気温上昇が周知の事実となり「地球沸騰化の時代」と叫ばれる現在。もはや、気候変動の影響を一切受けない業界などないだろう。
現状に危機感を抱いている業界のひとつが、スポーツ界だ。身の回りの環境に身体を順応させ、最大のパフォーマンスを引き出そうとするアスリートたちは、気温上昇などの変化を敏感に感じているという。たとえば、2023年8月にブダペストで開催された世界陸上競技選手権大会での調査によると、陸上選手のうち7割以上が「気候変動について非常に懸念している」と回答し、9割が「ワールドアスレティックス(連盟)は持続可能な未来の構築に向けて果たすべき役割がある」と回答した(※1)。
そんなスポーツ界が、すでに気候変動への対策を世界各地で力強く進めている。IDEAS FOR GOODでは日本でスポーツ界の気候変動対応推進を担ってきたSport For Smileプラネットリーグと連携し、「Sport for Good」と題して世界各地のスポーツ界におけるサステナビリティ推進の動きに迫る特集をお届けしていく。
今回は2024年10月にロンドンで開催された、Sport Positive Summit(スポーツ・ポジティブ・サミット)の様子をお伝えする。国連とIOC(国際オリンピック委員会)が連携実施するこのサミットは、世界スポーツ界が一丸となって気候変動対策を推進するためのもので、国連「スポーツ気候行動枠組み(※2)」署名団体総会に併せて年に一度開催される。2020年に始まって以来、コロナ禍でもオンラインで開催が続けられ、世界のスポーツ界の取り組みや課題が共有されてきた。
5年目となる今回のサミットで目指されたのは、“課題解決”だ。「スポーツの持つインフルエンス(影響力)、レジリエンス(回復力)、イノベーション(革新)を、豊かな未来のためにどのように使うことができるか」。サミットではこのテーマのもと、気候変動対策を中心に議論が進められた。10月8・9日の2日間サミットに現地参加したロンドン在住のIDEAS FOR GOOD編集部が、Sport For Smileプラネットリーグがリードするプロスポーツの視点からレポートしていく。
「そうだね、でも」を「こうしたら、どうなる?」に変える
サミットにはスポーツ界から幅広い顔ぶれが登壇した。米・プロバスケットボールリーグNBA、欧州サッカー連盟(UEFA)、ワールドラグビーなどの統括団体のほか、リバプールFC(英プレミアリーグ)やクリーブランド・キャバリアーズ(NBA)といったチーム、環境団体やソリューション・プロバイダー(環境関連機材の製造事業者など)、そしてスポーツ選手の姿もあった。
「ファンとつながり行動を変える方法」、「レジリエンスと選手の声」、「サステナビリティ基準とガバナンス」、「システム変革にスポーツがどう貢献できるか」などが、議論のテーマだ。サミットの冒頭や締めに行われた全体セッションに加え、6部屋に分かれた個別セッションが4回分設けられた。参加者はオンラインも含めて約570名。スポーツ界のサステナビリティ推進担当や広報担当をはじめ、研究者やNPO、スタートアップ、メディア関係者など肩書きはさまざまだ。
サミットの1日目、主催団体Sport Positive代表のClaire Poole(クレア・ポール)氏は、冒頭挨拶の中で参加者にこう呼びかけた。
「サステナビリティについての会話でよく耳にするのが、“yes, but(そうだね、でも)”というフレーズです。『あの取り組みは素晴らしい、でも私達には難しい』『確かに大事だね、でも現実的には……』これを、“what if(こうしたら、どうなる?)”に変えてほしいんです」
スポーツ界の行動への期待
「Yes, but(そうだね、でも)」がつい出てしまう裏にはどのような事情があるのだろうか。サミット中、「気候変動対策を広げるうえで最も大きな壁は何か」という質問が参加者に投げかけられた。一番多かった回答は「お金」だ。次に「CO2排出量の多いスポンサー・商業的な側面」、「リソース配分(資金を適切な場所に使えていない)」と続いた。「お金」が問題だという回答に驚きはないだろう。利益を優先する中でサステナビリティは後回し、という話はスポーツ界に限らない。
