アメリカ=米国じゃない。中南米の痛みと闘争を描く楽曲『This is Not America』

Browse By

※この記事で紹介している楽曲には、流血や、銃による暴力表現が含まれます。

2018年、米国のラッパー、チャイルディッシュ・ガンビーノが公開した楽曲『This is America(ディス・イズ・アメリカ)』は大きな注目を集めた。米国社会で問題となる銃暴力や人種差別などを、踊り出したくなる軽快な音楽と衝撃的なシーンによって描いたものだ。公開してから約1週間で1億回再生を突破し、2023年8月時点で8億9,000回再生されている。

今回紹介するのは、その続編とも、カウンターとも言える楽曲だ。プエルトリコ出身の歌手レジデンテが2021年にリリースした『This is Not America(ディス・イズ・ノット・アメリカ)』。MVがYouTubeで公開されてから、コメント欄には、スペイン語とポルトガル語で「ありがとう」の声が溢れた。

この楽曲の主役は、米国やカナダ以外の「アメリカ大陸にある他の国々(ラテンアメリカの国々)」である。彼らの腐敗や暴力との闘争、そして「痛み」を描いた作品なのだ。

America=アメリカ合衆国、ではない

MVは、米国の地図が映され、その上に“THIS IS NOT AMERICA”と文字が浮かび上がるところから始まる。これは、チリ出身のアルフレッド・ジャーが1987年にNYのタイムズスクエアに展示した作品だ。ラテンアメリカからの移民問題に言及しているとして、当時話題となった。

This is Not Americaの最初のシーン

日本では「アメリカ」というと一般的にアメリカ合衆国を指し、米国人もしばしば自分の国に対して「America」という呼称をあえて使うことがあるが、英語での「America」とは中南米も含めたアメリカ大陸全体のことであり、一国を指すものではない。

全編スペイン語で書かれた歌詞のなかでも、これは主張されている。

「America」とは、アメリカ合衆国のことだけを意味しない
フエゴ島(アメリカ大陸南端部の島)からカナダまでを言うんだ
(America=米国だと思うなんて)とても雑で、とても空っぽなんだ
モロッコ一国だけを指して「アフリカ」と呼ぶようなものさ

América no es solo USA, papá
Esto es desde Tierra del Fuego hasta Canadá
Hay que ser bien bruto, bien hueco
Es como decir que África e’ solo Marrueco’

ラテンアメリカの人々が日常的に聞き、ただ一国だけを指すことの傲慢さを嫌う表現「America」。それを『This is Not America』として昇華させ、アメリカ大陸すべての国々こそがAmericaなのだと表現したことが、この曲の注目ポイントの一つである。

ラテンアメリカの抵抗と闘争が描かれたシーン

MVのなかでは、それぞれ明言はしていないものの、ラテンアメリカの国々の政治的な腐敗や不正、言論封殺、学生デモと虐殺など、象徴的な「負の歴史」との闘いが描かれている。

たとえば、銃を持った女性。彼女は、プエルトリコ出身の女性解放家ロリータ・レブロンだ。1954年に、プエルトリコ独立運動の過程で米国議会議事堂を襲撃した際に、天井に向かって発砲したとされる。MVでも空に発砲し、警備員に連行されるシーンがある。

This is Not Americaの最初のシーン

ステーキを食べているのは、ブラジルのジャイール・ボルソナロ前大統領。後ろには先住民の子供がたたずみ、その姿をじっと見つめている。これはボルソナロ氏が2019年に就任して以降、アマゾン熱帯雨林の伐採と消失が加速したことを示唆している。そして立場の強いブラジルの「お偉いさん」が、そのアマゾン開拓によって手に入れた肉を食べているのだ。

This is Not Americaの最初のシーン

ステーキを食べている途中に、ブラジル国旗で口を拭うボルソナロ氏。大統領でありながら、国の名誉と環境を汚している姿とされる。

This is Not Americaの最初のシーン

最後に、スタジアムで傷だらけになりながら歌っているのは、チリの歌手ビクトル・ハラ。音楽活動だけでなく、政治や教育分野などで幅広く活動し、1973年に軍事政権によって拘束された男性だ。そんなハラが、銃で頭を撃ち抜かれて亡くなるシーンが描かれている。

This is Not America

このシーンの背景には、チリのクーデターによる独裁軍事政権と、それに抵抗した人々の虐殺の歴史がある。ハラは人々のために抵抗の歌を歌い続け、拘束され、拷問を受け、その死を持ってチリの問題を世界に突きつけたのだ。ハラの歌が1973年から1990年まで同国内で放送禁止となったことからも、その言論封殺の凄まじさがうかがえる。

また、「人の頭を銃で打ち抜く」という行動は、冒頭で紹介したチャイルディッシュ・ガンビーノの『This Is America』のオマージュでもある。実際、撃つシーンの直前にガンビーノにあてたとされる「ガンビーノ、マイブラザー、これがアメリカだ(Gambino, mi hermano, esto sí es América)」という歌詞が入っている。

This is AmericaのMV

ガンビーノの『This is Not America』の冒頭シーン

他にも、経済不況やギャングの存在、麻薬の密売、亡命、警察による残虐行為など、ラテンアメリカの負の歴史と、現在も続く不正義が次々に描写されている。

YouTubeには「私たちが表現できなかった痛みを代わりに訴えてくれてありがとう」「私たちラテンアメリカ人を連帯させるものの一つがこんな悲劇なのは、悲しいことだ」「私たちは皆、レジスタンスなんだ」などさまざまなコメントが寄せられている。読んでいると、これまで不正義と闘い、抵抗してきた人々の悔しさのようなものさえうかがえた。

この記事だけでは解説しきれていないMVのシーンも多くある。遠く思える世界のことを、少しでも知るきっかけに。ぜひ音楽に浸ってみてはいかがだろうか。

FacebookTwitter