アーティストが積極的にセルフプロデュースをすると、なぜ賛否両論が巻き起こるのだろうか。なぜ、アートとビジネスを分けて考えるのだろうか。アートとビジネスの共通点を見つけて、互いの良い点を取り入れることで、社会を次のステージに引っ張っていくことができるのではないだろうか。
このような考えのもと、芸術領域のアーティスト情報と可能性を可視化し、ビジネスとの接続を促進するサービスを提供しているのが、アート&アーティストプロデュースカンパニーである株式会社tremolo(トレモロ)だ。
同社は2019年4月7日に、国内初のキュレーション型アーティストデータベース『ARTOMIC(アトミック)』をリリースした。厳選されたアーティストのみを掲載したデータベースで、企業とアーティストのコラボレーション機会を創出する。
さらに今後の展望として、ヨーロッパ版ARTOMICの開発や、アート特化型のスタートアップスタジオ『MOLOCULE(モロキュール)』のサービスを開始する予定だ。
今回、サービスの詳細や創業者の想いを知るため、tremoloの創業者の3人にお話を伺った。
話者プロフィール:伊勢崎勇人(CEO)
東北大学院都市建築学修了後、建築、不動産に携わった後、一級建築士事務所NoMaDoS、アートプロデュース会社tremoloを設立。建築、不動産、ART、DESITALと分野を跨いだ活動を展開。一級建築士。日展審査員の洋画家 伊勢崎勝人が父親。
受賞に、Grand Prix at “Visplay Design Competition”,Excellence Award at “Sustainable housing and area by collaboration of concrete and wood”Competition,Selected Award at “Nagoya Design Do International Competition”.
話者プロフィール:田中滉大(Co-Founder)
早稲田大学卒業、ヴェニス国際大学Liberal Arts修了後、デジタルエージェンシーの(株)infobahn入社し、国内外の大手クライアントに対するデジタルソリューションプランニングおよびディレクション、地方自治体との共同プロジェクト全体ディレクター、海外インターンシッププロジェクトのプランニング・ディレクション行う。その後、(株)ビズリーチにて、スタートアップ段階の新卒採用支援サービスにおけるプロジェクトの全体ディレクターを担当し、イベント企画・コミュニケーションデザインを手がける。一級建築士事務所NoMaDoSでは、事業戦略部統括/CSOとして、メディア開発・プランニングや対外的なブランディング戦略設計を主導している。
話者プロフィール:藤田幸明(Co-Founder)
臨床工学技士として働きながら、ダン ス、ミュージカルの世界に飛び込む。 舞台演出家の才能を開花させ、舞台制作を多く手がける。22歳のときに世界一のショービジネスを創りたいと、大手飲食会社「DRAEMON ON COMPANY」に転職。東京進出時のスタートアップメンバーに抜擢。居酒屋甲子園に出場し、日本一の立役者に。 2016年にDORAEMON退職、NYへ渡米。アートのECサイトを立ち上げ「ADUCO.inc」を設立。帰国後は、ギャラリー『synchro Art』プロデューサーを務めながら、『WORLD ART Olympic』、『子供社長プロジェクト』などの企画プロデュースを進めている。
三者三様のバックグラウンドを持った創業者の3人の出会い
まずは彼ら自身のことや創業のきっかけを聞くところから始まったが、3人のバックグラウンドはまさに三者三様。
洋画家の親を持ち、幼少期からアート業界とのつながりがあったという伊勢崎氏は、これまでは建築領域で活動してきたという。田中氏は、大学時代に留学したイタリアでベネチア・ビエンナーレを見たことがアートと関わるきっかけとなったが、大学卒業後はデジタルの広告代理店や人材系の会社で働いていた。そして藤田氏は臨床工学技士として勤務する傍、ダンスやミュージカルをしたりさまざまな領域で活動し、ニューヨークでアートECの会社を立ち上げた。3人は、アートにどっぷり浸かっていたわけではなく、少し離れた業界を経験していく中で、アートの可能性を感じるようになったという。
「世の中にクリエイティビティが足りなくなってきている」という課題を感じていた3人が出会ったのは昨年のこと。そこで共通して興味を持っており、かつクリエイティビティを体現し続けている“アート”の領域を拡大していこうという話になったのが、創業のきっかけだった。
tremoloの役割は企業とのオープンイノベーションの創出
Q:tremoloの役割とは?ARTOMICはアーティストのギャラリーのようなものなのか?
