6時間57分。これが何の時間だか想像がつくだろうか。
実はこの数字、世界の人々が一日にデジタル機器の画面をみている時間の平均である(※1)。仕事から娯楽まで用途は様々だが、つまり私たちは平均にして1日の4分の1以上、画面を見ながら過ごしているということになる。ヘトヘトになるまでパソコンに張り付いて仕事をし、その後リラックスしながらスマホでSNSを触ったり、動画ストリーミングで映画を楽しんだり、という生活を送っている人も多いのではないだろうか。
このように、デジタルと私たちの生活が密接に関わるようになった現在、注目されるのが「デジタル・サステナビリティ」だ。デジタル化は紙などの資源を削減するために「エコ」であると認識されることもあるが、一回一回のWebページ閲覧、ファイルの送受信、動画のストリーミングなどを支えるデータセンターでは大量の電力が使われており、データセンターの生み出すカーボンフットプリントはドイツ一国のそれに匹敵すると言われている(※2)。
そうしたデジタルが生み出す環境負荷に対して、ウェブコンテンツを制作する立場であるメディア企業の連合として立ち向かうのが、イギリスに拠点を置く「DIMPACT(ディンパクト)」という組織だ。今回は代表を務めるウィリアム・ピケット氏に、「DIMPACT」立ち上げの経緯から今後のメディア業界のあるべき姿・展望までを伺った。
メディア業界から変化を起こすために、まずは環境負荷を測る。DIMPACTの活動
Carnstoneというイギリスのコンサルティング会社で企業のCSR支援を行うピケット氏。DIMPACTの活動では、記事、動画のストリーミング、広告などに関して、環境負荷の計測ツールを開発している。DIMPACTのプロジェクトに参加するのは、BBC・BT・電通・Netflixなど大手のメディア企業18社と、現地のブリストル大学だ。
「デジタルのコンテンツは、そもそも環境負荷の計測が難しくなっています。同じ出版でも、例えば書籍であれば、どのような紙が使われたか、どのように輸送されたかなどでカーボンフットプリント(炭素の排出量)を計測することができます。しかし、デジタルの書籍に関しては製作をした企業から、実際にそれを手に取る人が使う回線まで、考慮しなければいけないことが非常に多くあります。そのため、DIMPACTのように『環境負荷を測る』という技術面でメディア企業を支援ができる組織が必要だと思ったのです」
DIMPACTの活動では、コラボレーションが大切にされている。それはメディア業界がサステナブルな移行を目指すことにおいて、何事も「共有」する価値が高いからだとピケット氏は語る。
「DIMPACTに参加するメディア企業の中には、本来ならお互い一緒にビジネスをする機会がないような、競合の企業も含まれています。しかし、先ほど述べた通りデジタルの計測は複雑で、テクノロジーもどんどん更新されていくため、事例の数が重要になってきます。この分野では、『競争する』よりも『共創する』方が自社にとっても価値があると、加盟企業は理解してくれています」
「また、このように様々な企業が参加することで、メディアに関わるあらゆる関係者をつなぎ、理解することも、DIMPACTの役割だと思っています。それぞれの企業のサステナビリティに対する約束がどのようなもので、インターネットサービスの提供者がどのようなことをしていて、コンテンツを配信するネットワーク・クラウドサービスがどのような仕組みになっているのか。DIMPACTに様々な人が関わってくれているからこそ、それらを理解することができます。そして最終的に、各企業それぞれが効率的な方法で環境負荷を計測し、軽減できるシステムを構築しようとしているのです」
企業が変化を起こしやすいために。ブリストル大学とのコラボレーション
現代のメディアの在り方を決定するような影響力を持つ企業が名を連ねているのはもちろん、DIMPACTの大きな特徴は、ブリストル大学の研究者とコラボレーションをしている点だろう。民間企業とアカデミアの共同プロジェクトは難しいこともあるが、大学とともにプロジェクトを推進する理由は「企業が変化を起こしやすいため」だとピケット氏は語る。
「データや計測ツールがあることで、企業にとっては変化を起こすメリットが可視化され、サステナブルな移行が進みやすくなるということがあります。ブリストル大学のコンピューターサイエンスの分野には、もともとデジタル分野の環境負荷を計測しようとしている研究者たちがいたので、彼らのコラボレーションをお願いすることにしました。アカデミアから民間企業へ知識を送り込むプロジェクトにしたかったのもあります」
DIMPACTの参画企業を含む団体がデータを提供し、ブリストル大学の研究者が計測ツールを開発。そして、そのツールをDIMPACTの参画企業が使用するという流れになっているという。
