※本記事は、「BETTER FOOD(ベターフード) VOL.3 エシカルフード最前線(バリ島)」掲載記事を、一部IDEAS FOR GOOD向けに編集したものです。
バリ島ではここ数年、オーバーツーリズムが問題となっている。それに伴う乱開発や交通渋滞に対し、地元の人々の心境は複雑だ。バリ島の美しいジャングルや田園風景は、ヴィラやリゾート、ホテルへと変貌し、もはやかつての神聖なバリの姿は失われつつある。
一方、島の観光業に次ぐ主産業である農業においては、観光業の拡大による農地減少が止まらない。さらに農家の高齢化も相まって、皮肉にもバリ島における食料自給率は低く、輸入に頼らざるを得ない状況になっている。開発が進む観光地と、衰退しつつある農村。バリ島では今、この二つの世界が交錯している。
観光と農業は本当に対立するしかないのか。この問いに向き合い、持続可能な観光と農業の両立に取り組んでいるのが、「Astungkara Way(アストゥンカラ・ウェイ)」だ。同社は、「旅行と食のリジェネラティブな未来を育む」ことを目指し、観光と農業の分野でリジェネラティブ(再生型)の代替策を生み出している。
今回は、「観光×農業」の新たな可能性を探るアストゥンカラ・ウェイのゼネラルディレクター、トンギー・ユウ氏に、バリ島の現状とリジェネラティブな未来への挑戦について聞いた内容を、前編と後編に分けてお届けする。

アストゥンカラ・ウェイのゼネラルディレクター、トンギー・ユウ氏
旅行者に本物のバリ島を体験してもらう、リジェネラティブなツアー
Q. まずはじめに、アストゥンカラ・ウェイの活動について教えてください。
観光においては、リジェネラティブなツアーを通して、バリ島の文化と地域コミュニティを支援することを目指しています。また、農業においては地元農家と協力しながら、従来の慣行農法からリジェネラティブ農法への移行を推進しています。
私たちが提供するトレイルや農場ツアーは、バリ島で拡大するマスツーリズムの代替となることを目指しています。近年、この島を訪れるその大半の人々はチャングー、スミニャック、ウブドといった定番の観光地を巡り、パッケージ化されたバリ島の一面しか見ずに帰国してしまいます。多くの観光客や交通量に圧倒され、帰国する頃には「バリ島は最悪だ」と口にする人さえいるのです。また、多くの旅行者は、バリを訪れても地元の人々と深く関わることがほとんどありません。
しかし、バリの人々が持つ知恵や文化には、学ぶべきことが数多くあります。私たちは、そういった「本物のバリ島」の魅力を伝えるために、持続可能な活動を行う地元コミュニティと協力して観光地化されていない地域での体験型ツアーを企画しています。
Q. バリ島の人々の生活から学べることはなんでしょうか。
バリ島には持続可能な取り組みの例が数えきれないほどありますが、私たちのトレイルでは、その一部を実際に目にすることができます。例えば、トレイルの参加者が通る北部のいくつかのコミュニティでは、今でも多くの人々が森で食料を採取しながら暮らしています。これらのコミュニティでは自分たちの食事を作るために森で食料を採取しているのです。しかも、その多くは一年草ではなく多年草(※)です。これは、本質的に非常に持続可能な方法ですよね。毎日森に入り、自分自身や家族のために栄養価の高い美しい食事を作る。このような暮らしが、今も息づいているのです。
※ 毎年種をまく必要のない作物のこと。
もう一つの例が、私たちが関わっているコミュニティが実践しているリジェネラティブ農業です。これは、単なる有機農業ではなく、土壌や生態系を再生させながら持続可能な農業を行う手法です。例えば、単にコーヒーを栽培するのではなく、コーヒーのアグロフォレストリーを実践しています。これは、コーヒーの木と一緒にパイナップルや果樹、根菜類など、異なる作物を組み合わせて育てる農法です。異なる植物が共生することで、土壌の健康が維持され、それぞれの作物がより丈夫に育つのです。
私たちの活動の中心にあるのは、「食べ物はどこから来るのか?」「人と自然の関係性とは?」といったテーマです。参加者が自然の中にどっぷりと浸かり、食とのつながりを再発見できる体験を提供することに、深く焦点を当てています。現代社会では、多くの人が食がどこから来るのかということを忘れがちですが、私たちはそれを変えようとしているのです。
