広葉樹をまちづくりと建築に。多様性を愛する「ヒダクマ」の循環デザイン

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秋には真っ赤に染まった見事な紅葉が見られる岐阜県飛騨市。ここ飛騨の森は、天然の木々が生息する「広葉樹の森」だ。ブナやミズナラなどの木々から鮮やかな色をしたキノコまで、多種多様な動植物が生息している。

森に生息するキノコ

飛騨の森に生息するキノコ

そんな広葉樹の森は、天然の森だ。日本の森全体のおよそ半分強を占めているものの、林業としてはほとんど手入れされていない。世の中に流通している木のほとんどが、スギやヒノキなど、人工の針葉樹だという。

針葉樹と広葉樹、その数はおおよそ同じであるにもかかわらず、なぜ広葉樹は世の中に流通していないのか?

「まっすぐに育ち、植樹してから35年~50年ほどで伐採できる針葉樹は、住宅の建材として多く活用されるようになりました。一方で、伐採までに約70~80年の年月を要するのが広葉樹です。広葉樹は、形が曲がりやすかったり不揃いになったりすることが多いため、針葉樹とは違い、これまで十分に活用されてきませんでした」

そう話すのは、株式会社「飛騨の森でクマは踊る(通称ヒダクマ)」の代表・岩岡孝太郎さん。飛騨のまちで、広葉樹の新たな価値を生み出しながら、森、そして地域の暮らしの可能性を広げようとしている人だ。

ヒダクマ岩岡さん

ヒダクマ岩岡さん

岩岡さん、そしてヒダクマは、一体どのようにして広葉樹の活用に取り組んでいるのか。その活動に迫るべく、筆者はヒダクマの3つの拠点──広葉樹の木々を余すことなく使った「森の端(は)オフィス」、ものづくりカフェ兼ゲストハウス「FabCafe Hida」、そして「飛騨の森」を訪れた。

本記事では、ヒダクマができたきっかけから広葉樹の森のこと、森から考える未来についてまで、取材や森のツアーへの参加を通して見えてきた飛騨とヒダクマの魅力をお届けする。

話者プロフィール:岩岡孝太郎(いわおか・こうたろう)

ヒダクマ岩岡さん代表取締役社長/CEO。1984年東京生まれ。千葉大学卒業後、建築設計事務所で勤務。その後、慶應義塾大学大学院(SFC)修士課程修了。2011年、“FabCafe”構想を持って株式会社ロフトワークに入社。2012年、FabCafeをオープン、ディレクターとして企画・運営する。2015年、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)の立ち上げに参画し、2016年FabCafe Hidaをオープン、2019年より現職。

寿命がきた後も再利用できる。木を無駄なく使用した「森の端オフィス」

地中深くの微生物や野山を駆け巡る動物、天地を行き交う風や水……私たちは長い間、そうした自然の恩恵を受けながら、自然と共に生きてきた。しかし、短期的な経済性への判断などから、日本の森の多くが放置されるように。今や、人と自然は「共存している」とは言い難い関係性になってしまった。

森は「木材」ではなく、日本人が共存してきた自然そのものであり、自然の恵みでもある。今こそ、100年の視点で森の価値を捉え直す必要があるのではないだろうか──そんな想いで森と、広葉樹と向き合い続けるのが、「飛騨の森でクマは踊る(以下、ヒダクマ)」だ。

「地域にたくさんあるけれど、活用されていない無数の広葉樹を資源として活かしたまちづくりをしよう」そんな飛騨市の想いから誕生したヒダクマは、飛騨の広葉樹に多い曲がった木や径の細い木々を活かした家具づくりや建築、飛騨の森の恵みを活かした食事や木工・ものづくり体験の提供、森やまちの文化などを楽しみながら学ぶイベントやツアー、ワークショップの開催など、広葉樹に関して多岐にわたる活動を行う。

ヒダクマの皆さん

左からヒダクマの松山さん、岩岡さん、志田さん

そうした多様な取り組みのなかで、特に印象的だったプロジェクトを尋ねたところ、岩岡さんは「森の端オフィスです」と即答した。2022年8月、森林資源活用と森づくりの連動を加速するために開設されたオフィスで、飛騨市の「広葉樹のまちづくり」の新たな拠点にもなっている場所だ。

「ヒダクマの立ち上げ当初から、『広葉樹の建築をつくりたい』という気持ちがありました。未来の森づくりをするためには適切に森を育てる必要があり、そのためには今ある木を森から下ろしてきて使わないと森に還元できません。日本の林業の主役は、スギ、ヒノキ、マツなどの針葉樹。それらは建材になりますが、広葉樹の場合、大半が未活用のままです」

「広葉樹は家具づくりには向いているのですが、使用量はそこまで多くありません。そこで、僕たちは広葉樹も林業のメインストリームである建築の材料として使っていくべきだと考えているんです。その一つのモデルとして今回、森の端オフィスをつくりました」

