「仲見世通りまでお願いします。」岩手県釜石市の中心街から、タクシーの運転手さんにそうお願いすると、こんな答えが返ってきた。
「仲見世通り?今はもうシャッター商店街ですけど。」
そう心配されながらも釜石大観音仲見世通りまで、車を走らせてもらった。「昔は賑やかでしたよ。」と、運転手さんは言う。10分ほどして仲見世通りに到着するとそこには、シャッターを下ろしたままのお店が、ずっと奥まで続いていた。
岩手県釜石市にある「釜石大観音仲見世通り」。釜石のシンボルでもある釜石大観音へ続く商店街だ。かつて多くの観光客で賑わい、最盛期は人にあたらずに歩くことができなかったという。そんな仲見世通りはいま、シャッター商店街と化している。稼働店舗数は一時期、0にもなったほど。
「釜石の人と観光客が出会う場をつくり、仲見世通りにかつての活気を取り戻したい。」
そう語り、仲見世通りにカフェをつくるため、熱い想いでクラウドファンディングに挑戦した会社がある。彼らは今年3月6日にみごと、443名の支援者から達成率109%の約440万円を獲得し、6月には仲見世通りに念願のカフェをオープン予定だ。今回は創業者である神脇氏と宮崎氏の2人に仲見世通りへの想いや、今後実際にプロジェクトを進めていく意気込みを取材した。
仲見世通りを盛り上げるスタートの「きっかけ」になる
今回、クラウドファンディングに挑戦したのは、商店街の空き家や空き店舗を活用し、古いまちを魅力的に再生させるリノベーションまちづくりの事業を手がける合同会社sofo(ソホ)。
sofoは、東京の大手不動産開発の会社に勤務していた経験を持つ代表の神脇隼人氏と、建築士として復興に携わるために釜石市に移住した共同代表の宮崎達也氏、そして東京池袋本町、福島県南相馬市、岩手県釜石市の3地域でリノベーションまちづくりに携わる堀越圭介氏の3人が2018年12月に立ち上げた会社だ。
今回、そのひとつの事業として、仲見世通りに社名が由来の「sofo cafe(ソホカフェ)」をオープンさせる。
現在、仲見世通りにはsofo cafeが建設予定の2階で民宿を運営する「あずま家」とコワーキングスペース「co-ba kamaishi marudai」の他は、飲食店が1店舗営業をしているのみ。
「僕たちがカフェをつくることがスタートのきっかけとなり、“この仲見世通りに出店したい”と思う人が増えて欲しい。それが、エリアの価値をあげていくことにつながると思っています。」(神脇氏)
「いま」だった。「ここ」しかないと思った
釜石市に来る前は東京でのサラリーマンの働き方に疑問を持っていたという神脇氏が、より「自分らしさ」を求め新たな働き方を探す中で出会ったのが起業型の地域おこし協力隊。そこで仲見世商店街のプロジェクトに行き着いたという。
一方、共同創業者の宮崎氏は、「釜石○○会議」という市内で何かにチャレンジしたい人が仲間を募る場で「釜石大観音仲見世リノベーションプロジェクト」を立ち上げた。そんな宮崎氏は、2018年にはDIYで作成した「co-ba kamaishi marudai」を仲見世通りにオープンさせた。
2人が口を揃えて話していたのは、仲見世通りが他にはない唯一無二の存在であること。仲見世通りには、この釜石市にしかない歴史や統一された町並みがある。そしてその通りでは、商売をやめた今でもそのまま住み続けている人々がいて、仲見世通りには人のあたたかさや、日常が今も残っているという。
「本当はまっすぐ作れただろうに、少し曲がっているという仲見世通りの道には愛着さえ湧いてきます。」と、宮崎氏は笑った。
「宮崎さんや堀越さん、仲見世通りで民泊を経営しているあずま家さんなど仲見世通りに想いを持つ方々と今このタイミングで、そしてこの唯一無二である仲見世通りで出会えたこと。そして前職の不動産でのまちづくりの経験を活かすことができること。そういったすべての要素が重なって僕は今、ここでやるべきだと思ったんです。」(神脇氏)
そうして生まれたのが、合同会社sofoだった。
カフェのコンセプトは「はじめにいくところ×いつもいるところ」
sofo cafeは、観光で釜石に訪れる人と日常でカフェに訪れる地元の人が出会える場所をつくりたいという彼らの想いで「はじめにいくところ×いつもいるところ」がコンセプトとなっている。
従来の観光では、ガイドブックを見て有名どころの観光地へ行き、美味しい食べ物を食べることが主流だった。しかし、それだけだと地元の人々と接する機会がない。
「釜石を訪れた人が、最初にsofo cafeに行けば地元の人に出会うことができ、地元の人しか知らないような情報を得ることができるようなカフェをつくりたいんです。はじめて訪れる地域で、最初はどこへ行けばいいのかわからないですよね。でもこれからの観光は、地元の人との出会いが価値になると思っています。」と、宮崎氏は話す。
