多くの人が都市部に住んでいる今、「都市がどうデザインされるか」は人々の暮らしや日々の行動を大きく変える可能性を持つ。その影響は、気候変動にも広がるだろう。どのように都市開発が計画され、その時どのような生活が想定されるかによって、環境負荷を軽減できる暮らしの実現しやすさが変わってくるのだ。
しかしながら、国際会議などの議論の場において、都市の形態や土地利用のあり方は、主要なテーマとして取り上げられてこなかったという。気温上昇が身体で感じられるほどまで気候変動が迫っている今、“都市の見直し”は急務ではないだろうか。
(以下、世界経済フォーラムのウェブサイトより「今こそ、気候アジェンダに都市形態を加えるべき理由とは」の全文掲載)
都市のスプロール化は、計画性のない市街地の広がりを指し、世界の温室効果ガス排出量の最大30%を占めていると言われています。この数字は高いように思えるかもしれませんが、スプロール化は道路、駐車場、より多くの大型車、インフラ、住宅、土地を要求します。自動車依存による排出、材料に含まれるエンボディドカーボン、エネルギー使用、食品廃棄物、炭素吸収源の損失などを考慮すると、莫大な数字になるのです。
同時に、都市の土地利用、形態、デザインは、世界的な気候変動に関する議論からほぼ姿を消したままです。例えば、2024年の国連気候変動会議(COP29)で開催された93の公式行事のうち、これらのトピックを取り上げたものはひとつもありませんでした。「宇宙分野におけるリーダー」や「サッカークラブ」に特化したセッションの時間はあったにも関わらず、です。
これは単なる計画における問題ではなく、想像力の問題です。いまだに多くの人が、都市人口の増加には、車による移動、分離型の土地利用、1人当たりの建築面積の増加が必要だと考えています。実際は、その逆です。コンパクトで歩きやすい都市は、幸福と機会をもたらし、排出量を大幅に削減します。こうした都市は乏しい場所ではなく、豊かさのある場所です。人と地球を中心に都市を設計することにより、人口増加と気候目標を一致させることができます。コンパクトかつ用途が混在する都市における1人当たりの排出量は、通常、全国平均の2~3倍少ないのです。
開発レベルが同等の国であっても、排出量が大きく異なることがあります。例えば、米国の一人当たりの排出量は、ほとんどのヨーロッパ諸国の2倍以上です。この違いの主な要因は、都市の形態です。低排出国の都市は一般的に、コンパクトかつ複合的であり、多様な都市や居住区を形成しています。私たちは、これを「climate-aligned urbanism(気候に適応した都市主義)」と呼んでいます。
気候に適応した都市主義
気候に適応した都市主義は、私たちの移動、消費、生活手段を形成し、5つの重要な点において環境への影響を軽減します。
1. 自動車依存
密度の低い開発は、大量輸送や徒歩、自転車での移動を妨げます。自動車への依存度が高まると、道路や駐車場が必要になり、スプロール化を助長。気候変動に適応した都市主義では、快適な施設やサービスが自宅の近くにあり、交通機関との結びつきが強いため、より効率的、社会的、そして活動的な移動が可能になります。
2. エンボディドカーボン
エンボディドカーボンとは、建物の建設・維持管理・解体段階で排出される二酸化炭素を指します。郊外に一戸建て住宅を建てるためには、より多くの材料とエンボディドカーボンが必要です。一般的な中層住宅では、一戸建て住宅よりエンボディドカーボンが40%少なくなっています。エンボディドカーボンは、付随するインフラにも含まれており、密度が低いロンドンは、イスタンブールやブエノスアイレスと比べて、道路資材のストックが3~4倍になるのです。
3. エネルギー使用
大きな住宅は効率化を阻害します。米国の一戸建て住宅は、集合住宅のアパートの約3倍のエネルギーを使用しています。スプロール化は、電気や水の配給のためにより多くのエネルギーを必要とします。
4. 森林の喪失
1970年から2010年の間に起こった都市拡大の60%は、最も肥沃な農地からの転換です。失われた農地は生産性の低い土地に移転し、それまでより多くの土地に加え、水や肥料などの投入を必要とします。通常のビジネス的な開発パターンは、残存する森林の5~8%を脅かしているのです。
5. 食料廃棄
