「豊かになりすぎた」ノルウェーが抱える代償。繁栄の背後にあるものとは何か

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2025年6月、筆者は脱成長をテーマにした国際会議のため、ノルウェーのオスロを訪れた。整備された道路に、街には広い公園や美しい図書館が並び、落ち着いた雰囲気が漂う。それは、まさに「豊かさ」を体現するかのような都市の姿だった。しかし、会議で交わされたあるやり取りが、その印象に影を落とした。

ノルウェー公務員労働組合の副会長が「国民のウェルビーイングを高めるため、今後勤務時間を減らすことを考えています」と発言した際、会場からはこう問いかけられた。

働く時間を減らしたら、旅行に行くノルウェーの人が多くなりますよね。それでは、ますます忙しくなる休暇先のレストランで働く従業員のウェルビーイングはどうなるのでしょうか?

一見理想的に見える「豊かさ」も、他国の人々の労働や環境負荷の上に成り立っている。まさにその事実を突きつけられる瞬間だった。

ノルウェー・オスロの図書館|Imsge via Shutterstock

ノルウェーは、高い給与や短い労働時間、充実した福祉制度によって「世界で最も豊かな国」の一つとされてきた。だが国内では、その足元に揺らぎがあるという議論が広がっている。

元マッキンゼー・オスロ事務所の所長を務めたマーティン・ベック・ホルター氏の著書『豊かになりすぎた国』を紹介する動画では、ノルウェーの石油・ガスに依存した経済が2013年以降停滞し、生産性や実質賃金が伸び悩んでいることが指摘されていた。公共支出は拡大しているが、医療や教育の成果は思うように上がらず、石油ファンドの存在によって国民の挑戦や起業の機運が弱まり、研究や産業の活力が落ちているという批判もある。こうした議論は、ノルウェーのように「安定した経済」の裏側に潜む課題を可視化している。

また、オスロを拠点にITコンサルタントとして働きながら、写真家・活動家として社会問題に取り組むモフセン・アンヴァーリ氏の記事は、ノルウェーの「豊かさ」をグローバルな視点から問い直す。

経済学者ケイト・ラワース氏が提唱したドーナツ経済学の枠組みを用いれば、ノルウェーが福祉や教育などの社会的基盤を満たしつつも、環境的限界を超えている姿が浮かび上がる。しかし、単にデータを示すだけでは権力構造や歴史的な不均衡には迫れない。ノルウェーが現在も力を入れている再生可能エネルギーはボリビアやコンゴの資源に依存しており、風力発電は先住民族サーミの土地を脅かしている。さらに、平和国家を掲げながら年金基金は軍需関連に投資。こうした現実は「サステナビリティを装った帝国的な構造」として批判されている。

記事はまた、北と南の非対称性を強調する。グローバルノースの国々に求められるのは脱軍事化や気候債務の清算であり、グローバルサウスの国々に求められるのは主権的な工業化と抵抗だ。その過程で、ノルウェーが本気で変わろうとするなら社会のライフスタイルそのものまで変革が必要となる。

すでにグローバルノースの国々は、SDGsやESGといった指標を整え、目標を掲げてきた。しかしそれで本当に化石燃料や軍需産業から離れられたのかは疑わしい。

本稿でこうした議論を紹介したのは、ノルウェーという国自体を糾弾するためではない。ノルウェーはあくまで一つの事例であり、環境問題も社会問題も国境を越えてつながっている以上、「豊かさ」もまた一国のGDPや生活水準だけでは測れないことを示している。

今まで「豊か」とされてきた地域は本当に豊かなのか。逆に「貧しい」と見なされてきた地域は本当に貧しいのか。その背後には、会ったこともない人々や、見たこともない自然が存在しているのではないか。ノルウェーの例は、その問いを私たち自身に突きつけている。

豊かさの再定義は、遠い北欧の話ではない。私たちが足元を見直すための鏡である。次の世代に何を残すのか──その問いは、何を新しく得るかだけでなく、何を手放すのかという選択も含んでいる。化石燃料依存や過剰消費に象徴される「成長」の陰を直視し、それをどう再解釈するか。私たちは、その課題のただ中に立たされている。

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