気候変動をはじめとする環境問題の深刻化。拡大する貧富の差。失業者や心理的疾病に悩む人の増加。止まない紛争――いま、世界では誰もが「おかしい」と感じるような問題が山積している。
文化人類学者であり、NGOナマケモノ倶楽部の代表である辻信一氏はこうした原因が「度を越したグローバル経済(※1)」にあると指摘する。「本来、私たち自身や社会、世界を幸せで平和にしていくはずの経済が、世界をますます持続“不”可能なものにしている」
この経済をもう一度、人や社会に幸福をもたらす経済にシフトさせていくことをテーマとした「しあわせの経済」国際フォーラム2019が11月上旬、横浜で開催された。フォーラムには、日本国内外で環境や農業、平和、教育といった問題に取り組むアクティビストが集い、活発な議論が行われた。
どうしたら環境や文化が守られ、人々が幸せな経済にシフトしていけるのだろうか。世界的オピニオンリーダーであり、ローカリゼーション(※2)の重要性を伝えたドキュメンタリー映画『幸せの経済学』の制作者であるヘレナ・ノーバーグ=ホッジ氏がフォーラムの冒頭で行った基調講演から考えてみる。
※1 グローバル経済:国や地域を超えた資本で、そして地球規模の普遍的な価値観で行う経済活動
※2 ローカリゼーション:地域の文化や特性に重きを置いた経済活動
グローバル経済の無駄が、地球や人を疲弊させる
ホッジ氏は、グローバル経済により世界でいかに無駄な貿易が起こっているか、事例をあげながら説明した。
たとえば、生産した小麦をヨーロッパに輸出し、またヨーロッパの小麦を輸入するオーストラリア。90万トンの牛肉を輸出し、同量の牛肉を輸入するアメリカ。一度収穫したリンゴを南アフリカに送って洗浄した後、再び輸入するイギリス。他の国でも、獲った魚を骨を取るために海外に輸出し、加工された魚を再び輸入するなどが起こっている。
これらはいずれも笑い話ではなく本当の話です、とホッジ氏。本来モノを移動させれば、輸送コストなどで高くなるはず。しかし賃金格差や大企業への助成金などが影響し、はるか遠く、国境を越えてやってきたモノの方が地域でつくられたモノよりも安く売られることが「当たり前」になった。こうした構造は、輸送による環境負荷を増やし、低賃金労働による貧困、ストレスや健康侵害、人のつながりの喪失などさまざまな問題を生み出している。
「とにかく低賃金でハードに働くことが求められ、人々は常にストレスにさらされている。鬱や怒りが蔓延し、攻撃的になる人もいる。それは身近なコミュニティや、力の弱い者、移民や異宗教などに向けられるかもしれない。お互いを敵視するような状況が生まれてしまう」ホッジ氏は、私たちの心の健康やジェンダーの不平等、人種差別など、個々の社会問題が実は関係しあっていることを認識する必要があると述べた。
物事を「ビッグピクチャー」で捉えたときの解決策
今求められるのは、「ビッグピクチャー」。つまり物事の全体像をみることだとホッジ氏は提案する。今起こっている社会問題が複雑に絡み合っているからだ。
ビッグピクチャーが重要な理由はもう一つある。それは、私たちが社会問題を知るとつい「どこの企業が悪い」「政府が悪い」など一つの原因に怒りをぶつけがちなこと。しかし、「そうした企業や政府にいる人たちも私たちとさほど変わる人たちではない。悪いのは構造」であることも認識しておく必要があると語った。
ではその構造をどうやって変えるのか。不幸せな世界をつくりだしている今の社会の仕組みは何世代にもわたってできあがったもの。変えることは、そう簡単ではない。そこでホッジ氏が提唱したのが「ローカリゼーション」だった。食や衣類など輸入への依存を減らし、モノの生産や流通をもう一度地域で循環させていくことで巨大なグローバル経済の仕組みを変えていこうという試みである。
ホッジ氏は著書『ローカル・フューチャー』の中で、「人間にとってのコミュニティというニーズ、そして自然界にとっての生物多様性というニーズ。この両方の根本的な必要性を認めるなら、ローカリゼーションこそが残された道筋だということは明らかでしょう」とその意義を説いている。
ローカリゼーションの動きは今や世界中で起こっている。ホッジ氏は「地産地消エネルギーの推進、地域の生産者が集うマルシェの広がり、地域を大切にした金融の誕生など、私は毎日世界中で活躍する人たちから勇気をもらっている。地域でつながってお互いに頼る。小さな独立したビジネスをつなげていく。それらに消費者がお金を出して支える。こうした草の根のローカリゼーションが世界を変えていくのです」と力をこめた。
身近な「しあわせの経済」ムーブメントを
とはいえ、世界が抱える問題はますます深刻化しており、つい滅入ってしまうこともあるかもしれない。しかし、ホッジ氏は「持続不可能な社会をつくりだしている現在の経済システムの影響力が大きいからって、あきらめないで欲しい。しあわせの経済をつくりだす行動は確実に広がっている。人種や性別などすべての社会的アイデンティティをこえて、一緒に取り組んでいこう」と聴衆に訴えた。
確かに世界には問題も多いが、持続可能な社会へとシフトさせるような取り組みも日々見かけるようになった。脱プラスチックのカフェや、地域のオーガニック野菜を使ったレストランの誕生、さまざまなライフスタイルに合わせた働き方の変化、地域資源を活用したエネルギーの広がり、地域の人たちが支え合う教育プログラムの誕生など。どうせ選ぶのなら、そういったものにお金を使いたい。
「しあわせの経済」ムーブメントはもう私たちのすぐそばで始まっていると言っていいのではないだろうか。そしてホッジ氏が言うように、いつかこれらの小さな動きがビッグバンのように、この持続「不」可能な社会をつくりだしているグローバル経済を変える時がくるのかもしれない。そう信じて、暮らしの中で、地域で、学校で、職場でちょっとしたムーブメントを起こしていこう。
話者プロフィール
ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ
スウェーデン出身。1975年、インド・ラダック地方への外国人の入域が許可された後の最初の訪問者の一人。言語研究者として長期滞在、ラダック語の英語訳辞典を制作。以来、ラダック文化とそこに暮らす人々に魅了され、毎年ラダックで暮らすようになる。急速に進む開発とそれに伴う文化と自然環境の破壊を憂い、現地の人々と共に、ラダックの持続可能な発展を目指すプロジェクトLEDeG (The Ladakh Ecological Development Group)を創設。
この活動が評価され、もう一つのノーベル賞として知られる、ライト・ライブリフッド賞を1986年に受賞。40カ国以上で訳された著書『ラダック 懐かしい未来』は世界中で大きな影響を与えた。またグローバリゼーションを痛烈な批判し、ローカリゼーションへの筋道を示した映画『幸せの経済学』を制作、以後、「ローカル・フューチャーズ」を設立し、「しあわせの経済」会議を世界各地で開催、国際ローカリゼーション運動の最先頭に立つ(「しあわせの経済」公式サイトより引用)。
【参照サイト】「しあわせの経済」国際フォーラム2019