近年、生物多様性への関心が高まっている。
生物多様性は、人間を含むすべての生命を支えるプロセスにとって不可欠なものだ。地球上には多種多様な動物、植物、微生物が存在し、それら数多くの種が食物連鎖や共生関係を築くなどの形で互いに影響しあい、バランスをとっている。一部の種が失われることがあれば、その種に関連の高い種の存亡にも大きな影響が及ぶことになるのだ。
しかし、現在その生物多様性のバランスが崩れ始めていることがわかっている。例えば、WWF(世界自然保護基金)とロンドン動物園協会(ZSL)が公表しているLiving Planet Report 2022によると、1970年以降、野生生物の個体数が平均69%減少していることが明らかになった(※1)。
そんななか、現在、世界的に生物多様性の回復を支援する動きが起こっている。生態系の多様性を保全するためには、傷ついた生態系の修復が重要だ。そこで注目されている概念の一つに「再野生化」がある。
再野生化(Rewilding)は、生態系の修復における人間の介入度合いをできる限り弱めて生態系本来の働きに委ねる、自然保護に対する先進的なアプローチだ。生態系の保護や管理をある程度は行うが、その後徐々に人間による介入を減らして生態系本来の力にその修復を託し、自然(人間以外)に裁量を引き渡していくのが特徴だ。
再野生化の取り組みでは、保護・管理対象のエリアに生息する頂点捕食者や相互作用の強い種を保護または再導入するなどの手法がとられる。再野生化に取り組む団体ごとにその定義や理念には違いがあるものの、いずれも持続可能な生物多様性と生態系の健全性を回復させることに焦点を当てている。
本記事では、国内外の「再野生化」の取り組みを5つ紹介していきたい。
国内外の再野生化事例5つ
オオカミの再導入(アメリカ・イエローストーン国立公園)
アメリカのイエローストーン国立公園では、再野生化のためにオオカミの再導入が行われた。
同地では1900年代半ばまでにオオカミが一掃されていた。その背景には、1900年代初頭の価値観の影響がある。当時は、生物多様性を保全する観点で「捕食動物である狼が草食動物の数を減らす原因である」と考えられていた。そのため、オオカミは駆除されることになり、1926年に最後のオオカミが駆除されて以降、イエローストーン国立公園にいたオオカミは完全に姿を消してしまった。
しかし大型捕食動物であるオオカミがいなくなったことで生態系のバランスが崩れてしまうことになる。大型草食動物であるシカ科のエルクが増加し、同地の植生に多大な影響が及んでしまったのだ。
そこで行われたのが、1995年、区域一体の再野生化のためのオオカミの再導入だったのだ。
1995年にハイイロオオカミが導入された際には、オオカミがエルクを絶滅させるのではないかと危惧されていたが、2020年に公開されたナショナル・ジオグラフィックの記事によれば、オオカミによって弱った個体や病気になった個体が間引かれることで、むしろエルクの群れが安定するようになったという。
ビーバーの再導入(イギリス)
イギリスのユーラシアビーバーはかつてヨーロッパとアジア全域でよく見られていた。しかしその毛皮と食肉のために大量に狩られ、16世紀までには、イギリスを含む多くの国で絶滅してしまった。
近年、ビーバーをかつての生息地に戻す取り組みが活発化しており、2021年以降、イギリス国内の数カ所でビーバーが再導入されている。これらの再導入は、ビーバーの個体数を回復させ、自然の生息地に復帰させる上で極めて重要な役割を果たしてきた。
たとえば、イギリス南西部のデボン州のオッター川では、イギリス環境省と地元の自然保護団体Devon Wildlife Trustが共同でビーバー導入実験を行っている。野生のビーバーは絶滅したはずだったが、2008年ごろ、オッター川に再びビーバーが現れるようになった。ペット用が逃げたのか、誰かが放出したのかは明らかになっていないが、ビーバーが繁殖していたのだ。
イギリス環境省は当初、ビーバーが自然の生態系を壊すと判断し、駆除を計画した。だが、Devon Wildlife Trustは駆除に反対し、ビーバーが環境に及ぼす影響・効果についてモニタリングを行った。その結果、生態系を壊すどころか豊かにすることが判明したのである。
ビーバーが環境に与える影響は大きい。近年、気候変動によって悪天候が頻発するようになっているが、ビーバーが木の枝、泥、石などの自然素材を使って作り出すダム(以下、ビーバーダム)は洪水の影響を最大60%軽減し、水流を減らしてインフラなどへの被害を防ぐことができる。
