【現地参加レポ】オランダのデザインウィークが掲げた「5つのミッション」から見る。気候変動時代のデザイナーが果たすべき役割とは?

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2023年10月21日から29日までの9日間、北ヨーロッパ最大のデザインの祭典、ダッチ・デザイン・ウィークがオランダ・アイントホーフェンで開催された。実際にその場に足を運び、目の当たりにしたデザインの数々をお届けする。

今年のテーマ「Picture this」やダッチ・デザイン・アワード受賞作品については前回の記事「【現地参加レポ】オランダのDutch Design Week2023受賞作品が映し出す、デザインの今」で紹介した。

この記事では、ダッチ・デザイン・ウィークがデザインの最先端を行く理由をさらに解説していきたい。大事なのは、デザイナーたちが、デザインの今と未来を形づくる「5つのミッション」をもとに作品に息を吹き込む点という点だ。これらのミッションを理解することは、現在の社会経済の課題や勝機を様々な視点から理解することに他ならない。これら5つのミッションと、それを代表する今年の作品について解説する。

2023年5つのミッション

今年のDDWのミッションは、次の通りだ。

  1. 私たちの生活環境の創造 | CREATING OUR LIVING ENVIRONMENT
  2. 平等な社会の達成 | ACHIEVING OUR EQUAL SOCIETY
  3. 健康とウェルビーイングの促進 | BOOSTING OUR HEALTH & WELLBEING
  4. デジタルの未来への挑戦 | CHALLENGING OUR DIGITAL FUTURE
  5. 繁栄する地球の実現 | ENABLING OUR THRIVING PLANET

それぞれのミッションと、それを代表する作品を見ていこう。

1. 私たちの生活環境の創造 | CREATING OUR LIVING ENVIRONMENT

私たちの生活環境・モビリティ・そのための素材をデザイン(設計)することは、私たち自身の生活の質を形作ることだ。私たちがどのように暮らせば、環境を破壊せず、生態系にとってプラスの影響を及ぼしつつ、快適に日々を送れるだろうか。こうした問いを持ち、生活環境やモビリティ、そのための素材の設計に光を当てた作品とはどのようなものだろう。

地域の自然保護・バイオベースの建材生産・農家の収益性向上を実現する「Possible Landscapes」

どのような地形のもとにどういった建材をつくるか示した展示を前に、質問を投げかける参加者が途切れることはなかった|Image via Biobased Creations

「Embassy Circular」という大型展示の中でひと際目を引くのは、バイオベースの建築物を実現するために、様々な素材や手法が飾られた「Possible Landscapes(実現可能な風景)」というプロジェクトだ。この作品は、CO2排出量を減らすために「農家」を主人公にする。オランダのブラバント地方東部にある泥炭地を保護し、その地域の自然を維持しつつもバイオマテリアルの未来を提案するプロジェクトで、リジェネラティブなインフラの構築に取り組む。リジェネラティブな都市のあり方を模索するための研究だ。

まず農地の一部を水で満たし、その上で、こうした環境で育てるのに適した新しい農作物や建築材料の可能性を探求する。未来のビジョンをつくりあげるために、農家や政府、専門家、さらには建材を使う先の建築事務所やインテリアデザイナーなどが産業横断・セクター横断で協力して、地域社会のためのプロジェクトを進めている。

農地でバイオベースの建材を育てることは、農家にとっての高い収益性のある農作物を育てるチャンスだ。さらには、建材を通して窒素や二酸化炭素を固定する試みも行われ、農家が政府に課せられている環境負荷削減の実現にまで大きく前進させる取り組みとなる。

この展示には実際にオランダのマキシマ王妃が見に来ていたことでも話題になり、国を上げてサーキュラーエコノミーに取り組むオランダ国内の関心の高さが伺える。

2. 平等な社会の実現 | ACHIEVING OUR EQUAL SOCIETY

社会における平等を達成するには、すべての人を大切にし、尊重し、活かすシステムと、すべての人々同士の相互作用を(再)設計する必要がある。これには安全性、包括性、つながりが鍵となる。平等な社会の実現のためのデザインが光る作品をみていこう。

抑圧の歴史からエンパワーメントの象徴としてのスタジアムチェア「Crafted Liberation」

作品を作ったデザイナー、ニラ・レザイさんとクリストファー・クレイナーさん|Photo by Masato Sezawa

次に紹介するのは、「Crafted Liberation」と名付けられた、女性のエンパワーメントの象徴としてのスポーツスタジアムチェアだ。

この作品は、イランの文化的背景を持ち、オーストラリアで活動するデザイナー、ニラ・レザイさんの手でつくられた。この作品をつくる思いの裏には、いくつかの事件やうねりがあったという。