影響力の大きいスポーツの代表格がサッカーだ。“CO2排出量の多い”航空業界をスポンサーとする欧州サッカー連盟(UEFA)は近年、一部からグリーンウォッシュとの批判を受けている。そのUEFAが初日に登壇した。同じく初日の基調講演に登壇した、イングランドのスポーツ政策を統括するスポーツイングランドのChris Boardman(クリス・ボードマン)会長は、UEFAをはじめとするスポーツ団体への批判に言及し、業界のより踏み込んだ行動を求めた。
スポーツはしばしば、最良の犯罪抑止政策で、最良の公衆衛生政策で、人々を結びつける最良の方法だ。
トニー・ブレア元英首相による発言を引用し、ボードマン氏はこう付け加えた。「私たちがうまく活用すれば、スポーツは最良の気候変動・環境政策にもなる。スポーツには世界を変える力がある。ただしそのためには、行動が必要だ」と。さらに、スポーツイングランドの新しいサステナビリティ戦略「Every Move(エブリ・ムーブ)」が、パートナー団体が2027年までに確固たる環境戦略を持つことを公共資金提供の条件としたことへも言及し、行動変容への強気の姿勢を見せた。
ボードマン氏の講演のあとに登壇したUEFAのMichele Uva(ミケル・ウヴァ)氏は、同団体が取り組む気候変動対策について説明した。ESG戦略をすべての試合に適用し、サステナビリティ・マネージャーの配置を全所属クラブに義務付けたこと、ドイツのアマチュアクラブに向けた「気候基金」を大幅に増額したことなどだ。「EURO2024の視聴者は54億人。私たちはこの数字に“責任感”を抱いている」とウヴァ氏。大勢のファンを有するサッカーに向けられているのは、批判だけではなく、大きな期待だろう。
また、「スポンサー」については、会場でも白熱した議論が展開された。初日に登壇した環境活動家・作家のAndrew Simms(アンドリュー・シムズ)氏は、米国などでたばこ広告が禁止されてきたことに触れ、CO2排出量の多いスポンサーも同様に禁止すべきだと訴えた。この意見は一部の参加者から大きな拍手が送られた。
一方、2日目のセッションでは、参加者から異なる見方の意見が上がる。そこでは「スポンサーが一方的にスポーツ界に影響を及ぼしているわけではない、反対にスポーツ界がスポンサーに与える影響も大きいはず」と述べられた。CO2排出の多いスポンサーに削減を働きかけ、変化を起こす。その力が、大勢のファンに支えられるスポーツ界にはあるだろう。
組織やファンをどう巻き込む?心に響くメッセージの伝え方
スポーツ界とスポンサー。選手とファン。チームと選手。連盟とチーム。サミット中、「コラボレーション」「コミュニケーション」という言葉がさまざまな文脈で使われた。
サミット参加者の大半は、スポーツ界の中でサステナビリティ推進に取り組む人々だ。その多くが悩んでいるのは、他の人々をどう巻き込むかという問題だった。一人の担当者が前向きでも、組織や関係者がそうとは限らない。サステナビリティは「Nice to have(あったらいいもの)」ではあるが「Must to have(なくてはならないもの)」ではない、というのが大半の組織の本音でもあるだろう。
組織や人によって温度差がある中、スポーツ界が一丸となってサステナビリティに取り組むためには、規制が必要だという声もあった。また規制までいかなくとも、オリンピックなどで近年取り組まれているISO認証(ISO20121)が一役買っているというエピソードも。「『ISOに向けて監査がある』と言えば、忙しい役員もサステナビリティについての話し合いに時間をとってくれる。良い“言い訳”として使っています」と、モータースポーツの国際連盟FIAの担当者は話す。
“伝え方”にもコツがある。相手の立場や関心によって言葉を変えるのだ。例えば化石燃料の使用を避けるべき理由について、「気候変動対策です」と伝えるよりも、「空気を汚染しない」「子どもたちが喘息にならないように」などの文言の方が、ファンにとって身近な問題として届きやすい、と前述のシムズ氏は話す。
サミットではスポーツ界が今まさに受けている影響についても共有された。選手や関係者の実感に基づくメッセージは、強く心に響く。たとえば、グラウンドの気温が上がることで、陸上選手のタイムが落ちるという話、ラグビー選手の出身国で海面が顕著に上昇している話などだ。