また、ビーバーが作り出した新たな湿地やその周辺に見られる青々とした植生は、山火事の進行・拡大を食い止める天然のバリアとなる。さらに、ビーバーダムが作り出す湿地帯は周辺地域の新しい植物の生育を促し、炭素の吸収源となるため、ビーバーダムの存在は炭素の回収にも役立つ。水質改善、魚類や両生類等の生物の増加などの効果もみられた。
バイソンによる生態系の再構築(イギリス)
ヨーロッパ最大の陸上哺乳類であるヨーロッパバイソンは家畜の牛と同じ科に属する。だが、体重は1トンにもなり、木の幹をひっかいたり、地面を転がって砂浴びしたりするなど、家畜の牛とは異なる独自の習性がある。
イギリス・ケント州では、そんなバイソンならではの習性を活かした再野生化プロジェクトが行われている。
イギリスの環境・食料・農村地域省が所管するナショナル・バイオダイバーシティ・ネットワークによる2019年のレポート「ステート・オブ・ネイチャー」では、イギリスにおける生物種の消失につながる重要な要因のひとつとして森林管理が取り上げられている。
そこで地元の森林をよりよく管理し、生物多様性を向上させるため、2022年7月、ケント州の自然保護区「ウェスト・ブリーン・アンド・ソーンデン・ウッズ」に数頭のバイソンが放たれた。計画では、バイソンたちが好きなように植物をはみ、木々を倒すことで、多様な動植物が生息できる植生が調整されるとしている。バイソン導入の効果として期待されていることの例には、バイソンが樹皮を食べることで外来種の針葉樹が枯れること、それにより多くの昆虫の生息地となる枯れ木が作られることなどがあげられる。
再野生化の一般的な考え方は、生態系の修復における人間の介入度合いをできる限り弱めて生態系本来の働きに委ねるものだ。たとえば林床に光が届くようにし、木々の再生を促すため、人為的に森林を伐採することがあるが、このプロジェクトではこのような森林管理を動物たちが行うことを望んでいる。
森林にバイソンを導入するプロジェクトを率いる自然保護団体ケント・ワイルドライフ・トラストのスタン・スミス氏はWIREDの記事で「より多くの自然を取り入れつつ、より低コストで持続可能な方法が必要だった」
と語った。環境保護活動家が苦労してきた作業を、バイソンたちが自然にやり遂げることが期待されている。
トキの野生復帰(日本)
トキは学名「ニッポニア・ニッポン」と呼ばれる。日本を象徴するかのような名前であるが、人間による乱獲や森林伐採、湿地の農地化等による生育環境の悪化を原因に数を減らし、2003年には日本の野生生まれの最後のトキ「キン」が死亡したことで日本のトキは絶滅した。
日本では「キン」が死亡した翌年、保護のための取り組みの一環であった保護増殖事業計画を改訂し、野生復帰の取り組みの実施が位置付けられた。2008年、新潟県佐渡島で野生復帰のための放鳥が開始される。なお、放鳥されたトキは中国から連れてきたものだ(※2)。
そして2012年6月、同地で、36年ぶりに自然環境下で孵化した8羽のトキが巣立っていった。
トキは佐渡島の里山生態系において、食物連鎖の頂点に近い位置にいる生物だ。個体群を維持するために、エサの量など一定の条件が満たされる広い生息地が必要な種のことを「傘(アンブレラ)種」と呼ぶが、トキはまさにこの傘種に当てはまる。トキを保護するためには佐渡島全体の生態系を保全する必要があるが、それはつまり、佐渡島全体の生態系の再生を意味するものでもある。
トキの野生復帰の成功には、生息地周辺の生物多様性を高める自然再生が必要となる。トキを復活させることは自然にとって大きな意味を持つのだ。
新潟大学が行う研究プロジェクトでは、野生トキの主要な採餌場所であった棚田の再生整備を行うことで、トキの採餌環境を創り出している。加えて、減農薬や利用放棄された水田の整備などを行うことで、水辺環境の復元を行い、トキの重要な餌資源であるドジョウやミミズ、カエル類など、生物多様性の回復を図った。
だが、トキの野生復帰においてはまだ人の介入が必要とされているようだ。たとえばトキの生息環境の整備を目的として発足した「トキの水辺づくり協議会」の主な活動として、トキの採食環境の整備があげられる。トキは草丈の高い湿地や畔では食べ物が探せなくなってしまうため、薬剤を使用せず人の手で草刈りが行われている。また耕作放棄された棚田を整備し、水を張ることで採食環境を作り出すといった活動も行われている。
※2 新潟県佐渡市が公開している佐渡市環境教育副読本 指導書「佐渡島環境大全(改訂版)」によると、再導入には「遺伝的撹乱を起こさないために絶滅した系統に近い個体を使い、野生復帰することが求められている」という。
