イギリスといえば、紅茶文化。優雅なアフタヌーンティーをイメージする人も多いだろう。しかし17・18世紀、紅茶文化が始まるもっと以前のイギリスで「コーヒーハウス」なるものが大流行したことをご存じだろうか。
この「コーヒーハウス」とは、コーヒーを楽しむことはもちろん、情報交換をする社交場の意味合いが強く、政治や芸術について議論を交わしたり、商談をしたり、ビジネスの場としても栄えていたという。インターネットやSNSといった気軽に他者とつながるツールがない時代に、コーヒーハウスの社会的役割や影響力の大きさは容易に想像できる。
現代のイギリスの街並みには、世界規模のチェーン店から地元の人に愛される個人経営のカフェやレストランなどが軒を連ねており、それらを利用する人々は、仕事や団らんの場として思い思いに過ごしている。提供する商品や店内のディスプレイなど、その店舗の個性やこだわりは多種多彩だ。そして、イギリスでは社会貢献を組み合わせたソーシャルビジネスのカフェやレストランが多いことにも驚かされる。
本記事では、社会貢献に取り組むイギリスのカフェやレストランの事例を紹介していく。
イギリスで社会貢献に取り組むカフェ、レストラン6選
01. おいしいケーキで女性の社会復帰を支援する「Luminary Bakery」
イギリスでは100万人の女性、ロンドンだけでも18万人の女性が失業しているという(※1)。ロンドンにあるケーキ屋「Luminary Bakery(ルミナリー・ベーカリー)」では、さまざま事情から社会的、経済的に不利な立場にある女性たちがキャリアを築くことができるよう、2年間にわたる支援サポートプログラムを提供している。
このプログラムは社会的自立に向けた支援や雇用の提供だけでなく、居場所や仲間をつくるコミュニティとしても大きな役割を担っており、貧困や暴力といった連鎖を断ち切ることを目的としている。
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※1 国家統計は、VAWGに関する世界銀行2018年報告書、進歩政策シンクタンクおよび政府国家統計から引用
【関連記事】ケーキ作りで女性たちの社会復帰を。ロンドンにあるベーカリーのおいしいヒミツ
【参照サイト】Luminary Bakery
02. 世界初、刑務所を拠点とした受刑者の再犯率を減らすコーヒー焙煎所「REDEMPTION ROASTERS」
逮捕歴や前科がある人にとって、安定した仕事に就くことは時に容易なことではなく、定職がないことで再び犯罪に手を染めてしまう人も多い。この悪循環から起こる再犯率の高さはイギリスも例外ではない。実際にイングランドとウェールズでは、受刑者の46%は釈放後1年以内にまた別の罪を犯し、釈放後2年以内に仕事を見つけた人はわずか36%だという(※2)。
もともとコーヒーの卸会社としてスタートした「REDEMPTION ROASTERS(リデンプション・ロースターズ)」は、受刑者向けのトレーニングを依頼されたことをきっかけに、刑務所内に焙煎所を設立。受刑者がコーヒーの焙煎、生産、物流の実践的なスキルを学び、実際にそのコーヒーを刑務所内外で販売し、その利益を支援プログラムに還元する経済サイクルを創出した。
リデンプションロースターズは現在ロンドン市内にある10店舗のコーヒーショップやコーヒースクールを展開している。刑務所内だけにとどまらず、「コーヒーを通じて再犯を減らす」という使命のもと、障がいや年齢、投獄歴にかかわらず開かれたバリスタの育成や就労支援コーヒーをおこなっている。消費者もコーヒーの購入を通してこの活動を支援できる。
※2 FAQs – REDEMPTION ROASTERS
【関連記事】コーヒーを通じて再犯率を減らす、英国の「刑務所」カフェ
【参照サイト】REDEMPTION ROASTERS
03. 数々の賞を受賞。セカンドチャンスを生み出す高級レストラン「The Clink Restaurant」
受刑者の再犯防止を目的とした別の事例として「The Clink Restaurant(ザ・クリンク・レストラン)」がある。このレストランは2009年にイギリスの刑務所「HMPハイダウン」に公共のレストランをオープンしたのを皮切りに、イギリスの慈善団体「クリンクチャリティー」によって、現在複数の刑務所レストランの展開と、ケータリングやベーカリー事業も運営している。
料理で使われる野菜や卵といった一部の食材や、レストラン内の革製の室内装飾品などは、服役中の受刑者によって作られたものだという。受刑者はレストランの食事の準備と調理、給仕に関する質の高いトレーニングだけでなく、ものづくりからホスピタリティの資格にいたるまで、出所後の雇用に向けた実務経験を得ることができる。実際にこのトレーニングを受け、就職した人の再犯の可能性はトレーニングを受けなかった受刑者よりも49.6%も低くなっているという(※3)。
※3 Charity – CLINK
【参照サイト】CLINK
04. 環境と人にやさしく。学習障害や自閉症を持つ人々を雇用する「Cafe Van Gogh」
