文化とアートの力で気候危機に立ち向かう。Culture for Climate Scotlandに学ぶ、創造的な社会変革

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地球規模で深刻化する気候危機。この複雑で巨大な課題に対し、私たち一人ひとりが持つ「創造性」は、どのような突破口を開くことができるのだろうか。スコットランドを拠点とする「Culture for Climate Scotland」は、まさにこの問いに、アートと文化の力を通じて実践的な答えを提示している。

かつて「Creative Carbon Scotland」として知られたこの組織は、文化セクターが気候変動対策の最前線に立つことを目指し、カーボン排出量削減の支援からアーティストを気候変動プロジェクトへ派遣するというユニークな試み、さらには政策提言に至るまで、多岐にわたる活動を展開している。

彼らが掲げる「Climate into Arts」と「Arts into Climate」という双方向のアプローチは、ともすれば分断されがちな「文化」と「環境」の領域に橋を架け、社会の「思考」そのものをアップデートしようとする試みだ。本記事では、同団体のディレクター、Ben Twist氏へのインタビューを通じて、その核心に迫る。

Ben Twist(Director, Culture for Climate Scotland)

2011年(当時はCreative Carbon Scotland)から本団体のディレクターを務める。25年間にわたるイベント制作や文化施設の運営の経験に加え、カーボンマネジメントの修士号および、持続可能な社会的実践を促進するための複雑系理論の応用に関する博士号を保有。CCSを文化組織向けのカーボンマネジメント支援や気候変動への適応支援の分野におけるリーダーへと育て上げ、気候変動への対応において文化が果たす影響力を高める取り組みを展開してきた。英国国内および国際的なイベントで定期的に登壇。

文化とアートの力で、気候危機に立ち向かう

Culture for Climate Scotlandは、スコットランド全域で文化と気候変動を結びつける活動を行う慈善団体だ。Ben氏は、その活動を大きく四つに分類する。

第一に、主に芸術分野を中心とした文化セクターが、自らのカーボン排出量を削減し、気候変動の影響に適応するための支援。第二に、文化セクターが持つ力を活用し、気候変動に関する一般市民への影響力を高めること。第三に、視点を変え、気候変動プロジェクトや関連組織に対し、文化的な創造性を持つ実践者を活用して目標を達成するよう働きかけること。そして第四に、政府や資金提供団体といった戦略的組織と連携し、文化と気候変動の取り組みを阻害する制度的な障壁を取り払い、両者が融合しやすい環境を整備することだ。

2017年に開催された Aberdeen Adapts の一環として開催されたアートと気候変動に関する1日限りのミニフェスティバルのワークショップの様子 / Image credit: Culture for Climate Scotland

2011年の設立当初、団体名は「Creative Carbon Scotland」であり、その名の通りクリエイティブセクターにおけるカーボンマネジメントに主眼を置いていた。しかし、活動が気候変動への適応やアーティストのプロジェクト派遣など、カーボン管理以外の領域にも広がるにつれ、「カーボン」という言葉が活動の実態を表さなくなった。

そこで、「文化を通じて気候危機に取り組む」という活動の本質をより明確に表す「Culture for Climate Scotland」へと名称を変更したのだ。この名称変更自体が、彼らが気候危機という課題に対し、より広範で本質的なアプローチ、すなわち「アート」や「文化」の力こそが鍵であるという信念の表れだと言える。

気候危機とアートという2つの世界をつなぐ

Culture for Climate Scotlandの活動の根幹には、「Climate into Arts(気候変動の課題をアートに)」と「Arts into Climate(アートの力を気候変動対策に)」という二つの方向性がある。Ben氏はこれを「気候変動の要素をアートの世界に注入し、同時にアートの要素を気候変動対策の世界に注入する」と表現する。かつてはほとんど接点のなかった二つの世界をつなぐ試みだ。

「Climate into Arts」の側面では、芸術組織が取り組むべきカーボン排出削減策を支援する。建物のエネルギー使用、移動・輸送、廃棄物・資材、そして調達が主な排出源となるが、特に芸術分野では、アーティストや作品の移動、さらには大規模なイベントにおける観客の移動が大きな課題となる。

2019年初頭にグラスゴーで開催された Cultural Adapttation プロジェクト最初の国際ミーティング内で行われたワークショップの様子 / Image credit: Culture for Climate Scotland

Ben氏は、「大規模な会場では、観客の移動による排出量が、他のすべての排出量を合わせたものよりもはるかに大きくなる可能性があります。これは非常に大きな問題であり、理解し、測定し、変化をもたらすのが最も難しい課題の一つです」と指摘する。

