「エゴからエコへ。エシカルリーダーのためのマインドフルネス」僧侶から学ぶ、環境問題に取り組む心構え

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「人類が引き起こした環境問題を解決したい」。そういった使命感から問題について学んだり、仕事でアクションを起こしたりしている人は多い。しかし真剣に取り組んでいるからこそ、壁にぶつかったり何を軸に判断すればいいか迷ってしまったりすることも多いのではないだろうか。

こうした心の葛藤を克服するために、宗教の考え方に触れてみてはどうだろうか。このところ、物質的な「豊かさ」を追求する人間の価値観や行動、ライフスタイルそのものを問い直す試みが注目されている。

今回IDEAS FOR GOODは、今月12月8日、東京・表参道にあり、ヨガ以外にもさまざまなワークショップが体験出来る「コンセプトスタジオveda」で行われた、チベット仏教の僧侶でありながらダライ・ラマ法王第14世の担当医でもある、バリー・カーズィン氏の講演「エゴからエコへ〜エシカルリーダーのためのマインドフルネス」を取材した。

バリー氏は、もとはアメリカで西洋医学の医師として活動していたが、運命に導かれるかのように法王と出会い、チベット仏教の道に入るという変わった経歴を持つ。「私は常に生徒の立場で勉強を続ける人生を送ってきたので、自分は論理的な人間だと自覚しています」と謙虚に話すバリー氏に、仏教の基礎や社会課題と向き合う際の心構えを学んだ。

登壇者プロフィール:バリー・カーズィン氏(Dr. Barry Kerzin )

アメリカ・カリフォルニア出身、インド・ダラムサラ在住。大学教授・チベット仏教僧侶・医師(ダライ・ラマ法王第14世の医師)。ワシントン大学客員教授、香港大学名誉教授、マックス・プランク研究所(ドイツ)「瞑想と慈悲の訓練の長期的研究」顧問、一般社団法人ヒューマンバリュー総合研究所(Human Values Institute)所長及び代表理事。アメリカ家庭医学会認定医。インド・ブッダガヤにて、ダライ・ラマ法王第14世から比丘(ビクシュ、僧侶) の戒を受ける。医師としてもダライ・ラマ法王を始めとする高僧の方々の医療的ケアや慈善医療を30年以上行っている。近年は僧侶と医師・科学者両方の視点を通した講話活動も世界各国で実施している他、グーグルジャパンやユニリーバなどの従業員向けにマインドフルネスのトレーニングも行う。

イベントの様子

Photo by Masanao Suzuki

仏教には、学問的な側面がある

バリー氏は、仏教には3つの側面があると話す。1つめは心理学、2つめは哲学、そして3つめが宗教の側面だ。心理学とは、すなわち心の科学であり、哲学とは「私は誰なのか」「私たちが生きる世界の本質とは何なのか」という実存的な問いについて考える学問だ。つまり前者2つは理性と論理に基づいた、仏教の学問的な側面だといえる。

3つめの宗教は、祈祷や儀式などに代表されるあまり論理的ではない一面となる。これら3つの側面があることからバリー氏は「仏教は典型的な宗教ではなく、生き方そのものである」と説明する。僧侶でありながら現役の医師としても活動するバリー氏の生き方を知ると、仏教のもつ多面性が説得力を持って伝わってくる。

また、バリー氏とダライ・ラマ法王が出会ったときの話も、学問である医学と宗教性が入り混じっている。1990年、当時バリー氏がインドにいたときに法王に呼ばれたことが、2人が出会ったきっかけだった。法王は医師であるバリー氏に「リオデジャネイロで開催される環境会議に招かれているのだが、その地域ではコレラが流行っているという。私は行くべきだろうか」と意見を求めた。

バリー氏は緊張しながらも「きちんとしたホテルに泊まり、清潔な水と食べ物を口にし、行く前にワクチンを打てば安全だと思う」と回答し、法王に感謝されて帰宅。1週間後に再度呼ばれて法王へ赴くと、「コレラのワクチンを打ってほしい」と頼まれたそうだ。

法王に注射をすることになったバリー氏は、ここでも非常に緊張した。なぜなら、周囲の人たちから「ブッダから血を流してはいけない」と言われていたからだ。針に血がついていないか気をつけながら、無事に筋肉注射を終わらせたという。「生きるブッダ」と言われる法王の神性と、現代医学とが融合した瞬間だった。

