企業の意思決定が行われる取締役会で、取締役たちが利益率や市場占有率を議論している。その風景の中に、もしも人間ではない「自然」という名の理事が席を占めていたら、その取締役会での決定はどのように変わるだろうか。
この一見すると空想のような問いが、いまフランスをはじめとするヨーロッパのビジネスシーンにおいて、現実の制度として議論され始めている。
2026年3月、フランス国民議会に提出された新たな法案は、企業の意思決定に「自然」を組み込む仕組みを提示した。エコロジー派のシャルル・フルニエ議員と環境団体ヴィヴォイシス(Vivoices)が共同で起草したものであり、企業のあり方そのものを問い直す提案である。
提案されているのは、三つのアプローチだ。
第一に「自然の労働組合化」。企業の労使対話に環境委員会の設置とエコシステム教育を組み込み、環境問題を現場レベルの意思決定へと引き寄せる。生産や業務プロセスに内在する環境負荷を、現場の意思決定の中で可視化しようとする試みであり、働く一人ひとりの意識に自然の視点を埋め込むことを狙っている。
第二に「自然の取締役化」。企業の取締役会に、自然を代表する独立した二名の理事を加える構想だ。彼らは企業と直接的な利害関係を持たない公益法人などから選ばれ、科学的知見に基づき意思決定に関与する。自然が沈黙しているからこそ、すべての意思決定において後回しにされてきたというこれまでの経営の前提を、制度によって覆そうとする設計だ。
そして第三に「自然の株主化」。企業の環境に関する方針を、経営陣だけで決めるのではなく、株主総会で正式に議論し、株主も意思決定に関われるようにする。自然そのものが議決権を持つわけではないが、その利益を制度的に考慮する枠組みをつくることで、企業価値の定義を、財務指標から地球規模の持続可能性へと拡張する試みである。
では、「自然が意思決定に参加する」とは、実際にはどのような姿をとるのか。その具体像は、すでに企業の現場で試され始めている。
2022年、イギリスの美容ブランド・Faith In Natureは、自然の立場を代弁する専門家を取締役として迎え、意思決定に「自然の視点」を組み込んだ。これは単なるCSRの強化ではない。自然を守る対象ではなく、意思決定に関わる主体として位置づけた点で、従来の企業観を大きく揺さぶる試みであった。
さらにフランスでは、2024年にデジタルサービス企業・Norsysがガバナンス改革を実施している。同社は「パーマカルチャー経営」を掲げ、専門家を通じて自然の視点を取締役会に組み込んだ。環境負荷が見えにくいIT企業がこのモデルを採用したことは、あらゆる経済活動が自然という土台の上に成り立っているという前提を、改めて浮き彫りにした。
今回の法案は、こうした先駆的な取り組みを一部の企業の実験にとどめるのではなく、社会全体のルールへと引き上げようとするものである。
もちろん、この法案が成立するまでには多くのハードルがある。それでも、自然の権利が国家レベルで正式に議論され始めたこと自体が、大きな転換点となるだろう。
かつて、労働者の権利の拡充や取締役会における女性比率の向上も、当初は現実離れした理想論として受け止められていた。しかし、何度も法案が提出され、議論が繰り返されるうちに、かつての非常識は現在の常識へと塗り替えられていったのだ。今回のフランスでの法案提出も、そうした歴史の転換点における最初の一歩かもしれない。
【参照サイト】Proposition de loi, n° 2568 | Assemblée nationale
【参照サイト】Notre proposition de loi pour représenter la nature en entreprise avec le député Charles Fournier
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