古き良き日本の暮らしの息づかいが感じられる、自然と共生する知恵や文化が残る京都の里山・京北。はじめて筆者が京北を訪れたのは2年前。そこは、ローカルとグローバルの視点が混じり合った、新たなアイデアの宝庫だった。
「翻訳作業をするときに、本質が見える」。そう教えてくれたのは、そんな京北に拠点を構え、「里山の知恵を世界に繋ぐ」をコンセプトに活動するソーシャルデザインファーム「ROOTS(ルーツ)」の人々だ。
ROOTSは、里山・京北に根付く自然と共生した伝統や技術、地域産業、暮らしの知恵を「Local Wisdom(地域の知恵)」と名付けている。そうしたデータでは表せないいわば暗黙知ともいえるLocal Wisdomと、「World Perspective(世界の視点)」を掛け合わせることで、世界や地域が抱える課題を解決する新たな知恵やイノベーションを次々と生み出しているのだ。
そんなROOTSが今年の2月に開催したのが、京都・丹後の漁業従事者や海洋高校の先生とともにフランス・ブルターニュを訪れ、持続可能な海洋の知恵を互いに交換し合う旅『海の知恵の交流 Cross the Border Project』だ。それぞれの地域の漁師さんが、海の課題を見ながら世界視野で意見交換をする機会となった。
フランスの北西部に位置し、大西洋に面するブルターニュは、ケルト人の移住によって形成され、ケルト文化の影響が色濃く残るフランスの中でも独自の文化を持つ地域でもある。ケルト民族は自然を崇拝し、自然現象や動植物に神性を見出し敬い続けた、自然と深いつながりを持つ民族として知られている。
「ケルト文化圏であるブルターニュは、アニミズムのような価値観もあり、日本と結びつきの強い精神性を持っているように感じました」
今回IDEAS FOR GOOD編集部は、ROOTSの共同創業者である曽緋蘭(ツェン・フェイラン)さんに、「EUの資源活用」や「一次産業に興味を持つための教育の仕組み」、「日本とフランスの“ルーツ”にある共通項」など、今回の旅で得た新たな視点を聞いた。
ROOTS Founder・Social Designer。サンフランシスコで社会課題解決型のデザインプロジェクトに携わり、帰国後ヘルスケア事業の企画・戦略デザインを行う。現在は里山のコミュニティづくりや地域デザインを手がける。
なぜ、丹後とブルターニュがつながったのか?
ROOTSの共同創業者であり7カ国語を操る異文化コミュニケーションのコーディネーターである中山慶さんと、長年海外のデザイナーたちと仕事を共にしてきたフェイランさん。もともと海外とつながりが深い二人だが、そんなROOTSが今回フランスのブルターニュとの協業に至ったきっかけは何だったのだろうか。
「前職の先輩の友人が、偶然ブルターニュから京北に1か月ほど滞在することになりました。その後、その方がブルターニュのパンマールの市議会委員に当選され、京北に根付く知恵の奥深さを感じ、姉妹都市連携したいと言ってくださったんです。ただ、京北は森の民が住む場所で、ブルターニュは海の民が住む場所。そこでパンマール市と相性の良い海の京都である丹後地域と連携することになりました」
コロナ禍には、オンラインでブルターニュと丹後をつないだ一次産業同士の交流会イベント『FOOD CHAT』を文化庁の支援のもと開催。それぞれの海洋従事者や海洋高校の先生、観光協会の人々を集め、お互いの地域の名産品を送り合うなかで多くの質問が飛び交った。
「ブルターニュ側から『ぜひ来てほしい』という熱い要望もあり、ROOTSとしても、Local Wisdom(地域の知恵)をグローバルの視点と結びつけるというまさに理念と一致するものがあり、そこからどんどん渡航の話が進みました」
そうして笹川日仏財団から助成を得ることができ、それぞれの地域や観光資源、地域に存在している伝統的な職業やその知恵をシェアし合う約10日間のブルターニュの旅が決まった。
ブルターニュの漁業市場を歩く
今回の旅のテーマは「漁業市場や漁業制度」「海産物」「食・加工品」「海洋教育制度」「ブルーエコノミー」という5つ。EUでは今、持続可能な海洋資源の管理と利用を促進しながら経済成長と環境保護の両立を目指しており、ブルーツーリズムを推し進めている。ここでは、旅の中でフェイランさんが得たインスピレーションを見ていく。
