産地とつながるダイレクトトレード。コーヒー生豆流通のDX「TYPICA」

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私たちの日常に欠かせないコーヒー。読者の皆さんの多くも、日頃から飲んでいるのではないだろうか。眠気覚ましのため、勉強や仕事に集中して効率を上げるため……目的はさまざまで、苦くて当たり前、集中が上がればOKと思っている人も多いかもしれない。少なくとも筆者はそうだった。

しかし、ゆっくりと丁寧に淹れてもらったコーヒーを飲んで、その考えは大きく変わった。コーヒーには、眠気覚まし以上の素晴らしい価値がある。

コーヒーを淹れてくれたのは、オランダのスタートアップ「TYPICA(ティピカ)」を経営する山田彩音さん。彼女は、高品質なミルでエチオピアの豆を挽き、じっくりと豆を蒸らしてドリップする。出てきたコーヒーは筆者がこれまで知っていたコーヒーとはまったくの別物だった。美味しい。このコーヒーを、大切な人たちにも味わって欲しい。そう思わずにはいられないようなコーヒーだった。

そんなふうに、今では私たちの生活の中に当たり前にあるコーヒーだが、「一般的なコーヒーは生産者側で価格のコントロールができない」、「地球温暖化の影響でコーヒーの栽培地が減少してしまう」、「収穫量の減少や品質の低下」、「生産者の減少」など多くの問題を抱える。

これらの問題を解決するために、ティピカは世界初のコーヒー豆のダイレクトトレードプラットフォームを立ち上げた。ティピカが行う、コーヒー生豆取引のデジタルトランスフォーメーション(DX)に迫る。

コーヒー生産者の収益性確保と、高品質なコーヒーのサステナビリティ向上を目指す

山田さんは学生時代にコーヒーに出会い、その味わい深さ、奥深さの虜になったという。大学を卒業後、バリスタとしてキャリアをスタート。2012年に焙煎所の立ち上げを経験し、2014年にはコーヒースタートアップに参画。日本初のシェアロースターを立ち上げ後、2017年にはコーヒーに対する理解を深めるため、実際にコーヒー産地を訪れている。この頃からダイレクトトレードの形を模索し始めた。

ダイレクトトレードとは、生産者とロースター(コーヒーの焙煎者)をつなぐ取引形態のことだ。通常、コーヒー豆が生産され、私たち生活者の元に届くまでは、多くの中間業者が存在する。コーヒー市場は年々拡大し、世界で1日に20億杯も消費されており、石油に次ぐ巨大市場と言われているが、コーヒー農家が受け取る収益はわずかだ。Fairtrade Internationalによると、約60%の農家が栽培コストよりも低価格でコーヒーを販売しているという。

さらに、一般的なコーヒーは先物取引市場で取引されるため、農家が自由に値決めできないといった問題もある。これは、コントロールできないコーヒー価格や、投機による急激な価格の変動、地球温暖化が原因で、生産者にとって「コーヒーは儲からない」「リスクの高い作物」として捉えられ、世界各地で栽培をやめてしまう農家が増えている。

この問題を解決すべく、山田さんが立ち上げたのが「コーヒー生豆のオンラインマーケット事業」だ。山田さんは生産地に直接足を運んで生産者とコミュニケーションをとり、品質確認と、生産者の取材や撮影を行う。そうして得た情報は、ティピカのWebサイトに掲載し、日本のロースターはティピカのWebサイトを通して質の高いコーヒー豆を現地の農家から直接仕入れることができる。直接取引をすることで、コーヒー生産者の収益性確保と、高品質なコーヒーのサステナビリティ向上を目的としている。

エチオピアのコーヒー生産者。実際に現地に足を運んで取材をする

エチオピアのコーヒー生産者。実際に現地に足を運んで取材をする Image via TYPICA

麻袋一袋単位から取引可能にし、小規模生産者とロースターをつなぐことを実現

これまでダイレクトトレードが浸透しきらなかった理由の一つに、コーヒー豆の最小ロットがコンテナ単位18トン(1万8,000キログラム)であったことが挙げられる。ティピカは、この物量の障壁をなくして麻袋一袋単位60kgから取引可能にし、世界各地の小規模生産者とロースターをつなぐことを実現した。Webサイトでは生産者名、農園名など流通経路も明確にされており、高い透明性が特徴だ。

さらに、定期的に生産地とロースターをつなぐオンラインイベントも実施。遠く離れたアフリカや南米の生産者と直接コミュニケーションをとることで、生産者がどのような気持ちで日々コーヒー生豆を生産しているか知るだけではなく、生活者にその物語を届けることもできるのだ。

何かを消費することで、生産者が苦しんでいたら、それは本当に「豊か」と言えるのだろうか。大好きなコーヒーを突き詰め、「生産者や産地のことをもっと知りたい」という山田さんのシンプルな思いは、業界全体のサステナビリティにまで自然と広がっていった。

旅するようにコーヒーを味わう、ティピカ

ティピカのウェブサイトでは、ロースターがコーヒー生豆の買い付けを行えるだけではなく、ティピカの豆を仕入れたロースターやカフェも検索できる。

TYPICA

Image via TYPICA

筆者もこのマップを使って、実際に原宿にあるLATTEST表参道を訪れた。雰囲気の良いおしゃれなカフェで、店員さんはその日おすすめのコーヒーについて注文時に丁寧に教えてくれた。墨田区のLEAVES COFFEE ROASTERSでは、ティピカの発表会と試飲会に参加。浅煎りのコーヒーに和菓子が添えられていた点が印象的だった。

TYPICA

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この日試飲したのは、ペルーのFinca Aladino(フィンカ・アラディノ)農園で生産されたコーヒー。「柑子(koji)」と「鳥の子(Torinoko)」2種類の一口菓子が添えられており、前者はコーヒーを引き立てる同調のペアリング、後者は響き合う対比のペアリングフードだ。

TYPICA

Image via TYPICA

筆者の住むオランダでは、サロンやアパレルブランドでの買い物中、店員さんがさりげなくコーヒーを出してくれて、自然に会話が始まる。生活の中に自然にコーヒーが溶け込んでいるのだ。筆者はオランダではシェアオフィスに入居しているが、英語が苦手で、なかなかオフィスで雑談の糸口が掴めない。そんな時、コーヒーはコミュニケーションのための心強い味方でもある。

美味しいコーヒーは、創造性を刺激し、人との会話を促進してくれる。山田さんは「ロースターの皆さんにはコーヒー生豆を選ぶ楽しさ、ご自身の買い付けがコーヒー産業全体を変革することを実感していただきたいです。生活者の皆様には、最近カフェで個性的なコーヒーが飲めるようになって嬉しい、と感じていただきたい」と語る。

本当に美味しいコーヒーが当たり前に生活に溶け込んだとき、きっと私たちの生活は大きく変わるはずだ。

筆者プロフィール:佐藤まり子(さとう まりこ)

オランダ在住のフリーランスライター。SDGsやサーキュラー・エコノミー、オランダ企業への取材記事を中心に執筆。剣道五段の経験を生かし、オランダで剣道道場を運営。剣道に根付く日本の価値観がヨーロッパでどのように受け入れられ、広がっているかに関してもメディアに寄稿。


【参照サイト】 TYPICA

Edited by Erika Tomiyama

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