オーバーツーリズムを超えて「人口過多」のバリ島。観光は悪なのか

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本コラムは、2025年5月22日に配信されたIDEAS FOR GOODのニュースレター(毎週月曜・木曜配信)の一部を編集した内容です。ニュースレター(無料)にご登録いただくと、最新のコラムや特集記事をいち早くご覧いただけます。

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2025年4月、筆者はインドネシア・バリ島のウブドを訪れていた。驚いたのは、人の多さ。観光客で溢れかえる渋谷さながら、朝から夜まで多くのバイクと、タクシーと思しき車でごった返している。観光地であるウブドは観光客が増えると同時に(※1)、住民の人口も増加傾向が続いているのだ(※2, 3)。さらに、バリ島全体で海外からのデジタルノマドが増加し価格の高騰や水田の減少が課題として指摘されている。

「もうこれはオーバーツーリズムじゃなくてOver Population(人口過多)なんです」

そう語ったのは、現地でカスタムメイドのコミュニティ・ツーリズムを提供するFive Pillar Experiencesの代表・Wiraさん。人口およそ440万を擁するバリ島の南部から中部にかけて人が集中することで、交通渋滞の悪化や土地代の高騰など、ここ10年で大きく変化してきたという。

メインの通りから一本外れると少し静けさがあるウブドの街並み。奥に見える道は多くの人で混み合っていた|筆者撮影

Wiraさんは「本来の“バリ島らしさ(authenticity)”が失われつつあります」と、現状を危惧する。住民は観光客のニーズに応えることで生計を立てるようになり、それまでに受け継がれてきた文化的な技法や農業が途絶えつつあるのだ。しかし観光のニーズも刻々と変わるため、住民は常に目先の利益に合わせなくてはならない不安定さを抱えることになる。

「観光でアイデンティティを失うなら、それは消費型の観光です。観光エージェントは、地域のアイデンティティをそのままに観光客を呼び込めるような責任ある組織でなくてはなりません。だからこそ、観光だけじゃないブランドを作ったのです」

Five Pillar Experiencesは、バリ島らしさを守りながら「観光に依存しない地域を築いていくためのツールとして」観光を活用する方法を実践している。つまり長期的には観光がなくても地域経済が成り立つことを目指しているそう。

そんな事業の主軸となるのが、ローカルヒーローと呼ばれる地元の有志たちだ。それぞれ本業を持ちながらも「地元の文化を多くの人に伝えたい」という意思を持っており、副業的にガイドとして活躍している。

Image via Five Pillar Experiences

Image via Five Pillar Experiences

これが社名と同じく「Five Pillar Experiences」という、経営の柱となるメイン事業。同時に、観光に依存しない地域を作るべく、それ以外に旅行会社“らしくない”3つの分野を含め、以下の4事業を手がけている。

Five Pillar Experiencesが手がける4事業

  1. Five Pillar Experiences:ローカルヒーローがガイドとなる、オーダーメイド観光プログラム提供
  2. Five Pillar Edutravel:ASEAN諸国の海外大学など教育機関と連携したプログラム作り
  3. Five Pillar Initiative:ローカルヒーロー間での知識・技術の共助を支援
  4. Five Pillar Academy:住民や地元企業に向けてローカルヒーローによる学びの場の構築

特に力を注いでいるのが、③イニシアチブと④アカデミーの事業。Wiraさんが願うのは単なる観光の活性化ではなく、先祖から贈られた伝統を伝え続けていくこと。だからこそ、Five Pillar Experiencesがローカルヒーローたちのハブとなり、地域内でビジネスパートナーが見つかったり、知識を共有し助けあう仲間を得たり、地元の子どもたちに伝統文化に触れてもらう機会を作ったりと、観光を起点として地域内のつながりを強化するような取り組みを増やしている。

その関係構築の先にあるのが、観光に依存しない地域の再構築なのだ。

「たとえ観光客がいなくなり観光業が途絶えても、地元のエコシステムが守ってくれます。こうしたつながりを築くことで、地元の人々にとっても、何を守るべきかが分かるようになるんです」

今、Five Pillar Experiencesが協働するローカルヒーローは、90人にのぼる。その一人ひとりのことをWiraさんは細やかに覚えていて、生き生きと彼らが持っている技術・知識の素晴らしさやストーリーを語ってくれた。まさにその様子から、彼らが築いている関係性が強く豊かであることが垣間見えた。

現地の課題を知ると、観光客であることの罪悪感を持たずにはいられない。筆者自身、バリ島滞在中に現地の人と話せば話すほど「来てよかったのか」と悩むこともあった。その土地の価格を引きあげ、地元より観光を優先した開発需要を生んでいる一人であることがひしひしと感じられたから。

しかし、遠方の友人を訪れる旅や、異国の地の自然や食を楽しむ観光そのものが、悪なのだろうか。

Wiraさんへの取材をもとに考えると、観光は必ずしも悪ではなく、その旅を通じた経済的利益や関係性の構築、知識の共有によって「地域のしなやかさを高めるか」が重要なポイントかもしれない。

その観光エージェント、ホテル、レストランを利用する、つまり支持することによって、どの地域の誰に恵みをもたらすのか。旅の「あと」の訪問先の姿を想像して旅行の計画を立てることが、責任ある旅行者への一歩ではないだろうか。

※1 Number of Monthly Foreign Visitor to Bali by Gate (Person)|BPS-Statistics Indonesia Bali Province
※2 Population of Bali Province Based on Population Census, 1961-2020|BPS-Statistics Indonesia Bali Province
※3 Population Projection of Bali Province by Gender and Regency/Municipality (Thousand People), 2023-2025|BPS-Statistics Indonesia Bali Province

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