漁協では、魚をQRコードで管理
フェイランさんが印象的だったと話すのが、漁港漁場でのICT活用だ。海産物を入れるトロ箱一つ一つにQRコードがついている。このQRコードがすべての船と紐づいており、どの魚がどこで売れたのかが管理されているという。
さらに、セリの現場にも日本との違いがあった。EUでは、90年代後半からすべてEUの規定にそってセリ市場がすべてオンラインになっている。
「面白かったのが、日本とは異なる卸売の仕組み。日本のように価格が徐々に上がっていくのではなく、ブルターニュでは最初の高い価格から徐々に値引きされていくんです。これにより、売れ残る魚が出にくくなるのだと感じました。最初の高い価格で魚を購入したい人はすぐに購入でき、値引きされることで『この価格なら買おう』と考える人も現れる。面白い仕組みだと思いました」
EUで行われる資源のマーケットシェア
また、このオンラインのセリ市場には、フランス人だけではなく、EUに開かれておりスペイン人やポルトガル人なども参加できる。それによって、資源のマーケットシェアが効果的に行われているという。
「ブルターニュでは温暖化で南洋のタコが北に上がってきてどんどんその量が増えている問題があるそうです。タコは地元では害獣とされていますが、食べ方がわからず消費されません。一方、タコを食べる習慣があるスペインやポルトガルの人々が積極的に購入しています。これにより、タコバブルのような現象が起こっているんです。気候変動により資源の変化があるものの、EUの大きなマーケットの中で国ごとに資源のマーケットシェアが実現されているのです」
ビーチの資源活用
「ある人は、日本から牡蠣の稚魚を持ち込んだ際、ワカメの胞子も一緒にブルターニュに入ってきたと話されていました。ワカメはブルターニュにとって外来種。海藻を食べる食文化もなかったので、活用方法を探っていました」
そこでブルターニュのいくつかの加工品会社では、ディップやワカメ茶、海藻パックなど新しい活用方法が次々と生まれているという。
「marinoeという会社では、ワカメ以外にも様々な海藻を調理してレシピ開発をしています。海藻だけでなく浜辺の雑草、野草も食べたりしていて。ワカメと昆布が一般的な日本人からしたらそのチャレンジ精神が面白い。これから食料危機といわれる状況の中で、これだけの海藻レシピの開発をしているということに、学ぶことがたくさんあると思いました。ビーチの生態系をトータルコーディネートするのが、本当に上手なんです」
海を越えた日本の鰹節会社の工夫
「次に訪れたのが、鰹節工場。今、フランスだけではなく、世界中で日本食が流行っています。そこにある鰹節市場を拾うためにと、枕崎の鰹節製造組合が地方自治体の協力も受けブルターニュに工場を作ったそうです」
「日本の鰹節の燻製具合は、世界の基準からすると、燻製具合をコントロールしないと輸入ができないらしいんです。なので彼らはEU基準で鰹節を作り直していて、そうするともう包丁から基準が全部違うわけです。またお店で売る場合は、鰹節を食べる文化もPRする必要があり、マヨネーズに鰹節をあえてディップで食べるなど鰹節の利用方法も提案されていました」
異なる文化の地でグローバル化が進む中、その土地にあった新たなレシピや活用法が生まれている。「文化が海を越えて到着したときの、工夫が面白くて」と、フェイランさん。
人々が一次産業に興味を持つための教育の仕組み
ブルターニュは、フランスで最も多くの漁師が働く地域であり、フランス全体の漁獲量の一部を占めている。そんなブルターニュでは、どのような教育がされているのだろうか。
「ブルターニュの海洋学校では、さまざまな年齢の生徒が海の仕事を幅広く学ぶことができます。解体専門の人はそのスキルだけを学び、加工業や観光業を目指す人もいます。船舶のレベルや漁業権の階層が明確で、生徒は自分のスキルをどこまで伸ばしてどの仕事を目指すかを決めることもでき、就職のサポートも学校が提供しています」
ブルターニュの海洋学校には、さまざまな産業の人たちが教えにも来ており、海について多様な角度から学ぶことができる、いわば海の就職先のハブのような立ち位置ともいえる。
海の見える海洋博物館「Haliotika」
