世界では今、自然環境や生態系が法的な権利を持つべきだという「自然の権利」のための取り組みが急速に広がっている。
「自然の権利」という概念は、自然環境が独自の権利を持ち、人間の活動から保護されるべきだという考え方だ。樹木、海、動物、山々を含む生態系が、単なる資源ではなく、人と同じように権利を持っていることを認め、尊重することである。言い換えれば、自然を法律上の財産として扱うのではなく、あらゆる生命形態の自然に存在、存続し、その生命サイクルを維持し、再生する権利があることを認めることを指す。
自然破壊と気候変動は、人類が他の種に対して極度に搾取的な関係を築いてきたことに大きな原因がある。「自然の権利」についての取り組みとは、自然や人間以外の生き物を、法律において所有物から法律上の権利を持つ存在へ変える活動と言えるだろう。
自然の権利をめぐる世界の動き
この「自然の権利」の理念は、アメリカの法律家Christopher Stone(クリストファー・ストーン)氏が1972年に発表した論文「Should Trees Have Standing?(樹木に立場はあるか?)」で世界的に知られるようになった。
ストーン氏は、自然環境に法的地位を与えることで、人間の経済活動が自然を損なうことなく共存できる社会を目指すべきだと提唱したのである。
エクアドルは2008年に憲法を改正し、自然の権利を明記した最初の国となった。ニュージーランドでは、2017年にワンガヌイ川が法的人格を認められ、同様に自然の権利が保障されている。さらに、自然と野生生物を法的実体とみなした米国の30州や北アイルランドの2つの地区に倣い、川、火山、森林に法的権利が与えられている。
一方で、裁判所が自然に有利な判決を下した場合でも、必ずしも明確で前向きなものとは言えないとの指摘もある。例えば、インドのガンジス川は2017年に法人として認められたが、2023年までに汚染が進み、その水のほとんどは飲用できない状態になった。
2021年には、エクアドルの憲法裁判所が重要な判決を下し、ロス・セドロス森林の権利を認め、鉱業やその他の採掘活動が自然の権利を侵害していると判定した。この判決により、ロス・セドロス内の鉱業ライセンスが取り消され、森林保護が強化されると同時に、判決内容がきちんと遂行されるようにその実行状況を監視するための取り組みが生まれた。ニューヨーク大学法科大学院のTERRAプログラムによる「More Than Human Life Project(MOTH)」だ。
MOTHプロジェクトは、自然の権利の実施状況を評価し、これを促進するための実験的なプラットフォームを提供している。2024年6月に発表された報告書で、ロス・セドロス判決の実施状況と政府および企業の遵守レベルを評価し、自然の権利を守るためのさらなる取り組みを推進している。MOTHプロジェクトは、司法だけでなく科学、文化、芸術との連携も強める。
このように厳しい監視まで実施する理由は、司法だけでは事が進まないことを過去から理解しているためだ。このように、世界では自然の権利が認められ始める一方で、結果が伴わないことに危機感を募らせる専門家たちが、いかにこうした考えと意思決定が社会経済に織り込まれるかを注視している。
自然の権利を法的に認める動きが強まるオランダ
世界の他の国々と同様に、オランダでも自然の権利を法的に認める動きが強まっている。
アムステルダムを拠点とする自然保護活動家であるJasper Baaij(ヤスパー・バーイ)氏は、自然の権利を推進している。彼は、2015年から環境団体と協力し、自然の権利を法的に認めるためのキャンペーンやワークショップを開催している。特に、若い世代への教育に力を入れ、学校や大学で講演を行い、自然保護の重要性を訴えている。
さらに、「Stichting Rechten van de Natuur(自然の権利財団)」の創設者であるJessica den Outer(ジェシカ・デン・アウター)氏は、オランダの立法や規制に自然の権利を導入することを促進。2023年には著書『自然の権利(Rechten voor Natuur)』を出版した。スペインの汚染された塩水湖マルメノールが法的権利を認められた事例など、法的に自然の権利を認める動きが広がっていることを紹介している。彼女は、一般市民の活動が法律の変革を促してきたことを強調し、誰もが自然の権利を推進するための役割を果たすことができると示している。
また、同氏は国際環境法の修士号を持ち、2019年には国連のハーモニー・ウィズ・ネイチャー・ネットワークで最年少の地球中心法律専門家の一人として認められた。
2023年11月7日、リンブルフ州エイスデン・マルグラテン市は、自然を「法的主体」と宣言する動議を承認(※1)。これは、オランダの自治体として初めて自然の権利を認めた動きとなった。自然の権利財団との連携のもと、地元の進歩的な党PROのFranklin Boon(フランクリン・ブーン)議員が提案したこの動議は、多数派の賛成を得て可決された。ブーン議員は「自然の権利を法的に認めることで、以前のように対応が後手に後手になってしまうことを防ぎ、自然の利益を積極的に守ることができる」
とメディアTrouwにその意図を語っている。
同市は、豊かな自然資源と生物多様性を持ち、これが現住民と未来の世代の幸福にとって計り知れない価値を持つと認識し、こうした決断に踏み切った。