伊勢崎氏:僕らのサービスはギャラリーとは違い、企業とのオープンイノベーションの創出を軸にしています。ギャラリーはアーティストや作品のブランディングがメインの仕事になりますが、僕らはアーティストと企業とのコラボレーションで新たな事業を創出したり、アートで多領域に刺激を与えたりすることを目標に動いています。
田中氏:これまで、アート業界のコンサルティングや企業と組んだアートイベントなどは存在していましたが、会社として企業とアートのコラボレーションを提供しているところは日本では非常に稀でした。なので、僕らの取り組みはギャラリーというよりは日本のアート業界における新しい挑戦としてみてもらえたら嬉しいです。
私たちtremoloは、現在大きく分けて2つの事業を展開しています。1つは、伊勢崎が話した「オープンイノベーション支援」です。これは、アート市場に入っていきたい、アート・アーティストとコラボレーションすることで自社ブランドやサービスに変化を起こしたい、クリエイティブ人材を自社で育成するためにアートを活用したいといったニーズを持たれている企業に対し、我々のアート市場・ビジネスに特化した情報資産、人的ネットワーク、プロデュースの知見を提供し、事業・施策開発を行うものになります。
もうひとつは、「アートコンテンツスタジオ」です。最近では、Chocolateさんなど、従来のクリエイティブエージェンシーとは異なる手法で、自主的なコンテンツ開発の形とビジネスモデルを形成されるコンテンツスタジオが少しづつプレゼンスを強めてきています。弊社には、レッドカーペットに正式招待を受けた映像作家をはじめとするクリエイター、数々の広告賞を獲得しているクリエイティブディレクターも参画・パートナーとなっており、tremolo発によるコンテンツ・プロジェクトの開発を行うスタジオとしての側面を持っています。そこにアーティストという新たなプレイヤーを掛け合わせて、「アートコンテンツ」と呼べる次世代のコンテンツを生み出し、アートと社会の両面に対する価値創出を目指しています。
この2つの事業のハブとなる存在として、アーティストの情報やアートコンテンツスタジオ・オープンイノベーション支援での実績を可視化し、より多くの企業とのプロジェクト創出の窓口となるARTOMICをローンチしました。
Q:アーティストが企業とコラボレーションするからこそ得られるメリットとは?
伊勢崎氏:これまでアートはコレクター、ギャラリー、オークションといったフィールドには接続していましたが、企業という市場には入ってこれていませんでした。そのため、アーティスト側のメリットは「企業にアプローチすることができること」、そして企業側のメリットは「アート領域にアプローチできること」です。
藤田氏:アート市場自体は、現在右肩上がりの状況にあります。そのため、これまでアート市場に参入していた、コレクター以外にも新たなプレイヤーたちが参入し始めている段階で、企業というのもそのうちの1つです。そのため、アーティストにとっては、企業と繋がり、活動できることによって、変化し始めているアート市場でのプレゼンスを高められるということが最も大きいメリットの1つだと思いますね。
Q:アーティストとコラボレーションすることで、効果を上げられる企業の特徴は?
田中氏:すでに弊社に問い合わせが来ている事例を紹介しますと、不動産関係、飲食関係、芸能関係の業界からもお話が来ています。ここでは、アートを取り入れることによって、いかに自社資産の価値を底上げできるのか、新たな収益源を生み出せるのか、そして自社の哲学をアーティストとともに発信できるのかという点がポイントになります。
クリエイティブな領域から投資対象としてまで、クリエイティブな領域から投資対象としてまで、幅広く扱える点がアートのビジネスにおける魅力かと思います。
伊勢崎氏:基本的にどの業種でも、アーティストとコラボレーションすることで効果を上げることが期待できます。強いて言えば、ブランディングに課題がある、もしくは新規事業をやりたい想いがある企業さんに、特に活用してほしいです。
アーティストに求めるのはいかに原体験を「言葉」にするか
Q:どういう点を重視して、ARTOMICに掲載するアーティストを選んだのか?
