いま、海外では「シェアリングエコノミー」に対して疑問の声が上がっている。大きなプラットフォームが中央集権化しつつあり、利益のほとんどがオーガナイザーに持っていかれてしまう状況の中で「労働者たちが搾取されている」という議論がうまれているのだ。ほんとうの意味でのシェアリングエコノミーとは一体、なんなのだろう。
たとえば、カーシェアリングのUber。Uberの共同創業者が豪邸を購入した話が話題になった一方で、Uberで働くドライバーたちは非常に賃金が安く、大半のドライバーは生活が維持できていないという。労働者は豪邸どころか、家賃すら払えない低賃金なのである。
「資本主義社会なのだからしょうがない」と、人々は思うかもしれない。しかしシェアリングエコノミーとは本来、「みんなが平等に」利益を得るべきものではないだろうか。同じプラットフォームの中で、誰かが得をして誰かが損をする。それは、ほんとうの意味で“シェア”といえるのだろうか。
そんな中、注目されているのが「プラットフォーム協同組合主義(Platform Cooperativism)」の考え方である。プラットフォーム協同組合主義とは、プラットフォーム上で情報を共有して価値を生み出している利用者こそが、プラットフォームを協同組合的に所有して利益を得るべきとする考え方である。
今回、このプラットフォーム協同組合主義の提唱者であるトレバー・ショルツ氏(米国ニュースクール大学の文化・メディア学部准教授)の来日にあわせて、先月9月21日に東京大学本郷キャンパスで開催された「プラットフォーム協同組合主義とはなにか?~デジタル経済における協同組合の可能性を探る」を取材した。
シンポジウムは、JCA協同組合連携部長の前田健喜氏司会のもと、トレバー氏の基調講演に加え、水越伸氏(東大大学院情報学環教授)・浜地研一氏(生活協同組合コープこうべ)・中野理氏(JCA協同組合連携部研究員/日本労協連理事)・トレバー氏をパネリストとしたパネルディスカッションが行われた。
本記事では、その中で特に印象的だったことをご紹介する。
「プラットフォーム協同組合」とは
これまでのデジタル経済の「負」の側面
これまでデジタル時代の労働を研究してきたトレバー氏は基調講演で、いま世界で議論されているデジタル経済の「負」の側面である雇用問題や利益の独占などについて指摘した。
「最近は、ビジネスを行うリスクが事業者から働く人に移っています。Uberのドライバーの自動車や、賃貸のプラットフォームなども、所有しているのは『個人』ですよね。それなのにオーガナイザーである会社が、利益を総取りしています」
このように労働者側が脅威にさらされているのにも関わらず、これまで誰も介入せず、アメリカでも労働者のためになるような変更がされてこなかった。そこで生まれた仕組みが「プラットフォーム協同組合(Platform Cooperativism)」である。
プラットフォーム協同組合は「ウェブサイト、モバイルアプリ、またはプロトコルを使用して商品やサービスを販売する。これらの企業は民主的ガバナンスとプラットフォームの労働者とユーザーによる共有の所有権を持つ」と定義される。
たとえばAirbnbの場合、売上高の30%がプラットフォームのオーナーに吸い上げられてしまう。一方で、プラットフォーム協同組合の場合は倒産しにくく、生産性も5%向上し、売上金もコミュニティに残る。仕事で自分の尊厳が支えられ、人間らしい真っ当な仕事ができるように考えられた仕組みであるといえる。
ープラットフォーム協同組合のメリット
- Fair Pay(フェアな賃金)
- Higher quality jobs(クオリティの高い仕事)
- Productivity benefits(生産性)
- Ecological sustainability(生態学的持続性)
- Co-ops are less likely to outsource their jobs(外注が少ない)
- Higher resilience than other business forms(他のビジネスフォームよりも高い回復力)
- Lower levels of absenteeism and worker turnover(低い欠勤率と離職率)
- More control over privacy through ownership(全員がオーナーであることによるプライバシーの制御)
