「もし、自分がどんな人間になるのかを知ることができたとしたら?」
今のあなたの言動が、愛するパートナーへの暴力につながる可能性があることを知ったら、どう感じるだろうか。
スコットランド警察は、家庭内暴力に対する新たな取り組みとして、DVの加害者になりうる人たちに、自らの言動を振り返り、「サイン」を見つけた場合は行動を起こし、事件を未然に防ぐことを呼びかけるキャンペーンを開始した。
デートDVの隠れたサインを描いた広告
キーワードは、「これって、自分のこと?」。これまでDVの問題は、暴力を受けた際に「どう対処すべきか」という被害者からの視点で語られる傾向があった(※1)。今回のキャンペーンは、加害者側の視点に立つことで、自分の無自覚の言動が、暴力のサインかもしれないことに気づかせる狙いである。実際、DV加害者は自分の行動が暴力的であることに気づいていない場合が多いのだ(※2)。
DVには身体的な暴力のみではなく、言語的、性的、心理的、経済的な暴力が含まれる(いわゆるモラハラなども)。そして、それは「家庭内」の夫婦に限らず、あらゆる人間関係で発生するものである(※3)。ジリアン・フォールズ警視総監によると、スコットランドでは毎年6万件以上のDVが報告されており、加害者の8割以上が男性であるという。このキャンペーンは、特に若い男性をターゲットにすることで、早い段階から彼らの行動に影響を与え、最終的には暴力への発展を阻止することが目的だと話す(※4)。
キャンペーン広告ビデオでは、オンラインで知り合ったと思われる若い男女が、カフェで初めて対面してデートをするという様子が映し出される。お互いに関係の発展を期待しているようで、緊張しながらも笑顔で会話を始める。
ところが、女性が週末に友人と会う予定があることを口にした途端、男性の表情が一変。女性に向かって支配的かつ否定的な言葉を放ち始めたのである。「彼らにはもう会わないでほしい。君に悪い影響を与えるから」「そんなメイクで外に出るなよ」「携帯を貸せ。誰と連絡を取っているのかを見たい」しかし、次の瞬間、男性は元どおり笑顔になり、何事もなかったかのような会話の続きが流れた。そして動画は、このようなメッセージで締めくくられる。
「交際が始まったばかりの頃は、自分がどのような人間になるのかが見えないものです。あなたの態度や振る舞いが、将来性があるはずの関係を、暴力的なものに変えてしまうこともあるのです。そのサインに気づけば、暴力が始まる前に止めることができるのです」
楽しく喋っていたデート相手が、突然変貌し、元に戻るという状況に、少し混乱するかもしれない。この広告は、DVの兆候は関係が始まった当初は見えないかもしれないが、すぐに姿を現してくることを強調するものであるという(※5)。
ジェンダー規範とDV
DVは様々な要因が複雑に絡み合って起きているが、ジェンダー規範もその一因と考えられている。犯罪学のデビッド・ガッド教授の研究によると、DV加害者の男性は、交際関係における自分の不安を、相手の一方的な責任として認識する傾向があるという(※6)。つまり、加害者にとって悪いのはパートナーであり、暴力は相手を正すための手段だと考えられることが多いようだ。このような思い込みをもたらす主な要因のひとつに、ジェンダー規範の内面化がある。
「男は泣くな」「男は強くなければ」という常套句は、男性が自分の気持ちを表現したり、悩みや不安をだれかと相談することを困難にする。そのため、パートナーとの関係における問題は、自分たち二人だけに特有の問題だと感じてしまう傾向があるという。その結果、自らの行動を省みる代わりに、パートナーに不安の原因があると考え、相手をコントロールすることに繋がってしまうと研究では発表されている。
また、ジェンダー規範は男性による暴力を助長してしまうとも考えられている(※7)。例えば、男の子が誰かに乱暴な振る舞いをしたときに、親や周囲の大人が「やっぱり男の子だからやんちゃだよね」と無条件に容認したり、乱暴を受けた子に「あなたと仲良くなりたいからだよ」と言ったりすることによって、彼が自分の感情を言語化する機会を奪い、知らないうちに、力に訴えるようにお膳たてをしてしまっている可能性がある。このように、「男(の子)らしい」行動は、幼い頃から繰り返し正当化される。
その結果、人間関係、特に女性との関係において、問題が起きた時、加害行為であるという自覚がないまま、暴力に頼ることに繋がってしまうことがある。近年では、このような社会的に構築された「男らしさ」の押し付けが原因となる、周りや自分自身を傷つける行動規範を「有害な男らしさ(トクシック・マスキュリニティ)」と呼び、この問題の見直しが進んでいる(※8)。
加害者になる前に気づけるように
このキャンペーンのポイントは、「被害後」ではなく「加害前」に着目しているところだ。被害者への支援体制を整えることは非常に重要であるが、加害者が生まれる限りDVそのものをなくすことはできない。反対に、加害者になってしまう前に、自分の行動を意図的に振り返り、変えていくことを促すことは、DV自体を抑制するための有効かつ本質的なアプローチだと言えるだろう。
キャンペーンサイトには、「自分の行動を変えないとどうなるのか?」や「どうすれば変わることができるのか?」など、加害者にならないためのナビゲーションが用意されている。実用的なアドバイスや、サポート団体にすぐにアクセスできる情報が載っている。
DVは、被害者はもちろん、加害者を幸せにするものでもない。このキャンペーンは、自分とパートナーの未来が明るいものとなるよう、サインを見つけだし、自発的に行動を変えるよう呼びかけるものである。
※1 APA Guidelines for Psychological Practice with Boys and Men, 19.
※2 「ドメスティック・バイオレンス調査の統計解析」
※3 ‘What is abusive behaviour?’
※4 ‘Domestic Abuse – Detective Superintendent Faulds’
※5 ‘What’s the harm in how I behave?’
※6 ‘Professor David Gadd – From Boys To Men Project: Part Four, Conclusions’
※7 APA Guidelines for Psychological Practice with Boys and Men, 1.
※8 Say No to ‘Boys Will Be Boys’
【参照サイト】IsThatMe
【参照サイト】Police Scotland launches new domestic abuse campaign
【関連記事】Toxic masculinity(有害な男らしさ)とは・意味
Edited by Kimika