海洋博物館「Haliotika」は、漁業や海洋に関する展示を行っており、子どもから大人までがブルターニュの漁業や漁師の生活について楽しく学べる場所だ。
博物館では、魚や甲殻類の種類や捕獲方法をはじめ、現代漁業の技術や持続可能な漁業の取り組みについても知ることができる。行政・民間の船会社・漁協が三位一体で博物館運営をしているのも特徴だという。
「知識を一通り学んだ後には、そこから卸売市場がそのまま見れるようになっているんです。そして、夕方になって博物館に来た多くの観光者が船を『おかえり〜』と迎え入れる。漁港にたどり着いたばかりの船から上がってきたお魚が、そこでさばかれている様子も見ることができます。そんな状態ができあがっていて、だから一次産業がちゃんと盛んなんだなって思いましたね」
日本のスキルが、海外の人々にとって1つの価値になる
フランスでは今、魚の鮮度を保つための「活け締め」が流行っており、人々が見よう見まねでYouTubeなどを通して学んでいるという。
「フランスの漁師さんたちと話していると、やたらと『活け締め』という言葉が聞こえてきて。この活け締めのやり方を、日本できちんとライセンス化して欲しいと言われました」
「日本ではEUの漁協システムのような大きなプラットフォームをつくるのは難しいですが、各漁師さんが継いできた技のコンテンツは世界に通用する、勝負できるなと思ったんです。それぞれが、ローカライズされた独自の高度な技術を持っていたりする。活け締めだけではなく、茶道や俳句などの海外でも通用する技術を形式化し、世界に向けてライセンス化するようなビジネスが、日本の場合は成立するのではないか?と新たな発見がありました」
一次産業でいえば、日本は世界に開いているわけではないが、技術に関しての尖り具合やコンテンツ自体はものすごくユニークだ。EUの規則に合わせなければならないフランスからすればできないようなことも、日本ではできることも多い。日本のスキルは、海外の人々にとって1つの価値になる。そうフェイランさんは語る。
「日本人が日本のブランド力やニーズ、世界の視点を理解して、それに向けて変換していくことが必要だと感じました。これだけ高齢化が進み、継ぐ人がいないというなかで、後継者はもはや外国人でもいいのではないか。継げる状態を作るというほうが、大事だと思ったんです」
民主主義が通った漁業をするために
フランスの最初の海洋保護区である、イロワーズ海洋保護区。ここでは、地域住民や漁業者、観光業者、研究者などと連携して、自然環境を守りながら経済活動を続けるための取り組みが行われている。
「研究者たちが繰り返し言っていたのが、『ここではアングロ・サクソン流の保護のやり方はしない』ということでした」
「アングロ・サクソン的な自然保護とは、自然と人間の営みを切り離して考えていて、”人間が入らない自然保護区をつくる”という考え方です。しかしこの海洋保護区では、太古の時代から人間がずっと漁をしてきて、そのなかで人間が自然の一部として、海のピラミッドのような循環の一つとなってきた。それを今の時代に再現するように、自然保護をおこなっています」
イロワーズ海洋保護区の海洋研究者と漁師は、共同で年単位の目標数値を作っているという。定期的にプランクトンの管理などを行うなかで漁師らが研究者たちが出す数字を把握して理解し、それに対して漁業の目標を立てている。独特なのが、漁師と研究者の溝を埋めるために、間を取り持つNPOがいることだという。
「この中立的な役割を担うNPO自体は、漁師さんたちがお金を出し合って配置しているんです。なぜ漁師がそうしているのかというと、漁に対して批判的な環境団体が現れた際にも、きちんと科学者と取り組んでいることを証明し、漁業の営みを守るためなんだそうです」
「訪れたときの前後にもシーシェパードが来ていて、漁業用の網のせいでイルカがかわいそうなことになっている、と主張していましたが、漁師たちを代表したスポークスマンとしてNPOが対応することで、同等に議論でき、漁師という職業の必要性を擁護することができると話されていました」
「環境保全の視点も漁業従事者の権利の視点も、どちらに対しても市民運動の意識が高いと感じました。それはやはりフランス人にとって、人権を市民が獲得し、フランス革命を起こしたことが、地続きに今につながっているのだと感じました」
フランスと日本の「ルーツ」にあるものとは?
