シンガポールに見る、エコな交通手段「シェアサイクル」の光と影

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ホームシェアリングのAirbnbやライドシェアリングのUberに代表されるように、いま世界ではシェアリングエコノミー型のサービスが急速に普及しているが、この新しい経済の形が広がるにつれ、新たな問題も生まれつつある。

シンガポールの地場企業であり、同国でシェアサイクル事業の頂点に君臨していた「oBike」は6月25日、シンガポール国内でのオペレーションを停止した。その背景にあるのが、街中に溢れた放置自転車の問題だ。

oBikeが創業したのは今から2年前の2016年11月。以降、シンガポールではシェアサイクルが市民の足として広く普及した。自動車に代わるエコな移動手段といえば、やはり自転車だ。自転車は燃料を必要とせず、排ガスを出さない。市民の健康増進という意味でも極めて有用だ。

最近では日本でもシェアサイクル事業が徐々に拡大しているが、日本よりもはるかに国土が小さく国全体が開発地域となっているシンガポールでは、まさに電撃的なスピードでシェアサイクルが浸透した。しかし、市民が自動車に乗るのをやめて自転車を使うようになった結果、街のいたるところに自転車が放置されるという新たな問題が発生したのだ。

シンガポールの街中でいたるところに放置される自転車

2018年6月12日。この日は米朝首脳会談という、現代史に刻まれる出来事がシンガポールであった。両首脳の宿泊するホテルの前には、勇猛果敢で知られるグルカ人の武装警官が立ち、ものものしい雰囲気が漂っていた。

だが、そこを少し離れてしまえば普段通りの光景が広がっている。金正恩委員長の宿泊したセントレジスホテルの周辺は、シンガポール有数の高級ショッピング街である。こんなときでもアイスクリームを持った親子連れが歩いていた。

そして、時折出くわす自転車。数年前よりも自転車に乗る人が多くなった、というのは筆者の勝手な印象か。この国ではシェアサイクルサービスが普及し、oBikeやMoBike、Ofoなどの企業の自転車を街中でよく見かける。

同時に、街のあちこちで駐輪されている自転車も多い。これらは駐輪場に停められているというわけではなく、文字通り路上に置かれている。どこからどう見ても放置自転車だ。中には、サドルのない自転車もある。タイヤがパンクし、とても利用に耐えられるものではないと一目で分かるものも少なくない。

それぞれの自転車にはGPS装置がついていて、スマホアプリを開けばどこに自転車があるのかを把握することができる。それは言い換えれば、どこに自転車を乗り捨てても紛失の恐れがないということだ。

だから、シェアサイクル事業各社は明確な駐輪場を設けず、「乗り捨て自由」の方針を継続した。

しかしその結果、メンテナンスすら施されていない放置自転車が蔓延してしまった。シンガポールでも明らかに私有地である場所に、壊れた自転車が置かれている。街の景観を破壊していると言わざるを得ない状況だ。エコな交通手段としての自転車が、一方で都市環境を悪化させているという皮肉な事態を引き起こしているのだ。

この状況を見かねたシンガポール政府は今年に入り、シェアサイクルの駐輪に関する法規制を厳格化した。シンガポール陸上交通庁(LTA)は無造作に駐輪されている自転車に警告の張り紙をつけるなどの措置を行っていたが、マナーの改善は見られなかったようだ。

今回シンガポールからの撤退を決めたoBikeは、LTAが新しく定めたこの駐輪基準に対応できなかったと見られる。oBikeの決定を受けて、同社のFacebookページには抗議が殺到している。

oBikeのアプリは利用者から49シンガポールドル(約3900円)のデポジットを預かる仕組みだが、この49ドルの返金に対応するプラットフォームがないとして、「#refundmydeposit」というハッシュタグが立っているほどだ。

「シェアサイクルの乗り捨て」という新しい社会問題

この「シェアサイクルの乗り捨て」という新たな社会問題は、何もシンガポールに限ったことではない。

シンガポールからの撤退を決めたoBikeは、そのわずか2週間ほど前の6月12日にもオーストラリアのメルボルンからの撤退を発表したばかりだった。oBikeがメルボルンに進出したのは、わずか1年前。その間にメルボルン市街ではoBikeの自転車の放置が社会問題になってしまったのだ。

川へ大量投棄された自転車が当局により引き揚げられ、挙げ句の果てには地元のアーティストがoBikeの自転車を材料に彫刻作品を作る始末だ。もちろん、社会風刺の意味合いである。業を煮やしたメルボルン市は、放置自転車に対する罰金の引き上げを決断。oBikeはその施行日前に撤退を決めた。

また、同じくシェアサイクルが急速に普及している中国でも同様の問題は深刻化しており、北京や上海、広州など特に自転車の廃棄・回収が問題化している自治体では、当局がシェアサイクル事業者に対して追加の自転車投入を行わないよう要請を出している状況だ。

解決のカギを握るのは専用駐車場の設置か

一方、放置自転車の問題をうまくクリアしている都市もある。それが、シンガポールの隣国であるマレーシアの首都、クアラルンプールだ。クアラルンプールでもシェアサイクルは浸透しつつあるが、シンガポールと違うのは、こちらはシェアサイクル専用の駐輪スペースが整備されているということだ。故に、放置自転車を見かけることはあまりない。

クアラルンプールの光景を見るに、シェアサイクルの違法駐輪問題を解決する手段は「専用駐輪場の設置」以外にはなさそうだ。月並みな結論ではあるものの、各国の現状を鑑みると「自由な乗り捨て」は地域住民とのトラブルを発生させるということが分かる。

ここで考えるべきは、無造作な利用やマナー違反はいずれ利用者の損害として返ってくるということではないか。「どこにでも駐輪できる」というのはoBikeにとってのセールスポイントであったが、今はそれが炎上の火種となっている。

幸い、日本はシェアサイクル企業に対して専用駐輪場の設置を義務付けている国だ。この根拠になっている法律を、我々日本人は堅持していかなければならない。

今後、日本各地の自治体がシェアサイクルを受け入れるとしたら、それは誰にとっても有益なものでなければならないはずだ。oBikeの挫折から、我々は何を学ぶのだろうか。

(※写真:澤田真一)