SDGs(持続可能な開発目標)の達成は、世界中の国や企業、人々が目指すべきもの。
筆者は今まで長らくそう思ってきたが、その考えが揺らいだことがあった──とあるドキュメンタリー作品群を見てからだ。第17回札幌国際短編映画祭の「Micro Docs for SDGs」部門で募集された、SDGsをテーマにした1作品3分程度の人物ドキュメンタリー作品である。
「Micro Docs for SDGs」は、Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラムが展開するプロジェクト「DOCS for SDGs」からのサポートで新設された部門。これは、人々の心を動かして社会課題を解決することをテーマに、厳選されたクリエイターの作品を公開しているプラットフォームだ。
Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラムのチーフプロデューサー、金川雄策(かながわ・ゆうさく)さんは、部門についてこう語る。
Micro Docs部門は、新たなクリエイターの発掘とSDGsの理念を広げるため、2022年に新設しました。SDGsの目標を達成するには、遠い偉人ではなく、真似て学ぶことができる身近なロールモデルを社会に示すことが重要です。そのロールモデルを映像で指し示す役割は、その土地土地の映像クリエイターが担うのだと思います。
地域に根差すクリエイターの卵を発掘し、育てるDOCS for SDGsと映画祭の試みは、社会のインフラとして必ず機能していくと信じています。彼らが成長し、今後多くのロールモデルを私たちに指し示してくれるでしょう。
今回の映画祭で入選した8作品のテーマは、ジェンダーから、障がい、自然災害、環境保全まで多種多様だった。一方で、すべての作品に共通していたこともあった。それは、作品の主人公である人たちが、ありのまま、夢中で自らの活動に取り組んでいたこと。そして、「SDGsを達成しなくては」という動機で活動を始めた人は、一人もいなかったことだ。
たしかに彼ら彼女らの活動は、国連で掲げられたSDGsの目標の達成に寄与していると言える。しかし、その活動に取り組む動機や熱量の源泉は、何より「その活動を愛し、熱中していること」にある。考えてみれば当たり前かもしれないが、入選作品の映像を見て、そんなことにハッと気づかされた。
本記事では、入選8作品の中から、特に印象に残ったものを3つピックアップして紹介する。
多様な課題を背景にした人々を描く、3つの作品
01. I’M OK!(監督:中山怜氏)
「障がい者になってよかったな、とよく思います。あのまま健常者でいたら、しょうもない人間になっていたんだろうなって」──そう語る源(みなもと)さんは、「雪原のマラソン」とも呼ばれる、腕力だけで雪の上を前進するハードな競技・パラノルディックシットスキーの選手だ。源さんは建設会社に勤めていた20代前半に、作業現場の転落事故で下肢に障がいを負った。もともとスポーツが好きだった源さんは、事故をきっかけにパラスポーツに打ち込んだ。
困難にぶち当たり、挫折をし、それでも前を向く。しんどくても、目標に向かって突き進む。そういう経験はきっと誰にでもあって、源さんにとってはその困難が、下肢の障がいだったにすぎない。だから筆者はこの作品を見て、源さんを障がい者だと特別に意識することはなかった。いち人間として、高い目標に向けてハードな努力を続ける姿勢を尊敬したし、自分も頑張ろうと刺激を受けた。
「いくら環境が良くなって誰でも参画できる社会になったとしても、誰も挑戦をしないと社会に変化は起こらない」。監督が作品に添えたコメントだ。このコメントは、障がいを持たない人たちに対するメッセージでもあると言えるだろう。障がいの有無に関係なく、社会に変化を起こすのは、誰かの努力と挑戦なのだと改めて感じ、自分も何かに打ち込みたいという熱意を掻き立てられた。
02. 無題(監督:島田拓空也氏)
澤田真一さん(41)は自閉症というハンディキャップを抱えながら、世界的な評価を受けるほどに陶芸の世界で才能を開花させた。その環境を整え、支えてきたのは支援員の池谷正晴さん(90)。池谷さんが大切にするのは、障がいを持つ人を多数派の社会に引き寄せるのではなく、一人ひとりがありのままで生き生きと力を発揮できる場を提供すること。澤田さんに対しても、作陶については何も教えず、ただただ、澤田さんの思うがままに感性を発揮できる環境を整えてきたという。
障がいの有無に関わらず、私たちは誰でも少なからず、多数派とは異なる個性や特性を持っているものだ。その個性を、無理に多数派に寄せようとするのではなく、ありのままに開花させられるような場を持つこと。それは、誰にとっても大切にしたほうがいいことだろうと思う。
一人の人と真剣に向き合い、何がその人のためになるかを本気で考え、行動する。その末に辿り着く答えは、「障がい者支援」の枠に留まらず、すべての人々にとって大切なものだろう。池谷さんが辿り着いた答えは、まさにそうした、万人に通ずる本質的なものだと感じた。それと同時に、障がい者の方に限らず誰と関わるときにも、池谷さんのような姿勢を大切にしたいと筆者も思った。
03. RAINBOW(監督:山本瑞輝氏)
同作品の主人公であるもりたさんは、Xジェンダー(男女という二つの性別に属さない、という性自認を持つ)の20歳の大学生。「物心着いた時から自分のことが大好きで、初恋も自分自身だった」と語る。
自分のことを愛せないと、他の人を愛することなんてできない。自分を愛することが生きていて一番幸せだと思う。だから自分なんて、と思う人がいなくなれば、この世界はすごく素敵になるし、幸せになれる人も増えるんじゃないか──カラフルで個性的な髪型と服装に身を包んで、堂々とそう語るもりたさん。
そんなもりたさんの言葉が聴く者を勇気づけるのは、もりたさんは自分だけでなく、周囲や世界のことも同じくらい愛している人だからだろう。まずは自分を受け入れ、愛することではじめて、周囲や世界を愛する力も湧いてくる。もりたさんの言葉が持つ力強さや安心感から、そんなことが心から実感できる。筆者も世界に目を向ける前にまず、自分自身に目を向けてあげようという気持ちになった。
さいごに
大賞を取ったのは、島田拓空也監督の『無題』。どの作品も、ありのまま、自分の活動に打ち込んでいる人を映し出していた。何かに夢中で取り組んだ結果、社会が良くなったり、人々を勇気づけたり、人が変わるきっかけになったりするものなのかもしれない。
だからこそ私たちがすべきは、「SDGsを達成しなければ」と焦ることではなく、まずは自分の命を何に使うかに真剣に向き合い、自分が持っているものを最大限輝かせて生きるということだ。今回そんな気づきを得たことで、自分のなかで「SDGs」という概念との付き合い方に大きな変化が起きたように思う。
最後に紹介した作品「RAINBOW」の主人公であるもりたさんの言葉を借りれば、まずはとことん自分を愛し、自分の声に耳を澄ませ、好きなことに好きなだけ取り組む。そんなことから、始めていけたらいいなと思った。
【参照サイト】受賞作品(大賞の『無題』はここから見られます)
【参照サイト】DOCS for SDGs
【参照サイト】第17回 札幌国際短編映画祭
Edited by Kimika