何が問題?解決できるの?「そもそも」の問いから学ぶ、気候変動【ウェルビーイング特集 #1 脱炭素】

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昨今、喫緊の課題として取り上げられている気候変動問題。

温暖化が進んでいること、その影響で異常気象が増えていること、気候変動の対策として「脱炭素」が必要であること、その手段として化石燃料からの脱却/再エネ(再生可能エネルギー)への移行が欠かせないということ……こうしたことについてなんとなく理解はしている、という人は多いだろう。

だが、気候変動が起こる仕組みや、気温上昇を防ぐ具体策、パリ協定で定められた「気温上昇1.5度」目標の実現可能性について説明できる人の数は、先ほどよりぐんと減ってしまうのではなかろうか。

気候変動とはそもそもどんな現象なのか、なぜ脱炭素に取り組まなければいけないのか?について改めて考え、環境問題と自分たちのウェルビーイングの関係性を見つめ直す今回IDEAS FOR GOOD編集部は、それぞれ違う立場から気候変動について研究する教授陣にお話を伺った。

話者プロフィール:小坂 優 (東京大学先端科学技術研究センター グローバル気候力学分野 准教授)


2007年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、2014年9月より東京大学先端科学技術研究センター気候変動科学分野准教授、2019年4月に同センターにグローバル気候力学分野開設。専門は気象学・気候力学。異常気象をもたらす様々な気候の自然変動現象のメカニズムと予測や、人為起源の地球温暖化と自然変動との相互作用などに関する研究を行ってきた。気候変動に関する政府間パネル (IPCC) 第1作業部会 第6次評価報告書 主執筆者、世界気候研究計画 (WCRP) 気候と海洋 – 変動・予測可能性・変化研究計画 (CLIVAR) 太平洋領域パネル委員、気象庁異常気象分析検討会作業部会員等を務めている。

話者プロフィール:諸富 徹(京都大学大学院地球環境学堂・経済学研究科教授)

1998年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、2010年3月より現職。2017年4月より京都大学大学院地球環境学堂教授を併任。専門は環境経済学。環境税を出発点にカーボンプライシングの研究を手がけてきた。福島第1原発事故に衝撃を受けて、2011年からは再生可能エネルギーと電力市場に関する研究を推進。京都大学大学院経済学研究科「再生可能エネルギー経済学講座」(http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/top/)代表も務める。最近は、脱炭素化を資本主義の根源的な変化の中に位置づけ、新しい経済のあり方を模索している(諸富徹『資本主義の新しい形』岩波書店、2020年)。

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1.そもそも、気候変動って何だろう?

気候の揺らぎと「ハイエイタス」(温暖化の「停滞」)

──「気候変動」と聞くと、多くの人が「気温が右肩上がりに上昇していく」ようすをイメージするだろう。しかし、実際の地球の平均気温は常に上がったり下がったりを繰り返している。これについて、気候変動の要因を人為起源と自然要因とに切り分ける研究を行う「グローバル気候力学分野」の小坂優准教授は、こう語る。

小坂准教授:温暖化といっても、毎年最高気温を更新していっているというわけではありません。気温が上がったり下がったりを繰りかえしているけれども、長い年月で見てみると全体的に右肩上がりに気温が上昇していっている、というのが実際の温暖化なんです。

気候は揺らぎながら上昇

小坂准教授:上記のグラフを見てみましょう。緑の線で表されたCO2濃度のグラフは年々、滑らかに上昇しているのが分かります。一方、黒い線で示されたグラフはどうでしょうか。こちらは、全球(地球全体)気温の観測値を平均化したものです。線がギザギザと揺らぎながら、徐々に右肩上がりになっているのが分かるでしょうか。このように短期的には気温が上がったり下がったりしているけれども、全体の傾向としては右肩上がりになっている、というのが地球温暖化の実態なのです。

──また、1990年代末から2010年代初めまでの間には、全世界平均気温の上昇の仕方が緩やかになっており、「温暖化の停滞」とも呼べる現象が起きている。

小坂准教授:1998年から15年間ほど、CO2濃度はどんどん増加しているにもかかわらず、気温の上昇がゆるやかになっていますね。この期間は、小休止という意味で「ハイエイタス(温暖化の停滞)」と呼ばれるなどしています。

ハイエイタス

Climate change = 気候変動……ではない?