「フランスと日本の関係性はすごく面白い。フランスの方々は彼らの文化の奥深さと同様に、日本の文化をとても奥深いと感じてくれています。フランスは、ヨーロッパの他国との関係性の中で歴史が何千年も紡がれてきたなかでのシビックプライドがある」
「フランスの発達の仕方は地続きで、歴史の中の自分たちの位置を見据えている感じがしました。脈々と続いてきているもののなかで、沢山の移民も受け入れている。首都のパリの治安が悪くなってきている状況でも、はっきりとした境界線でスラム街を作らず、多様な人種を受け入れながらパリの文化をどう維持するか葛藤しながら議論をし続けている。対立しあったり、違う人たち同士が話し合ったりしないと、いい世界が作れないという基本的な考えがあると感じました。ディベートで相手を打ち負かす文化ではなく、意見の違いをぶつけ合ったその真ん中のところに、次の革命や次の可能性を見出している。だからこそ、ディスカッションを楽しむ姿勢がフランス人にはあるのではないでしょうか」
フランスには、「アペロ(apéro)」という文化がある。フェイランさんは、こうした文化が、民主主義の構築につながっているのではないかと話す。
「アペロって、アペリティフ(apéritif)の略なんですが、夕飯が始まる7時・8時までの2時間ほどを、友人や家族とディスカッションなどをして過ごす、社交の場でもあり、井戸端会議のようなものです。これがきちんと文化として成り立っていて、どれだけ忙しくてもやる。彼らは、これを子どものときからやっているんですよ」
そうしたコミュニケーションの在り方は、実は歴史を辿れば日本にもあったのだと、フェイランさんは続ける。
「たとえば江戸時代の林業の歴史を見ると、昔の日本人も山の所有権について話し合い、藩と領民たちが激しく交渉しているんですよ。地方の自治会には、江戸時代から続く地域のシビックプライドが今も根付いています。古来から受け継がれた『結』を参考にすることで、地続きの自分たちのシビックプライドが意識的になる気がします」
「他国から輸入した文化は根付かない」。日本の過去を見つめながら、私たちは私たちにあったやり方を、見つけていく必要があるのだ。
編集後記
「ビジネスで出会っていたら、きっとここまでつながれていないと思うんです。技とか文化とか、数値化できないところの文化的価値を信じている人たち同士が出会う。そこにこそ、次の強い絆が生まれてていく」
そんなフェイランさんの言葉を聞きながら、丹後とブルターニュはそれぞれが違う取り組みをしながらも、ブルターニュが日本から学べること、そして逆に日本がブルターニュから学んでいることの根底にあるものには、どこか共通項があるようにも思えた。
それは決して、日本が遅れているというわけでもなく、フランスが進んでいると言いたいわけでもない。それぞれの文化の中で異なる部分をお互いがシェアしあい、学び合いながら、それぞれに共通するルーツを見つけて出会っていく。
ブルターニュは日本の技術に学び、日本はブルターニュに一次産業の繁栄のさせ方を学ぶことができる。お互いがお互いを対等に見ていくなかで出会う「ルーツ」の部分にこそ、次の時代へのヒントが隠れているのではないだろうか。
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視察メンバー
<ツーリズム>(株)ROOTS:曽 緋蘭・中山 慶
<ツーリズム>(一社)Tangonian: 長瀬 啓二
<教育>京都府立海洋高等学校: 長岡 智子
<食品加工>合同会社tangobar: 関 奈央弥
<漁業>本藤水産:本藤 脩太郎