ロンドンを「小さな調査員」が歩く。子ども視点でまちの魅力を捉え直す企画展

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雨が降った後の水たまり、隣に住んでいる猫、帰り道の飛び出し坊や。子どものころ好きだった景色はあるだろうか。筆者は家の近くの、でこぼこ石畳の小さな並木道が好きだった。

ではロンドンの街で、子どもの3人に1人が「好き」といったものは何だろうか。

その答えは、ロンドン中心部のBuilding Centre(ビルディング・センター)で開催されている企画展「小さな調査員、大きな視点:子どもの眼で見た街と建物」で見ることができる。

企画展の様子。

企画展の様子。開催期間は2024年8月1日から2024年11月6日。(筆者撮影)

ロンドンに住む7〜10歳の子どもたち484人が街を散策し、スケッチやモデルを制作。2023年秋から2024年春、ビルディング・センターを運営するBuilt Environment Trustと、建築の教育を考える団体Architecture for Kidsが、ロンドン各地の学校で「小さな調査員」のワークショップを開いた。企画展では、ワークショップを通して子どもたちが作ったもの、話したことが展示されている。

2024年8月、筆者は企画展を訪れ、「小さな調査員」のプログラムを主催するBuilt Environment TrustのSandra Hedblad(サンドラ・ヘドブラッド)さんに話を聞いた。

Built Environment TrustのSandra Hedbladさん(筆者撮影)

好きなのは「お店や学校が近いこと」「緑地・公園」、嫌いなのは「車の多い道路」

「あなたの街で好きなもの、嫌いなものはなんですか?」

学校で開催されたワークショップの冒頭に投げかけられたこの質問。企画展のなかで子どもたちの答えに触れることができた。

円盤を回して子どもたちの好き・嫌いを見つける「Data Wheel(データの車輪)」(筆者撮影)

「好き」の最上位は「お店や学校が近いこと」。3割近い子どもが、学校、友だちの家、サッカーができるグラウンド、食品スーパーのTESCOなど、日常的に使う場所が近くにあることを言及した。移動に時間をかけたくないのは、大人も子どもも同じようだ。

同じくらい「好き」の声が多かったのが、緑地や公園。広い庭がある、近くに公園が2つあるなど、屋外で遊べる場所に言及。一方で、秋の落ち葉や茂み、そこから出てくる蚊が嫌い、という声も。

「嫌い」として最も多かったのが「車通りの多い道路」。車の音や、道路をなかなか渡れない、などがその理由だ。約2割の子どもがこれに言及し、ワークショップ後のインタビューでは「車が多いと危険だ」と話す子どももいた。

「朝が静かなところ」「近所が安全なところ」が好きという子もいた。一方で「汚い」「うるさい」は嫌い。ロンドンは雰囲気の良い地区とそうではない地区がパッチワークのように隣接しあっており、一本道が違えば雰囲気がガラッと変わる、ということも珍しくない。

街を歩きながら「絵文字」で感情を表現する

好き・嫌いを話し合った後、子どもたちは調査に出かける。学校を出発し、2時間ほどかけてガイドが選んだ道を歩く。途中6ヶ所で立ち止まり、各々が印象的なものをノートにスケッチする。建物や目印、道を散歩する猫や犬。そして、そのときの感情を「絵文字」で表す。それぞれの場所で制限時間は1分だ。

街を歩く「調査員」(写真提供:Built Environment Trust)

「調査」で作成されたスケッチ。嬉しい・悲しい・ストレス・リラックスなどの顔文字つき(筆者撮影)

教室に戻った後は、「ランドマークマップ」をつくる。ランドマークというとロンドン橋やウェストミンスター寺院といった観光地や有名な建物を想像するかもしれない。しかしこのワークショップで対象とするのは、「個人的なランドマーク」。つまり、子どもたちそれぞれが特別だと感じる場所や建物だ。

サンドラさんはこう語る。「私の子どもは雨が降った後に水たまりができていた場所をあとでも覚えていて、『ここに水たまりがあった』と話してくれます。そういった場所が、『個人的なランドマーク』なのです」

ランドマークマップ(筆者撮影)

子どもたちは最後に、印象に残った建物や場所を選び、紙で3Dモデルを作る。

「楽しかった。自分の街のことをもっと知れたと思う」企画展ではワークショップ後の子どもたちへのインタビュー映像が流れている。大好きな本屋をニコニコマークとともにマップに描いたと説明する子、ロンドンの高層ビルが重なる街並みをスケッチするのが難しかったという子、3Dモデルが思っていたより簡単に作れて驚いたという子も。とある子どもは、橋の下のトンネルと、その中に描かれた壁画を3Dモデルで再現していた。「人権を訴える壁画だから、大事だと思う」と。