──ハイエイタスが起こった原因とは何なのか?それを考えるためにはまず、気候の揺らぎには「気候変化(Climate change)」と「自然変動(Climate variability)」という2つの要因があることを理解する必要があるのだという。

小坂准教授:「気候変化(Climate change)」は、人類が放出したCO2やメタン、あるいは大気汚染物質などに対し、気候システムが応答していくこと。平たく言うと、「CO2濃度が増えると気温が上がる」ということですね。こちらが皆さんの想像する、地球温暖化を指します。

これとは別に、「自然変動(Climate variability)」と呼ばれるものがあります。こちらは、気候システム自体が自然に揺らぐことで気温が上がったり下がったりする仕組み。天気を思い浮かべてもらえれば分かりやすいでしょう。例えば、昨日は曇りで肌寒く、今日は晴天で暖かい、ということが起こるわけですが、それは自然に起こる変動によるものです。昨日と今日のCO2濃度が違うからこの違いが生まれる、というわけではありませんよね。人間の活動に関係なく起こる気候の揺らぎ、それこそが、自然変動なのです。この自然変動には、数日単位で気温が上がったり下がったりするようなものもあれば、数十年かけて気温が上下するというような揺らぎもあります。

気候の揺らぎ

小坂准教授「日本では、英語のClimate changeに対応する訳語として『気候変動』という言葉を使っており、Climate variabilityに対応する言葉が存在していません。Changeという英単語が『ある状態から別の状態へと変わること』を指すこと、Variabilityが『あっちへ行ったりこっちへ行ったりするような揺らぎ』を指すことを考えると、本来であればClimate changeを気候変化、Climate variabilityを気候変動と訳すほうが適しているような気がしますね。」

──具体的な自然変動の例として、小坂准教授はジェット気流の蛇行を挙げる。

小坂准教授:「ジェット気流」は、地球が自転している影響で吹く恒常風である偏西風のうち、地上約10kmあたりで特に強く吹く風のこと。このジェット気流が吹くところは、熱帯側の暖気と寒帯側の寒気の境目に当たります。

皆さんは、日本で夏に異常気象が起こったときに、ニュースで「原因はジェット気流の蛇行だ」と報道されるのを聞いたことはありませんか?ジェット気流が日本付近で北に張り出すと、これに伴って熱帯の空気が日本付近に入り、熱波をもたらします。逆に日本付近でジェット気流が南下すると梅雨前線を停滞させ、梅雨明けを遅らせることがあります。西日本を中心に未曾有の被害をもたらした平成30年7月豪雨は、九州のやや西で、ジェット気流が南に張り出したことが影響したことが分かっています。

ジェット気流の蛇行

小坂准教授:「蛇行」という言葉が示すとおり、ジェット気流がある地域で北上しているとき、別の地域では南下していることになります。つまり、ジェット気流の蛇行の影響を受けたある地域の気温が普段より急激に上昇したとき、その地域とは逆向きにジェット気流が蛇行している地域では、普段よりも寒冷化している、というようなことが起こるのですね。

こうした例のように、自然変動の場合は、地域ごとに見ると大きな変動があるものの、地球全体で平均するとそれらの影響がほとんど相殺されてしまう……ということがよくあります。こうした特徴は、人為起源の気候変化(温室効果ガスが増加すると、地球上のほぼどこでも温度上昇をもたらす)とは対照的です。

──では、この気候変化と自然変動は、どのように「ハイエイタス」(温暖化の「停滞」)と関係しているのだろうか。

小坂准教授:現実に観測されているのは、気候変化(Climate change)と自然変動(Climate variability)の両方が足し算された結果になっているわけです。ハイエイタスの期間には、自然変動の影響(※地域ごとの自然変動の影響を地球全体で平均したときのわずかな「余り〈相殺されなかった分の影響〉」)が人為起源の影響と逆に寄与した。それにより、一時的に温暖化の進行が緩やかになったのですね。