この問題は、単なる排出量削減に留まらず、文化ツーリズムのあり方や、文化組織の存在意義そのものへの問いへと繋がっていく。

「気候変動について話し始めると、非常に早く、『私たちはなぜここにいるのか、この組織の目的は何なのか』という問いにたどり着きます。それは単にお金を稼ぎ、経済成長を促進するためなのか。それとも地域や国際的な観客に情報を提供し、楽しませ、教育するためなのか。私たちは何のためにこれをやっているのでしょうか」

一方、「Arts into Climate」では、アーティストの創造的なスキルや思考法を、気候変動プロジェクトに活かすことを目指す。

「私たちは、アーティストを気候変動プロジェクトに配置しますが、彼らにアート作品の制作を期待しているのではありません。アーティストが持つスキルや創造的な実践力を、組織が気候変動の目標を達成するために活用するのです。これは非常に重要な点で、私たちはアート作品のコミッションに関与しているわけではないのです」

このアプローチこそ、Culture for Climate Scotlandの独自性を際立たせている。

アートは、社会変革の可能性を探求する思考実験の場

では、気候変動という巨大な課題に対してアートやアーティストは具体的にどのような役割を果たせるのだろうか。Ben氏は、演劇監督としての25年の経験と長年の環境問題への関心から、この道に進んだ。彼によれば、アートは単に感情に訴えかけるコミュニケーションツールなのではない。

「優れたアートは、あなたが考えるのを助け、社会が考えるのを助けます。歴史を通じて、アートは社会に、そして社会の思考に影響を与えてきました。人々に異なる事柄について考えさせたり、物事を異なる方法で考えさせたりすることを可能にしてきたのです。アートは新しい視点を提供します。そして、私はその『思考』は感情よりも重要だと考えています」

アートは、未来のあり方や社会変革の可能性を現実のリスクを伴わずに探求する「思考実験」の場となり得る。舞台や書物、絵画の中でリハーサルを行い、変革がもたらす影響を考察する。特に、観客と共に体験を共有する集合的なアートの形態は、コミュニティが共に考える上で重要な役割を果たすBen氏は語る。さらに、アーティストは既存のルールに縛られず、物事を異なる視点から捉え、新しい方法を試みる存在だ。

「アーティストの仕事は、他の誰かと同じことをするのではなく、オリジナルであること、ルールを破ることです。だからこそ、彼らは気候変動に取り組む上で有用な人々であり、ルールに従うのではなく、『実際にはこうできる、こう見ることができる、こう取り組むことができる』と言うことができるのです」

この「当たり前」を問い直す力こそが、社会の思考を深め、新たな道筋を照らし出すのだ。

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2017年3月、On Site Projects のチームと協働し、ダンディーを拠点とする4つのアートプロジェクトの代表者を招き、芸術的な実践がどのようにより持続可能なスコットランドへの移行に貢献できるかを模索。画像はダンディー・アーバン・オーチャードで活動する人々の様子 / Image credit: Culture for Climate Scotland

アーティストの創造的な視点は、思考だけではなくシステムを変える

Culture for Climate Scotlandがグラスゴーで展開する「Creative Climate Futures」プロジェクトは、まさにこの思想を体現するものだ。課題を抱える二つの地域コミュニティで、3年間にわたりアーティストが住民と協働。低炭素で気候変動に適応した未来を共に構想し、実現に向けた具体的な計画を立てる支援を行っている。

あるコミュニティでは、旧態依然とした巨大組織が地域を支配し、住民の声が届きにくい状況があった。そこに派遣されたアーティストは、コミュニティ組織がより明確な声を上げ、連携し、巨大組織と対等に渡り合えるよう支援した。それは一見、芸術的なプロジェクトには見えないかもしれないが、アーティストの介在がコミュニティのエンパワーメントに繋がり、既存の力関係というシステムに揺らぎをもたらしたのだ。

Ben氏は、ベルギー・ゲント市での事例も紹介する。洪水や熱波の影響を受けやすい広場の再開発プロジェクトにおいて、通常であればエンジニアや計画者が住民に説明を行うところを、アーティストが介入。住民が主体となってエンジニアや計画者にツアーを行い、自分たちの望む未来を提示した。プロセスを逆転させることで、住民のプロジェクトへの支持が高まり、より建設的な議論が生まれたという。

写真左はゲントに招かれたアーティストのAnyuta Wiazemsky氏 / Image credit: Culture for Climate Scotland

