「孤独のインフラ」は都市の希望か。フェミニスト・シティの視点で東京の夜を歩く

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2ヶ月半の東京滞在を終え、拠点を置くロンドンに戻る機内で、窓の外の暗闇を見つめながら考え続けていたことがある。それは、二つの巨大都市が持つ「夜の顔」の決定的な違いについてだ。

東京の夜は、明るく、そして何より「軽い」。ネオンが煌めく新宿の雑踏、深夜まで開いているファミリーレストランの静寂、あるいは路地裏のラーメン屋から漏れる湯気。そこには、誰かと連れ立っていなくても、自分という個人の輪郭が街に溶け込んでいくような、不思議な安堵感があった。

筆者が普段暮らすヨーロッパ、とりわけロンドンにおいて、夜を過ごす空間は基本的に「社交」のために設計されている。パブであれレストランであれ、そこにある社会の最小単位は「カップル」か「友人グループ」だ。もちろん一人で外食ができないわけではないが、キャンドルが揺れるテーブル席は、誰かと会話を楽しみ、関係性を確認し合うことを前提としているようにも見える。そこには、「食事とは他者と共にするもの」という文化的な規範が存在しているのだ。

対して、東京はどうだろうか。牛丼屋のカウンター、一人カラオケ、漫画喫茶、あるいは一人焼肉。この街には、誰かと会話を楽しむふりをする必要もなく、ただ自分の欲望のためだけに時間を使える選択肢が無数に用意されている。(もちろん、これは「おひとりさま」をターゲットにすることで客単価や回転率を上げようとする、徹底した市場原理の産物でもある。)

この「おひとりさま」文化を一概に肯定したいわけではない。人間関係の希薄化を望まれない形で進めている側面も大いにあるだろう。ただ、都市とジェンダーの関係を研究する地理学者、レスリー・カーン(Leslie Kern)氏の視点を借りれば、ここには全く別の可能性が見えてくる。

以前、著書『フェミニスト・シティ』についてカーン氏にインタビューをした際、彼女は現代の都市と住居のあり方について、次のように語っていた。

誰かと同居するということ、家族や家庭のあり方、パートナーとの関係性……どれも多様になっているので、今後はもっと広い議論をする必要が出てくると思います。でもいまは核家族用に設計されている家が多いですよね。さらに、プライバシーを確保しやすい、つまりコミュニケーションを遮断するような設計になっている家が多くなってきました。

彼女が指摘するのは、都市のハードウェア(住居やインフラ)が、いまだに「核家族(働く夫と、家で待つ妻)」という古い標準モデルに縛られているという事実だ。しかし現実はどうだろうか。単身者、高齢者、あるいは友人同士で暮らす人々など、家族の形は流動化している。

カーン氏は、家族や恋愛関係だけに依存しない、友情や緩やかなつながりを支えるインフラの必要性を説いている。この視座で東京のナイトエコノミーを見渡したとき、この街は予期せずして「フェミニスト・シティ」の一つの機能を実装しているように見えた。なぜなら、東京の充実したソロ・インフラは、私たちが一時的にせよ「誰かのケアをする役割」から降りることを可能にするからだ。

良き妻や夫、良き親や子、あるいは良きパートナーである必要がない時間。誰かに気を使うこともなく、自分のためだけに存在できる場所。それは、家庭という密室にも、職場という公的な場にも属さない、都市における「第三の居場所」として機能している。

住民が個別のプライベート空間を持ちつつキッチンやリビングを共有する集合住宅「コハウジング」が住居内での緩やかなつながりだとすれば、東京の街そのものが、巨大な「共有のリビング」として機能しているとも捉えられる。これは、カーン氏が予見した「多様な暮らし方」を、東京が(資本主義的な動機とはいえ)先取りして形にしている側面があるはずだ。

人や地球とつながり直せる暮らし方。オーストラリアの「コハウジング」を覗いてみよう

もちろん、街に溢れる女性を消費するような広告や、街で繰り返される痴漢などの性犯罪、あるいは私たちの孤独さえも巧みに商品化してしまう資本主義のしたたかさを思えば、東京を手放しでユートピアだと呼ぶことはできない。しかし、それでもなお、「誰かと繋がること」を強制されない自由が、都市のインフラとして整備されていることの意義は大きいはずだ。

群れず、けれど孤立せず。無数の個人が、互いに干渉することなく、しかし同じ夜の空気を共有して生きている。そんな東京の風景は、成熟した大人が自分の足で立つための「孤独のインフラ」と呼べるのかもしれない。

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