異常気象と気候変動

異常気象も、実は自然変動の一つ

──小坂准教授は、意外なことに「異常気象も、主に自然変動によるもの」なのだと続ける。

小坂准教授:異常気象の「異常」は「珍しい」という意味合いで使われています。「異常」という言葉の響きから、「あってはいけない状況」なのかなと思われるかもしれませんが、そうではなく、異常気象自体は、自然変動であり、地球が温暖化していなかったとしても起こるものなのです。自然変動による揺らぎが極端な方に振れた状態が、異常気象と呼ばれます。気象庁は、「ある地域・ある季節において、気温、降水量などの気象要素が過去30年以上にわたって観測されなかったほど著しく高いか、あるいは低い値を示す場合」を異常気象と定義しています。

異常気象

温暖化と異常気象頻度の関連性を表す頻度分布

上のグラフは、温暖化と異常気象頻度の関連性を頻度分布で示したものです。横軸は、ある地点・ある季節での、気温や降水量などの気象要素を表しており、縦軸がその頻度を表しています。この分布の横幅は、自然変動による揺らぎの幅と対応しています。この気象要素の値がある一定の数値を越える、つまり極端に左右に振れている部分が「異常気象」と呼ばれる状態です。グラフの色が付いた部分ですね。

気温を例に、現在の気候状態を示す左側のグラフを基準にして、気温が上昇した未来について考えてみましょう。最もスタンダードな想定は、「現在のグラフの形がそのまま右側にシフトする」というものです(図の右上)。そうすると、異常低温に該当する部分の面積が減少し、異常高温に該当する部分の面積が増加することがわかりますね。つまり、異常低温の確率は低下し、異常高温の確率が上昇します。

一方、「温暖化によって頻度分布の形そのものも変わってしまう」場合もあり得ます。例えば、図の右下のグラフのように、頻度分布の幅が広がる場合です。これは、自然変動の幅が今までよりも大きくなることに対応します。この場合も、先ほどと同様に異常高温の確率は上昇します。しかし、異常低温も現在と同じくらいの確率で起こる可能性があるのです。

ある異常気象が起こったときに、よく「この異常気象は温暖化のせいで起こったのか?」と質問されるのですが、これはイエス/ノーで答えられる質問ではありません。温暖化していなくても、そのような異常気象が起こる確率はゼロとは言えないからです。「温暖化している状態ではそうでない場合より、頻繁に異常気象が起こり得る」「温暖化している場合ではそうでない場合に比べて、異常気象の程度(降雨の激しさなど)がより著しくなる」という答え方をするのが、より正確なのではないかと思います。近年では、何らかの異常気象が発生した際に、「温暖化がそのような異常気象が起こる確率をどれだけ変えたか」を数値化することで、温暖化が異常気象にどう影響したかという問いに答える研究がなされています。

「風」が吹けば気候も変わる

──さらに、小坂准教授は、温暖化の影響で起こる気候の変化の一つとして「偏西風帯の移動」を挙げる。

小坂准教授:先にお話したジェット気流が吹いている地帯である「偏西風帯」が、南半球でだんだん高緯度側にシフトする(つまり南下する)、という現象が起きています。

 

偏西風帯のシフト

小坂准教授「偏西風帯が移動したって、自分には関係ない、と思う人もいるかもしれません。しかし、そうでもないんです。九州以北の日本では、春先、おおよそ周期1週間で晴れの日と雨の日が移り変わりますが、これをもたらしているのが移動性の温帯低気圧と高気圧です。これらの移動性低気圧・高気圧は偏西風帯で発達し、西から東へと移動していきます。偏西風、ジェット気流の吹く位置が変わるということは、移動性低気圧/高気圧が通る道筋が変わるということ。風の吹き方が変わるということは、このような日々の天気の移り変わりの様子が大きく変わってしまう可能性を意味します。」