ヒダクマのオフィス

ヒダクマの「森の端オフィス」の外観。広葉樹のまちづくりのキープレーヤーが集まる丸太の集積所や製材所に隣接し、森からもまちからも近い場所に建てられた

そんな広葉樹を使った建築の手法は、実はまだ確立していないと岩岡さんは話す。建材としての基準や規格があり、それをもとにした設計が可能である針葉樹とは違い、広葉樹を構造材として使った新しい建築はまだほとんど例がない。そんななか、森の端オフィスは広葉樹の家具づくりをベースにつくられた。建築物としての寿命を終えた後にも再利用できることに加えて、「木を無駄なく使い切る」ことが意識された循環型の設計になっている。

「林業をする人、製材する人、大工の人……皆さんの手によって家具の材料として板材にする方法は確立しているので、今回の建築でも広葉樹の家具の材料と同じ板材で構成しました。そのため、最終的に建築を解体した後も、家具の材料として木材を再利用できるようにしているんです」

ヒダクマのオフィス

オフィスの壁にはカンナ屑を利用した断熱材が敷き詰められている

「乾燥を終えた木から、最初に、建築の構造に使える木、家具に使える木、ドアフレームに使える木などを選んでいき、余った木の端材は並べてテラスにしました。また、木工加工で出るカンナ屑は断熱性能があるので、壁の中に入れて断熱材として使用し、さらに細かい屑はチップボードにしてテラスの壁・天井に使用しています」

「生きた森」をまるごと活かした建築に

つくり方や用途を工夫しながら、木をまるごと使ってつくられたヒダクマのオフィス。使用されている木の種類の豊富さも広葉樹ならではで、ブナ、ウダイカンバ、ミズナラ、ホオノキなど、多種多様だ。森のなかに生えている木をほとんどそのまま使っていることから、建築に使用した木材の樹種は、森にある木の種類と同じ割合・構成になっているという。

「広葉樹は種類が多く、カチカチな状態の木からフカフカの木まであります。たとえば、強度の高い建築物をつくりたい場合は、堅いミズナラばかりを選びたい。しかし、森にはミズナラだけでなく、色々な種類の木が生えています」

「森も生きています。私たちから見て『この木が欲しいんだ!』と思える木が常にあるわけではありません。人間と森がうまく付き合っていくためには、人間の知恵を使って森から出てきたものをきちんと使い切るのが大切だと考えています。なので、この建築は、『森合わせ』とも言える、どのような木でも成り立つような設計になっています」

多様性に満ちた、飛騨の広葉樹の森

かつては飛騨について何も知らないし、広葉樹と針葉樹の違いさえ分からなかった岩岡さん。そこから少しずつ、飛騨の広葉樹の流通の実態や課題、木工のことなど、森の先からものができるまでを学んできた。そんな岩岡さんに、飛騨の森の魅力を伺った。

「やはり、広葉樹の森ということですね。広葉樹は針葉樹とは違い、毎年葉っぱを付けて落葉し、それらは自然のなかですべて分解されます。その豊かな土壌の上で、色々な植物が好きなように育ち、生息する動物たちも多様です。人間に良いものも悪いものも含めてさまざまな生命に溢れているので、森に入るとエネルギーをもらえるなと感じます」

飛騨の森に多く生息するクロモジの木

飛騨の森に多く生息するクロモジの木

「また、ヒダクマの事業面でも広葉樹は魅力的。森が多様だと、選択肢がたくさんあるんです。研究者からアーティストまで、森に入る人によって目を付けるものが全く違っていて、たとえばキノコが好きな人は色々なキノコを見つけてきて『キノコをどう活用できるか?』と考え始めます。広葉樹の森は、可能性が無限に広がっているんです」

地域の広葉樹を使った家具や建築が当たり前のまちをつくる

色々な人が訪れることで、従来の家具という用途以外にも、活用法がどんどんと生み出されていく。多様性ある森の可能性を探りつつ、広葉樹の魅力を知ってもらうために活動を続けるヒダクマに、今後挑戦していきたいことを訊いてみた。

「広葉樹で建築ができる仕組みをつくっていきたいです。現状でも、家具に向かない広葉樹はパルプやチップとして取引されたり、キノコの菌床になったりするなど、無駄にはなっていません。しかし、それが木の持っている価値の全力ではありません。なるべく一本でも多くの木が価値ある使われ方をするために、広葉樹のことを知ってもらい、皆で活用方法を考えていく必要があると思っています」

「そのために、いま進めているのが、木や森を3Dスキャニングしたデータを公開する仕組みづくりです。これをもっと増やしていくことで、伐採後の木だけでなく、森に立っている状態から木の活用法を考えられるようにしていきたいです。これによって、森全体、地域全体が、資源として見られるようになると考えています」

「以前は、森の端オフィスを一つのモデルとして、日本各地で広葉樹建築をつくりたいと思っていました。でも、この広葉樹建築は飛騨だからこそできたことで、この地域でもっと広げていくべきなのではないかという気持ちに変わってきました。飛騨のまちの広葉樹が家具になり、建物になる──それが、当たり前にこの地域の文化として根付いていくといいなと思っているんです」