イランでは今現在も女性は頭を覆う布ヒジャブをかぶらなければいけないという厳格な服装規定がある。そしてその規定に違反したとして、2022年に逮捕されたクルド系女性マフサ・アミニさんが、拘束中3日後に死亡した。

さらに、イラン国内では女性がスタジアムにおける男子スポーツ観戦を禁止されてきた歴史もあるが、特にこの数年、これに反対する声が大きくなっていた。サッカーファンの女性が2019年に男装して入場した後に見つかり逮捕され、その後裁判所への出廷の際に焼身自殺を図り、そのやけどが原因で亡くなったことを受け、抑圧に対する不満が噴出。そうした声を受けて、2022年8月には1979年以来初めて女性のサッカー観戦が認められた。

ニラさんは、沈黙を強いられてきた女性の声を代弁して届けるため、世界中のイラン女性に不要になったヒジャブを寄付するように呼びかけた。寄付してもらったヒジャブとリサイクルポリマーとを用いて、もうひとりのデザイナーであるクリストファー・クレイナーとともに、抑圧という伝統を、エンパワーメントの象徴としてのスタジアムチェアに作り替えた。ヒジャブは女性に強制されるべきでなく、着るも着ないも自身の選択であるべき、というのがニラさんが込めた想いだ。

3. 健康とウェルビーイングの促進 | BOOSTING OUR HEALTH & WELLBEING

このミッションは、食事からヘルスケア、個人の幸福に至るまで、私たちの生活の質を全体的に高め、私たちの最大の資産である健康を向上させるためのデザインに光を当てる。

人と地球との関係性を育むプラットフォームとしての「BURO MISO」

アムステルダム拠点のアーティスト・リサーチャーのアルネ・ヘンドリックス氏|Image via Dutch Design Week

会場内を見渡していると、急に「MISO」なる文字が目に飛び込んでくる。驚いて足を止めると、「みそ、食べてみる?」といって大ぶりの輪切りきゅうりにミソをのせたものを手渡された。ひとくち口に含むと、瑞々しいきゅうりとともに風味豊かな味噌がいっぱいに広がり、おいしい。

これは、アムステルダムを拠点にするアーティスト、リサーチャーのArne Hendriksさんによるプロジェクト「BURO MISO(ブロ・ミソ)」だ。BURO MISOは味噌を作るワークショップであり、味噌愛好家ネットワークへの招待であり、動物性タンパク質から植物性タンパク質への移行可能性に関する参加者への投げかけでもある。しかも驚くことに、このプロジェクトはRabobankというオランダの銀行と連携して彼がここ何年も取り組んでいる、経済成長に対する「収縮」の解としてのひとつの提案だというのだ。

Arneさんは、味噌は、心にも健康にも、そして地球にとっても良いと語る。味噌を作れば、人間が植物、動物、菌との共存について、そして、待つことを通じて忍耐力や時間の認識、協力の重要性について理解が深まる。つまり彼は、味噌を単なる食べものではなく、より多くの存在との良い関係を築くためのプラットフォームであると捉えているのだ。

彼の問いはこうだ。「17世紀、オランダの黄金時代に、東インド会社が日本から味噌を輸入していたらどうなっていただろう」「もしも当時味噌がオランダに伝わっていたなら、オランダの料理、農業、畜産業は全く違ったものになったに違いない」

この仮説をきっかけに、Arneはクリエイター、科学者、農家などと、小さなチームを組み、オランダ・ゼーラント州で栽培された空豆を使用して味噌を作り始めた。まもなく、オランダとヨーロッパで味噌の素晴らしさを広めるために、1,000人からなるネットワークができる予定だ。

現在、オランダではウマミの味を出すために、主に肉や乳製品を多用している。しかし、味噌も多くの食品にウマミの風味を加えることができ、体にも良いとされている。「味噌がオランダにきちんと伝わっていれば、オランダの食文化は今ほど肉や乳製品に依存していなかったのではないか」というのが彼の仮説だ。タンパク質の移行、資源循環、人の体へのポジティブな働きなど、どの観点からも良いというのだ。この味噌の可能性を信じた彼は、2023年日本でオランダと日本で作ったそれぞれの味噌から合わせ味噌を作る、「味噌結婚式」まで行っている。