小坂准教授:偏西風帯が移動してきた原因は、主に「成層圏のオゾンホールの拡大」と「温暖化」の2つであるということがわかってきました。ただ、2000年あたりを境にしてオゾンは回復傾向にあるので、今後は温室効果ガスの増加の仕方が、偏西風帯の移動を大きく左右することになるだろうと考えられています。温室効果ガス濃度が急速に増えれば、偏西風の移動は今後も進み、温室効果ガス濃度の増加が抑えられれば、オゾンの回復とともに偏西風帯の位置も回復していくということですね。北半球では、オゾン変動の影響は小さいですが、温室効果ガス濃度が今後上昇すれば、同じようにジェット気流が高緯度側にシフトする(つまり北上する)と考えられています。

難しいのは、このような偏西風帯のシフトは、自然変動によっても起こりうるということです。ですので、過去に起こったシフトのうち、どの部分が人為起源でどの部分が自然変動によるものなのかを切り分けること、また人為起源のうちでも、CO2などの温室効果ガスと、オゾン破壊がそれぞれどれくらいの割合で影響しているのか、きちんと理解することが、将来の変化を予測する上で重要なのです。

まずは、データを正しく読む

──取材時、小坂准教授は、一つの事象でも「地球規模で見るか地域規模で見るか」「数年単位で捉えるか百年単位で捉えるか」など、どう切り取るかによって、異なった解釈ができることを提示していた。

小坂准教授:例えば、ハイエイタスの期間のグラフを引用して「温暖化は嘘だ」と主張する人もいます。確かに、ハイエイタスの期間だけを見ると「温暖化は止まっている」ように見えますが、百年単位で考えると、地球が温暖化してきているのは事実だと言えるでしょう。同じグラフを参照していても、一部だけを切り出すか、グラフ全体やその他のデータを鑑みるかによって導き出される結論は大きく変わってしまうのです。

地球温暖化は、その名のとおり地球規模の話ですから、用いられるデータも「地球全体で平均した気温」になります。しかし、私達が感じているのは、地球平均気温ではなく、「自分がいる場所での気温の変化」です。ですから、寒冷化している地域に住んでいる人が自身の経験だけをベースに考えれば「温暖化は嘘だ」 と誤解するかもしれません。

地域ごとの差や、気候の揺らぎ、ハイエイタス……事象やデータの一部を見るだけでは理解できないこともあります。

様々なデータを照らし合わせていくと、人間の活動が地球に影響を与えてきたこと、それにより私たちの生きる環境が大きく変わっていることに違いはないのだということが分かります。私たちがCO2排出をどれほど減らせるかによって、地球や生物の命運が大きく分かれてしまうのだと思います。

2.気候変動を解決するには?

──記事前半では、気候変動が私たちの暮らしにどう影響するのかを見てきた。ここからは、「実際にどうすれば良いのか?」という点について考えていきたい。

現在、気候変動の主な要因となる二酸化炭素の排出量を減らすため、各国で様々な対策が進められている。そんななか、世界中で注目を集めているのが「カーボンプライシング」だ。

経済学の背景から気候変動の研究を行う諸富徹教授によると、これらの対策が検討される背景には「気候変動と過去の環境問題の違い」があるのだという。

気候変動は規制で解決できない

諸富教授:過去に日本で起きた公害問題の場合、原因と対策がはっきり限定されます。例えば、水俣病なら水銀、四日市喘息なら大気汚染というように、「何が原因物質で」「それを誰がどこから排出している」かを特定できたのです。ですから、過去の公害問題対策では、汚染物質の流出を防ぐために、規制的な手法を用いることが基本だったわけです。

ところが、温暖化問題の場合、そうは行きません。温暖化のおもな要因は二酸化炭素ですが、これは誰もが様々な場所で排出してしまっているもの。工場を稼働させる、乗り物に乗る、ガスコンロを使う、電化製品を使う、といったありとあらゆる生活アクションが直接的/間接的にCO2の排出に繋がっています。ですから「対象を限定して規制をかける」「ルール違反する人がいないかを監視する」という方法で解決することが難しいのです。

