「スマートシティ」という言葉が、テクノロジーによる明るい未来を約束していた時代は、すでに過去のものとなったのかもしれない。
2026年4月、パリで開催されたChageNOWの会場に立ち込めていたのは、もはや利便性の追求などでは太刀打ちできない、都市の「生存」そのものを問う切実な空気だった。
私たちが向き合っているのは、単に「例年より暑い夏」が来るといったレベルの話ではない。世界平均で3度の気温上昇が起きれば、熱を溜め込む構造を持つ都市部では、実に8度もの上昇を招くという予測がある。それは単に不快指数を上げるだけでなく、人々の認知能力を低下させ、極度のストレスから家庭内暴力の増加を引き起こし、さらには電力網や物流といった都市の生命線を物理的に破壊するとも言われる(※1,2,3)。
イベント会場で繰り返されていたのは、「今のシステムの延長線上にある微調整では、もう間に合わない」という警告だ。ChageNOWのセッションで登壇者たちが提示したのは、都市をゼロから「生存のためのインフラ」へと定義し直す、極めて構造的なまちづくりの設計図だった。

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既存ストックの「罪」を直視し、利用率を倍増させる
システムチェンジのための制度設計を専門とする戦略デザインラボ・Dark Matter Labsのインディ・ジョハール氏は、現在の建築環境がいかに「資源の無駄遣い」の上に成り立っているかを、具体的な数字で突きつけた。
「私たちは新しい建物を建て続けているが、例えば学校の建物の利用率はわずか17%に過ぎない」。ここで彼が指摘する「利用率」とは、単なる空き家の問題だけではなく、「時間的な稼働率」のことだ。学校は放課後や休日、夏休みには巨大な「空っぽの箱」になり、その間も維持管理や冷暖房のエネルギーを消費し続けている。住宅も同様で、この20年で一人当たりの面積ばかりが肥大化し、実際には使われていない空間が都市の中に溢れているという。
ジョハール氏は、この低利用率こそがシステムの構造的な欠陥であると断じ、既存ストックの利用率を倍増させるための「快適さ」の再定義を迫る。建物という巨大な「空間の体積」全体を暖めたり冷やしたりして、その中にいる人間に快適さを提供しようとする現在のモデルはあまりに非効率だ。空間(空気)を冷暖房するのではなく、家具や衣服、あるいは局所的なデバイスを通じて「人」に直接快適さを届ける。そうした発想の転換によって、建物の設計やエネルギー消費のあり方を根本から変えられると彼は説く。

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さらにジョハール氏は、「近隣(ネイバーフッド)単位」での資産管理の重要性を強調した。個人が自分の家だけを守り、自治体がインフラだけを管理するバラバラの状態ではなく、地域コミュニティがエネルギーや水を共有し、共同で気候リスクを管理する新しい金融・制度モデルへの移行だ。イギリス・ロンドンの住宅価値だけで2.5兆ポンド(約500兆円)が気候リスクにさらされている今、個別の対策という「微調整」ではなく、資産価値や所有の概念を定義する経済理論そのものを書き換える時期に来ている。
また、こうした「経済理論の書き換え」という切実な要請は、都市の「金融システム」そのものへの危機感とも直結している。
「保険不能」な世界への対抗策。都市と産業の同盟
EU最大の気候イノベーション機関であるClimate KICのCEO、カーステン・ダンロップ氏は、気候変動が金融システムそのものを破壊するリスク、すなわち「保険不能(Uninsurable)」な世界の到来を警告した。
「スペイン・バレンシアを襲った嵐一回で、損害額は200億ユーロ(約3.8兆円)に達しました。リスクが予測不能になれば保険は成立しなくなり、それは住宅ローンや銀行システム、つまり都市経済の基盤が崩れることを意味します」。これはもはや仮説というより、フロリダや米西海岸でも現実になりつつある脅威だ。

