「地域から社会を変えよう」社会起業家が語る、長野県門前町が若者を惹きつける理由

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長野県の由緒あるお寺、善光寺。善光寺まで続く善光寺表参道と呼ばれる道のりには、リノベーションで生まれ変わったモダンな建物が並ぶ。この「門前町」と呼ばれるエリアには多くの若者が集まり、彼らが古い建物を生まれ変わらせたことでリノベーション物件は100件を超える。今やこの門前町は、全国でも屈指の「リノベーション成功事例」と呼ばれるほどになった。

全国で過疎化に悩む地域が増えている中、この門前町に“行動する”若者たちが集まるのは、一体なぜなのか。

「大事なのは、自分自身がプレイヤーであることです。」

そう語るのは、早くから市内でリノベーションに関わってきた建築家でもあり、コワーキングスペース『CREEKS』の取締役である広瀬毅(ひろせたけし)さん。「地域から社会を変えよう」のミッションの元、CREEKSを行動する人の集まる港にしようと、起業就労支援と移住・中山間地の課題解決、そして教育・子育ての支援という3つのジャンルでのソーシャルビジネス事業を行っている。

今となっては地域の人々や観光客で賑わっているものの、以前は他地域と同様に空き家や高齢化問題などを抱えていた。1950年代には約1.7万人だった人口は、2010年には約6,600人にまで減少したという。

今回は広瀬さんに事業を立ち上げたきっかけや、なぜ門前町の周りには行動力のある若者が自然と集まるようになったのか、話を伺った。

広瀬さん

広瀬さん

空き家KANEMATSUとの出会い。そしてCREEKSの立ち上げへ

実家は金沢の大工で、今は長野で設計事務所を20年以上営んでいるという広瀬さん。CREEKSの立ち上げのきっかけとなったのは、「『KANEMATSU』という空き家を借りてくれる人はいないか」と相談を受けたことが始まりだったという。事務所の飲み会で「みんなで借りよう」という提案があり、2009年にKANEMATSUに事務所を構えた。1階はオープンスペースとし、最初の1、2年はトークイベントやフリーマーケットなどを開催していたという。

それからは自然発生的に人が人を呼ぶ状態となり、若者がどんどん集まってきた。広瀬さんたちと同じ頃に始まった、イベントやワークショップ、空き家見学などによって、門前で暮らす人や訪れる人と一緒に門前町を楽しむプロジェクト「門前暮らしのすすめ」や空き家を歩いて見て回る会「空き家見学会」などの取り組みも功を奏した。

そうしてKANEMATSUの建物には5つの事務所が入っていたため、プロジェクトごとにチームでコラボレーションしながら仕事していた。しかし、それぞれの仕事が軌道に乗り忙しくなったために、新しい動きが生まれにくくなっていた。そんなとき、当時コワーキングスペースに興味を持っており、たまたま今のCREEKSがある建物の2階に空きが出た。働く人同士のコラボレーションや情報交換、新しい働き方が注目されている背景があり、CREEKSをスタートした。

地方のコワーキングスペースに必要なのはコミュニティへの付加価値

たとえば賃料が高い都心であればシェアスペース自体はそれなりにビジネスになる。しかし長野では、スペースだけではなくコミュニティの付加価値をつけなければならない。その考えが起業就労支援と移住・中山間地の課題解決、そして教育・子育ての支援という3つのジャンルでのソーシャルビジネス事業につながっているという。

「地方のコワーキングはフリーランスやスモールビジネスをやっている人が集まってコラボレーションを起こす目的で始めることが多いですが、実際にやっているとそういった連携は頻繁に起きないんです。地方でコワーキングスペースをやるためには、さらに地域の企業や金融機関、行政、大学、若者というさまざまな特性を持った人々を集める必要があります。そうした連携があってやっと、新しいことが起こるんです。CREECSではフリーランスの人だけでなく、いろいろな属性の人を介してつなげる『ローカルビジネスプラットフォーム』としての場を提供していきたいと考えています。」

まず県の事業として始め、そこから得たノウハウを蓄積して立ち上げたのが、長野県に特化したクラウドファンディングサイト『ショーボート』。ここでは、地域の魅力をプロデュースし、新しいアイデアの実現に向けてのサポートをしている。ショーボートの特徴は、地域企業と密接につながっている地元金融機関と連携して動いていることだ。このショーボートを通して地方の企業が元気になってほしいという思いがあると、広瀬さんは話す。