Arneさんは、環境問題や持続可能性、そして健全な地球の未来に向けた創造力を刺激する作品を発表し続けており、2021年のDDWでは「十分である」という価値観を広めるための「腹八分村」も生み出した。また、アムステルダムでは、菌糸体の上を素足で踊って活性化するためのダンスイベント「Gentle Disco」なども企画して行っている。

靴下で踊り倒すほどエコになる?アムステルダムの街角ディスコの秘密

4. デジタル未来への挑戦 | CHALLENGING OUR DIGITAL FUTURE

デジタル未来への挑戦というこのミッションでは、仮想世界から人工知能、グローバル・プラットフォームから個人の体験に至るまで、私たちのデジタルの現在と未来を探求したデザイナーたちの作品に光を当てる。

AIにおけるジェンダーと人種バイアスに挑戦する初めてのツール「Missjourney.ai」

様々なバックグラウンドの女性が高度専門家として当然存在する未来を映し出すAIツール「Missjourney.ai」|Photo by 西崎こずえ

  • 作品名:Missjourney.ai(ミス・ジャーニーAI)
  • デザイナー:Lisa Klop
  • URL:https://missjourney.ai/

「高度専門家の人物像を見せて」とAIに尋ねると、そこに女性が映し出される確率は2割にも満たない。デザイナーのリサ・クロップさんの作品、「ミス・ジャーニーAI」は、TEDxアムステルダムのプロジェクトのひとつとしてこのMissjourney.aiを開発した。深刻な性別と人種に関するバイアスが見られ、こうしたバイアスや固定概念に挑戦するためにつくられた初めてのAIツールだ。

AI(人工知能)は過去に学ぶが、これまで存在してきた差別やバイアスも学習してしまうことが指摘されてきた。AIを活用する場合、「AIは差別するもの」という前提に立ち、こうしたバイアスを排除するための仕組みをつくる必要性があるのだ。ツールを開いてみると、弁護士、シェフ、IT専門家、機械工、金融アナリスト、などと言った肩書が並ぶ。多くの人が男性(そして多くの場合、人種や年齢にも偏りがある)の人物像を想像するのではないだろうか。

自分の頭の中でこうした人物像を思い描き、その肩書をクリックしてみよう。すると「未来を変更しています」の文字が踊る。数秒の後に浮かび上がってくるのは、様々な姿の女性だ。人種や年齢も実に多様なことに気づくだろう。「想像できないものは達成できない」というコンセプトから、こうした形で未来を見せることで、達成できる未来にしてしまう。女性をエンパワーする力強いメッセージだ。

5. 繁栄する地球の実現 | ENABLING OUR THRIVING PLANET

このミッションは、健全な地球のために、自然の力を引き出したり、自然の力を妨げないためのデザインに光を当てる。このミッションについては、かなり多くの作品があったため、3つのプロダクトと1つの仕組みについて、まとめて紹介したい。

100%リサイクルのレンガ「Just One Brick(ただひとつのレンガ)」

中国の陶磁器廃棄物からつくられる100%リサイクル素材のレンガ|Photo by Masato Sezawa

この陶器廃棄物をリサイクルしてつくるレンガは、Just One Brickというプロジェクトとして、中国のデザイン事務所Yi Designが手掛けている。中国では毎年1,800万トンの陶磁器廃棄物が出ており、それのほとんどが生産段階に発生する。この廃棄物を利用して透水性のレンガを製造。つなぎにプラスチックやコンクリートを使用せず、リサイクルミネラルを使用した。Just One Brickは、100%リサイクル材料でできている。

Just One Brickを道路などに使えば、水を通すので、降った雨はそのまま大地に吸収され、浸水被害を最小限に抑えるなどの効果が期待される。実際にスターバックスやルイヴィトンなども店舗の内装で使用しており、日本の建築家も興味を示しているそうだ。

使うのは水だけ。アフリカの食料を冷たく保つ知恵を生かした電気を使わない冷蔵庫「Tony」

冷蔵庫「トニー」を設計したドイツのデザイナー、リア・ロレンスさん|Photo by Masato Sezawa

この冷蔵庫を設計したのは、ドイツのデザイナー、リアさんだ。彼女は電気を使用せずに食品を保存するための方法として、粘土を使用した冷却方法に着目。特に、冷蔵庫で保存するには冷たすぎて、室温で保存するには温かすぎるという特性を持つ、野菜や果物、パンなどの食品の保存に適している。水をタンクに入れると粘土が吸収し、水を吸収すると冷える。そうして内部に最適な保存環境が生まれる。この冷却方法は、電気料金の上昇やSDGsの研究からインスパイアされて生まれたようだ。

