2023年5月18日、政府は国連が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に取り組む「SDGs未来都市」に、新たに28の自治体を選出した。
選定都市のひとつである広島県福山市は、「福山版サーキュラーエコノミー」の構想を掲げており、デジタルプラットフォームの活用による課題の可視化や資源循環に向けたマッチングの実現に向け、動き出している。
「バラのまち福山」や「デニムのまち福山」とも称される通り、特有の伝統産業も盛んな同市だが、近年はワーケーションや地域おこし協力隊の誘致にも注力しており、多角的な視点で社会課題や地域課題の解決を目指しているという。
そこで今回IDEAS FOR GOODでは、2023年11月17日〜18日に広島県福山市を舞台に開催された「サーキュラーエコノミー研修プログラム(主催:株式会社ジャパングレーライン)」に参加し、その様子を取材した。
福山市でまちづくりに取り組む人々と、他地域から同市を視察に訪れた人々が交流し、学び合い、行動を起こした2日間。本記事ではその様子をレポートする。
ごみ拾いにほんの少しの楽しさを。体験型アクティビティ「旅するごみ箱」
「旅するごみ箱」とは、横幅およそ3.4メートルの魚型の移動式ごみ箱だ。全国各地で自治体、大学、企業、地域住民とごみ拾いイベントを実施している。ごみ拾いを通じて多様な人々がつながりあうこの活動は、参加者が海洋ごみ問題を身体で感じながら、等身大の想いを共有できる機会の創出を目指している。
今回プログラムの1日目に「旅するごみ箱」がやってきたのは、JR福山駅から内海大橋を渡り車でおよそ40分、広島県南東部に位置する、クレセントビーチだ。
「クレセント(crescent)」とは、英語で三日月のこと。ビーチの砂浜が三日月状に続くことから、その名がつけられたという。
イベントが開催された日の広島県福山市の日中の気温は、およそ12度。海岸の風速は強い時で10メートルにも及び、ダウンジャケットを着ていても身震いしてしまう。地元住民が「めずらしい天候だ」と話すほどの、稀に見る空模様であった。
ビーチクリーンには、「旅するごみ箱」の活動を推進する石川県・金沢大学の学生や、地元福山市の職員と住民、東京や兵庫から福山市を視察に訪れた一般参加者、総勢22名が集まった。
「旅するごみ箱」は、40個ほどの板状のパーツをペットボトル本体とキャップで固定して組み立てる。
あいにくの強風ではあるものの、力を合わせ、およそ1時間かけて野外でごみ箱の設営を行った。
さらに、今回は新作の「ミニ・旅するごみ箱」も登場した。
ごみ箱の底に転輪と車輪をつけ、ラジコン操作でごみ箱を動かすことができるようになっている。これにより、参加者のもとに直接行って、ごみを受け取ることができるのだ。
さらに、ごみ箱の両側面にごみを投入するためのいくつかの穴が空いていることも特徴だ。今回は、2つの穴をA穴・B穴とし、「福山と言えば?A:ばら B:港」というお題を用意した。
参加者は、拾い集めたかん・ビン・ペットボトルのごみを投入することでお題に投票できるという楽しい仕掛けだ。
防風林まで風に乗って飛ばされた無数のごみたち
「旅するごみ箱」の設置が完了したら、いよいよごみ拾いの開始だ。
ビーチクリーンとは言うものの、浜辺に見受けられるのはペットボトルやアルミ缶などで、目にみえるサイズのごみばかり。今回の開催地は強風の影響も受け、多くのごみが、砂浜と住宅地を隔てる防風林の周辺に落ちている状況だった。
浜辺のペットボトルを早々に拾い上げると、参加者総出で防風林でのごみ拾いに取り掛かる。
散乱する無数のごみは、発泡スチロールやプラスチック製の食品パッケージなど。そのほとんどが、破損していたり腐敗していたりちぎれ砕けて小さなくずとなっているため、ひとつ一つ拾い集めることは容易ではない。
それでも、めげることなく黙々とごみを拾い続け、およそ1時間後には、「たびするごみ箱」が満杯になるほどのごみが集まった。
「たびするごみ箱」に集めたごみは、海岸から陸地までバケツリレー方式で運搬し、クレセントビーチでのアクティビティが終了した。
「歯ブラシ耐久選手権」で産業を循環型に?アイデアセッション「サーキュラーデザインワークショップ」
ビーチクリーンを終えた参加者は屋内に集い、アイデアセッション「サーキュラーデザインワークショップ」に取り組んだ。
本ワークショップでは、サーキュラーエコノミーの概論解説と、サーキュラーデザインの思考と戦略を身につける参加型のグループアクティビティを行った。