同書によると、1981年に佐渡島に残されていた野生最後の5羽のうちの1羽であった日本生まれのトキ「ミドリ」と中国生まれのトキ「ヤンヤン」の全ミトコンドリア遺伝子の違いは 0.06%しかないことがわかっている。鳥類の場合、近縁種間では2〜5%、亜種では0.1〜1.5%くらい違いが生じることから、たった0.06%の違いは個体間の差にあたる。加えて、日本生まれのトキと中国生まれのトキのDNA型には共通のものがたくさんあることもわかった。よって、中国生まれのトキを使って再導入が進められることになった。
タスマニアデビルの本土復帰(オーストラリア)
オーストラリアの自然保護活動団体オージー・アークは、オーストラリア本土にタスマニアデビルを再導入する取り組みを行っている。
タスマニアデビルは絶滅の危機にさらされている有袋類だ。小型犬ほどの大きさだが、肉食有袋類の中では世界最大。「デビル」という名が付けられる独特の鳴き声や獰猛な性格、骨だけでなく金属をも噛み砕くことのある強力なあごは、タスマニアデビルのよく知られた特徴だ。
タスマニアデビルは2008年以降、絶滅危惧種に指定された。数を減らした背景には、車に轢かれた動物の死体を食べようとして自身も車に轢かれてしまう、伝染性の病気によって餌を食べるのが困難になり死亡するなどがあげられる。なお、オーストラリア本土においては、群れで狩りをするディンゴの導入をきっかけに、3,000年前に絶滅している。
そのタスマニアデビルがオーストラリア本土に再導入される。頂点捕食者であるタスマニアデビルは、他の在来種に影響を与える野良猫やキツネの個体数を抑制するのに役立つ。そのことは、外来の捕食動物によって存亡の危機に瀕してきたオーストラリア固有の小型哺乳類の回復、ひいては森林生態系を回復させることにつながる。
というのも、オーストラリア固有の小型哺乳類は、採食の際、土壌を掘り返す動作によって有機物を土壌に混ぜ込んだり、植物や木々の種子、菌類を運んだりして森林の再生を助けているからだ。また、これらの動物が落ち葉を埋めることで、山火事の原因となる乾燥した落ち葉が取り除かれる。それによって山火事の発生が抑えられたり、山火事の影響が軽減したりすることにもつながる。森林の健全性にとって、在来の小型哺乳類の存在、そして彼らを脅かしてきた外来捕食動物を追い払う頂点捕食者のタスマニアデビルの存在は不可欠なのだ。
また、タスマニアデビルは鳥、ヘビのほか、小さなカンガルーサイズの哺乳類を獲物とするが、死肉も食べる。このような「スカベンジャー(動物の死体を主たる食物とする性質を持つ、肉食の一群)」は、動物由来感染症といった有害な病原菌の発生源となる死体を生態系から除去するため、タスマニアデビルが死肉をきれいにたいらげることは伝染病の蔓延防止につながる。
加えて、タスマニアデビルは骨をも食べ、分解する。自然の風化条件下では、動物の骨に含まれるカルシウムやリン、その他のミネラル資源が、植物や微生物が生育に利用できる形に分解されるまで数十年かかる可能性がある。しかしタスマニアデビルが骨を分解することで、植物や微生物は骨に含まれる栄養素を容易に利用することができる。これは食物連鎖の基盤ともいえる植物資源の増大につながっている。
再野生化が人間中心的にならないように
再野生化によって、二酸化炭素を吸収し、貯蔵するのに適応している樹木や湿地、その他の生態系が回復すれば、気候変動問題の解決にもつながる。たとえばイギリスの事例では、イギリスの30%以上に広がる原生林、泥炭地、草地や生物種の豊富な草原を復元・保護することで、イギリスの温室効果ガス排出量の12%を削減することができるとされており、同国のステアート湿地では、復元された湿地が4年間で18,000トン以上の炭素を貯蔵したと推定されている。
再野生化は、単純に失われた生物種を復活させるだけではなく、それ以上の意味を持つものなのである。
注意しなければならないのが、再野生化が、人間のためだけに自然を利用する人間中心的なものになってしまっていないかを常に考えることだ。
京都府立大学准教授の松田法子氏はWIREDの記事で、地域ブランディングなど人間の利益に直結するような再野生化の利用の仕方について、再野生化が「再び“人間が人間のために動植物を使役する”ことに堕してしまわない心性が必要」
だと述べる。
さらに同氏は、深いレベルでの再野生化の成功に必要なのは「人であると同時に自然であるわたしたちが、人であることも自然であることもやめずに、そしてどちらか一方にだけ没入もせずに、〈間〉の関係を活性化させながら生きること」
なのではないかと語っている。
人間のために使われてきた場所を、自然(人間以外)へと引き渡すとき、自分たちは何者として、どの立場に立っているのか。そう問い続けながら、私たちは再野生化という概念に向き合っていかなければならないのだろう。
【参照サイト】Why is biodiversity important? | Royal Society.