「アーティストは異なる角度から入ることで新しい視点をもたらし、それによって様々な人々に新しい気づきが生まれます。アーティストが『地元の住民がツアーを主導すべきだ、この場所は、建築家や計画者、エンジニアではなく彼らのものなのだから』と言うことで、プロセスを覆すことができました。アーティストは人々の心を変化させるだけではなく、システムを変化させることもできるのです」

これこそ、アーティストの創造性が既存のシステムを変革する瞬間と言えるだろう。

ゲントを含む北ヨーロッパ4都市で展開された、創造的実践による気候変動適応の形を探求するリサーチプロジェクト Cultural Adaptations の様子 / Image credit: Image courtesy of Green track Gent.

一人ひとりの創造性を解き放つためにできること

気候変動という課題に立ち向かうためには、専門家だけでなく、私たち一人ひとりが持つ創造性を発揮することが求められる。

Ben氏は、そのための具体的なアプローチとして、会議の冒頭で詩を朗読したり、参加者にシェイクスピアの戯曲で用いられる弱強五歩格で気候変動に関する詩作を促したりする例を挙げた。決められた音節やリズムの制約の中で言葉を紡ぐことは、普段とは異なる思考を促し、新たな視点や表現を生み出すきっかけとなるのだ。

「もし私がただ詩を読むだけでも、それは『少し落ち着きましょう。前の会議のことは忘れましょう。この会議のことも一旦忘れて、ただ一緒に耳を傾けましょう』というメッセージになります。そして、私が力強い詩を感情を込めて読めば、それは一瞬にして異なる空間を創り出すのです」

こうした試みは、会議の参加者の姿勢を変え、私たちが人間的な問題に取り組んでいるのだという意識を共有させる効果があるという。あるいは、大きな紙を使って未来への道のりを絵や言葉で描くワークショップも、人々の固定観念を打ち破り、自由な発想を促す。重要なのは、誰もが内に秘めた創造性を信じ、それを表現する場と勇気を持つことだ。

Image credit: Culture for Climate Scotland

もう一つの世界と出会うために、今すぐ行動しよう

最後に、Ben氏は日本の読者に向けてこんなメッセージを語った。

「COP26のために私たちが制作した短いフィルム『Climate Action Needs Culture』の最後に、『文化は気候変動対応に貢献する準備ができている』というメッセージがあります。文化セクターは気候変動対応の役に立ちたいと願っていますが、現状では気候変動の世界と文化の世界は互いに話し合っていません。完全に別々の世界です。それらは同じ世界になる必要があります」

「ですから、私のメッセージは、『今すぐ、明日、今日にでも行動してください』ということです。文化の世界にいようと気候変動の世界にいようと、もう一方の世界の誰かに電話をかけたり、メールを送ったりしてみてください。もしそれがうまくいかなくても、別の人に連絡してみてください。誰かと話してみてください。

『助けたい』あるいは『助けが必要だ』と。遅かれ早かれ、それをやりたいと思う誰かが見つかり、そこからコラボレーションが生まれるでしょう。私たちのウェブサイトには、興味深いプロジェクトの事例がたくさん載されています。ぜひ調べて、ご自身でプロジェクトを始めてみてください。今日から始めるのです」

Ben氏は、すぐにでもできるアクションの例として、日本の伝統的な詩である俳句を引き合いに出し、「自然の要素を盛り込み、限られた音節で物語を語る俳句は、気候変動について人々に考えさせる面白い方法だ」と付け加えた。

まずは、次回の会議で俳句を一句詠んでみることから始めてみるというのもよいかもしれない。気候変動の世界と文化の世界、二つの世界が繋がったとき、私たちの「思考」はアップデートされ、新たな未来への扉が開かれる。

編集後記

Ben氏へのインタビューは、アートや文化が持つ社会変革の力、特に気候危機という喫緊かつ複雑な問題に対処する上での可能性を強く感じさせるものだった。「アートは社会が考えることを助ける」という言葉、そしてアーティストが既存のシステムや常識に揺さぶりをかける「思考実験」の担い手であるという視点は、私たち自身の創造性をいかに社会課題の解決に活かせるかという大きなヒントを与えてくれる。この記事が、読者一人ひとりの「思考のアップデート」を促し、より良い未来への行動を後押しするきっかけとなれば幸いだ。

【参照サイト】Culture for Climate Scotland

(※アイキャッチ画像クレジット:Culture for Climate Scotland)

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