プラスチックから作られた罪なアイスクリーム「Guilty Flavours」

プラスチックから取り出した材料を香料としてつくったバニラアイスクリーム|Image via Eleonara Ortolani

  • 作品名:Guilty Flavours(罪の味)
  • デザイナー:Eleonora Ortolani
  • URL:eleonoraortolani.com

ロンドン拠点のデザイナー、エレオノラさんはプラスチックの素材から、身体に害のない材料を取り出し、バニラ香料をつくることに成功。プラスチックを使うことで、プラスチックは気候危機に加担している罪があると批判して「罪の味」と名付けた。

このプロジェクトの背景には、彼女が感じている産業界への違和感があった。多くの企業はプラスチック廃棄物をバージンマテリアルと混ぜることで、「アップサイクルしたサステナブルな製品」として宣伝しつつも、これら製品はその後使われたら捨てるしかない。つまり、2回目はリサイクルができない製品であることが多いのだ。

アイスクリームという食品を作品にしたのは、エレオノラさんは「食は私たちにとって強力なツールであり、環境を変える手段であるから」だそうだ。(ちなみに、合法的にこのアイスクリームを食品として販売することはまだできない。)

川に住む様々な生物を候補者に見立てた「ドメル川の政治」

Image via DommelPolitics

「ドメル川の政治」と名付けられたこの作品は、オランダ、アイントホーフェンからベルギーにまたがるドメル川を舞台に、人ではなくこの川に暮らす生き物たちを主役にしたとき、どんな政治が行われるのかを想像した、デルフト工科大学の学生らとアイントホーフェン市による共同プロジェクトだ。様々な生き物が、それぞれの立場から理想的なドメル川について主張。参加する人は実際に投票でき、その結果が川の様子に変化をもたらす様子がわかるようになっている。

例えば、ラッコのブルーノ・バウマン氏は、未来の建築家党からの出馬。人間は環境をもっと尊重するべきだと主張。建築資材からの汚染を10~20%削減することや、川への不法投棄への厳しい取り締まりなどを要求している。ラッコの生息に必要な木が成長できるスペースも確保していく方針だ。

「よりよい明日を、ともに。アップストリーム党に投票しよう」ガチョウのドナ・ドリファー氏は、「川がありのままの場所を流れたいように流れる権利」を保証すべきだと主張。羽を休め巣作りするための大きな木が足りていないため、大きな木を植樹し、一方で、人間も川を楽しめるようにピクニックやBBQの場所を確保する方針だ。人が遊んだあとに持ち帰らず増えるごみについては、これらを食べられる素材のものに変えることが重要だと主張している。

続いて、トンボのフェリックス・ファセット氏とカエルのキラ・カウドブロード氏は原住民統一党からの出馬だ。ドメル川は最も美しい川であり、彼らアイントホーフェンの原住民にとってのアイデンティティを司る場所であると語る。最高の水質を誇るこの川の原住民である生物が暮らすスペースを確保するため、川幅を広く、水深も深くするべきだと主張。人間の建造物は川から遠い場所にのみ建設を許可するべきだと表明している。

参加者は、こうした候補者のなかから自分の選ぶ一党に投票する。投票方法も、実際にオランダで用いられている選挙の投票方法を再現しているという徹底ぶりだ。

実際に投票してみると、投票する候補者によって、川の様子にも実際に変化が起きる。ゲームの要素を取り入れて、見る人を引き込み、市民が自然と触れ合い、その重要性を理解するための場所として設計されている。

編集後記

5つのミッションとは、デザイナーが社会にもたらす価値と役割をDDWのレンズで解釈したものである。つまり、DDWの考えるデザイナーの役割とは、生活環境、平等な社会、健康とウェルビーイング、デジタルの未来、繁栄する地球といった、私たちが目指す未来を切り開く先駆者なのだ。こうしたミッションのもとにデザイナーらが命を吹き込む作品には、その使命感が確かに力強く息づいている。世界的にデザイナーとしての役割が拡大するなかで、日本でもデザイナーにより大きな裁量を託していくことで、こうしたシステミック・チェンジを加速させられるはずだ。

さらに近年興味深いのは、BURO MISOなどのように、日本に古くから伝わる価値観や文化にサーキュラーエコノミーを見出し、現代のヨーロッパに持ち込む動きが見られる点ではないだろうか。私たちも身近にある価値観を改めて見つめ直し、社会経済に活かすことができるはずである。

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