自然と縁を切らない暮らしがある社会を目指して

広葉樹を使った家具や建築をもっと当たり前に──そう願い挑戦を続ける岩岡さんは、森を通してどのような未来を描いていていきたいのだろうか。

「新しく『建築の中の自然科学』というタイトルでイベントを企画しています。建築って工学なのですが、何のための工学かというと、自然から人間を守りつつも、どうしたら人が自然を取り入れながら暮らしたり働いたりできるか──つまり、『自然と日々の暮らしの両立』に対しての工学だと思っていて。人間一人ひとりが、常に自然とつながっている社会にしたいんです」

「いま、私たち人間は無理をしすぎていると感じます。しかも、自然の一部である人間が無理をすることで、地球上のあらゆる生物や環境、場所に問題は連鎖していきます。人間が無理をやめれば、もっと地球全体で共存できるにもかかわらず……」

「たとえば、建築でいうと、夏は朝涼しい空気をオフィスに沢山取り入れたいのに、熱線も全部反射するガラスで遮ります。また、低い位置にいれば色々なものの盾になって暑い日中にも影ができるにもかかわらず、高層のビルのなかをエレベーターで移動し、涼しい風がほしくなったらエアコンを回します」

本来、人間は自然の摂理のなかでうまく適応して生きていけるはず。しかし、自然を取り入れられなくなっているのが問題──岩岡さんはこう続ける。

「つまり、近年人がつくり出してきた都市空間や生活空間は、『自然と縁を切る』ことが前提になりすぎていると思うんです。本当は自然のなかにあるものを活かせば、そこまでエネルギーをかけずに生きていけるはず。なのに、快適さを求めて色々なものを付け足して、無駄にエネルギーを使いすぎているのが現状です。それは、自然との付き合い方が分からなくなってしまったからではないでしょうか」

飛騨の森

さまざまな生物に触れながら飛騨の森を歩いた。

「そういう意味で、最終的には、必要なものを自然からうまく取り入れられるように、現代の人間が獲得した工学やテクノロジー、ロボティックスなどのリソースを使うべきだろうなと思っています。そのためには、自然を知ること、自然とつながっていることの大切さに気付くこと、自然ってこんなに重要で、共に生きていけるんだ──ということを認知して会得することが必要なんだなと思っています」

「そういう社会にしたいし、その初めの第一歩をヒダクマで踏み出しています。私たちはもっと自然体で良いんじゃないか──そう思うんです」

ボトムアップの活動にスポットライトを当てて、大きな循環の輪を

人が自然とつながりを感じられるように。多様性ある広葉樹から多様性あるまちづくりに挑み続ける岩岡さん。自身同様、地域の活動がもっと広まっていけばと、ある試みを始めた。

自身が創設メンバーであり、ヒダクマの拠点として飛騨にもある「FabCafe」がかかわるcrQlr Awards (サーキュラー・アワード)。2021年に始まった、循環型社会を目指す取り組みを評するこのアワードで、岩岡さんは今年、新たに「特別賞」という賞をつくった。「コミュニティのためのボトムアップな活動に敬意を表すこと」を目的につくられたこの賞について、岩岡さんはこう話す。

ヒダクマ岩岡さん

ヒダクマ岩岡さん

「数年前、飛騨にも誕生したFabCafeは、東京から始まりました。ただ、循環型の社会を目指す取り組みは、日本を含め、世界中の地方でも行われています。規模は小さくても素晴らしい活動を、いかに地域を巻き込みながら循環の輪をつくっていけるか──どうすれば、取り組みをもっと知ってもらい、大きくしていけるだろうか──そんなふうに考えていたんです」

「そのなかで気付いたのが、ローカルな場所での活動に注目し、次の循環につながるようにサポートをすることが大切だということ。もちろん、グローバルな動きなど大きな規模で起きていることも大事ですが、自分たちの地域と重ね合わせられる地域の活動を知ってもらうことも大事だなと。それで特別賞をつくりました」

ボトムアップの活動にスポットライトを当てる──こんなふうに、地域で起こっている小さな取り組みの種をもっと応援していくことができれば、いつかその種は大きな花や木となり、広葉樹の森のように豊かな森になっていくだろう。

人間が自然の一部であることをもう一度思い出し、再び豊かな森を取り戻していけるように。ヒダクマの、そして私たちの挑戦は続いていく。

crQlr Summit 2023 JAPAN「五感で学ぶ、地域に根ざしたボトムアップな循環型経済」特別ツアー開催
crQlr Summit 2023

crQlr Summit 2023

岩岡さんもかかわる、循環型経済をデザインするグローバル・アワード「crQlr Awards(サーキュラー・アワード)」の審査員や受賞者が集うイベントがオフライン開催されます。会場は、石坂産業のサステナブルフィールド「三富今昔村」。工場・里山ツアー、食、音楽、トークイベント、交流を通して、循環型経済をデザインするためのボトムアップな解決策を探求するイベントです。サーキュラー・エコノミーに関わる第一線のゲストや参加者と繋がる機会として、ぜひご参加ください。

▶詳細はこちらから:https://fabcafe.com/jp/events/crqlr-summit-2023-japan/

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【参照サイト】ヒダクマHP

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