【参照サイト】Investors join forces to push for policy action on nature loss | Reuters
【参照サイト】Spring
【参照サイト】What is rewilding?
【参照サイト】Why we need rewilding.
【参照サイト】5月22日は生物多様性の日!絶滅していい動物なんていない理由とは? – 国際環境NGOグリーンピース
【参照サイト】Six global success stories on how rewilding key species can rebalance ecosystems | One Earth
【参照サイト】英国で野生のビーバー復活実験が大きな成果。「ビーバーのダム」で、気候変動による洪水リスク減少、生態系の回復も顕著。英環境省、英全土の自然にビーバー導入支援へ(RIEF)。 | 一般社団法人環境金融研究機構
【参照サイト】Five-year beaver reintroduction trial successfully completed – GOV.UK
【参照サイト】イギリス環境・食糧・農村地域省、ビーバーを川に呼び戻す実験で治水と生態系への効果を確認
【参照サイト】The benefits of the beaver | Rewilding Europe
【参照サイト】Meet the UK’s New Woodland Rangers: a Herd of Wild Bison
【参照サイト】トキ野生復帰とはどういうことか
【参照サイト】佐渡市環境教育副読本を活用ください
【参照サイト】身近な鳥から野生絶滅へ:トキ受難の歴史
【参照サイト】トキ | 自然環境・生物多様性
【参照サイト】トキ保護増殖事業計画の変更について
【参照サイト】新潟大学超域朱鷺プロジェクトの取り組み
【参照サイト】放鳥6年経過後のトキの野生復帰事業に関する 住民意識について
【参照サイト】トキと人が共生する水辺を日本中に!@新潟県・佐渡市|夢の翼、羽ばたく。活動の現場から|サントリー世界愛鳥基金
【参照サイト】トキの水辺づくり協議会 | トキの野生復帰 | Japan, 新潟県佐渡市
【参照サイト】トキと共生する里地づくり ―佐渡島の取組を例として
【参照サイト】tasmanian devil
【参照サイト】タスマニアン・デビルに関する豆知識 – オーストラリア政府観光局
【参照サイト】絶滅危惧種タスマニアデビルが豪本土に復帰、3000年ぶり
【参照サイト】〔2022年10月6日リリース〕森の中のシカ死体、だれが最初に見つけて食べている?~動物によるシカ死体の発見と消失のパターンを解明~
【参照サイト】Following the 2019-2020 Bushfires, Tasmanian Devils Offer Australia New Hope | Ethos
【参照サイト】The crucial role of scavengers in ecosystem health
【参照サイト】Importance of saving the Tasmanian devil | Giving to the University of Tasmania.
【参照サイト】How Devils Heal Forests – Sustainable Human.
【参照サイト】10 exciting rewilding projects happening in the UK and Ireland – Trees for Life
【参照サイト】Reviving Southern Scotland’s wild heart | Rewilding Britain
【参照サイト】Borders Forest Trust
【関連記事】生物多様性はなぜ必要?その重要性と世界の動向、私たちにできること
【関連記事】再野生化(Rewilding)とは・意味
Edited by Yuka Kihara