ハチやチョウの暮らしを地域設計に反映する「ポリネーター地区」とは。受粉を軸にしたまちづくりへ

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ハチがいなくなったら、食料不足になる──これは決して、誇張ではない。ハチやチョウは花の蜜を集める中で、花と花を行き交い、受粉を助けている。彼らの働きは農作物にとっても欠かせないものであり、世界の主要農作物の4分の3以上が動物による受粉媒介を必要としている(※1)

しかし、こうした生物の数、特に野生の生息数は土地利用の変化、集約的農業、環境破壊、気候変動による開花時期の変化などによって急激に減少し、花粉媒介をする鳥などの脊椎動物の種の16.5%、ミツバチやチョウなどの無脊椎動物の種の約4割が絶滅の危機に瀕している(※2)。これは生物多様性の危機であり、農を支える仲間の危機でもあるのだ。

この現状に対して、米コロラド州の非営利団体・Butterfly Pavilion(バタフライ・パビリオン)は、地域レベルで「受粉」に光を当てるモデルを提唱している。それが「Pollinator District(ポリネーター地区:花粉媒介者地区)」だ。これは、住宅地や商業地、公共スペースなどの都市開発において、設計段階からハチやチョウ、鳥など、花の受粉を助ける生物の生息地確保を組み込んだ保全モデル。単に庭園を作るのではなく、地域全体を生態系の一部として再定義し、開発者、自治体、住民が一体となって生物多様性を育む仕組みを構築している。

代表例が、コロラド州ブルームフィールドにある住宅エリア・ベースライン。1,100エーカー(約4平方キロメートル)に及ぶこのコミュニティは、使われなくなり荒れていた農地が住宅エリアとして開発され、2022年に世界初のポリネーター地区として認定された。

地区内には花粉媒介者に適した広大な生息地が確保され、在来植物を中心とした植栽計画が進められた。その結果、ベースライン建設前の2019年に観察された花粉媒介者はわずか11科だったものの、在来植物が成熟しつつある2025年には、その数が27科まで増えていた(※3)。また、花粉媒介者全体の個体数は、2023年の587匹から、2025年には3,805匹へ増加(※4)。同エリア以外にも、マニトウ・スプリングス市が認定を受け、ラファイエット市が認定に向けて動き出すなど、自治体による取り組みは広がっている。

ポリネーター地区の認定には厳格な基準があり、公共スペースにおける在来植物の導入、水辺や湿地の回復、合成農薬の使用制限、専門家による長期的なモニタリング、そして住民への教育プログラムの提供が求められる。ただ緑化するだけではなく、土地本来の生態系機能を回復させようとする姿勢が特徴なのだ。

この試みは、まちのデザインに他の種の視点を招き入れることを可能にする。従来の都市計画において「自然」は、人間の心地良さや利便性のために「管理される対象」になることが多かった。しかしポリネーター地区は、人間が住まう場所を蜂の視点からミクロに、もしくは大きな生態系の視点からマクロに捉え直し、生命が支え合える環境を生み出す。それは結果として、人間の生活の質や心の豊かさをも向上させることだろう。

そうした他の種と協働したまちづくりは、決して米国に限らず、ポリネーター地区という概念に限らず、実は世界で始まりつつある。フィンランドの首都ヘルシンキでは、複数の種との共生を目指すマルチスピーシーズの考え方に着目したまちづくりが進められているなど、自治体レベルで人間中心的なモデルから脱却しようとする動きは高まっているようだ。

今、世界各地で日常の地盤が不安定になりつつある中、身近な場所で生命が続いていくための環境を整えること。それは単に他の種への思いやりにとどまらず、小さくも着実な未来への希望に繋がるのではないだろうか。

※1 IPBES花粉媒介者、花粉媒介及び食料生産に関する評価報告書政策決定者向け要約(SPM)の解説|IGES
※2 『国際農林業協力』Vol.47 No.4(通巻213号)|公益社団法人 国際農林業協働協会
※3 From Baseline to the Parkway|Butterfly Pavilion
※4 This Colorado neighborhood is saving bees through sustainable development. Here’s how.|The Colorado Sun

【参照サイト】Butterfly Pavilion Announces Pollinator District, a New Model for Conservation and Real Estate Development|Butterfly Pavilion
【参照サイト】Pollinator Districts: Communities Conserving Pollinators|Colorado Native Plant Society
【参照サイト】This Colorado neighborhood is saving bees through sustainable development. Here’s how.|The Colorado Sun
【参照サイト】This neighborhood is the first ‘pollinator district’ in the US. There’s a park within walking distance of each home|GOOD GOOD GOOD
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