後半の参加型のグループアクティビティでは、創造的なアイデアを生み出すサーキュラーデザイン戦略カード「Circularity DECK(以下、サーキュラリティデッキ)」を活用。
サーキュラリティデッキは、オランダのマートリヒト大学サステナビリティ研究所に所属し、循環型ビジネスモデルのイノベーションに関する研究に従事するJan Konietzko(ヤン・コニエツコ)教授が開発したサーキュラーエコノミー実現のためのツールである。
今回のワークショップで使用したのは、オリジナルの英語版カードを国内企業・株式会社メンバーズが翻訳した日本語版のカードだ。
そして、サーキュラリティデッキを使って考えるのは、「歯ブラシ産業の循環」。
歯ブラシは、大きくブラシと柄の二つのパーツからなるシンプルな構造のため、製造工程や素材の特徴を把握しやすい。また、誰もが日常的に必要としているが、使い捨てで消費されることの多い製品であるから、循環型の産業システムへ意向することの社会的インパクトも大きいはずだ。
参加者は4人ずつのチームに分かれ、グループごとに既存の歯ブラシ産業を循環型に近づけるためのサーキュラービジネス戦略を考える。
素材を変えるのか、販売方法を変えるのか。使い方を変えるのか、歯ブラシ以外の代替品を開発するのか。
産業全体にアプローチしようとすると、その切り口はさまざまである。
歯ブラシの製造者側の視点に立って、サーキュラリティデッキ全51枚のカードをひとつずつめくっていく。「現状の歯ブラシ産業がすでに達成していること」「できていないがすぐに実現できそうなこと」「すぐには実現できないがアイデア次第で実現できそうなこと」と、段階的に分類した。
続いて、チームごとに選んだ実現可能性のあるアイデアを軸に、産業全体にどんなインパクトがあるのかを考える。
資源調達から製造、販売、消費、消費後の製品のゆくえまで、一連の製造消費過程においてどこにどんなパートナーシップが必要なのか、誰がどんな役割を担うのか。どこかで「経済的には価値があるけれど環境には悪影響がある」というような価値の対立が見つかることもある。さまざまな方策を取捨選択しながら、一つのバリューチェーンを作り上げていく。
今回のワークショップで生まれた、ひとつの例を紹介しよう。「全国歯ブラシ耐久選手権の開催」だ。
「我々は、全国歯ブラシ耐久選手権の開催を提案します。参加者は一般消費者で、居住地域ごとのチーム戦です。選手権の開催を通じて、歯ブラシメーカーやガムメーカー、歯医者などの歯磨きに関わるステークホルダーが『オーラル連合』を結成。連合内の協働により、人々の歯の健康を守りながら歯ブラシをより長く使うための啓発やキャンペーンを行います。さらに、歯ブラシを長く使えば使うほど廃棄物が削減できるため、その観点から行政ともコラボレーションをします。選手権に勝った地域には、行政より保険料の割引が与えられます」
「耐久選手権」というゲーム性のあるアイデアで、人々の参加意欲を向上する。そして、企業や団体、官民の垣根を超えた協業を後押ししながら、廃棄物削減による環境負荷も実現する。
サーキュラリティデッキを活用し、さまざまな視点から戦略的かつ創造的に思考をめぐらせることで生み出された新しいアイデアだ。
オンラインセッション「アムステルダムと福山が、サーキュラーデザインで出会ったら? ~海とデニムとツーリズム~」
この日最後のプログラムは、トークセッション「アムステルダムと福山が、サーキュラーデザインで出会ったら? ~海とデニムとツーリズム~」だ。
オランダの事例紹介
・野口進一(株式会社BOSCA.代表)
・西崎龍一朗(サステナブルイベントネットワーク・株式会社ジャパングレーライン)
・神原明子(福山市企画財政局企画政策部長)
・大塚祐太(福山市企画政策課)
・黒木美佳(株式会社ディスカバーリンクせとうち・繊維事業部企画生産マネージャー/HITOTOITO繊維産地継承プロジェクト委員会・副委員長・事務局)パネラー
・河内幾帆(金沢大学融合学域 准教授)
・那須清和(サークルデザイン株式会社代表・Circular Economy Hub 編集長)司会
加藤佑(ハーチ株式会社代表・IDEAS FOR GOOD 創刊者)
2023年5月に内閣府の「SDGs未来都市」に選定され、持続可能なまちづくりへの歩みを進める福山市。そして、福山市と同じく海に面しており、世界最大のデニムの集積地かつ循環経済の先進都市として知られるオランダの首都・アムステルダム。