トレバー氏は、プラットフォーム協同組合のメリットをあげると同時に、一番の課題は資金調達であることや、ガバナンス、ソフトウェの構造が複雑なことであり、それらは今後解決していく必要があると述べた。
株式会社やNPOと比較した「協同組合」
JCA協同組合連携部研究員である中野理氏のプレゼンテーションの中では、株式会社やNPOと比較した「協同組合」の特徴が説明された。
協同組合での合意には、一人一人の意思が現れる
基本的に民間企業は利潤追求を目的とする一方で、協同組合は利潤を上げなければ続行はできないが、「利潤追求のみ」を目的としているわけではないと中野氏は強調した。協同組合の「目的」として組合員は、誠実さや公開制、社会的責任、他者への配慮という倫理的な価値を目的とする。
「また、運営方法として、基本的に株式会社は『一株一票』の仕組みですが、協同組合は出資額に限らず『一人一票』が原則とされています。事業体の中に民主的なガバナンスが組み込まれており、ある種の“倫理性”がビルトインされているということです」
会場からは「プラットフォーム協同組合の場合、合意形成に時間がかかるのではないだろうか?」という質問があったが、これに対して中野氏は「合意形成に時間はかかり、経営判断に一定の遅れが出るのは否めない。しかし、そうして合意形成の上で出された判断は、一人一人の組合員の意思が反映されているので、価値があるともいえる」と回答した。
協同組合とデジタル技術の親和性
また、中野氏は協同組合とデジタル技術の親和性が高いことについても述べた。こうした協同組合とデジタル技術は、偶然的に出会ったのではなく、そもそもあり方が非常に共通しているという批評があるという。
たとえばブロックチェーン。「民主的運営」や「分散的・分権的な運営」「仲介・媒介機能の排除」「高い監査性」「価値分配由来の確実性」などの視点から見ると、協同組合とブロックチェーンが共通するところが多いという。ブロックチェーンには対等の者(ピア)同士が通信をすることを特徴とする通信方式「ピアtoピア」の考え方があり、共同組合は組合員と組合員が手を結んでやっていくという、類似した構造を持つのが特徴だ。
協同組合にブロックチェーン技術という技術的なアップデートを加えることにより、非中央集権的なシェアリングエコノミーが実現する未来が来るかもしれない。
【海外の事例】海外で進む「協同組合化」
トレバー氏が2015年に「プラットフォーム協同組合」を提唱し始めた頃と比べると、このムーブメントは年々世界で広がりを見せているという。
デジタル移行を行う協同組合の研究、コミュニティ構築のためのハブであるPlatform Cooperativism(PCC)の公式ホームページには世界中のありとあらゆるプラットフォーム協同組合の事例が紹介されているが、今回のシンポジウムでトレバー氏が紹介していた具体的な事例をいくつか見ていこう。
UP&GO
「家事のUber」とも呼ばれるクリーニング専門業者のプラットフォーム「UP&GO(アップアンドゴー)」。クリーナーは訓練を受けた専門家であり、その多くはラテンアメリカの移民だ。アプリを開始する前から労働者経営の協同組合を結成していたことが、UP&GOをプラットフォーム協同組合として可能にした要因だという。
顧客がUP&GOを使用してハウスクリーナーを雇うと、アプリ側へ支払われるのはわずか5%のみ(トランザクションコストで3%、UP&GOのサーバーの実行や開発などのビジネスコストのわずか2%)。通常のベンチャーキャピタルでは売り上げの40%が会社に流れると言われているため、同じ仕事をしていても、UP&GOでは労働者が正当な収入を得ることができる。
Fairmondo
2012年12月にドイツで初めて地元の協同組合で開始されたオンラインマーケットプレイス「Fairmondo(フェアモンド)」。販売者と購入者、労働者、出資者の全員が運営に関わる。
2015年12月の時点で、2000人を超えるメンバーが約60万ユーロを投資し、eコマースの仕組みを再考して公正さの原則を進めることにコミットしている。書籍や高品質なフェアトレード商品およびサステナブルな製品を幅広く購入することができる。
Stocksy
