いま、日本には120万人を超すシングルマザー・ファザーがいる。子供のいる世帯のうち、10世帯に1世帯がひとり親世帯という計算になる。
離別、死別、未婚の母・父など、そこに至った理由はさまざまだが、家族の形が多様化しているのは間違いない。それ自体、良い悪いのジャッジをするものではない。しかし現実として、シングルマザー・ファザーが生活していくなかで壁に直面しているのも確かである。
シングルマザー・ファザーが生活をするうえで大きな問題のひとつが、住居を見つけることだ。なぜなら、都心ではそもそも家賃が高くて借りられる物件が限られるうえ、仮に手ごろな物件が見つかったとしても保証会社の審査に落ちてしまうこともあるからだ。また、安い家賃で住める場所は住環境が悪く、子育てに適していないという問題もある。
そんななか、東京都杉並区を拠点として2010年からシングルマザー・ファザーを支援しているNPO法人リトルワンズ(以下、リトルワンズ)がユニークな取り組みをはじめている。それは、不動産会社および行政と連携し、空き家をシングルマザー・ファザーに提供するという活動だ。
ひとり親世帯と空き家という別々のイシューをどのようにうまく結びつけ、解決しているのだろうか。今回、その秘訣をリトルワンズの代表理事を務める小山氏に聞いてきた。
シングルマザー支援と空き家問題の解決を同時に
2013年の日本の空き家率(総住宅数に占める空き家の割合)は13.5%で、この数字は年々増加している。2030年には30%を超える見通しだ。空き家が増えると地域の景観や安全が損なわれるといった問題があり、放ってはおけない。
一方、ひとり親世帯に対する支援のひとつとしては行政が公営住宅団地の提供をおこなっているが、倍率が高くすべての人が入居できるわけではない。また、自治体のなかで住宅支援と福祉支援をする部署が分かれており、なかなか連携がとれていない場合もある。
そこでリトルワンズは、シングルマザー・ファザー、不動産会社、行政の3者それぞれのニーズをくみ取りうまくピースを組み合わせることで、シングルマザー・ファザー支援と空き家問題解決を同時に実現するソーシャルなビジネスモデルを作り出した。
誰もがハッピーになるソーシャルなビジネスモデル
リトルワンズが実践するビジネスモデルの基軸は、シングルマザー・ファザーと住まいのデータを持つ不動産会社とのマッチングだ。空き家オーナーのなかには空き家を活用したくてもリノベーション費用が捻出できず、放置したままの人もいる。
しかし、リトルワンズのスキームを活用すれば、行政からの助成金と補助金をリノベーション費用にあてられるため、オーナーにとっても大きなメリットがある。なお、リノベーションする際には、シングルマザー・ファザーと子供が住みやすいように、防犯面や安全面にも配慮している。
また、シングルマザー・ファザーが家を借りるときにネックとなる保証人の問題も、リトルワンズがサポートすることで解決される。家のオーナーが加入している保証会社、日本保証協会、行政と連携している保証会社、そしてリトルワンズが直接的に保証するやり方など、利用できるスキームはさまざまにある。
住宅を見つけるまで長らく待たされていた人のなかには、リトルワンズの支援により最短2日で家を見つけることができた人もいた。そんなスピーディーな動きに対して、入居者のシングルマザーがありがとうの気持ちを込めて漫画を描いて送ってくれたこともあったそうだ。不動産を1年以上遊ばせていたとあるオーナーは、新しい入居者が入り、まるで孫が増えたみたいだと喜んでいたという。
2018年は7月23日時点で30件、去年は68件、一昨年は82件もマッチングに成功している。
ただし、リトルワンズの活動が評価されているのは、ただ単にシングルマザー・ファザーと空き家をマッチングしているからだけではない。ひとり親世帯は、仮に住まいを見つけられたとしても、家賃を払えるだけの収入がなければ家に住み続けることは難しいのが現実だ。リトルワンズはシングルマザー・ファザーの住まい探しだけではなく生活、教育、就労、自立、交流までをトータルで支えているからこそ、マッチングを意味あるものにできるのだ。
日本にある知られざる「子供の貧困」
そもそも、ひとり親世帯の支援はなぜ大事なのだろうか。
それは世界第3位の経済大国、日本の知られざる「貧困問題」と密接に関わっているからだ。その問題とは、「子どもの相対的貧困」だ。
「子どもの相対的貧困率」とは、その国の貧困線(等価可処分所得の中央値の50%)以下の所得で暮らす17歳以下の子どもの割合のことを指す。日本では親子2人世帯の場合は月額およそ14万円以下(公的給付含む)の所得だと相対的貧困と定義される。
120万人を超すひとり親世帯のすべてが貧困であるわけではないが、その相対的貧困率は54%と、大人が2人以上いる世帯の12%に比べて非常に高い。日本はOECD(経済協力開発機構)に加盟する主要先進国でただ一国、50%を上回っているのだ。このようにひとり親世帯で育つ子どもは、就学の機会や食事・医療の面などで不利な状況に置かれている。
子供は自分の生まれる環境を選ぶことはできない。そのため、人間の生活に欠かすことのできない「衣食住」のひとつである住環境を整えることは、シングルマザー・ファザーだけでなく子供にとっても非常に重要である。
バラバラのピースを組み合わせるのがリトルワンズの役割
小山氏がこのビジネスをしていて感じることは、不動産会社・オーナーともに「誤解」が多いことだという。
不動産オーナーでも空き家の活用方法を知らない人が多いこと。そして、シングルマザー・ファザーにきちんと家賃を払ってもらえるのかを心配している不動産会社が多いという。
これらの誤解を解くこともリトルワンズの大事な役割となっている。そのうえで、ビジネスとして誰も損をしないスキームにしている点が、唯一の国の事業モデルとして採択され続けている理由なのだろう。
さらに、ひとり親世帯の支援でリトルワンズが確立した住宅支援のスキームを、LGBTs、児童養護施設出身者、外国人などひとり親世帯以外にもすでに展開している。自分たちの蓄積したノウハウをどんどん広め、社会全体をよくしようとしているのだ。
「家はすべてがはじまる、人生の起点となる場所」と小山氏が言うように、人生の基盤となるホームはすべての人にとって安心できる場所でなくてはならない。
その実現方法として、リトルワンズ、不動産会社、そして行政がそれぞれの得意なところを活かし、不得手なところをコラボレーションすることで補い合っている。シングルマザー・ファザー、空き家オーナー、行政のみんなが助かりハッピーになるモデルだ。
リトルワンズの活動に興味を持った人がいれば、ボランティアとして関わったり、親が住んでいる田舎の空き家の活用方法としてシングルマザー・ファザーへ部屋を貸し出したりすることを考えてみてはいかがだろうか。
編集後記
「困っている人たちを助けたい」という気持ちは、人として多かれ少なかれ誰でも持っているものだろう。今回の事例がユニークなのは、その思いだけが一人歩きすることなく、それぞれのアクターの持つ強みを活かし、すべての人がハッピーになり、きちんとビジネスとして回している点だ。
シングルマザー・ファザーだけではなく、このスキームはほかのイシューにも適用できる。こういったスキームがさまざまな業界に広まっていくといいなと思う。
【参照サイト】NPO法人リトルワンズ
【参照サイト】2030年の既存住宅流通量は34万戸に増加
【参照サイト】平成28年度 全国ひとり親世帯等調査の結果
【参照サイト】平成27年度 子ども・若者白書
【参照サイト】子どもの貧困対対策