裕福な国では、低い頻度かつ大量の食品購入が原因となり、食品廃棄の半分以上が家庭で発生しています。これは、郊外に住む人々が、新鮮な食品を地元で購入するのではなく、大量に買うことにより起きているのです。人口密度が高いほど、一人当たりの食品廃棄量は少なくなります。
何が解決策となるのか
私たちは、可能な限り都市の改修を優先し、すでに都市に組み込まれている資源、エネルギー、投資を保全しなければなりません。「グリーンフィールド」開発として知られる、未開発の土地への建設は、稀にとどめつつ優れたものにすべきです。
どの都市においても、インフィル(※1)開発の促進、多世帯住宅制限の撤廃、駐車要件の緩和、サイクリングや歩行者インフラの整備を行い、質の高い交通機関の近くに住宅や商業施設を増やすことにより、気候に適応した都市主義に移行することができるのです。
米国では、住宅を多くの人々が必要とする場所に建設するなど、慢性的な住宅不足に知的に対処することにより、同国で最も意欲的な交通機関の脱炭素化政策と同等の気候変動への影響をもたらすことができます。
気候変動に適応した都市主義を機能させるための指針となる原則は、人々が本当に好ましいと感じる暮らし方、働き方、動き方に準じたヒューマン・スケールへの配慮であり、すでに世界中で実施されています。
- 上海では、50キロメートルに及ぶ新しいルートにより、480万人の市民が黄浦江沿いの公共スペースに、自転車により15分以内でアクセスが可能に。
- シドニーは、かつて市内で最も混雑していたジョージ・ストリートを、公共交通により1時間に8,000人を運ぶ、人を中心とした公共空間として再設計。
- ブエノスアイレスでは、最大のインフォーマルな居住区に27の整備された公共スペースを導入して歩きやすい地域を作り、インフィルハウジングを導入。
- インディアナポリスは、ダウンタウンの自転車インフラに2,700万ドルを投資し、民間住宅と商業再開発に1億7,000万ドルを投入しました。現在は、住民の70%が運動不足を解消し、繁華街の収入も3分の2増加。
気候に適応した都市主義は、公衆衛生の向上から経済的公平性の向上まで、多くの共益をもたらします。例えば、歩きやすい都市設計は、世界保健機関(WHO)が推奨する週ごとの最低運動量を住民が満たす可能性を50%以上高めることができるのです。
ウォーキングやサイクリングは利用者の投資をほとんど必要としないため、歩きやすい居住区は5,000~10,000ドルの生活費補助に相当し、個人所得を解放します。また、密集した歩きやすい地域は、1エーカー当たりの経済生産性が高く、1回の訪問で1.5倍の支出があり、自動車中心の地域よりも不動産価値が35~44%上がります。
密度の高い居住区では、居住者一人当たりにかかるインフラコストが低いため、生産性が向上し、インフラを維持するための長期的な課税基盤がより持続可能なものとなります。
より良い都市形態の実現は、気候変動のために私たちができる最も強力な対策のひとつです。さらに、ネットゼロ達成のために必要となる、クリーン・エネルギー資産の建設も少なくてすむことを意味します
電気自動車、太陽光発電所、風力タービン、バッテリー、土地の必要量が減ることに加え、立地や許認可の争いも減るでしょう。これにより、エネルギー転換がより早く、より簡単に、より安価になります。これはまた、より良い健康、より大きな公平性、より強力な経済発展を意味するのです。
気候に適応した都市主義は、欠乏ではなく、豊かで前向きな生活を提供し、公正かつ繁栄する、抗いがたい都市の未来への青写真を描いているのです。
※1 インフィル:既存のエリア内に新しい建物や施設を追加すること
※2 この寄稿文の調査・執筆には、ユキ・ヌマタ(RMI)、マリッサ・メイズ(RMI)、ジュリア・マイゼル(RMI)、ローリー・ストーン(RMI)、ベン・ホランド(WRI)、ブレット・メリアム(Gehl)、ウォレス・コットン(Gehl)が貢献しました。
著者:Blaine Merker(Partner, Director and Head of Climate Action, Gehl Architects)
Rushad Nanavatty(Managing Director, Rocky Mountain Institute)
※ この記事は著者の意見を反映したものであり、世界経済フォーラムの主張によるものではありません。