さらに、2024年5月24日、オランダの動物党に所属するJudith Krom(ユディト・クロム)議員は、自然の権利財団の後押しを得て、アムステルダムの自然に権利を与えるための提案を市議会に提出。自然に法的人格を付与し、都市の意思決定に自然の視点を組み込むことを求めた(※2)。2024年7月初旬にも市議会の決定がわかる見込みだ。
「自然の権利」を取り入れる場
同様に民間でも、このような自然の権利の思想を取り入れたプロジェクトが増えている。
自然の権利の理念を具体的に実践するための組織「Zoöp(ゾープ)」
2020年、アムステルダムを拠点に、建築家のEva de Klerk(エヴァ・デ・クラーク)氏と環境学者のErik Wiersma(エリック・ウィアスマ)氏によって「Zoöp(ゾープ)」という自然の権利の理念を具体的に実践するための組織が設立された。
Zoöpは環境保護の専門家やエコロジストを組織の意思決定プロセスに参加させることで、自然の権利を守るための意見を反映させる。この仕組みにより、企業は環境負荷を最小限に抑えつつ、持続可能な経営を実現することが可能となる。Zoöpは、ビジネスの持続可能性を高めるだけでなく、自然環境との共生を実現するための重要なステップを生み出すわけだ。
サーキュラーエコノミーと自然との共生の実験の場「Zoöp De Ceuvel」
また、2013年に始まったアムステルダムのリビングラボで遊び場、そして循環型の再開発の手本とされてきた「De Ceuvel」は、2023年に当初予定されていた10年のプロジェクトを完了して解体される予定だった。
汚染された土壌の毒素を植物が吸い上げ、土壌は回復。起業家や住民の憩いの場となるだけでなく、アムステルダム北区のアイデンティティを確立したプロジェクトとなった。惜しまれながら、廃棄にならない形で建物をつくる資源は取り外され、他の場所で新たな目的のために使われることになっていた。
しかし、De CeuvelはZoöpと連携し、さらなるサーキュラーエコノミーと自然との共生の実験の場、「Zoöp De Ceuvel」として2023年11月に再スタートを切ったのだ。Zoöp De Ceuvelは、月に一回この場所を形作るすべての命との「意見交換の場」を持つことを予定するなど、持続可能な都市開発のモデルとして、多様な命との共生と自然の権利のあり方を場所づくりに組み込むための実験の場として継続することになる。なお、現在の予定ではこのプロジェクトの期間は2年間となっている。
自然の権利をわかりやすく伝えたプロジェクト「ドメル川の政治」
2023年のダッチデザインアワードを受賞した「DommelPolitics(ドメル川の政治)」というプロジェクトは、オランダ・アイントホーフェンからベルギーにまたがるドメル川を舞台に、この川に暮らす生き物たちを主役にしたとき、どんな政治が行われるのかを想像したものだ。
様々な生き物が、それぞれの立場から理想的なドメル川について主張。例えば、ラッコのブルーノ・バウマン氏は、未来の建築家党からの出馬。人間は環境をもっと尊重するべきだと主張した。建築資材からの汚染を10~20%削減することや、川への不法投棄への厳しい取り締まりなどを要求している。
トンボのフェリックス・ファセット氏とカエルのキラ・カウドブロード氏は原住民統一党からの出馬だ。ドメル川は最も美しい川であり、彼らアイントホーフェンの原住民にとってのアイデンティティでもあると語る。最高の水質を誇るこの川の原住民である生物が暮らすスペースを確保するため、川幅を広く、水深も深くするべきだと主張。人間の建造物は川から遠い場所にのみ建設を許可するべきだと表明している。
実際に投票してみると、投票する候補者によって、目の前に映し出された川の映像にも変化が起きる。様々な生き物の立場を理解し、自然の権利を考えるための非常に興味深い作品だ。
日本における「自然の権利」の動き
一方、日本国内でも「自然の権利」を巡る動きは見られる。1995年2月、鹿児島地裁で日本初の訴訟が始まり、奄美大島の特別天然記念物であるアマミノクロウサギなどの希少動物を原告としてゴルフ場開発に反対する訴訟が起こされた。
この際には動物は原告になれないとして訴訟自体は棄却されたものの、住民の反対と世間からの関心の高まりによって開発自体はたち消えとなった。さらに、2023年9月には、沖縄・石垣島でカンムリワシを原告に加えたリゾート開発反対訴訟が那覇地裁に提起された。この訴訟は、自然の権利を法的に認める動きの一環として注目されている。
今後、政治やビジネスに対して働きかける組織や団体が生まれてくるとこうした取り組みが一気に加速するはずだ。
世界で進む「自然の権利」を認識し、守るための取り組みは、自然を増幅させることを目指す社会経済にとって大きな力となっている。その中でも、こうした分野において民間企業に展開するスピードの早いオランダの動きは、今後も注視していきたい。
※1 Limburg council gives “nature” the right to be heard in court
※2 Rechten van de Natuur in Amsterdam
【関連記事】法廷に立つ「自然」は気候危機を止めることができるか
【関連記事】自然の権利とは?
Edited by Erika Tomiyama