ミシュラン1つ星「シンシア」シェフに学ぶ、魚介類の未来と私たちの責任【持続可能なガストロノミー#2】

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ガストロノミーという言葉は、古代ギリシャ語の「ガストロス(消化器)」と、「ノモス(学問)」が語源とされていることから、食や食文化に関する総合的な学問のことをさす。「持続可能なガストロノミー」は今、世界でも重要なキーワードだ。

いま、サステナブルな未来を作るために第一線で活躍するシェフたちが大きく動いている。本連載では、“Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)”を提唱し、日本サステイナブル・レストラン協会のプロジェクト・アドバイザー・シェフも務める杉浦仁志シェフがサステナブルな未来を目指す料理人を紹介し、シェフのサステナブルな一皿とともに、今あるべき食の在り方を社会に伝えていく。

第一回目は、日本の食材を愛するフランス人シェフである東京・銀座「ESqUISSE」のエグゼクティブシェフ、リオネル・ベカシェフに、リオネルシェフが持つ哲学「テロワール」について話を聞いた。

第二回目の今回は、ミシュラン一つ星レストラン「Sincere(シンシア)」の石井真介シェフ。海洋資源と食文化を守る料理人チーム「一般社団法人Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)」の中心メンバーでもあり、2020年には環境や生態系を保護し、魚を減らさないよう再生産のペースを守りながら漁獲・養殖された水産物のことを指すサステナブル・シーフードをテーマにしたレストラン「Sincere BLUE(シンシアブルー)」をオープン。水産資源問題に積極的に取り組んでいる。

Sincere BLUEでは、漁獲量が年々減っている海の資源を守るため、料理を通じて、社会を変える活動を行っている。今回は、石井シェフの考える「持続可能なガストロノミー」について、杉浦シェフと石井シェフの対談をお届けする。

話者プロフィール

石井真介シェフ石井真介シェフ
1976年、東京都出身。四ツ谷「オテル・ド・ミクニ」、南青山「ラ・ブランシュ」とフレンチの名店を経験し、渡仏。本場の星付きレストランで修業を積み、2004年帰国。その後、汐留「フィッシュバンク東京」を経て、2008年より「レストランバカール」のシェフを7年間務めた後、2016年4月「Sincere」をオープン。2017年より水産資源を守る「Chefs for the Blue」としての活動、2020年9月にはサスティナブル・シーフードをテーマとした「Sincere BLUE」をオープンさせ、注目を集める。

話者プロフィール

杉浦仁志シェフ杉浦仁志(すぎうら ひとし)シェフ
ONODERA GROUPエグゼクティブシェフ。2009年に渡米し、料理業界のアカデミー賞とされる「ジェームス・ビアード」受賞シェフであるジョアキム・スプリチャル氏のもと、 LA・NYCのミシュラン星つきレストランで感性を磨き技術を習得。海外で培った国際的な食経験を通じ、日本におけるヴィーガン・プラントベースの第一人者として貢献し多数の受賞歴を持つ。現在は“Social Food Gastronomy”を提唱し、より多角的な視野から社会貢献とイノベーションを展開。2050年に向けた次世代のシェフモデルとして注目される。現職を務めながら日本サステイナブル・レストラン協会プロジェクト・アドバイザー・シェフに就任。

「100年経っても、豊かな海を」をミッションとして掲げるChefs for the Blue

「Chefs for the Blue」の活動は2017年にスタートした。魚が激減していた日本の漁業に危機感を抱いたフードジャーナリスト・佐々木ひろこさんの声がけで、営業終了後のシンシアで講師を招いての勉強会が開かれたのだ。仕事を終えた22時からシェフが集まり、夜中の3時まで水産資源の現状、問題について学んだという。

日本の総漁獲量は、1984年は1,282万トンだったのが、2020年には423万トンとなり、この35年で3分の1にまで減少する危機に直面している。さまざまな要因はあるが、魚が減ってしまった大きな理由として「獲りすぎ」があると考えられている。

「ホッケは成魚が取れなくなり、本マグロや鰻は絶滅危惧種に。サバはノルウェー産などの海外産に置き換わってしまっているという現状。日本の漁業協同組合(漁協)は、漁師が獲った魚を全て引き受けなければいけないルールがあります。そのため漁師はとりあえず稚魚でもなんでも獲れるものをとっている状況です」

石井シェフ

石井シェフ Photo by Masato Sezawa.

「漁獲量が減っているのは気づき始めていましたが、これほど深刻な状況だとは思いませんでした」

日本の海の現状を知れば知るほど、自分に何かできないかと考えた。

「料理人だからおいしいものを作るのが仕事だと考えていましたが、もっと“知らなきゃいけない”と感じました。勉強会を開き、問題意識が芽生えたからこそ、多くのシェフたちが集まり、活動として動き出すことができたのだと思います。今は、声をあげていく必要性を感じています」

そこから石井シェフも辿り着いたのが、サステナブル・シーフードに関する情報発信拠点となるレストランであるSincere BLUEのオープンだった。

海の環境資源を考慮した「サステナブル・シーフード」を、多くの人に楽しみながら知ってもらう

日本には、サステナブル・シーフードを扱っている飲食店はほとんどない。そんななか、Sincere BLUEで扱うのは水産資源や環境に配慮し、適切に管理された持続可能な漁業が取得できる「MSC認証(海洋管理協議会)」、環境に大きな負担をかけず、地域社会にも配慮した養殖業が取得できる「ASC認証(水産養殖管理協議会)」、養殖水産物のふ化場、飼料工場、養殖場、加工工場を対象とし、その全ての段階において環境や社会への責任、養殖される魚介類の健康、食品安全を保証する漁業者による「BAP(ベストプラクティス養殖)認証」といった国際認証を受けた水産物だ。

