シダにツル。うっそうと茂る樹々。どうみても豊かな熱帯雨林にしか見えないが、実は畑である。
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この「畑」の下の方にはパイナップル。その上にはコーヒーやバニラ、胡椒、バナナ、さらに高いところにはライチやシナモンなど背の高い木を植える。このように、複数の作物を一緒に植えて育てる方法は「アグロフォレストリー」と呼ばれる。農業を意味するアグリカルチャー(Agriculture)と林業を意味するフォレストリー(Forestry)を組み合わせた造語で、熱帯地方で森を守りながら作物も育てる方法として注目されている。
2019年6月8日、アグロフォレストリー農法でできたバニラとカカオを「顔の見える形で日本に届けたい」と獅子奮闘している人たちによるトークイベント『マダガスカルとアマゾンの森のなかで共生する農業』が、東京・渋谷にて開催された。アフリカ南東部沖に浮かぶマダガスカル、そしてアマゾン熱帯雨林におけるアグロフォレストリーについて話してくれたのは、マダガスカル産のバニラを日本に届けるCo・En Corporationの武末克久さん、そしてアマゾン産のカカオを使ったチョコレートを販売しているアマモス・アマゾン株式会社の武田真由子さんだ。
本記事では、イベントで話された内容をもとに、アグロフォレストリーが社会に与える良いインパクトについて掘り下げる。アグロフォレストリー農法のメリットは、大きくわけて二つあるという。
生態系を守るアグロフォレストリー
まず一つ目のメリットは、在来の樹々も植えるなど森の生態系を活かしながら多様な作物を植えるため、豊かな生態系が保たれることだ。また、多様な植物の根が土壌の流出を防ぎ、栄養循環を促進。大きな木が強風からの被害も防いでくれる。さらには単一作物栽培と比べ、病害虫が爆発的に広がることが少なく、肥料や農薬を使わなくても作物が育ちやすいという利点もある。
野生種25万種のうち、約8割が固有種(※1)というマダガスカルにとって、生態系の保全は喫緊の課題といえる。かつて国土の大半が森林だったが、森林伐採によって今では1割を切り、多くの生き物が絶滅の危機にさらされている。
生態系保全の重要性は、アマゾンも同じだ。「地球の肺」とも称されるアマゾンだが、違法伐採や、牧畜、大豆などの栽培のための皆伐が多く、国連食糧農業機関(FAO)の報告書(2015)によると、2010年は1年で1775ヘクタールの森林が減少している。たとえば、武田さんが活動するアマゾナス州は、このままでは2050年には図の黄色部分の森林がなくなると言われている。アマゾンの森林消失を加速させているのが、「森の番人」である農民の、現金収入を求めた都市への流出である。離農地は、木材伐採業者や牧場開発者に転売され、大規模な森林破壊を誘発する。そのため、環境保全型農業による収入向上のニーズが高まっており、アグロフォレストリーが注目されているのだ。
アグロフォレストリー農法でとれる作物の種類は多い。たとえばアマゾンのとある農園では、80から90もの有用植物が存在しているというから驚きだ。その結果、多様な生物の住処となっている。「蝶やトンボも本当に多くてびっくりします。ニシキヘビのようなヘビもいるんですよ」と武末さん。畑でもあり「生物の宝庫」とも言えそうだ。
生産者の収入安定化につながる
もう一つの重要なメリットは、生産者の収入の多様化によるリスク分散だという。栽培作物が一種類だと全体の収入は多くなるかもしれないが、病害虫の大発生や自然災害、価格の急落により収入を一気に失う可能性もある。その点、複数の作物を栽培していればリスクが分散できる。また、収入時期も分散されるため1年を通して安定した収入を手に入れられる。
多様な作物を組み合わせて植えることは、暑い地域で効率的に働くことにもつながる。武田さんによると、背の高い樹木が育つおかげで日陰ができ、作業時間を増やすことができるのだという。気候変動の影響からか暑さが増しているアマゾンでは、近年は朝の4時から8時ごろまでしか働けない。労働時間が増えればそれだけ収入増につながるため、日陰の確保は大切なのだ。
