終わりの見えないウクライナ紛争、引き続く円安、原材料価格やエネルギーの高騰が続き、「値上げの春」がやってきた。どこのお店に行ってもモノの値段が高い──こんな実感を持つ人も多いのではないだろうか。
一方で、こうした商品、サービスの値段や価格は、そこで必死に働いている人々の存在の上に成り立っているということを私たちは忘れてはならない。
カナダで外国人労働者の労働環境改善に取り組む団体 「Migrant Workers Alliance for Change」と広告エージェント「Sid Lee」は、人々にモノの値段や価格の向こう側にある労働問題に気づかせる、ユニークなキャンペーンを展開している。
あなたがトロントやオタワの人気レストランやバーなどの飲食店に出かけたとしよう。テーブルにはQRコードが貼られている。最近はメニューをQRコードから読み取るお店も多いからと、あなたは早速スマホをかざす。すると、そこからたどり着くのは、お店のメニューではなく、「シークレット・メニュー(秘密のメニュー)」というわけだ。
そんなシークレット・メニューの一部をのぞいてみよう。
- スイートポテトフライ:サツマイモを収穫する外国人労働者が毎年何十人も事故で死亡する
- ビター・ストロベリータルト:イチゴの収穫に従事する外国人労働者は、経営者の利益のために1日18時間近く手やひざをついて働いている。にもかかわらず、十分な医療体制がない。
- スカッシュド・ドリーム・ラビオリ:外国人労働者はネズミが出るようなひどい住環境に耐えている。
こうしたメニューの下には、外国人労働者たちの声が掲載されている。「私たちは人間として扱われたい」。「これは奴隷制だ」。そして、すべての外国人労働者に永住権を与えるよう求める訴えへの署名へとたどり着く。
カナダでは今、カリブ海諸国やアジア出身の外国人農業労働者が増加している。労働環境の過酷さによって、低賃金のため休みが取れなかったり、免疫が下がってしまったりと、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの際には、彼ら農業労働者のなかから総人口の20倍にあたる感染者が出た(※)。外国人労働者の劣悪な労働環境は、カナダの大きな社会問題なのだ。
そうした労働問題はどこにでも潜んでいる。私たちはそれに自覚的になる必要がある。レストランの利用者に、強烈な直球メッセージを投げ込み、署名活動という行動につなげようとするシークレット・メニューのやり方は、広く一般に署名を求めるよりも心が動きやすいアプローチであるかもしれない。それは、新たな社会運動の方法論としても応用ができそうだ。
たとえば、署名だけでなく、寄付を呼びかけることもできるだろう。さらに、ショッキングでネガティブな情報だけではなく、メニューを生産者情報などに紐づけて、食物の安全や労働環境の保全に貢献していると、ポジティブな情報を盛り込むこともできるかもしれない。
シークレット・メニューは、メニューの向こう側で働いている人々への想像力をかき立てる、過激でありながらもユニークなアイデアだ。モノが手に入りやすいからこそ、現実にそこで働いている見えない人々に思いを寄せられる、そんなアイデアを今後も期待したい。
※ 佐藤忍(2022)「カナダ農業と外国人労働者 ―国境を越える労働市場の事例―」、『人口問題研究』78巻3号、352頁
【参照サイト】Stealth QR codes reveal ‘secret menu’ of restaurant food’s hidden human costs
【参照サイト】シークレット・メニュー公式ホームページ
Edited by Erika Tomiyama