変化の激しいメディア業界。「配信方法」だけではなく「コンテンツ」の力にも注目
そもそも、なぜDIMPACTは「メディア業界」に目をつけたのだろうか。理由はメディア企業の「変化の速さ」と「インパクトの大きさ」にあった。
「10年前に、動画のストリーミングサービスを利用している人はどれほどいたでしょうか。SNSも今のような使われ方をしていませんでしたし、オンラインゲームについても同様です。このようにメディアに関わるデジタル化は他の領域と比べものにならないくらい、速いスピードで進んでいます。この速さでデジタル化が進む業界をターゲットにすれば、他の業界にも応用がしやすいと思ったのです」
「さらに、そうしたメディアがインターネットのトラフィックに関して、大きな割合を占めるというのも理由です。これはヨーロッパの平均の話ですが、個人が1時間動画を見たときのCO2排出量は、ガソリン車を250メートル走らせたときと同程度と言われています。そんなに大きくはないんですよね。だから、個人の習慣を変えるよりも、根本にある業界の在り方を変えた方が意味のあることだと思いました」
そうした環境に対するインパクトに加え、実際に視聴者・読者・ユーザーが触れることになる「コンテンツ」を作れるというのもメディア企業の強みだ。イギリスでは大衆向けのテレビ番組・ドラマなども含め、気候変動の問題に気付かせるきっかけをメディアが積極的に作っている。
「コンテンツを通じて気候変動の問題に気づかせるのは、メディア企業だからこそできることだと思います。iTV(イギリスのテレビチャンネルの一つ)の連続ドラマで気候変動の問題が問いかけられていたときは驚きました。気候変動をどのように考えればいいのか。新しい視点を与えることもメディアの役割なのだと思います」
これからのインターネット。データの負荷と未来の可能性のバランスをどう見極めるか
最後に、DIMPACTのこれからの活動と、ピケット氏が考えるこれからのインターネットのあり方について話を聞いた。
「DIMPACTでこれからやりたいことは、モデリングの精度を高めること、サービスをもっと他の業界にも広げていくこと、そしてメディア業界がもたらすインパクトをわかりやすく可視化することです。何を変えれば、どうすればエネルギーを抑えることができ、CO2排出を減らし、環境負荷を軽減することができるのか。より多くの団体に伝えられるようになりたいです。そしていまは大きな企業が中心となっていますが、ゆくゆくは中小企業やスタートアップにもサービスを展開できるようにしたいと思います」
最近は、メタバースやweb3.0など、新しいIT技術にも注目が集まっている。私たちがアクセスできるチャンネルがますます増える中、それらの環境負荷に関してはどのように考えていければ良いのだろうか。
「新しい技術がもたらす可能性と、必要な大量のデータを保存・管理する環境負荷。常にそのバランスを意識していく必要があると思います。例えばAIでいうと、使うデータの量は膨大ですが、その分最適化ができて、結果として私たちの生活を快適にしたり、環境負荷を減らしたりしてくれますよね。環境負荷のことは前提におきながら、新しい技術の先にあるものを見つめていくことが大事になってくるはずです」
編集後記
動画を観て、ポッドキャストを聴いて、SNSに画像とキャプションを投稿して……一般的とされるこのような生活をしていると、自分はインターネットの情報を受け取っている立場なのか、生み出している立場なのかよくわからなくなる。おそらく多くの人が、どちらの立場にもいるのだろう。
そんな時代、メディアコンテンツのサステナビリティに関しては、誰もが無関係ではいられない。まずは問題を計測し、可視化する。そして対策を講じる──DIMPACTのような組織が担う部分はますます大きくなってくるだろう。
また、メディア企業の事例やデータが増え、各メディアがサステナブルなオプションを作っていくことで、今後ユーザー自身が起こせるアクションも増えていくのではないか。変化が大きい業界の、これからのさらなるアップデートに胸が膨らむ取材だった。
※1 Screen Time Statistics: Average Screen Time in US vs. the rest of the world
※2 Global warming: Data centres to consume three times as much energy in next decade, experts warn
【参照サイト】DIMPACT
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