ロンドン中心地からやや南、ブリクストンというエリアにある「Cafe Van Gogh(カフェ・ヴァン・ゴッホ)」は、季節の食材を使った植物ベースの料理が有名なビーガンカフェレストランだ。メニューはその時期に合わせて数週間おきに変わる。
彼らは学習障害や自閉症を持つ人々の雇用を支援する慈善団体「Toucan Employment(トゥーカン・エンプロイメント)」と協力して、精神的健康上の問題により課題を抱える人々向けの実地訓練プログラムやサポートを提供している。働く機会を得ることで、彼らの自立を助け、やりがいや自信も創出している。
イギリスでは職を求めている失業中の障害者が39万3,000人いる。学習障害のある人の50%が「働くことを望んでいる、または働くことができる」のだが、実際に雇用されているのはわずか6%(※4)だという。カフェ・ヴァン・ゴッホでは、慈善団体が雇用主と求職者をマッチングし、就職後もサポートすることで、それが持続可能な雇用へとつながっている。
レストランで使用する持ち帰り用容器とコーヒーカップはすべて完全に堆肥化可能な素材でできている。食品廃棄物はリサイクルし堆肥化することで、地球にもやさしい循環システムを構築している。
※4 Toucan Employment
【参照サイト】Cafe Van Gogh
05. コーヒーもショッピングも楽しみながら、依存症の人を支援できる「PAPER & CUP」
薬物やアルコールなどをやめたくてもやめられない依存症は、本人の心身だけなく、時にその家族や友人との関係性にも影響を及ぼす。孤立してしまうことでサポートの機会を得られないまま症状が悪化してしまうことがあるという。
イーストロンドンにある「PAPER & CUP(ペーパー・アンド・カップ)」は、1965年に設立された慈善団体・Spitalfields Crypt Trust(スピタルフィールズ・クリプト・トラスト、以下SCT)が運営するカフェである。SCTは、依存症の人々やホームレス状態の人々を対象に、彼らが永続的に依存からの回復、または路上での生活から脱却することを目的として、より充実した生活を達成できるよう支援している。
PAPER & CUPでは、SCTの回復プログラムのひとつとして、1年間のリハビリトレーニングを実施し、バリスタ育成や雇用の機会を提供。トレーニングの中で彼らはコーヒーの淹れ方の基本を学び、接客や同僚とのコミュニケーションを通して、社会とのつながりを得る。新しいスキルや、人との関わりは依存症の回復に大きな助けとなっている。
店内では、市民から寄付された衣類や書籍なども販売しており、売上は全額カフェの運営と救済プロジェクトに還元されている。
【参照サイト】PAPER & CUP
06. 生産者も労働者も消費者もハッピーになれるコーヒー。ホームレス状態の人を支援する「Old Spike」
イギリスでは家庭内暴力、貧困の拡大を含む新型コロナウイルスの影響によって、少なくとも13万世帯が住む家を失ったという(※5)。終わりの見えない生活費の高騰や物価高により、今後もさらなるホームレス状態の人々の増加が予想される。
「Old Spike(オールド・スパイク)」は2014年、あるひとりのホームレス状態の女性との出会いをきっかけにはじまった。彼らのおもな使命は、スペシャルティコーヒーに関するトレーニングと雇用を通じて、イギリスのホームレス問題の解決に貢献すること。会社の利益の65%は社会的支援に還元し、姉妹組織であるChange Pleaseと提携して、バリスタトレーニングだけでなく、メンタルヘルスサポート、宿泊費を補助し、トレーニング後の就職支援も提供している。
オールド・スパイクで提供するコーヒーは品質にもこだわっている。直接取引や季節性の原則に基づいて、原産国から持続可能な方法で栽培されたスペシャルティグレードの生コーヒーを調達。生産背景に配慮した豆を適正な価格で取引することは、地球環境にもコーヒー豆の生産者にとっても大きな利点だ。
森林再生プロジェクトにも参画し、販売するコーヒー1袋につき1本の木を植える取り組みをしている。人にも地球にもやさしいコーヒーは、オールド・スパイクの店舗や、オンラインサイトからはもちろん、地域のコミュニティカフェにも卸されている。
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※5 英、コロナ禍でホームレス人口増加 – ParsToday
【参照サイト】Old Spike
編集後記
イギリスには、今回紹介したようなソーシャルグッドな飲食店やチャリティショップなど、「日々の暮らしの中でできる社会貢献」が身近にある。「社会貢献」と聞くと、自分とは程遠い一部の限られた人だけの話のように感じられてしまうが、このような日常に溶け込む仕組みがあると、気軽にその活動に参加できるだろう。
大それたことから始めなくても、まずはオンラインでできる寄付や買い物、身近にいる困っている人に声をかけて孤立を防ぐこともまた社会貢献の第一歩だ。
社会的格差とは何だろうか。格差を作り出すのもそれをなくすのもまた人である。
Edited by Megumi