そこで、規制の代わりに必要になったのが「皆が少しでもCO2排出量を減らす努力をしてくれるよう誘導する」対策でした。それが、炭素に値段をつける「カーボンプライシング」という方法なんですね。

カーボンプライシングが有効な理由

炭素税と排出量取引制度

──カーボンプライシングとは、CO2排出量に応じて、企業や個人に金銭的なコストを負担してもらう仕組みのこと。日本でも導入が検討されている「炭素税」や「排出量取引」も、カーボンプライシングの一種だ。

諸富教授:カーボンプライシングを導入すると、CO2を排出するほどコストがかかることになりますから、企業や個人がコストを抑えるためには、CO2排出をなるべく減らさなくてはいけないということになります。ですから、多くの企業や人に一斉に行動変容を起こしてもらうには、カーボンプライシングが適した方法だと考えられています。

これを、税金の導入で行うのが「炭素税」と呼ばれるものです。これは、環境保全を目的として課す「環境税」のうちの一つで、CO2を排出した人がその排出量に応じた金額を税として支払う仕組みになっています。炭素税が導入されれば、少ないCO2排出量で生産された製品が価格競争で有利になります。環境コストを経済システムに組み込むことで、環境に配慮した人が適切に利益を得られるようになっていくわけです。

一方、「排出量取引」は、個々の企業に温室効果ガス排出量の限度(排出枠/キャップ)を設定し、排出削減の確実な実施を推し進める仕組みのこと。政府が発行した排出権を持つ企業は、排出権の範囲を越えるCO2 を排出してはいけないことになります。それぞれの企業にキャップ(帽子)を渡して、「あなたが排出していいのは、この帽子に収まる分だけですよ」と定めていくようなイメージですね。

また、この排出権は売買が可能で、市場での取引が行われています。市場での取引分も含め、世の中に出回っている排出権の量を全部足すと、政府が定めた国のCO2排出量の上限値にちょうど等しくなります。

排出量取引の仕組み

脱炭素社会への移行時に気をつけるべきこと

──現在、諸外国でカーボンプライシングなどを導入し、脱炭素社会へ移行する動きがあるが、こうした移行に反対する人はいないのだろうか?

諸富教授:環境問題対策に関しては、以前から先進国と途上国の間で意見の対立が見られます。途上国の側からしてみれば、過去に先進国がどんどん開発を進めたせいで環境問題が深刻になっているわけなので「先進国のツケをどうして私たちが払わなければならないのか」という声があがっているのです。そこで登場したのが、『差異ある責任』というキーワードです。主たる原因が先進国であることに違いないが、途上国に責任がないというわけでもない。だから、責任の程度を加味して、『差異ある責任』を担おう、ということになったのです。

一つ例を挙げましょう。アフリカでは今後人口がさらに増加していくだろうと予想されています。人口が増えるとその分CO2排出も増えるはずですよね。先進国のCO2削減目標は、こうしたアフリカでの人口増加の影響を相殺できるように、より積極的な削減目標になっています。これが、責任の重みを差異化した例の一つですね。

また、炭素税を導入すると、貧困層の人々により多くの負担を与えてしまう可能性があります。例えば、冬場、とくに寒い地域では、どうしても燃料を焚いて暖を取る必要があります。生きていくためには、環境税が高くなったからといって、燃料を「買わない」という選択肢はありえないわけです。ですから、炭素税は貧困者により重くのしかかってしまう可能性があります。所得が低くなれば低くなるほど、エネルギーにかけている資金の比率が高くなっていく、つまり、逆進性があるということです。

温暖化問題は解決したけれど、気が付いたらひどい格差社会になっていた……そんなことになってはいけません。そこで現在重要視されているのが「公正な移行」というキーワード。移行プロセスの過程で、格差を拡大させないように注意する、というものですね。公正な移行を行う方法としては、ベーシックインカムの導入、累進所得税の導入(高所得者層から徴収した資金を、所得の低い人に給付する)、社会福祉を充実させる、教育を無償化する等、様々なものが考えられており、現在も議論が続いています。

公正な移行に取り組む例の一つは、アメリカのバイデン政権です。バイデン政権は、2021年3月末に200兆円以上を費やす大規模なインフラ計画を発表しました。電力網の刷新、再生エネルギーの設備投資などを通して気候変動対策に取り組む今回の計画の中には「貧困コミュニティに対する支援」という項目が登場しています。

日本で導入するなら?