藤田氏:まず僕が、直観的に選びます。作品を見たりアーティストと対話したりして、作風の面白さ、そしてアーティストの将来性や考え方を見ていきます。ジャンルにこだわらず、そのアーティストが面白いかどうかを大事にしていて、わりとシンプルに判断します。
田中氏:その後、僕が審査を行います。僕はビジネス視点で考えて、そのアーティストがいかにコンセプトを持っているかを見ていきます。言い換えるなら、その人自身の哲学やストーリーを重視します。
今の世の中はコンセプトの時代です。アウトプットされるプロダクトやデザインの質がコモディティ化し始め差別化が難しいなか、いかに自分の思想や原体験を言葉にできているかが、企業とのマッチングする上で重要です。今の企業はモノの面白さだけでなく、そこに込められているストーリーに価値を置く傾向が強く出てきているので。
新たなアート市場の創出を目指す『MOLOCULE』
Q:新しくスタートするサービス『MOLOCULE』について詳しく教えてください。
田中氏:MOLOCULEは、スタートアップスタジオの形態になっています。スタートアップスタジオとは、アクセラレータやベンチャーキャピタルの要素を持ちつつ、自分たちで新規事業をつくっていく集団のことです。
よく「ハリウッド型」と呼ばれたりする仕組みですね。実際に手を動かせて、アイデアも出せるプロがそろっていることで、起業のアイデアを持っている人・団体に対するアドバイスと支援だけで終わらない、「共創」を前提とした組織体になっています。
アクセラレータやベンチャーキャピタルは、アイデアを持っている人に人脈や資金、事業創出のノウハウなどを与えるのが役目です。一方で、スタートアップスタジオは、運営側にクリエイティブディレクター、弁護士、ベンチャーキャピタルの方といったスペシャリストが、全員そろっているのが特徴です。
スタートアップスタジオは領域特化型が一般的で、弊社の場合はアート領域で新しい事業を起こしながら、アート関連の事業に対する支援により、アート市場の活性化を図ります。現在展開しているオープンイノベーション支援とアートコンテンツスタジオでは、アートを使って企業と社会の課題を解決することを目指しているのに対し、MOLOCULEは新たなアート市場をつくることを目指しています。
プライマリー市場から、発想の種を生んでいきたい
Q:ヨーロッパ版ARTOMICの開発に取り組む予定とのことだが、海外のアート業界に対してはどういう課題を感じているのか?
藤田氏:セカンダリー市場に偏重していることに対して、課題を感じています。セカンダリー市場とはいわばアートの中古市場なのですが、新品が出回るプライマリー市場より市場規模が大きく、しかもひとつひとつの作品の値段が高いので、海外のアート業界は特にセカンダリー市場に目を向けています。
そういったなか弊社は、セカンダリー市場よりもプライマリー市場に目を向けていきます。なぜなら、アーティストの活動領域を増やし、アーティスト自身の価値を上げていくきっかけを作るというのが我々のミッションのひとつだからです。
伊勢崎氏:発想や才能の種を生むという視点からすると、セカンダリー市場から新しい発想が生まれるとは考えにくいです。昔のものからも学べることはありますが、時代に即したアイデアはプライマリー市場から生まれるのではないかと我々は考えています。
編集後記
アート界の現状から事業に関することまで、非常に濃い密度のインタビューだった。最後にIDEASの読者に伝えたいことをたずねると、田中さんが次のように答えてくれた。
「自分の好きなことで生きていくのが普通になっていく今後の世の中で、アーティスト一本で食べていくことができないかもしれないと思いながら生きていくのは、アーティストにとっても、アーティストになりたいと少しでも心に夢が芽生えた若者たちにとっても、すごく負の状況だと思います。そこに企業というプレイヤーをつないでいくことで、多くの方がひとつの職業としてアーティストを名乗れる状態をつくっていきたいです。自分たちも責任感を持って、企業さんにアートの価値を伝えていきます。」
生きていると言葉にできない感情にぶつかることが多々あり、だからこそ絵や音楽といった表現が存在する。一方でアーティスト自身が言葉で語らなければ伝わらない、もしくは評価できないこともある。今後、tremoloがアートの世界にプロデュース力を加えていくことは、世の中に芸術の意味を問いていくことになるだろう。
【参考サイト】 株式会社tremolo
【参考サイト】 ARTOMIC