森林破壊にストップ。ビル・ゲイツが人工パーム油開発に投資する理由とは?

Browse By

昨年、ニュースやソーシャルメディア上で大きく出回ったアマゾンの森林火災の様子は記憶に新しい。世界最大の熱帯雨林である南米のアマゾンが延々と燃え続けている姿は、ショッキングだった。自然火災なのか、人為的なものなのか、どうやら政治も絡んでいるらしい、と多くの議論がなされた。

しかし、貴重な熱帯雨林が破壊されている現実と、私たちが行っている日々の消費や行動が、どのようにつながっているのか理解するのは難しい。情報が交錯している上に、両者はあまりに遠く、その実態はあまりにぼんやりしている。

世界中で広がる森林破壊の中でも、東南アジアで進む熱帯雨林火災の裏側に、パーム油の原料であるアブラヤシの生産拡大があるということはあまり知られていない。実はこれは気候危機にも大きく関与しているのだ。例えば2015年には、インドネシアの熱帯雨林火災は、アメリカ全体の経済がもたらすより大きな気候公害を及ぼしたと言われている。

そんな中、マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツが、人工パーム油開発に投資するというニュースが飛び込んできた。彼は今月マイクロソフト取締役を退任し、自ら設立した財団で取り組んでいる気候変動や教育、公衆衛生に関わる慈善事業に専念すると発表している。

ここでは、パーム油が引き起こしている問題と、人工パーム油開発の現状について見ていきたい。

パーム油とは

palm-oil

Image via Shutterstock

パーム油は、世界で最も使用されている植物性の油だ。マーガリンやパン生地、ポテトチップスやカップ麺、クッキーやアイスクリーム、シャンプーや石鹸・洗剤、そして化粧品など、スーパーマーケットやコンビニで買える食品や一般消費財に幅広く使われている。世界的に、一人当たり年間8キロのパーム油を消費している計算になると言われている。

そう言われても、あまりぴんとこない読者も多いかもしれない。なぜなら、原材料名には必ずしも「パーム油」と明記されず、「植物油脂」「植物油」「マーガリン」「ショートニング」「乳化剤」「界面活性剤」などと記載されていることが多いからだ。トランス脂肪酸などを含まず安全性が高く、生産効率が高いため安価で、汎用性があることから、日本国内、そして世界中で幅広く利用され、増加の一途を辿っている。1995年から2005年にかけて、生産量は1,500万トンから6,300万トンまで、実に4倍の伸びを見せたというデータがある。2050年には98億人に達すると言われている世界的な急激な人口増加に伴い、今後さらに生産は4倍膨れ上がることも見込まれている。

日本をはじめとする多くの国は、パーム油を輸入に頼っている。というのも、原料となるアブラヤシは赤道から5~10度の範囲(熱帯雨林)でしか栽培することができないのだ。WWFによると、生産の約90%を担うのはインドネシア(約55%)、マレーシア(約32%)、タイ(約3%)の3国であり、特にインドネシアは生産量が急増しているという。

パーム油がもたらす熱帯雨林破壊、そして気候危機・人権問題・野生動物絶滅問題

deforest

Image via Shutterstock

パーム油の消費拡大の裏側には、大きな闇があるということを忘れてはいけない。WWFのまとめによると、以下の7つが主要な問題だ。

  1. 熱帯林への影響:アブラヤシ農園開発のため熱帯林は伐採され、規模は急激に縮小しており、更にこれにより大気中の二酸化炭素は増え続けている。
  2. 泥炭地への影響:熱帯林に隣接し炭素を多く蓄える泥炭地を燃やし、農地として開発する上で、大量の二酸化炭素を排出している。
  3. 森林・泥炭火災の影響:放火は法律で禁止されているにも関わらず、人為的で大規模な火災が進められ、煙害が拡大している。
  4. 野生動物への影響:熱帯林伐採に伴い、多くの野生動物の生息地が縮小され、命が奪われている。特に、オランウータンとゾウに与える影響が問題になっている。
  5. 人への影響:熱帯林で生活する先住民の住処を奪っているだけでなく、児童労働搾取、成人の強制労働なども大きな問題だ。
  6. 生産者が抱える問題:大企業を背景に持つプランテーション開発が進む中、小規模なアブラヤシ農園経営者が圧迫されてきた上に、バランスの崩れは双方が進める過度な開発に拍車をかけている。
  7. パーム油を使わないことで生じる問題:アブラヤシの土地当たりの生産性の高さを考えると、代替の植物性油に切り替えることは、かえって環境悪になりうる可能性もある。