──日本でも「炭素税」「排出量取引」の導入が検討されているが、現在、どのような議論が巻きおこっているのだろうか?

諸富教授:日本はどちらかと言えば重厚長大産業に強みがあります。ですので、「欧州の定めたルールの従っていくと、日本の産業が沈没してしまう」と懸念する人も少なくありません。

さらに、「お金を払っているのだから、別に環境に配慮しなくてもいいでしょう?」という風に考える人が出てきてしまうのではないかという指適も挙がっています。お金を払う行為が、環境負荷をかける『免罪符』として働いてしまう可能性があるということですね。

「税を払ったから環境を汚してもいいでしょう?」「権利があるんだからCO2を排出したって良いでしょう?」というような気持ちを呼び起こしかねないのは事実です。

ただ、排出権が通常の財産権などとは異なる特徴を持つことを理解しておく必要もあるでしょう。排出権の場合、権利の発行者は政府であり、所有者はその権利を蓄財していくことができません。また、最終的には排出総量を減らしたいわけですから、時間軸とともに、権利の幅(キャップ)はだんだん狭まっていきます。

確かに権利は権利であり、先に述べたような懸念点があるのも事実ですが、「政府が総量を厳しくコントロールしている点」や「未来永劫の権利ではないという点」も加味しながら議論を進めていく必要があるでしょう。

緑の階段

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諸富教授:炭素税と排出量取引、どちらを導入するかについては現在も議論が続いています。日本にもともと「地球温暖化対策税」というものが存在していることを考えると、もしかすると炭素税のほうが導入しやすいのかもしれませんね。炭素税を導入する場合、最初は低めの税率を設定し、徐々に上げていくという「段階的な移行」を行うことで、ショックを和らげるのが良いと思います。

留意しなければならないのは、「エネルギー集約型産業への負担」と「低所得者層への負担」についてです。エネルギー集約型産業の場合には、炭素税の税率が産業によりダイレクトに影響します。炭素税を上げることで産業にどれくらいマイナスの影響が出るのかを考え、「産業の努力で回避できない影響」が出てしまう場合には、何かしらの配慮をせざるを得ないでしょう。環境と経済、産業と経済のバランスをどうとるのかについては、今後もきちんと議論していく必要がありますね。

次に、低所得者層への負担についてです。国民全体で脱炭素を推し進めるならば、負担は逆進的になる、つまり低所得者層になればなるほどエネルギーコストが上昇してしまうと考えられます。個人の負担が一定程度以上になってしまう場合、何らかの形で個人に対して給付する必要があると思います。政府が必要なとき、適切に国民を助けられるように、必要な場合に政府がすぐ各人に支給できる」ような仕組みを整えておくことも重要になりますね。

再エネが地域活性化のカギになる?

──カーボンプライシングと同じく、脱炭素の手段として注目を集めるのが、再生可能エネルギー(再エネ)だ。東日本大震災の後、特に再生可能エネルギーと分散型の電力システムの研究に重点を置かれてきた諸富教授は、今後の日本の再エネの可能性をどのように捉えているのだろうか。

諸富教授:日本で化石燃料を代替する際、ポイントになるのは「太陽光」と「洋上風力」です。海外で多く導入されている再エネは、「バイオマス」と「陸上風力」なのですが、林業の衰退や国土面積等を考えるとこの2つを日本で行うのは難しい。一方、日本は海に囲まれているため、他国よりも洋上風力には適した環境であるといえます。

併せて、太陽光の利用も重要です。国土面積の関係からメガソーラーの設置は難しいですが、太陽光パネルをあらゆる工場の屋根にのせていくことは可能なのではないでしょうか。

太陽光を始め、再生可能エネルギーの良い点は、「全国どこでもできる」ということ。原発の場合、設置する地域を選びますから、特定の自治体が交付金を国から受けてリスクを引き受けています。

