「フードロスは年間643万トンに上ると言われている。これは国連世界食糧計画(WFP)が1年間に途上国へ援助する食糧の約2倍にあたる量だ。」
──そう言われたところで一体、どれほどの人が日々の行動を変えようと試みるだろう。「誰かがやるだろう」「フードロスは企業が取り組むものだ」。社会課題を“自分ゴト化”するためには、どうしても時間がかかる。
しかし、この事実を知ったらどうだろう。
「日本のフードロスの約半分が、家庭から出ている」
農林水産省の調査によると、年間645万トンのフードロスのうち291万トンが、家庭から出る食べ残しや手つかずの食品、皮の剥きすぎなどから発生しているという。
「クリエイティブクッキングバトルでは、フードロスの話はほとんどしません。みんな、ただ楽しそうだから遊びに来る。まるで、運動会みたいでしょ?でもみんな、帰るころにはフードロスについて考えるようになり、家庭での料理の仕方が変わるんです。」
そう話すのは、クックパッド株式会社のコーポレートブランディング部・部長であり、フードロス解消イベント「クリエイティブクッキングバトル(以下、CCB)」代表の横尾祐介(よこおゆうすけ)さん。本イベントは、クックパッド社含む、CCB実行委員会が主催となり、企業や学生、小学生など、対象者を変えて開催している。
筆者は今回、このCCBの大学生版の関東予選を取材した。そこで見たのは、参加者の大学生たちが幼い子どものようにはしゃいで料理をする光景。なぜ「料理」が大切なのか、フードロス解消について考えたときになぜ「料理バトル」のイベントだったのか、横尾さんに話を聞いた。
話者プロフィール:横尾 祐介(よこお ゆうすけ)さん
大手電機メーカーを経たのち、トリンプ・インターナショナル・ジャパン株式会社にて複数のブランドマネージャーを歴任。コンフォート下着のブームの先駆けとなった「スロギー」など数々のヒットを企画。現在はクックパッドにて、フードロスをテーマにした「クリエイティブクッキングバトル」など、社会課題を料理の観点から捉えた企画を生み出している。
審査基準はクリエイティブさと“生ゴミの量”
CCBでは“アリモノ(※)からおいしい料理を作ることは、生活の中で最もクリエイティブな行為である”を合言葉に、家庭からでる食料廃棄を楽しく解消することを目指している。昨年は企業向けに開催し、予選では40社が集まった。
今年6月から7月にかけて開催されたのは、CCBの大学生版。関東と開催で32チーム(1チーム4名)が参加し、勝ち抜いたチームがそれぞれ準決勝、決勝へと進む。
通常の料理バトルであれば、重要視されるのは「美味しさ」や「料理の見た目」になるが、CCBはそれだけではない。追加された審査基準の2つは「工夫のアイデア」と「生ゴミの量」。クリエイティブなアイデアを使って生ゴミの廃棄を少なくするこの2つの項目の配点が味や見た目よりも高くなっているというのだから、料理が上手くても負けることがあると、横尾さんは話す。
「よくあるフードロス解決メニューなどはTVでシェフが作っていたりして、アイデアはプロの人だけが持っていると感じてしまい、一般の人からすると遠いものに感じてしまいますよね。でも全然そんなことなくて。一人一人が、アイデアを持っているんです。それをみんなが信じれば、フードロスは簡単に減るんですよ。イベントの最後に見ていただくとわかりますが、CCBではほとんどゴミが出ません。」
(※)既存のものや会場にあるもので間に合わせること。
子どものように楽しんで「気づいたら学んでいた」をつくる
イベントは食材選びからスタート。運営側が用意した、冷蔵庫に残りがちな食材に加え、参加者が自宅から持ち寄った「残り食材」たちだ。
CCBでは、参加者みんなが子どもになるように作り込まれている。食材の分配方法は、早い者勝ち。いっせーのせでテーブルに走り、好きな食材を勝ち取る。選ばれずにテーブルに置き去りにされた食材たちは強制的に各チームに振り分けられる。調理時間は、たったの45分で、もちろん調理中の携帯の使用は一切禁止だ。
この限られた短い時間だからこそ、いつもならやらないチャレンジもしないと時間内に終わらないし、廃棄が出てしまう。「一歩踏み出さざるを得ないからこそ、この経験がより頭に刻み込まれるんです。」と横尾さんは話す。
「社会課題って、伝えている側が受け取る側に難しく感じさせてしまっていると思うんです。偉い先生が……とか世界ではこんな事例が……とか。そうやって数字や文章で埋め尽くされるほど、どんどん手が届かなくなってしまいますよね。」
CCBの参加者全員が、食料廃棄問題を知っているわけではない。むしろ応募者があふれたときに、参加を優先するのはフードロスに“関心がない”人たちだという。
