地球の表面積の約70%を占める広大な海はいま、気候変動による海水温度の上昇、マイクロプラスチックなどによる海洋汚染など危機的状況に陥っている。そしてこれらの問題は、海洋生態系にも大きな影響を与えているのだ。
ハワイからメキシコにかけて広がる約440万平方キロメートル の「クラリオン・クリッパートン海域(CCZ)」は地球上で最も広大な生物生息地といわれ、特に多種多様な深海生物が生息していることで知られている。2023年の研究によると、CCZには科学的に未発見の5,000種以上の生物が生息していることが明らかになっているが、その約90%もの生物がまだ正式に特定されていないという(※1)。
さらに、CCZには、銅、ニッケル、コバルトなどが含まれる「多金属団塊」と呼ばれる鉱物が存在し、深海採掘の最有力候補地のひとつとしても注目されている。それは、これらの鉱物が、電気自動車や太陽光パネルといったエネルギー技術に必要な原料であり、世界各国が炭素排出量を削減するために欲しているものだからだ。
しかし、CCZにおける深海採掘は海洋生物たちのすみかと命を奪うものでもある。果たして、いま優先すべきことは何か──そんな問いを投げかける環境ドキュメンタリー映画が「DEEP RISING」だ。そして同作品の制作者が立ち上げたキャンペーンが、話題になっている。
このドキュメンタリーの制作者は、オーストラリアのクリエイティブエージェンシー・Emotive。同社は、深海採鉱を阻止するべく、CCZの海底を81億7,000万のGPS座標に分割し、誰でもその一部を「所有」する権利を主張できるキャンペーンを開始したのだ。
参加者は、名前とメールアドレスを登録することで、深海生物の写真付きの座標が示されたDEEPSEA NFT(所有証明書付きのデジタルデータ)を受け取り、SNSなどでシェアすることができる。またそれはブロックチェーン上で管理されているため、譲渡や売買ができないよう設計されているのも特徴だ。
このキャンペーンは、地球の一部を所有することで、いま目の前にある課題を「自分ごと」として人々に認識させる。地球の資源は一部の企業や組織の利益のために採取されるものではなく、全人類そして他の生物の共有財産なのではないだろうか。
2023年6月には、国連で「国家管轄権外区域の生物多様性の保全と持続可能な利用に関する国連海洋法条約の下での協定(仮称「BBNJ協定」)」が採択された。2024年12月時点で未発効ではあるが、この条約では、地球の海洋の3分の2を占める国境を越えた国際法上の公海と深海底において、すべての国が海洋生物の保護や、持続的な管理に向けて責任を持って取り組んでいくことが明記されている。そのため、一部の利益のためだけの漁業や鉱物資源開発、海洋生物のサンプル採取の抑制につながることが予想されている。
深海採掘によって海の生態系にどれほどの影響が及ぶかについては未知な部分も多く、いまも議論が続いている。ただし、生物への影響について完全に判明するまでには数十年かかる可能性があるとも言われており、海底採掘を急ぐことに異を唱える科学者も多い(※2)。
炭素排出削減のためであっても、深海の生物を犠牲にして、自然を傷つけてもいい理由にはならない。私たちは短期的な利益や安易な解決方法に踊らされることなく、その先を見据えていく必要があるだろう。
私たちが抱える問題は深海よりも深いのかもしれない。「太平洋の一部を所有できるとしたら、あなたはどうしますか?」──DEEPSEA NFTが突きつけるこの問いを、もう一度考えたい。
※1 How many metazoan species live in the world’s largest mineral exploration region?
※2 Deep-sea mining causes huge decreases in sealife across wide region, says study
【参照サイト】Campaign against deep-sea mining invites every human to claim a piece of the Pacific Ocean
【参照サイト】National Geographic 6000種超の深海生物が生息か、気候変動で注目の深海炭鉱地域 写真10点
【参照サイト】田中貴金属グループ 産業事業グローバルサイト 深海採掘:関心が高まっている理由と、そのリスク
【関連記事】海の問題に国境はない。国連が初めて「公海」を保護する条件案を採択
Edited by Megumi