精神疾患を抱える人々の「里親」に。ベルギーの町で700年続く、まちぐるみのケア

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長年社会課題のひとつとなっている、メンタルヘルス。日本では、精神疾患の総患者数が2020年に614.8万人に達した。これは3年前(2017年)と比べて約1.5倍の大幅な増加だという(※)。同様の傾向はアメリカや他の先進国にも見られ、改めてメンタルヘルスの問題に注目が集まっている。

精神疾患にはさまざまな治療法がある。症状が軽い場合は精神科に通いながら医師やカウンセラーと共に薬や認知行動療法で治療していくことが一般的だが、症状が重い場合は精神病院に入院する必要が出てくる。近年ではジムやカフェテリアなど快適に過ごせる施設が整った精神病院も多いが、患者は自宅で過ごす日常とは異なる生活を送らなければならない。

そんなメンタルヘルスのケアに、一風変わった方法で長年取り組む町がある。ベルギーのGeel(ヘール)という町だ。

ヘールには、うつ病や統合失調症といった精神疾患を抱える人々を、同じ町に暮らす家族が「里親」として迎え入れる制度がある。患者はいわゆる病人としてではなく、ひとりの個人として尊厳をもって扱われることが特徴で、里親家族とゲームをしたり、家事を手伝ったり、テレビを見たりと、至って普通の日常生活を送る。滞在期間は無期限で、里親家族が可能であれば何十年も同じ家族と暮らし続ける患者も多い。彼らの多くは、里親家族と暮らす中で自信を取り戻したり、生きる活力を得られたりと、大きな効果が出ているという。

ヘールでこの制度の元となる仕組みができ始めたのは、700年以上前の13世紀にまで遡る。NPRの記事によれば、ヘールには、アイルランドから紀元600年ごろに聖ディンプナという聖職者が町に訪れ、精神疾患を抱える人々のために生涯を捧げこの地で亡くなったという伝説がある。この伝説に基づき、彼女を称えるために聖ディンプナ教会が14世紀に建てられ、それがヨーロッパ中で精神疾患を抱える人々やその家族に人気の巡礼地となった。

1480年ごろ町は巡礼者を収容するための小さなホスピスを教会の脇に建てたが、教会の人気が高まったことで収容人数を超えてしまったため、市民に彼らの一部を受け入れてもらうようになったのだという。その後、制度は時代が経つにつれて整えられ、1860年代には市の州立精神病院(OPZ)による専門的な支援が始まり、心理的な治療やカウンセリングを提供できるデイケア施設も作られていった。

里親家族の中には、両親が里親をしていたため子どもの頃から精神疾患を抱える人と共に育ち、自分が大人になってからも里親を継続しているという人もいるそうだ。知り合いや親戚が里親家族となっている人も多い。里親家族のひとりであるChristel Syen氏は、「私たちにとっては、これが普通なのです。私たちは皆、彼らと共に育ちましたから、他の方法(生き方)を知らないのです」milwaukee journal sentinelの記事で話している。里親制度は市民の生活に馴染み、町のDNAとなっているのだ。

女性も外に出て働く人が多くなった現代では、制度が始まった中世のように家庭で常に患者と共に過ごすことが難しくなった。これにより、かつては1,000以上存在した里親家族の数は120にまで減っているという。それでも、ヘールはこの仕組みを継続するため、より多くの家庭に訴求するための取り組みを行っている。努力の甲斐もあって、近年ではこの里親制度がユネスコの文化遺産にも登録された

精神疾患を抱える人々にとって、ありのままで社会の一員として受け入れられることが非常に重要だということを、ヘールの取り組みは教えてくれる。彼らに必要なのは、「治療」ではなく、安心して生きられる「社会」なのかもしれない。もしくは、精神疾患の治癒のベースとなるのが、そうした「社会」なのかもしれない。

原因も症状もさまざまな精神疾患に対する万能のソリューションは存在しないかもしれないが、ヘールが数世紀にわたって続けている“まちぐるみ”のケアから、学べることは多いのではないだろうか。

コロナが精神疾患に与えた影響-アメリカではコロナ禍により、抑うつと不安症が3倍以上に増加

【参照サイト】The Belgian town where families take in people with psychiatric conditions
【参照サイト】In a centuries-old tradition, families in Geel, Belgium, take in those with mental illness
【参照サイト】For Centuries, A Small Town Has Embraced Strangers With Mental Illness
【参照サイト】Safeguarding foster care heritage in the merciful city of Geel: a community-based care model

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