視覚に障害のある人が“もっと自由に楽しめる”音楽フェスへ。靴装着型の「振動ナビ」がひらく新しいライブ体験

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重低音が地面を揺らし、数千人の歓声が空気を震わせる音楽フェス。その熱狂の渦は、果たして誰にとっても平等にひらかれているだろうか。

2025年11月、群馬県高崎市「GFEST.2025」で行われた実証実験「Route for Music」は、この問いに真正面から向き合おうとする試みだ。社会課題を起点に事業をつくるSIGNINGと、視覚障害者向けナビゲーションデバイスを開発するAshiraseが共同で立ち上げたこのプロジェクトは、視覚に障害のある人が自ら歩き、選び、楽しむ音楽体験の可能性を探る。

会場の熱気の中で手を挙げ、全身を使って音楽を楽しむ参加者と同行者

会場の熱気の中で手を挙げ、全身を使って音楽を楽しむ参加者と同行者 Image via SIGNING

視覚障害のある人にとって、空間を認識する重要な手がかりになる、「音」。しかしフェス会場は、人の声、演奏、歓声が重なり合う独特の音環境にあり、移動は想像以上に難しい。「安全上、そもそも参加をためらう」といった声も少なくないという。

そこで活用されたのが、Ashiraseが開発した振動ナビゲーションデバイス「あしらせ」である。靴に装着したデバイスが振動のパターンによって進む方向を知らせるため、耳をふさぐことなく移動できる。今回の実証では、屋外エリアで「あしらせ」を使ったルート案内を実装し、参加者が自ら会場内を回遊することに挑んだ。

スニーカーに装着された振動ナビゲーションデバイス「あしらせ」

スニーカーに装着された振動ナビゲーションデバイス「あしらせ」Image via SIGNING

グルメエリアには37台のキッチンカーが並び、専用アプリで行きたい店を選ぶと、デバイスが目的の店先まで案内してくれる。「誰かに連れて行ってもらう」のではなく「自分で行く」。その手触りの違いは、参加者の表情の変化にはっきり現れていた。

目当てのキッチンカーにたどり着きグルメを笑顔で堪能する参加者

目当てのキッチンカーにたどり着きグルメを笑顔で堪能する参加者 Image via SIGNING

フェス初参加の人も多かったという今回。会場に足を踏み入れた参加者たちは、当初こわばっていた身体が音圧に包まれていくにつれ、少しずつ揺れを取り戻していった。

「アーティストの曲を生で聴くことは一度もなかったので、とても貴重な経験だった」
「ドラムやエレキギターの響く音が全身にきて、迫力満点だった。スピーカーで流すのと全く違う!」
「耳だけじゃなく、全身や五感を使って音楽を聴けたのはすごく嬉しいこと」

音楽の持つ力を、言葉ではなく身体で理解する瞬間。これこそライブ体験の醍醐味だろう。帰り際には、参加者の表情が驚くほど晴れやかだったのが印象的だったという。

実証実験の後、参加者とプロジェクトメンバーによるディスカッションが行われた。そこで語られたのは、喜びの声だけではない。

「安全に楽しむのも大事だけど、もっと前のエリアで、観客の熱気に揉まれる体験も諦めたくない」

その問いが、当事者の口から力強く投げかけられたことで、プロジェクトの方向性は明確になった。「守られる体験」から「選べる体験」へ。アクセシビリティとは単に支援策を整えることではない。人がその場の空気を、自分の好きな深さで吸い込み、自由に楽しみ方を選び取れるようにする。その主体性が回復されたときこそ、はじめて世界はひらかれるのではないだろうか。

当日行われた参加者とプロジェクト運営メンバーによるディスカッション

当日行われた参加者とプロジェクト運営メンバーによるディスカッション Image via SIGNING

また、小学生の参加者からは「壁がたくさんあるなら、ひとつひとつ、ぜんぶ壊していけばいいじゃない」という言葉があったと、リリースの中で運営チームであるSIGNING 岡村和樹氏が語っている。テクノロジーは壁を壊す道具になり得るが、その原動力になるのは、参加者自身の「もっと楽しみたい」という願いだ。その願いが自然と湧き上がるような環境をつくることこそが、周囲の人々やテクノロジーが果たせる、もう一つの大切な役割なのかもしれない。

GFEST.2025を主催するスペースシャワーエンタテインメントプロデューシングは以前から「誰もが思い切り楽しめるフェス」を掲げてきた。ただ、具体的に何をどう変えるべきかは常に模索していたという。今回のプロジェクト参加を決めたのは、「一緒に新しいフェスの未来をつくれる」と確信したからだ。

ライブ会場の音と振動を全身で感じ、満面の笑みを見せる参加者

ライブ会場の音と振動を全身で感じ、満面の笑みを見せる参加者 Image via SIGNING

音楽フェスは、一人ひとりの身体が、感情が、震える場所であるべきだ。その自由を誰もが享受できる社会に向けて、「Route for Music」はまだ始まったばかり。今回得られた気づきと課題をもとに、次の実装へ向けた議論がすでに動き出している。

音楽が、人々を隔てるものではなく、つなぐものになるように。その未来を形づくるのは、テクノロジーと、当事者の声と、フェスを支える多くの人々の協働だ。アクセシビリティは“特別な配慮”ではない。すべての人が、自分の足で、自分のリズムで、音楽に向かって歩いていけるようにするための「社会のデザイン」そのものなのだ。

【参照サイト】視覚に障害のある方の音楽フェス体験への道をひらく「Route for Music」、GFEST.2025での実証第一弾をレポート!
【関連記事】”足からの振動”で進む方向がわかる。目が不自由な人を助けるヘルステック「あしらせ」

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