一方マダガスカルは、1日2ドル未満で暮らす人が7-8割という最貧国の一つ。児童労働も多く、ILO(国際労働機関)の調べによると、バニラ産業だけでも2万人、マダガスカル全体だと人口のほぼ9%に及ぶ200万人もの子どもたちが働いていると推定されている(※2)。収入が得られなければ、森林保全を声高に叫んでも前には進まない。
生産者は小規模農園がほとんどで、0.5から2ヘクタールほどの広さを家族で経営しているところが多い。武末さんは、「せっかく環境を大切にして育てられたバニラなのに、それに値する対価が農家には支払われていない」と言う。理由はマダガスカルでバニラの盗難が横行し、闇ルートを通じて一般市場に流れ込んでいることと、仲介人による買い叩きだ。
「貧しいから支援をするわけではないんです。いい取り組みをしているから応援したい。アグロフォレストリー農法で大切に育てられたバニラに対して正当な価格を支払い、アグロフォレストリーの営みや現地の人たちの暮らしを持続可能にする取り組みを応援したいと思っています。そのために日本でマーケットを切り開きたい。彼らの取り組みがちゃんと評価される仕組みをつくりたいんです。」
日本で私たちができること
実は日本で流通するバニラの9割はマダガスカル産だ。しかしそのほとんどは、アグロフォレストリー農法で栽培されていない。なんとか日本での市場開拓を考えた武末さんだが、「前金」という壁に突き当たった。在庫リスクを避けるため一部を前払いする必要があり、日本企業にとって取り引きするのが極めて難しいのだ。
そこで、武末さんはクラウドファンディングプラットフォーム「MOTION GALLERY」を通じて資金確保をしようとしている(募集は7月1日まで)。あなたも森と人を守る応援団になってみてはどうだろうか。
武田さんが手がける「NA’KAU(ナカウ)」は、アマゾンで生産から製造まで行われたチョコレートだ。カカオの生産国の大半はアフリカだが、実はアマゾン上流が原産地だ。長年、ヨーロッパのスターパティシエや大規模なプランテーションを持つ多国籍企業のものだったチョコレートだが、もう一度、カカオの故郷アマゾンの土地やカカオを育てる農家さんに焦点をあてたチョコレートづくりをしたいと思い、製造まで現地ですることにこだわったという。
チョコレートの包装材には、すべてカカオ生産者の顔写真が入っている。この「顔つきのチョコ」をその生産者の一人、エジミウソンさん(写真 一番左)に見せたところ喜んで泣き出したという。「今までなかなか報われることがなかったけど頑張ってきてよかった」と。いつもは気丈なお父さんが声を震わす様子を見て子どもたちまで泣き出し、みんなでもらい泣きをしたそうだ。「アマゾンの人たちにアマゾンの価値をわかっているよ、と伝えることの大切さを知りましたね」と武田さん。
武田さんはさらに、「アマゾンの人たちはみんなアマゾンの自然が大好きで、本当は森の中で暮らして生きていきたい人たちばかりなんです」と語る。しかし貨幣経済の波が押し寄せ、町に出て行く人も多い。アマゾンではお金がなくても森にはすべてがあり、生きていくことができる。でも町に出れば何をするにもお金が必要になり、犯罪に手を染めてしまう人も少なくないという。
「農家さんたちが愛する土地で、農業で十分に食べていけるようになることが、森と子どもたちの未来を守っていくことにつながる。日本の私たちがカカオを楽しむことでこの循環を守っていけたらと思っている」
環境を守りながら、人の暮らしをも守っていくアグロフォレストリー。日本でも流通させるためには、まず第一にその存在を知り、第二にそこに投資をすることだ。持続可能な農法の可能性を大きく花開かせるカギを握っているのは、私たち消費者かもしれない。
※1 マダガスカル固有のキツネザル、9割の種が絶滅危機
※2 Madagascar’s £152m vanilla industry soured by child labour and poverty
【参照サイト】COnnect & ENjoy Madagascar
【参照サイト】Amamos Amazon 株式会社