Q. 今でも森で採集をやっている人々がいるのですね。
今では珍しくなりましたが、こうした伝統的な食文化はまだバリ島の一部に残っています。私たちのトレイルでは、森で採取した食材を使い、失われつつある伝統料理を復活させる取り組みも行っています。
トレイルで訪れるコミュニティの中には、「その料理の作り方を覚えているのは村のおばあちゃんだけ」というような場所もあります。そこで私たちはそのおばあちゃんに会い、「一緒に森に行って食材を探してもいいですか?」と尋ねます。するとおばあちゃんは、彼女の娘に伝統料理の作り方を教え、その方がトレイルの参加者のために料理を作ってくれるのです。こうして、私たちは間接的に伝統料理の復活をサポートし、価値を再発見する機会を生み出しているのです。
始まりは、グリーン・スクールから。観光収入でリジェネラティブ農法への移行を支援
Q. そもそもアストゥンカラ・ウェイを設立された経緯についてお聞かせください。
私は長年暮らしたフランスのパリを2019年に離れ、バリ島に移住しました。ほどなくして、アストゥンカラ・ウェイの創設者であるティムと出会いました。当時、ティムはバリ島にあるグリーン・スクールという、持続可能な教育に重点を置くことで知られる有名な学校で働いていました。彼はそこでグリーン・スクールと地元の米農家を結びつけるプログラムを立ち上げていました。
その狙いは、グリーン・スクールの保護者に週に一度、田んぼに出る機会を提供することでした。ティムのチームは「リビング・ライス・サイクル」というコースを設計し、保護者が農家と一緒に田んぼで働く機会を得るために、一定の参加費を払う仕組みにしました。学校はその資金を使って農家から田んぼを借りる代わりに、条件として農家に化学肥料や農薬を使用しないことをお願いするものでした。
このプログラムは、単なる農業体験にとどまらず、農家の無農薬への移行を支援するユニークな方法でした。農家たちは本当は化学肥料や農薬をやめたかったものの、移行のためのサポートが不足していました。そこで、グリーン・スクールは、こうした農家が生産した無農薬の米を購入するようになり、経済的な後押しをするようになったのです。
ティムと彼のチームは、「これは素晴らしい取り組みだ」と確信しました。そして次第に、「この活動をもっと広げるために、グリーン・スクールを辞めて専念しよう」と考えるようになったのです。ちょうどその頃、私も彼らに出会い、参加を申し出ました。
当初、ティムと彼のチームは地元の農家と協力し、慣行農法からの転換に取り組んでいました。私たちは、自然農法・有機農法・リジェネラティブ農法に移行しつつある、あるいはすでに移行を完了した農家のコミュニティを地図上でマッピングし始めました。そして、地図上でそれらのコミュニティを見たとき、なんとなくつながっているように見えてきて、「これらの異なるエリアをトレイルとして結びつけたら素晴らしいだろう」と。そうすれば、観光収入でそれらのコミュニティを支援し、彼らが実践する持続可能な農業をサポートすることができると考えたのです。
このようにしてアストゥンカラ・ウェイのトレイルが誕生しました。それぞれのコミュニティをつなげたことで、私たちはリジェネラティブ農業を軸とした支援プログラムをデザインすることができたのです。
前編では、観光業の発展によって失われつつあるバリ島の風景と文化、そしてそれに対抗する形で生まれたリジェネラティブなツアーの試みについて紹介した。それでは、アストゥンカラ・ウェイは具体的にどのように農業を変え、食の未来を再生しようとしているのか。後編では、彼らのリジェネラティブ農業の実践と、バリ島の食の未来について深掘りする。
【参照サイト】Astungkara Way
食分野におけるサステナビリティの先行事例を紹介する不定期刊行誌〈ベターフード〉第三号の特集は「エシカルフード最前線(バリ島)」。編集部自らバリ島に3週間滞在し、現地のレストランやホテル、農家から村の司祭まで、注目すべき人々へインタビューを行った。風光明媚なビーチから、熱帯特有のエネルギー溢れるジャングルまで、バリ島にどっぷりと浸かりながら現地の熱気を詰め込んだ一冊。より良いフードシステムを創ろうと奮闘するバリの人々のリアルに迫る。
Edited by Erika Tomiyama