一方、再生可能エネルギーは「どこにでも身近に存在する」もの。軍事転用の恐れがなく、ローテクで、かつ少しの知識さえあれば誰でもトライできます。その点、再エネは全国どこでも「やりたい人がやれる」という分散型の面白いエネルギーだと言えるでしょう。

洋上風力

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諸富教授:また、再エネは「地域活性化の核」となってくれるものだと思っています。東京のど真ん中で再エネをやろうと思っても、ビルの屋根に太陽光パネルのせるのがせいぜい。しかし、地方に行けば行くほど豊かな自然エネルギー資源を活かして発電が可能になります。そして、生み出した電力を売電することによって、地域に収入をもたらしたり、雇用を生み出したりすることが可能になるわけです。こうした再エネビジネスを核に、地元の産業をつなげていくことで、地域を活性化することができます。実際に、ドイツなどをはじめ、様々な地域で再エネを核にした地域活性が成功しています。

再生可能エネルギーによる地域活性の利点は、環境にやさしい/地域が潤うということだけではありません。一人ひとりの力で、原発や化石燃料に頼らない社会の在り方を実現できること。そして、そのプロセスでコミュニティを構築できることも大きな魅力ではないでしょうか。

今後は、化石燃料に代わる再エネの比率をとにかく増やしていかなければなりません。2017年時点の電源構成における再エネ比率は16%。そして、現在政府が掲げている目標は「2030年までに再エネ比率を20%に引き上げる」というものです。正直この目標は低すぎるのではないでしょうか。まずは、経済同友会が提言している「2030年までに再エネ比率を40%以上に引き上げ」を目指す。そして、2050年には再エネ比率を80%以上に引き上げる……という風に移行が進められると理想的ですね。適切な目標を定めながら未来の道筋を描き、着実に移行を進めていくことはとても重要です。その過程において、日本の再生可能エネルギーに関わる事業を拡大していけたら良いのではないかと思います。

自分にとってのウェルビーイングを見つけるために

明日テストを控えた子どもに「どうして1+1=2なの?」と聞かれたら、あなたはどう答えるだろう。1+1=2だから、としか答えようがないし、これが分からなければ、ほかの数式も理解できない──だから私たち大人はつい「そうなるって決まってるんだから、覚えればいいの」と答えてしまう。問うこと/答えを探すことは、重要なこと。だが、それは時間を必要とする作業であり、ともすれば「効率の妨げ」にもなる。よく分からないことや心から納得できないものでも、それが世間で「当たり前」とされているなら/それに対する疑問や反論を述べることで白い目を向けられてしまうのなら……色々なものを天秤にかけた結果、「そういうものだ」と納得するのが得策だと判断することもある。

学校で地球温暖化について習い、異常気象を体験するうちに、私たちはなんとなく「地球を守らなくてはいけない」のだと理解してきた。国際会議の内容や、環境保護のための制度改定をニュースで知るたびに、「今の世では気候変動対策をするのが当たり前なのだろう」と納得してきた。だからこそ、「最近の環境問題について話してみてください」と問われれば、ほとんどの人が「気候変動で地球が大変なことになっている」「これからは脱炭素が重要だ」といったことをすらすらと語れるはずだ。

一方で、「なぜ、どのように、地球が大変なのか、なぜそう思うのか、あなたの言葉で説明してください」と問いかけられたら、流暢には語れなくなってしまう人が多いのではないか。

問いを持つこと、当たり前を問い直すことは、一見遠回りの作業のように思える。しかし、そうして立ち止まる時間は「自分の意見」を形成するためにも重要なものだ。同じ選択をするにしても「世間的にそうみたいだから」「教科書に書いてあったから」選ぶのと、根拠を持って「自分がこうしたいと思ったから」選ぶのとでは、納得感が違うだろう。

コロナ禍で、これまで日常がガラガラと崩れさった今。特集を通して、古い当たり前を問い直し、どうすれば社会をより良いものにできるのかを、皆さんと一緒に考えていきたいと思う。

「問い」から始まるウェルビーイング特集

環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!

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