「若者×企業」寄り道できる場所が若者の選択肢を広げる

教育・子育ての支援として行なっている事業が、地域の将来を担う若者(25才以下)が自由に使えるフリースペース+カフェ『ツナグノ』。ツナグノはもともと長野市から「若者の集まる場所を作りたい」と相談があり、始めた事業だったという。ここでは大人と若者をつなぐ、さまざまなイベントを仕掛けている。「地域から社会を変えよう」を軸に、ツナグノでは自分で考え、何かにチャレンジしたい若者の想いを後押しすべく、異なる価値観を持つ人々の出会いをコーディネートしている。

ツナグノは、さまざまな用途で利用される。学生のテスト勉強はもちろんのこと、「若者×企業」のトークイベントも行い、学生のうちから企業で働く人に触れ、自分にとっての「働く」とは何か考えることができる。学校でも職場でもない場所だからこそ、若者たちのサードプレイスのような場所になっているという。若者同士のつながりはもちろん、一般の社会人もワンドリンク500円で入ることができる。

「地方の若者が大学に入るときに、東京や関西などの大都市に行くことも経験として大事です。その中で、こういったサードプレイス的な場所がここにあることが、就職時は地元に帰ってくるきっかけになってくれたらいいと思っています。」

フリースペース+カフェ『ツナグノ』。

さらに教育、子育ての事業につながるのが『アキチ』だ。多くの出会いと可能性に溢れた場所として、子どもたちに多様な価値観と経験に触れてもらう機会を創出している。

「今、子どもたちは学校と家の往復ですよね。ふらふらできる場所がないんです。部活に入っている子は部活に行き、そうでない子は塾に向かう。そんな子どもたちに、空き地のような場所でもっと広い世界を見て欲しいと思ったんです。職業の選択肢は、思っているよりたくさんあって、自分が見る世界がすべてではないことに、気づいて欲しかった。」

親子の「てつがくカフェ」の様子

親子の「てつがくカフェ」の様子

若者を集めるためには、自分自身が行動を起こす

「KANEMATSUのメンバーは何でも面白がってやるメンバーだったんですよね。イベントにたくさん人が集まるようになったのも、自分たちが楽しんで行動していたからではないでしょうか。」

広瀬さんのこれまでのワークショップの経験から、議論好きな長野の人はアイデアを出すのは得意ではあったが、実際に行動を起こす人は少なかったという。新しい働き方や新しいコミュニティをつくろうとすると「仕事が合わないと感じ、ここに来れば何かあるかも」と期待をする現状でモヤモヤしている人が集まることが多かった。

考えることが悪いことでは決してないが、それよりも「行動するほうが大事」だと広瀬さんは語る。ワークショップで何をやるか考えることには、今はほとんど意味がない。まちづくりは「何をやるか」を考えるより「誰がやるか」「どうやって続けるか」が大切だ。

「ひとつひとつのイベントも『なぜやるのか』を真剣に考え、まずは自分たちがやり過ぎるくらい行動することが大事だと思っています。それが必ず認知につながっていきます。」

編集後記

広瀬さんは取材の中で「今後ますます若者の行動力は早くなる」と、話した。

「働き方は、着実に変わっています。僕らの時代は、正解がありましたが、今は正解がないんです。昔は“何の”仕事をするかしか考えていなかったけれど、今はそれぞれが自分の“好き”に合わせて働き方を選べる時代ですよね。たとえば2つの事業から1つを選ぶときにも、昔だったらどちらが儲かるかを考えて正解を選んでいましたが今の若者の判断基準は『どちらが好きか』です。行動を起こすのが、どんどん早くなっているんですよね。」

「好き」を選ぶためには、まずは視野を広げてさまざまな事に触れ、自分は何が好きなのか、何を大切に想うのかを見極めていく必要がある。そんなとき、CREEKSがつくる自分のもうひとつの居場所となるような場所が、若者の選択肢を広げていく。そうして自ら行動し続ける広瀬さんのような大人に出会うことで、それに続いて行動する若者たちが、地域から社会を変えていくのだろう。

【参考サイト】CREEKS公式HP
【関連ページ】サードプレイスとは・意味
画像提供:CREEKS

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