スペイン・バレンシアの様子|Image via Shutterstock
この巨大なリスクに対抗するために、ダンロップ氏が提示したのは「都市と産業の同盟」による市場の創出だ。現在、欧州の112都市が「2030年までの完全脱炭素」という、一見不可能とも思える目標にコミットしている。これは単なる環境目標ではない。欧州人口の12%を占めるこれらの都市が需要を統合することで、産業界に対して「巨大で予測可能な需要のシグナル」を送る戦略なのだ。
鉄鋼やセメント、ガラスといった素材産業やデジタルインフラ企業にとって、単独の都市との取引はリスクが大きく、投資に踏み切りにくい。しかし、112の都市が足並みを揃えて「低炭素な資材をこれだけの規模で調達する」と宣言すれば、そこには巨大な「先行市場」が生まれる。この確実な需要こそが、企業が新たな製造ラインやビジネスモデルへ投資するための呼び水となるという。
ダンロップ氏は、現在の欧州には既存住宅の改修だけで8,200万戸の急務があり、非住宅ビルの改修スピードを現在の7倍に引き上げる必要があると指摘する。この膨大なニーズを個別のプロジェクトとしてバラバラに扱うのではなく、都市を「大規模な実験場」としてパッケージ化し、民間資本を動員する。それはまさに、第二次大戦後の欧州を再建した「マーシャル・プラン」に匹敵する規模の、官民一体となった再構築なのだ。
気候アクションを「社会正義」として実装する
しかし、こうした大規模な産業同盟や市場の創出は、一体誰のためのものなのか。システムの書き換えが進むなかで、その中心に据えられるべき「正義」のあり方を説いたのが、ロンドンの環境・エネルギー担当副市長、メテ・コバン氏だ。彼は、これらのシステム変革の「中心」に誰を据えるべきかを語った。
「気候変動のしわ寄せを最も受けるのは、危機に最も責任のない貧困層や移民コミュニティです。だからこそ、気候正義は社会正義、そして人種的正義と切り離すことはできません」。自身も労働者階級の移民家庭出身であるというコバン氏は、ロンドンの大気質改善(ULEZ)や、50以上の学校での断熱改修を、単なる環境対策ではなく「正義の実現」として位置づけている。
印象的だったのは、自然を生存インフラとして再導入するエピソードだ。ロンドンでは400年ぶりに2頭のビーバー(「ジャスティン・ビーバー」と「シガニー・ビーバー」と名付けられた)が野生に放たれた。彼らが作る天然のダムは、実際に近隣の駅の洪水を防いでいる。自然ベースの解決策(NbS)は、ハイテクなインフラよりも安価で、かつコミュニティに安らぎを与える。
「政治に関わらなければ、政治に(悪いように)扱われる」。コバン氏は、エネルギーシステムを民主化し、コミュニティが自らパワーを持つことこそが、都市のレジリエンスの核心であると締めくくった。
都市を「共有のリビング」へ
既存ストックの利用率向上、産業同盟による市場創出、そして社会正義の実装。これら三者の議論を繋ぎ合わせたとき、見えてくるのは都市の新しい定義だ。それは単なる不動産の集合体ではなく、不確実な未来を共に生き抜くための「共有のプラットフォーム」としての姿である。
私たちが守り抜きたいのは、これまでの成長の形か、それとも人々の命と尊厳か。パリで示されたのは、その決断を迫る新しいまちづくりの設計図だった。
都市を、巨大な「共有のリビング」へと書き換えていくこと。そのプロセスの中にこそ、私たちが探し求めている新しい豊かさのヒントが隠されているはずだ。
※1 Reduced cognitive function during a heat wave among residents of non-air-conditioned buildings: An observational study of young adults in the summer of 2016
※2 Association of Ambient Temperature With the Prevalence of Intimate Partner Violence Among Partnered Women in Low- and Middle-Income South Asian Countries
※3 The Future of Cooling
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