「郊外だからこそ実現できた。」茨城県取手市の『アートのある団地』で、住民の生活に馴染むアートを考える

Browse By

「郊外の団地」と聞いて、あなたはどんな光景を思い浮かべるだろう。古くて狭い家に、低所得者やお年寄り、ファミリーが住んでいる…… そんなイメージだろうか。さらに郊外となると、かつてベッドタウンとして栄えながらも、今はポツポツと空き家が立ち並ぶゴーストタウンと化している地域もあり、どこか廃れた寂し気なイメージを助長している。

そんな郊外の団地での暮らしに、アートの力で新たな価値を生み出している団体がある。茨城県取手市で活動するToride Art Project(以下、TAP)だ。TAPは、取手市内の団地を舞台に、多様なアーティストと住民たちが関わり合いながら表現活動プロジェクトを行っている。

取手のアートのある団地

IDEAS FOR GOODは、TAPのオフィス理事・事務局長を担当する羽原 康恵(はばら やすえ)さんに、TAPのコアプログラムの一つである『アートのある団地』について話を伺った。なぜ団地+アートなのか。具体的にはどのようにアートを取り入れているのか。はたしてそれは住民に受け入れられているのか―自身もごく最近まで団地に暮らしていた羽原さんが、アートが生活に息づくことの面白さを語る。

話者プロフィール:羽原 康恵(はばら やすえ)

高知県出身。アートコーディネーター/特定非営利活動法人 取手アートプロジェクトオフィス理事・事務局長。筑波大学国際総合学類卒業、同大大学院人間総合科学研究科芸術学専攻(芸術支援学)修了。2010年には、取手アートプロジェクトのフェスティバル型から通年プロジェクト型への転換期をになった。コアプログラム《アートのある団地》の立ち上げほか、拠点運営・プロジェクトの企画運営、アーティストと住民をつなぐための中間支援、人材育成などに取り組む。

取手の団地を『アートのある団地』に

TAPは、取手市、市民、東京藝術大学の三者が1999年から共同で行っているアートプロジェクトだ。若く多様なアーティストたちの創作活動をサポートし、市民が広く芸術に参画する機会を提供することでを提供することで、地域の人々が街のおもしろさに気づくきっかけをつくると同時に、取手が文化都市として発展していくことを目指している。

もともとTAPは1年に1度、3週間程度の会期をもうけ、現代美術の「公募展」と在住作家のアトリエを公開する「オープンスタジオ」というイベントを毎年交互に開催するプロジェクトだった。しかし、それではイベントで受けた感銘や、何よりアート作品が後に残らない、一過性の試みで終わってしまう。

そのため12年目を迎えた2010年度には、より長期的な視点に立って、アートを日常にそっと置き、住民が定期的に触れられる機会をつくるコアプログラム『アートのある団地』を立ち上げた。主な舞台は、市内の取手井野団地と戸頭団地の二つの団地だ。

取手井野団地

取手井野団地

アーティストの表現活動の場として、団地を選んだのはなぜか。その背景には、2008年の公募展を、2,000世帯を超える人びとが暮らす取手井野団地で行ったことにあるという。

「これまでTAPは、空き家や川など人が使わない場所をつかってアートを発表してきました。ただ、2008年に初めて団地で公募展をして、作品に反応する人がすぐ近くに住んでいる面白さを感じたんです。普段の暮らしのなかにアートを置くことを、もっと突き詰めてみたいなと思いました。」羽原さんはこう語る。

2008年の公募展のようす

2008年の公募展のようす

アートプロジェクトが、最初から団地の住民に抵抗なく受け入れられたわけではない。公募展を団地ではじめて開催したときは、自治会長が「団地でやってはいけない十か条」を発表したほど住民との関係性はぎこちなかったが、プロジェクトを進めていくうちに、だんだんと受け入れられていったという。

団地を舞台としたアート活動が、住民に受け入れられるワケ

TAPのプロジェクトは、住民の日常とのつながりが強く、時にはシンクロしていることが特徴的だ。だからこそ住民が共感でき、「よそ者が団地に来て勝手に何かやっている」という認識ではなく、受け入れる気持ちが生まれる。ここでは、アートと団地の住民をつなぐ四つの取り組みを紹介しよう。

01. 住民がホテルマンになれる「SUN SELF HOTEL」
Sun Self Hotel

Sun Self Hotel

井野団地に春と秋だけ現れる、太陽の光を集めて泊まる団地ホテル。団地の住民や近隣住民が扮する“ホテルマン”と、外部から来た“宿泊者”が一緒になってつくる、体験型アートプロジェクトだ(※現在休止中)

宿泊者は、ホテルマンが時間をかけてつくってきたさまざまな「おもてなし」をめいっぱい体験するだけでなく、ホテルマンと共に蓄電装置をつかって太陽光を集め、その電気の灯りに照らされながら、団地の空き部屋で特別な一夜を過ごす。