アーティストが共同で所有する写真のストックフォトプラットフォームである「Stocksy(ストックシー)」。もともとiStockとGetty Imagesのオーナーでもあった創業者が両社を売却してスタートさせた。2014年までに370万ドルの収益を上げており、余剰の中から数百万ドルをプラットフォームのメンバーに配当している。
権限を与えられた出資者でもあるアーティストが公正な報酬を受け取ることを保証されており、すべてのライセンスの50%〜75%がアーティストに直接支払われる。
FairBnB
FairBnB(フェアビーアンドビー)は、部屋レンタルのプラットフォームをホストと近隣住民、地域の事業主などの協同組合により運営している。
ホスト、ゲストなどのユーザーが払う金額はAirbnbとそう変わらないが、FairBnBでは、得た利益の50%がさまざまな地域のコミュニティプロジェクトの資金調達にあてられる。
▶️参考:利益の半分は地域に還元。地域による地域のための民泊サイト「FairBnB」
resonate
音楽ストリーミングサービス「Spotify」のプラットフォーム協同組合版と呼ばれる「resonate」。アーティストとリスナーはすべて会社に関与しており、意思決定に参加する。Resonateの年間利益の45%はアーティストに、35%はリスナーに、20%はスタッフに分配される。
また、ブロックチェーンを使用して支払いの追跡を行い、ユーザーのプライバシーとサービス上の個人データのやり取りを強化する。ブロックチェーンにより契約をスムーズに行うことができるため、アーティストに効率的に給与を支払うことができる。
【国内の事例】生協が目指す「たすけあいのプラットフォーム」
170万の組合員数を持ち、世帯加入率50%であるという生活協同組合コープこうべからは、インターネット・デジタル推進統括である浜地氏が、現在コープこうべで行っているサービスや今後行う施策について話した。
「助け合いの精神の具体的な実践の場」「家族だけではなくて地域全体で支える取り組みをする」「暮らしを共同する新たな取り組みをする」などの思想を大切にしているコープ。
コープこうべでは「くらしの助け合いの会」として、「助ける人」と「助けてもらう人」をつなぐサービスを行っている。まず、両者が電話でコープこうべに申し込みをして、間に入るコーディネーターが両者をつなぐ。この仕組みは30年以上前にはじまり、全国の生協に広がったが、今の時代に合わない部分も出てきているという。たとえば、現状であれば「ゴミ出し」のような細かな要望は受けることが難しい。そういった要望にも答えられるような、誰もが参加しやすいプラットフォームを今、ネット上につくろうと進めている。
「毎週、生協の組合員さんは注文書を出し、宅配の人は商品を届けに行きます。1年に52回もこうした機会がある生協だからこそ、組合員の『見守り活動』ができ、生活を支えるプラットフォームを構築しやすいと考えています」(浜地氏)
「つながりたい」「助けたい」という気持ちを、より人々がコミュニケーションを取りやすい形で行いたいと話す浜地氏。
「いま、コープこうべでは10万人もの人ががネット注文をしています。今後は、Amazonの商品レコメンド機能のように『助けてほしい人』を個人に対してレコメンドできるような仕組みも検討しています。商品だけではなく、活動やボランティアのレコメンドもできるようにしていきたいです」
2021年に100周年を迎えるコープこうべ。「誰もが参加できるアナログとデジタルの仕組み」や「人が繋がるためのコミュニティデザイン」を行い、「たすけあいのプラットフォーマー」を目指すという。
協同組合が「オルタナティブな経済のあり方」を作っていく
シンポジウムの最後にまとめとして、中野氏からは「いずれにしても協同組合はデジタル経済や情報資本主義への対応、それによる独占・寡占の進行が生み出した格差の拡大に対する社会的連帯経済の発展、この両面から自己変革を求められているのではないか」という話があった。
協同組合×デジタル経済=社会的連帯経済?
すなわち、協同組合は貧困層なども対象に、オルタナティブな経済のあり方を作っていく。協同組合とデジタル経済の掛け合わせでこれまでの狭いメンバーシップを超え、格差社会を乗り越える「社会的連帯経済」という変革を可能にするのではないだろうか。「協同組合」の可能性に期待が高まる。