バリー氏

バリー氏|Photo by Masanao Suzuki

皆の「家」である地球を、大事にしなければならない

「仏教と環境問題が、どう関係するのか」と疑問に思う人もいるかもしれない。バリー氏は、仏教が取り入れているヨガやヴェーダの思想はどちらも「自分の真の家に戻ること」をテーマにしていると話す。ここでは本当の自分を見失ってしまいがちな現代において、自分に立ち返ることができる場所を比喩的に「家」と呼んでいる。

では自分だけでなく、皆にとっての「家」とは何なのか。それがすなわち「母なる地球」であり、後世の子どもたちのために残さないといけないものだ。この意識と地球を守るための実践こそが倫理であり、慈悲でもあるとバリー氏は話す。

イベントの参加者から「環境問題に関して自分がアクションを起こしたのに、他の人がそれを受け取ってくれないともどかしく思います。そのようなときにエシカルリーダーが持つべきマインドセットを教えてください」と聞かれたバリー氏は「私は農民になったつもりで、人に種を植え続けています。あとは人それぞれ、その芽が育つタイミングがあります」と答えた。

筆者はバリー氏のこの喩えをきき、聖書に似たような記述があることを思い出した。発祥からして違う仏教とキリスト教の、思わぬ類似性を発見したような感じがした。あるいはバリー氏は西洋医学の医師として活動した後にチベット仏教の道に入ったために、西洋の思想もバランスよく身に付けているがゆえの喩えだったのかもしれない。

また、ほかの譬を彼らに示して言われた、『天国は、一粒のからし種のようなものである。ある人がそれをとって畑にまくと、それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になる』

ーマタイによる福音書13章 31-32節(新約聖書)

天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある

ー伝道の書3章 1節(旧約聖書)

イベント会場

Photo by Masanao Suzuki

哀しいと思ったら、世界中にいる人たちのことを考える

他の参加者から「気候変動を問題だと感じるのは、自分の問題なのかもしれないと思うときがあります。気候変動を問題だととらえず、ただ受け入れるのが一番の解決策なのかとも思います。でも受け入れるだけでは何も変わりませんし、人類は滅んでしまいます。この気持ちに折り合いをつけるにはどうすればいいでしょうか」という質問があった。

バリー氏は「ご質問の意味を完全に理解できたかはわかりませんが、考えてみましょう」と前置きをしたうえで「まず、何もしないでいるには遅すぎます」と答えた。そして大きなスケール感で参加者に語りかけた。

「哀しい気持ちになったときは、今この瞬間に哀しい思いをしている世界中の人のことを考えましょう。世界の80億人のうち、20億人か40億人かは哀しんでいるかもしれません。そしてその人たちの哀しみを減らし、その人たちを幸せにするには、どうしたらいいかを考えるのです。それが空腹からくる哀しさであれば、食べ物を差し出しましょう。恐怖からくる哀しさであれば、希望を差し出しましょう。このように考えることは、私たち自身をハッピーにすることにもつながります」

自分が今感じている哀しい気持ちは、必ず世界にいる他の誰かも持っている。疎外感や空虚感に苛まれず、人とつながるという原点に立ち返らせてくれる言葉だった。

バリー氏

Photo by Masanao Suzuki

取材後記

バリー氏は控えめな人だった。話し方、立ち振る舞い、そのすべてがさりげなく静かで、イベント会場にいても気づかないうちに通り過ぎてしまうかのような、透明な存在感だった。そんなバリー氏の姿をとおして、彼を僧侶の道に導いたダライ・ラマ法王の輪郭が見えたような気がした。

法王も、ともすればうっかり見逃してしまうほど、さりげない人なのかもしれない。「ダライ・ラマ」と聞くと、とにかくビッグネームで、さぞや威光を放っているかのように思いがちだが、案外本人はひっそりとしているのかもしれない。人類のため、そして地球のためという壮大なビジョンを胸の内に秘めながら。

次回、バリー氏は2020年4月に来日予定とのことなので、興味がある方はイベントに参加してみてはいかがだろうか。

【参照サイト】 「エゴからエコへ〜エシカルリーダーのためのマインドフルネス」by バリー・カーズィン