このプロジェクトは、宿泊者に新たな体験を提供できるだけでなく、おもてなし体験を通じてホテルマンである団地の住民のつながりを深めるきっかけにもなっている。

02. 住民のスキルシェアを活性化する「とくいの銀行」
とくいの銀行 ATM

とくいの銀行 ATM

お金のかわりに、人の「とくい」を運用する銀行。自分が持っているスキルをあずけて、他の誰かのスキルを引き出すことができる。井野団地の住民の憩いの場であるカフェ『いこいーの+TAPPINO』にて「井野本店」が営業中だ。

「とくい」の種類は幅広い。たとえばヘナアートや大正琴ができる、といったスキルから、恋愛相談、ゲーム対戦がしたい、ドッキリを仕掛けることが得意、など、単なるスキルとは表現しづらいものもある。「とくい」には、「得意」のほかに「特異」という意味もあるのだ、と羽原さんは言う。一人ひとりのさまざまな違いを受け止め、住民をゆるやかにつないでいくシステムである。

03. 住民の成長とシンクロする漫画「リカちゃんハウスちゃん」

リカちゃんハウスちゃん

井野団地の掲示板で連載されることから始まった漫画。主人公は、井野団地に引っ越してきた少女リカちゃんと、その保護者であり、名前の通り“住居”のハウスちゃんだ。アーティストが地域の小学校に定期的に通い、昼休みの図書館や、団地のなかで出会う人びととの対話を通じて、次のストーリーが生まれる。

もともとはリカちゃん自身が移住者という設定から、団地に暮らす人々にさまざまな団地のことを聞いて記録していくコミュニケーションとして漫画が制作されていたが
地域の子供からの反響があり、一緒に1年ずつ年をとっていくなど、リアルな生活と連動していくことに。

2018年3月、リカちゃんが漫画のなかで通っていた市立取手東小学校を卒業することになったときは、実際に同小学校の「6年生を送る会」でリカちゃんがスクリーンにサプライズ登場。“リカちゃんが卒業証書を受け取るシーン”が流され、子供たちはそれを見守った。

市立取手東小学校を卒業するリカちゃん

市立取手東小学校を卒業するリカちゃん

漫画を通して、団地や小学校という地域のコミュニティが一つの体験を共有していることがユニークである。

04. 住民のエピソードを描く壁面アート「IN MY GARDEN」

IN MY GARDENは、取手市の西端にある戸頭団地の、11棟15面の壁面に描かれた立体アート作品群。

描かれているのはすべて、そこに暮らす人びとの戸頭団地にまつわるエピソードである。たとえば、以下のようなものだ。

Book Climbing: 戸頭団地の好きな場所、それはとがしら公園。この場所でラジオを聞いたり本を開いたりして、ひと時を過ごす。 (73歳 男性)

Book Climbing

Book Climbing

At Home:
・ 自宅4階のベランダから見る朝焼けが好きです。ちょうど、もくせい公園の奥にそびえる小学校の校舎がモンサンミッシェルのよう。(戸頭団地在住 31歳 女性)
・ 戸頭団地で友だちや家族とあそぶ時が楽しい。(12歳 男性)

At Home

At Home

エピソードは団地のあちこちに置かれたポストに投函され、その中からアーティストが着想を得て制作したという。アーティストが一人で完成させるのではなく、そこに暮らす人々の語りかけに耳をかたむけ、応答する形で作り上げたアート作品の数々は、毎日それを見て生活する住民の心に息づいている。

「郊外」だからこそできるアートを、もっと広げたい


郊外の団地で、アートプロジェクトを行う。はじめに聞いたときは想像がつかなくても、TAPの活動が地域の住民に広く受け入れられ、プロジェクトが功を奏していることはわかる。

では、なぜ取手でのアートプロジェクトはうまくいったのだろう。羽原さんはこう答えている。「取手市のような郊外にある団地では、もともと他の地域から来る人が多く、価値観もバックグラウンドも違う人が狭い場所に集まっています。異なるルーツをもった人々がひとつの場所に暮らしていくということは、他者の存在や文化に対して、おのずと寛容であらねばならなかったのかもしれません。だからこそ、アートという”異質なもの”、”よくわからないもの”に対する懐の深さが発露したのかな、と思います。郊外だからこそ、プロジェクトが今の形に育ったのではないでしょうか。」

いこいーの Tappino

取手がアートを受け入れる土壌があったことに加え、TAPという団体そのものが持つ考えの面白さも光る。TAPは、地域にある特定の課題を解決するために立ち上がった団体ではない。しかしだからこそ、それぞれ別の興味や目的を持っていても「アート」という共通のテーマでゆるやかにつながり、住民も含めてさまざまな人がプロジェクトに関わることができるのだ。

TAPの次なる課題は、アートを安定的に、そしてもっと多様な人々に開かれるようにすることだという。そのために、現在は東京藝術大学の学生食堂で、人々が集まる拠点をつくるプロジェクトを進めている。アートの可能性を感じられるプロジェクトを行うTAPのこれからにも注目していきたい。