日常的に幅広い分野で生活者が使用しているパーム油だが、実はその背景にある問題は、非常に重大な上に複雑なのだ。WWFが掲げる通り、「パーム油をどのように生産するか」という点への注目が高まっている。

そうした動きの一つとして、2004年に設立され250を超える企業が参加する「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」 といった、パーム油のサステナビリティ・トレーサビリティを明確にする取り組みも存在する。しかし、マーケットが特殊であるゆえ、これもまだ100%機能できていないとも言われている。例えば、生産に関わる労働者たちの貧困は改善されず、またオランウータンの絶滅危機にも劇的な効果は見られていないそうだ。

進められる人工パーム油の開発

development

Image via Shutterstock

アブラヤシの生産拡大による森林破壊が問題となるなか、テクノロジーを駆使した画期的な開発で、アブラヤシを使わないパーム油が登場する可能性に期待が寄せられている。先述の通り、パーム油は安価・安全で、汎用性が高く、多くの人に経済的で清潔な生活を提供することができる貴重な成分だ。その利点を保ちつつ、アブラヤシを利用しない人工の代替案として注目に値する。

中でも、市場参入に最も近いと見込まれ注目されているのは、米ニューヨーク発のスタートアップC16 Bioscienceだ。Fast Companyの記事によると、C16 Bioscienceは、バイオリアクター(生体触媒を用いて生化学反応を行う装置)を用いて、パーム油と同じように機能する化学的な油を作る技術を開発している。ビールの醸造からヒントを得た発酵プロセスで、鉄のタンク内で酵母を育て、酵母の細胞で育つ油を採取する。もちろん、アブラヤシが必要とする広大な土地・栽培・抽出を要さない。ビル・ゲイツが立ち上げた投資機関から2,000万ドルの融資を受けたことにより、プロセスはスピードアップし、商品化の日も近いと言われている。

C16 Bioscienceの共同創始者でCEOのシャラ・ティックは、「パーム油業界は過去10年、サプライチェーンのトレーサビリティに取り組んできたが、実を結べてはいない」と述べたうえで、「代替の植物性油には費用がかかるうえに、それぞれ独自のサステナビリティに関する問題がある」と話す。彼らのゴールは、需要が高いパーム油の持つサステナビリティとサプライチェーンの課題をクリアにし、同等もしくは優れたパフォーマンスと価格競争性のある人工代替案を提供することだ。製造量は、熱帯雨林の破壊に大きく関与しているパーム油をすべて置き換えられる年間約300万トンをまずは目指し、年々増やすことも視野に入れている。商品化においては現実的な成功を見据えて慎重に、少量ずつ、しかしスピード感を持つことを重視している。具体的には、一般消費財や化粧品から参入する予定だ。

他にも、アブラヤシ由来のパーム油の代替となる人工パーム油開発は、今、世界中で進められている。

まとめ

日常的に利用している製品に、非常に幅広く利用されているパーム油。世界人口が増加し続ける中、多くの人の安価・安全・清潔な生活を可能にする、汎用性の高い植物油である。油そのものに問題はなく、むしろ非常に理にかなった油であり、需要が高まる一方であることが、この油の抱える問題だとも言える。

そしてこの問題は、気候危機・人権・生態系と、重要な社会課題にも大きく影響する。現行のパーム油産業がより透明性が高くサステナブルな運用に早急に変換していくことと、正しい代替案を選択し部分的にでも移行していく可能性を見出していくことが、今後の大きな宿題だ。

【参照サイト】Bill Gates just invested in this company that grows palm oil in a lab—not the rain forest(Fast Company)
【参照サイト】Indonesia’s Fire Outbreaks Producing More Daily Emissions than Entire US Economy(World Resources Institute)
【参照サイト】How the world got hooked on palm oil(The Guardian)
【参照サイト】パーム油 私たちの暮らしと熱帯林の破壊をつなぐもの(WWF)
【参照サイト】‘Sustainable palm oil’ may not be so sustainable after all(ABC)

FacebookTwitter