスの力で気候変動を逆転させる」ことだ。気候変動を逆転させる、とはどういうことだろうか。そんなことが可能なのだろうか。

Allbirdsでは、自社で行うすべての事業の環境負荷を計測し、削減して、カーボンネガティブ(経済活動によって排出される温室効果ガスよりも、削減される温室効果ガスが多い状態)を目指す。

カーボンフットプリントの削減について、直近では大きく三つの目標が主となるようだ。

  • 再生型農業:2025年12月までに、ウールの調達先農場のカーボン排出量をゼロにし、商品に使うウールの100%を「環境負荷の低いウール」にする
  • 再生可能な素材:2025年12月までに、持続可能な天然素材とリサイクル素材を75%使用、素材のカーボンフットプリントを25%削減、フットウェアとアパレル素材の使用量を25%削減、製品寿命を倍にする
  • 環境的責任のあるエネルギー:2025年までに、当社が所有・運営する施設では100%再生可能エネルギーを使用、製造過程では100%再生可能エネルギーを使用、95%以上の海上輸送、100%のお客様にAllbirdsの製品を低温洗濯、50%のお客様にアパレルの自然乾燥を促す

創業当時から環境問題に熱心に取り組んでいるAllbirdsだが、世界的な課題である気候変動対策には、一社だけで取り組んでも効果が低いことは確かだ。そこで同社は、本来ならライバル関係にあるはずのスポーツブランドadidasと手を組み、2021年5月に第一弾となるコラボレーションモデル「FUTURECRAFT.FOOTPRINT」を発表。他にも、アパレル業界関係者が自由に使えるカーボンフットプリントの計測ツールの提供も行うなど、他企業との協業も積極的に行っている。

「私がSDGsのなかで一番好きなゴールは、パートナーシップなんです。それぞれの企業でジレンマはありますが、一つの大きな課題に対し、手を取り合って進んでいくことができる。他のスポーツアパレルでも、季節ごとの『特別なサステナブルコレクション』だけでなく、すべての商品、すべての選択肢がサステナブルになれば」と想いを語る蓑輪さん。

Allbirdsの蓑輪光浩さん

現在は、スニーカーのブランドとして知られているAllbirds。大地に面している靴から入り、靴下、そして今回のNatural Runコレクションのようなパフォーマンスアパレルなど、文字通り足元から少しずつ展開している。サステナビリティに正解はないが、気候変動の解決というゴールのために、同社は邁進している。

気持ちのいいウェアで、走る

Natural-Run-Collection

健康や環境の心配をせず、思いきり走りたい。そして走ることによって、心も体もさらに健康になっていきたい。これは、日常的にランニングをする人であれば誰もが無意識に願うことだ。だからこそ普段着ているスポーツウェアが気候変動、そして私たちの健康にも深く関係しているという事実は、なかなかにショッキングではなかっただろうか。

それでも、買い物をしているときに同じ機能やデザインのウェアを見つけたら、安い方を選ぶ、という人もいるだろう。これは、その人のチョイスが悪い、という話ではなく、売っているものが高すぎるという話でもなく、今の日本の社会構造が「安く賃金を支払われ、高く買い物する」ようになっているのだ。アパレル一つの問題は、政治問題でもある。

東京・丸の内にあるAllbirdsの店舗でも、2021年10月に行われた衆議院選挙の直前には、レジ前に投票を呼びかけるメッセージが書いてあった。事実を知り、根本的な価値観が変わることが、ライフスタイルを変え、日々の買い物の投票先、つまり選択を変える。それをショップとして体現しているのだ。

まずは、買い物をするときに意識してみるところから。脳の慢性的なストレスを減らす「走る」という行為に、新たな価値をつけ足してみてはいかがだろうか。

Allbirds Natural Run Collection

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※1 Running helps brain stave off effects of chronic stress
※2 Toxins remain in your clothes
※3 IPCC Sixth Assessment Report – AR6 Climate Change 2021: The Physical Science Basis
※4 気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート2018
※5 The State of Running 2019
※6 Air pollution WHO
※7 Microfiber Release to Water, Via Laundering, and to Air, via Everyday Use: A Comparison between Polyester Clothing with Differing Textile Parameters

【参照サイト】Allbirds サステナビリティレポート2020
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