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「パタゴニアなら、大丈夫」
「地球を救うためにビジネスを営む」というミッション、「Don’t Buy This Jacket(このジャケットを買わないで) 」という象徴的な広告、そして創業者が会社の全株式を環境保護のために譲渡したという決断──サステナブルなビジネスの文脈において、パタゴニアほど称賛され、かつ信頼されているブランドは他にないと言っても過言ではないだろう。
先日、そんなパタゴニアが公開した、154ページに及ぶ最新の報告書『Work in Progress Report 2025』が話題となった。自社のサプライチェーンが抱える構造的な課題から、理想とはほど遠い環境負荷の実態まで、データとストーリーの両軸から包み隠さず示す。その姿勢が、「ここまで正直に開示する企業は稀だ」と、多くの称賛を集めたのだ。

Photo Credit:©Jimmy Chin | Image via パタゴニア
しかしその熱気の中に、ある「問い」があった。
「正直であることは素晴らしい。しかし、本当にそれだけでいいのだろうか?」
パタゴニアは、自らが抱える矛盾に対して極めて自覚的だ。報告書の中で、CEOのライアン・ゲラート氏は次のように記している。
「パタゴニアはパラドックスです。社会的にも環境的にも責任ある実施を掲げながら、実際には、私たちがつくる製品の一つひとつが地球から限りある資源を奪ってしまいます。私たちの存在そのものが、私たちの目的に反しているように思えます。その緊張感を私たちが忘れることはありません」
壮大な約束を掲げるのではなく、内在する矛盾を認め、現実主義と実用主義を追求する姿勢。完璧な企業など存在しない中で、透明性を担保しようとするパタゴニアの姿勢自体は、間違いなく評価されるべき第一歩だ。
しかし、デンマークの建築家であり活動家のキャスパー・ベンジャミン・ライマー・ビョルクスコーフ氏は、この「正直さ」に潜む危うさを指摘。LinkedInなどを中心に、専門家たちからの建設的な議論が広がった。
ビョルクスコーフ氏が投げかけるのは、「正直さが現状維持のためのカモフラージュになっていないか?」という疑念だ。
企業が「私たちは不完全だ」と認めることで、消費者は「このブランドは誠実だ、だからここで買うことは正しい」というある種の免罪符を得たような気持ちになる。その結果、本来最も解決すべき課題である過剰消費への罪悪感が薄れ、「良いものを買っている」という満足感の中で、生産・消費の拡大を正当化しやすくなってしまうのだ。
ビョルクスコーフ氏はこれを「パラドックスの解決」ではなく、「パラドックスのマネタイズ(収益化)」であると表現する。それは、私たちが直視したくない不都合な真実、すなわち「買い物(消費)を通じて、エコロジカル・オーバーシュート(地球の限界)から抜け出すことはできない」という現実から目を背けるための盾として機能してしまっているのではないか、というのだ。
「効率化」の罠と、「十分性」の欠如
ここで突きつけられているのは、「環境効率=製品1つあたりの負荷を減らすこと(Eco-efficiency)」と「十分性=そもそも作る総量を減らすこと(Sufficiency)」の決定的な違いだ。
多くの企業は、リサイクル素材の採用や工場の省エネ化といった「効率化」に邁進する。これらは製品一つあたりの環境負荷を下げる「より良い(Better)」取り組みには違いない。しかし、もしそのビジネスが成長を続け、製品の販売総量が増え続ければどうなるだろうか。
製品単体の負荷が半分になっても、販売数が3倍になれば、地球へのトータル・インパクト(総負荷)は増大する。「少しマシ(Less bad)」な製品を大量に作ることは、破滅への時間をわずかに遅らせるだけで、根本的な解決策にはなり得ないのだ。
一部の識者が「生産量を減らしていない以上、真にサステナブルとは言えないのではないか」と厳しい指摘をするのは、彼らがパタゴニアを憎んでいるからではない。むしろ、パタゴニアほどの企業でさえ「成長」という呪縛から抜け出せず、大規模な生産構造そのものを変えることまでは踏み込めない現状に対し、資本主義そのものの限界を感じ取っているのかもしれない。
「正直さ」のその次へ
もちろん、この議論には危うさもある。自社の不都合なデータを公開し、課題を認める姿勢そのものを「ウォッシングだ」と激しく攻撃すれば、企業は萎縮し、沈黙する「グリーンハッシング」に陥りかねない。完璧な企業など存在しない中で、透明性を担保しようとするパタゴニアの姿勢自体は、評価されるべきことであり、彼らが情報を出してくれたからこそ、私たちはこうして高度な議論ができているのだ。
しかし、そこで思考停止してはならない。「情報を公開しているからOK」「リサイクル素材だからOK」ではなく、その先にある「総量の削減」に踏み込む必要がある。修理し、再流通させ、製品寿命を極限まで延ばす。利益の源泉を「新規生産」から「維持管理」へとシフトする。そこまで踏み込まない限り、どれだけ素材をエコにしても、それは成長による利益のための言い訳に過ぎないのかもしれない。「より良い買い物」はゴールではなく、それは私たちがシステムそのものを変えるまでの、ほんの短い時間稼ぎに過ぎないのだ。
パタゴニアの報告書をきっかけに始まったこの議論。「どれを買うのが正解か?」という問いから、「それは本当に必要か?」という問いへ。私たちは今、もう一段階深く、厳しいサステナビリティの核心を議論すべき時期に来ているのかもしれない。
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