本プログラムでは、福山市とアムステルダムを中継でつなぎ、トークセッションを実施。各都市のまちの成り立ちや取り組み事例を紹介し、今後の可能性について模索した。
循環型ワークウェアで「産地型サーキュラーエコノミー」を目指す、REKROW
プログラム2日目は、循環型ビジネスモデルを推進する企業の視察だ。
今回は、福山市にあるワークウエア(作業着)のサーキュラーエコノミー・プロジェクト「REKROW(リクロー)」の拠点を訪れた。
株式会社ディスカバーリンクせとうち 繊維事業部企画生産マネージャー兼、HITOTOITO繊維産地継承プロジェクト委員会 副委員長を務める、黒木美佳さんに施設をご案内いただいた。
福山市では江戸時代から綿花の栽培が盛んで、デニムの産地として今日まで発展してきた歴史がある。「REKROW(リクロー)」は、そんな福山市を拠点とする「循環型のものづくり」プラットフォームだ。
今回の視察では、REKROWのプロジェクトのひとつとして、造船会社で使用済みのデニムワークウエアを回収し新たな製品に生まれ変わらせる取り組みをご紹介いただいた。
ワークウエア、すなわち企業のユニフォームとして着古されたデニム。造船の現場で職人たちの命を守るため、その縫製は特殊かつ頑丈だ。回収されたウエアの胸元には、命綱の跡も見える。
ワークウエアとしては役目を終えたデニムでも、その耐久性の高さゆえ、素材としてはまだまだ活用できる状態。
REKROWでは、回収したウエアの縫い目をほどいてパーツに戻し、それを再び縫い直すことで、家具や装飾品、小物に生まれ変わらせている。
生まれ変わった製品は、福山市の名産品として人気を博しているのはもちろんのこと、有名ブランドとのコラボレーションも実現し、さまざまな場所で、さまざまな人に愛され続けている。
今回の視察では、ワークウエアの解体作業(縫い目を解く作業)を体験した。
安価な製品も増えており、気軽に手に入るファッションアイテムとなったデニム。しかし、労働者のワークウエアというデニム本来の役割に立ち返った時、頑丈に縫われたひと針ひと針が人々の命を守っているということに気づかされる。
根気のいる作業だが、ひと針の重みを感じる貴重な体験となった。
取材後記
2日間のプログラムを体験して筆者は、既存のリニアエコノミーの仕組みから廃棄物が全く出ないサーキュラーエコノミーの仕組みに移行するためには、二つの視点から資源循環を考える必要があることを実感した。
一つ目の視点は、すでに社会に出ている資源(製品)をいかにして廃棄せず使い続けていくか。もう一つの視点は、これから使用する資源や製造する製品の設計をいかにして循環型にしていくかだ。
「サステナブル」や「サーキュラー」といった言葉やその概念を用いた新たな製品やサービスの情報を、日々のニュースで見かける機会が増えた。革新的なアイデアや見た目もかっこよく美しいモノも多くある。
人々はそういった「新しい」とか「かっこいい」といったキーワードに惹かれてしまいがちだが、今回の「旅するごみ箱」のアクティビティでビーチや防風林に散乱しているおびただしい量のごみを目にすると、新しい何かや洗練された何かを追い求めることの意味について、強い疑問を抱いた。
他方、「サーキュラーデザインワークショップ」や「REKROW」の視察では、日々の小さな意思決定やそれに係る個々人の思考が社会全体の循環に及ぼすインパクトの大きさを知り、人々を惹きつける「美しさ」とそれによって生まれる内発的動機の重要性を感じた。
これから述べる結論こそ、決して革新的な気づきではないかもしれない。しかし、ズームインとズームアウトの両視点を持って社会構造を見つめることや、日常の些細な行動にこだわりをもつこと、そして自分の心がときめきワクワクするようなアイデアに出会うこと、その全てがサーキュラーエコノミー実現の大きな原動力となるにちがいない。
今回初めて訪れた広島県福山市は、サーキュラーエコノミーが秘める可能性を確信に近づけることができる、学びの場であった。
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【参照サイト】ワーケーションふくやま
【参照サイト】クレセントビーチホームページ
【参照サイト】旅するごみ箱ホームページ
【参照サイト】REKROWホームページ
【参照サイト】株式会社ディスカバーリンクせとうちホームページ
【参照サイト】福山市 SDGs未来都市計画
【参照サイト】内海大橋|広島県公式ホームページ
【参照サイト】えっと福山|福山市産業振興課