MSC・ASC認証の魚介類を正式に扱うために必要な「CoC認証」も取得しており、日本の飲食店としてはまだ珍しい事例である。

認証魚の多くは冷凍ということもあり、最初は抵抗もあったという石井シェフ。しかし、食べてみると調理の仕方でとても美味しく仕上がることがわかった。その他にも調達方針として、傷みやすさや知名度の低さなどの理由で一般市場にあまり流通しない「未利用魚」もあげている。

「マイナーなお魚や、扱いにくいお魚であっても、おいしくするのが料理人の仕事。処理の仕方や、季節によって使い方を変えるなど、扱い方のコツがあるんです」

「未利用魚」など、本来価値の付かないものであっても、料理人の技術で美味しく価値のあるものにしていくことができるのだ。Sincere BLUEのメニューにはMSCやASCなどの国際認証マークも記載されている。

Sincere BLUEのレストランスタッフの方に「これはどんなお魚なのか?」と質問すると、その魚がどこで獲れてどんな背景があるのかを丁寧に説明してくれる。レストランやスタッフとのコミュニケーションを通じて海の未来について考える、食育の場にもなっているのだ。

杉浦シェフ

Photo by Masato Sezawa.

消費者が変わることで、レストランや社会も変わる

「レストランでの活動だけでは、限界があります。消費する側としても、もっと『サステナブルな方法で取られた魚介類が食べたい』と自ら求めていただくことも必要です」と、石井シェフは話す。

人々がレストラン以外の自宅などで食事をする量は、圧倒的に多く、大きく社会を動かしていくには消費者一人一人の力が必要となってくる。石井シェフ自身も外に出れば一人の消費者になるが、大好物のウナギは年に一度だけ、大切なお店で食べると決めているという。

日本が消費しているウナギの量は、年間約5万トン(2016年)にものぼる。日本人に愛されてきたウナギだが、ニホンウナギは資源が減少していることから2014年にIUCN=国際自然保護連合が「近い将来、野生での絶滅の危険性が高い」絶滅危惧種として指定されている。そしてその消費を支えるウナギの総生産量の99%以上が養殖だ。夏の土用の丑の日のために、ウナギの養殖サイクルを変えているという現状がある。

「料理人が、ただ美味しいものを作ればいい時代でなくなってきている今、私もいち消費者として責任ある行動をしていかなくてはなりません。多くの人に水産資源の危機的な現状について知ってもらい、これからの未来をどう作っていくのか啓蒙していくのも、自分たちの役割だと感じています」

石井シェフは、未来に向けて着実に動いている。

編集後記

海の環境は、いまや大きく変わってしまっている。スーパーではいつも同じような切り身の魚が店頭に並んでおり、サイズの変化に気づくこともないだろう。石井シェフは、Chefs for the Blueの活動や、サステナブル・シーフードを取り扱うという新しい形態の店を営業することで、多くの人に「海の未来への問い」を投げかけ、未来のため、次世代のために果敢に挑戦を続けている。

その問いを受け取り、私たちが子どもたちや、次の世代のために今できることはなんだろうか。

まずは、MSC認証やASC認証のついたサステナブル・シーフードを知ること、ラベルのついた商品を選んで買うことから始めてみてはどうだろうか。より多くの消費者がラベルのついた商品を選ぶようになると、生産者も認証を取得することに積極的になり、私たち消費者の意見を生産者に伝えることにつながる。ひとりの力は小さいように感じるが、同じ志を持った仲間を増やし声を上げ続けることで、少しずつ社会は変わると信じている。

石井シェフと杉浦シェフ

石井シェフと杉浦シェフ Photo by Masato Sezawa.

【シンシア 石井シェフのサステナブルな一皿】
オアカムロの炙り 春菊ソース

・春菊 1パック
・塩水 適量
・オアカムロ
・紅くるり大根

春菊を塩水で茹で、その茹で汁で春菊と一緒にミキサーで回す。氷水で冷やす
紅くるり大根は、薄く半月のスライスにし少し塩をして5分おく。
オアカムロは3枚に下ろして、骨を抜き、皮面を香ばしく炙る
盛り付ける(ハーブはマイクロ春菊)

取材協力:日本サステイナブル・レストラン協会

SRA
食のアカデミー賞と称される「世界のベストレストラン50」でサステナブル・レストラン賞の評価も行う英国本部と連携し、格付けやキャンペーンを実施。サプライヤーやレストラン、消費者コミュニティの構築を通して、フードシステムの課題解決に取り組み、食の持続可能性を推進しています。
URL:https://foodmadegood.jp/

Edited by Erika Tomiyama
Photo by Masato Sezawa.

【参照サイト】水産庁/令和元年度 水産白書 全文
【参照サイト】Chefs for the blue
【参照サイト】人とウナギの歴史
【参照サイト】MSC認証
【参照サイト】ASC認証
【参照サイト】BAP認証
【参照サイト】CtoC認証

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