カフェにしたのには理由があった。前職の不動産開発でまちづくりを経験した神脇氏が、その中で特に大切だと感じていたのが「いかに人が動くか」だという。そしてこれは商店街においても同じで、街をつくるのは、建物ではなく“人”。そして人の数を増やすためには、観光客だけではなく日常的に地元の人でも気軽に足を運べる場所である必要がある。居酒屋ではお酒を飲まない人は来れないし、そもそもこの仲見世通りは人が住んでいるので夜は騒ぐことができない。人の数と人の滞在時間の掛け合わせが最大化するベストな選択が、カフェだった。
また、神脇氏は大学生時代にスターバックスに勤務しており、2010年には当時史上最年少で、全国で11人しか選出されないエリアコーヒーマスター(南関東北海道エリアエリアコーヒーマスター)としても活動していた。その経験をsofo cafeでは最大限に活かし、コーヒーの知見を活かしたワークショップなども行っていくそうだ。
カフェでは、地域のお母さんが作るお惣菜や、釜石の名産品でもある甲子柿を出すなど、釜石ならではのメニューを考案中だ。地域の人々の意見も集め、高校生から熱い要望があったタピオカも販売予定。そのほかにも、お店を出したいと考えている人に向けた「シェアキッチン」で、仲見世通りに出店する人々が気軽にチャレンジできる場をつくることも考えているようだ。
地域の人々の「頑張ってください」という声が「関わりたい」へ
「東京から釜石に来て、年収が3分の1になったので、正直2か月に1度くらいは不安になるときがあります。家族もいますしね。でも仮に、できなくなっても、自分で事業をつくるこの経験は必ずプラスになると思うんです。」(神脇氏)
「失敗ってなんだろうね。」そう、神脇氏は続けた。0店舗の仲見世通りのお店はもうこれ以上、減ることはない。もちろんプロジェクトができなければ失敗になるが、地域の人からすればある意味、失敗なんてものはないのだ。釜石の人々の中には「仲見世通りはもうダメだと思って、正直見ないようにしていた」と、話す人もいたという。そういう意味でこの仲見世通りが復活するのは、地元の人々にとっても思いもよらない嬉しい出来事だったようだ。
「もちろん、難易度が高いことは十分に理解しています。でもいまはとにかく、ワクワクしているんです。もしこの仲見世通りのプロジェクトが成功したら、他の街にもインパクトを与えられると思うんです。」そう話す神脇氏の隣で、宮崎氏が大きく頷いていた。
嬉しいことに地域の人々の反応も、クラウドファンディングが終盤になるに連れて、少しずつ変化が見られたという。
「今までの『頑張ってください』という地元の方たちの声が、最近は『関わりたい』に変わってきたんですよね。」と、宮崎氏は語る。クラウドファンディングを始めたことで、地元の人が「実は昔、仲見世通りに行った思い出がある」と打ち明けてくれたり、「実は前、仲見世に住んでいました!」と、その場で資金協力をしてくれた人もいたという。
仲見世通りを「誰もが自分らしさを表現できる場所」にしたい
どんな仲見世通りをつくりたいかという質問に対して、2人は最後にこう語った。
「仲見世通りを“人の想い”や“生き方”、そして“暮らし方”が溢れ出るような通りにしたいんです。人の想いの積み重ねが街や文化をつくり、彩りを与える。『イタリアンのお店』ではなく、『田中さんがやっているお店』というような、人の名前が先に出てきてしまうような“誰もが自分らしさを表現できる場所”を、つくります。」(神脇氏)
「想像できるものじゃない方がいい。今まで誰も想像もつかなかったことを実現できる場所にしたいんです。こんな商売あり!?というような、普通だと反発が起こるようなことも、なんとかして形にできるような場所。ここに行けば、できるという確信がある場所。そんな場所にしたいです。」(宮崎氏)
そう語る2人の言葉に、迷いはなかった。商店街のシャッターを開ける一歩を、彼らはいま歩み始めたのである。
編集後記
クラウドファンディング成功後には、「今回のプロジェクトの初期費用は、補助金でもなく、自己資金でもない。400名以上の支援者の想いを背負っているわけですから、必ず形にします。」と熱い想いを話してくれた2人。
人が動かされる理由は、観光地や食べ物ではなく「人」。このプロジェクトにこれだけの支援者と資金が集まったのは、彼らの“想い”が理由なのではないだろうか。クラウドファンディングの支援者も「神脇さんだから」、「宮崎さんが頑張っているから」と、協力したくなるような、周りの人を巻き込んでいく魅力的な個々の力が彼らにはあるのだと、今回の取材を通して感じた。
次に筆者が仲見世通りを訪ねるとき、タクシーの運転手さんが行き先を聞いて思わず笑顔になるような、そんな釜石市の希望の場所になることを、願わずにはいられない。