また、意外なところにも影響が出ている。アイルランドでは近年雨が多くなり、ファンや参加者の車移動が増えているという。CO2排出を減らすために公共交通や徒歩での移動を呼びかける一方で、それを阻む影響すら出ているのだ。こうした“葛藤”を伝えることも、行動を広げるための一歩であると言えよう。
サステナビリティへの“行動”に贈られる、スポーツ・ポジティブ・アワード
危機と葛藤を抱えながらも、スポーツ界はサステナビリティ推進に向けて世界各地でその力を発揮している。
サミット中に開かれたSport Positive Awards(スポーツ・ポジティブ・アワード)の表彰式で、その一部を知ることができた。2021年からBBCと共同でBBC Green Sport Awardsを開催してきたSport Positiveが、今年から独立して設けたアワードだ。気候変動・生物多様性・気候正義に対してスポーツの力で取り組む団体や取り組み、個人を表彰する。
今回表彰されたのは、英・アーセナルFCと米・アルミメーカーのボールが共同でファンの行動変容を促したキャンペーン「Green Gooners Cup」、欧州プロゴルフ協会のヨーロピアンツアー・グループが立ち上げたサステナビリティ戦略「Green Drive」など。スタッフやファン、地元コミュニティに向けて多様な形でサステナビリティに関する教育・研修を提供する、英・リバプールFCの「Red Way」も教育研修部門で受賞した。アワードは18部門におよび、大陸ごとにリーダーシップを発揮した個人にも贈られた。
行動の“鏡”としてのサミット
サミット自体のサステナビリティへの取り組みも目を引いた。サミットで提供される食事はすべてプラントベースで、ホットドッグの中身は植物性の代替肉、紅茶やコーヒーに入れるのはオーツミルク。これらの食品は、温室効果ガス(GHG)排出量が比較的少ないとされ、宗教上・健康上の理由で食事が制限される人への配慮もある。食器やカトラリーは陶器や金属製のものが洗って使い回された。プログラムや会場案内はアプリで配信され、ペーパーレスだ。
開催側は、参加者の移動に伴うCO2排出にも気を配る。サミットは「ハイブリッド開催」の形がとられ、現地参加だけでなくリモート参加が可能だ。現地参加者には交通手段や移動距離、宿泊施設について情報提供を求め、サミット全体のCO2排出量を計測する。排出分は今後オフセットされる予定だ(※3)。
参加者同士の交流が重視されていたのも特徴の一つだった。2日で約9時間がネットワーキングの時間に充てられ、セッション中も参加者による議論の時間が設けられた。
印象深いのは2日目の朝に設けられた1時間半のラウンドテーブルだ。18卓に「気候変動をどう伝えるか」「持続可能なスポーツ会場」など異なるテーマが置かれ、参加者はテーブルを自由に選んで15分ごとに移動し、話し合った。
ディスカッションの場では「参加者は、議論で得られた情報を自由に使って良い。ただし特定のコメントをした人や他の参加者を明らかにしてはならない」とする“チャタムハウスルール”が敷かれた。友好的なサミットの雰囲気も手伝って、参加者の本音が飛び交う。笑顔も悩ましい顔もあり、けれど終始真剣に、互いに親身に話し合っていた。
参加者が主体的に関わり議論する“インタラクティブ”なサミットの姿には、前年のサミット参加者からの「もっと議論がしたい」というフィードバックが活かされている。参加者の声を聴き、参加者と作りあげる。2日間のサミットを通して、より良い未来へと手を取りあい、葛藤を行動へと移す、スポーツ界の力強い歩みを感じた。
※1 Three-quarters of athletes directly impacted by climate change, World Athletics survey finds
※2 「スポーツ気候行動枠組み(Sports for Climate Action Framework)」は、スポーツ業界が気候変動に対処するための取り組みを促進するため、国連が2018年に立ち上げた。この枠組みは、スポーツ組織が温室効果ガスの計測削減とファンへの影響力を活用した啓発活動を実践することを責務とし、持続可能な未来を目指すことを目的とする。
※3 Sustainability Efforts
【関連サイト】Sport Positive Summit
アイキャッチ画像:Sport Positive Summit 2024/Capturise
Edited by Megumi