「フードロスに興味がある人に対して座学イベントを開催したところで、フードロスへ興味がある人は増えていきません。CCBではフードロスに“興味がなかった人たち”にリーチして、広げていきたいと思っています。だからこそ『ただ楽しんでいたら、実はフードロスのイベントだった』という体験を僕たちは提供しています。」
ただ、楽しそうだから参加する。しかし審査基準には「生ゴミの量」が入っているので、参加者にとっては強制的にフードロスについて考えきっかけとなり、イベントを終えて帰る頃には自然とフードロスへの意識が芽生えている状態になるのだ。
料理は社会に大きなインパクトを生み出す
「料理をする行為を、もう一度見直してほしい。」
イベントのテーマである「料理」。“毎日の料理を楽しみにする”をミッションとしているクックパッド社に、2年前に入社した横尾さんは「なぜ毎日の料理を楽しみにするんだろう?」と、まず考えたという。
「そして、わかったんです。料理をする行為は、自分自身の身体にも心にも効くし、作った相手の身体にも心にも効くし、そうするとコミュニティ全体にも効く。買い物をするから、もちろん経済にも効くし、買うときのチョイスをきちんと考えることは、自然にも効きます。しかも、料理は誰にでもできるし、毎日やるものですよね。より、効果も大きいんです。」
料理をつくることは地球のこれからをつくること。
人は料理のつくり手になった瞬間に気づくのかもしれません。
料理にはさまざまなことを変えられる可能性があることに。
自分自身を。自分とまわりの環境を。さらには世の中さえも。なぜなら、料理をつくることはいのちをつくることだから。
料理は健康なからだをつくることであり、
豊かな社会をつくることであり、
地球のこれからをつくることだから。―クックパッド株式会社HPより
最近は、料理をしなくても人は生活できるようになっている。しかし、料理をする行為は世の中に大きなインパクトを与える。
「CCBに参加すると、今までのあたりまえを疑うことができるようになる。家に帰って包丁でナスを切るときに、どこまでヘタに寄せて切るかを、今までより悩むようになると思うんです。あの時はかなり寄せて切ったから、今日もここまで寄せて切れるかもな、って。買い物をするときも、これを買って無駄になったらもったいないから、これはいらないかな?とか。」
今までの常識を、一度自分でゼロから考えることができる思考回路になる。そうすると、フードロスだけではなく、あらゆる社会課題においても「これはもしかして自分が気をつけたら変わるかもしれない」と、マインドシフトを起こすことができる。
“体験”は知識よりも脳裏に刻み込まれる
「みなさん、SDGsって知っていますか?2030年までに、一人あたりの食料廃棄を半減させるという目標があるんです。一見、難しいと感じるかもしれないですが、みなさん、今日やったことを思い出してみてください。生ゴミを少なくするためのたくさんのアイデアで料理を作って、楽しくなかったですか?そう、楽しくやればいいんです。楽勝ですよね。一人一人の行動が大切なんです。」
イベントの最後に参加者に向けて話された、学生版CCB運営代表の石田さんの言葉だ。
CCBで印象的だったのは、参加者も運営側も関係なく、会場にいた人々全員があの空間を楽しんでいた姿だ。横尾さんは取材の中で「CCBで見る参加者の楽しそうな表情は、大人も子どもも、一緒です。」と、嬉しそうに話してくれた。あの場にいた人々のほとんどが「フードロスは楽しく解消できる」ということに気づいたのではないだろうか。
「残り数分で、食材のチーズを使い忘れていたことに気づいて大慌てで料理した」というチームや「料理の楽しさに気づいた。月一メンバーで集まって料理したい」というチームなど、イベントの中で起こるハプニングを乗り越える過程で絆が深まっていた。
そうした“体験”は知識よりもきっと、参加者の脳裏に刻み込まれる。CCBでの経験が「今日は“これを食べたいから”、帰りはスーパーで食材を買って帰ろう」ではなく、「今日は“あの食材が残っていたから”、これをつくろう」に変わる瞬間をつくっていくのだろう。
CCBは、日本だけではなく今年5月末にはオランダでも行われた。また、今年の7月27日には小学生版、8月から10月にかけては、再び企業版も行なうという。今後の広がりが楽しみだ。
【参照サイト】CCB公式HP
【参照サイト】CreativeCookingBattle実行委員会
【参照サイト】クックパッド株式会社
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【関連ページ】SDGsとは・意味