サンドラさんによると、このワークショップは学校からも評判が良い。特に、地元について考えること、スケッチやモデル制作を通して『何かをつくる』という体験。この二つは7〜10歳ごろの子どもたちにとって重要な学習の機会と考えられている。

サステナビリティは「私たちの精神」。段ボールで出来た展示品

ワークショップの集大成ともいえる企画展は、素材のサステナビリティに関するこだわりを感じるものだった。「展示に使うものはほぼすべて、リサイクル材です。環境に良いだけではなく、安いのも良いところ」とサンドラさん。

「一つの展示が終わったあと、次の展示で使い回せないものは、建築系の大学や劇団などに寄付しています。知り合いに『これいらない?』と呼びかけて、欲しい人に持っていってもらうのです。サステナビリティは私たちの“精神”。規則は設けていませんが、他の展示の主催者にも環境負荷の低い素材の使用や、展示終了後のリユース・リサイクルを必ず呼びかけています」

厚みのあるパネルをめくるときに、軽くて驚いた。展示のテーブルを構成するパネルや支柱まで、段ボールに似た紙の素材で作られている。段ボールのような素材というと簡素な印象を想像するかもしれないが、むしろ木に包まれているような温かみを感じた。

パネル表面のスケッチは何を描いたものか?正解はパネル裏、郵便ポストだった(筆者撮影)

子どもたちと建築業界をつなぐ場所

この企画展は、子どもたちの声を業界に届ける役割も果たしている。会場のビルディング・センターは、展示スペースのほか、会議室やイベントスペース、建材・機器のショールームも備える建物で、建築の業界関係者が多く出入りする。つまり、企画展に訪れる多くの人が業界関係者だと思われる。

ビルディング・センター外観。右側はオープンカフェ、中央が入口。企画展は左側で、窓越しに覗くこともできる(筆者撮影)

実際、筆者がこの建物に足を運んだのも、同時開催の建物の改修に関する展示を見るためだった。それが気づけば「小さな調査員」の企画展に足が引き寄せられ、子どもたちのスケッチを見ていた。

こうした展示は、子どもたちが建築・都市へと関心を向けるきっかけにもなるのではないだろうか。ビルディング・センターは「建築や都市の質を高めるために、人々を啓発し、つなぎ、力づける」をミッションに掲げる。今回のプロジェクトが対象とした7〜10歳は、まだキャリアを真剣に考えはじめる前の年齢。だからこそ、街や建築のなかに気づきを見つけることに意義がある、とサンドラさんは言う。その気づきは、子どもたちが今後を考える材料の一つになるかもしれない。

「小さな調査員」プロジェクトはまだ続く。ワークショップの成果をレポートとしてまとめたあと、建築業界の関係者を招きカンファレンスを開催するのが目標だという。ゆくゆくは、オンラインで街の中の気になる場所や思いを共有するプラットフォームの設立を目指す。「子どもたちの声だけでなく、地元の人、業界関係者、あらゆる人を巻き込みたいと思っています」とサンドラさんは話す。

編集後記

サンドラさんは、「私は楽しくて幸せな気持ちになれる活動が好き。このワークショップを始めたのも、それが理由です」と話してくれた。そういえば、サンドラさんはインタビュー中もずっと楽しそうだった。楽しみながら仕事をする、楽しみながら調査する。これは簡単なようで意外と難しいと筆者は思うのだが、楽しみながら行う調査と機械的に行う調査では、見つけられるものも異なるだろう。楽しむという姿勢を貫くエネルギーが、この企画展にも現れている気がした。

街を歩き、感じたものを表現し、共有するというプロセスを通して、子どもたちは街を再発見している。子どもたちの感情は、大人の筆者からみても納得できるものが多い。しかし、その感情はこれまでどれだけ街づくりに活かされてきただろうか。

「大人の事情」を盾に、その感情を放置していることはないだろうか。子どもたちの感情と率直な意見を活かすことができれば、その街は大人にとっても、もっと楽しく住みやすい場所になるかもしれない。

【参照サイト】Little Investigators – Big Visions: The built environment through the eyes of children. A free exhibition

Featured Image Source: Built Environment Trust
Edited by Megumi

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