竹のお箸で、社員も地域も幸せにする。熊本の老舗企業「ヤマチク」の持続可能なものづくり

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私たちの食生活に欠かせない暮らしの道具、「お箸」。あなたは、毎日のように使っているそのお箸が、どんな素材からできているかを意識したことはあるだろうか。「箸」という漢字には竹冠がついているように、箸はもともと竹から作られていた。しかし、一般的に竹箸と聞くと100円均一ショップで売られているような安物の箸をイメージする人が多いのではないだろうか。実際に、日本国内の竹箸の生産量は年々減少しており、店頭で”国内産”と謳って販売されている箸の多くは輸入した間伐材から作られ、国内で塗装されているのが現状だ。

近年、加工の手間とコストを抑えるために、輸入した間伐材ばかりが箸の素材として使用されるようになり、竹そのものの価値が忘れ去られつつある。竹は古くから様々な製品に加工され、日本人の暮らしに欠かせない資源だったが、今となってはほとんど使われずに竹林が荒れてしまっているのだ。このように竹が身近な存在でなくなってしまったため、竹箸の価値が正しく認知されていないのである。

竹箸

竹箸

これらの課題を解決すべく、半世紀に渡って竹箸のみを製造しているのが、熊本にある老舗企業の株式会社ヤマチクだ。57年前に創業したヤマチクは、より多くの人々に竹の魅力を伝え、竹のお箸を使ってもらおうと、リブランディングを実施した。その陣頭指揮をとっているのが、ヤマチクの3代目として家業を営む専務の山崎彰悟さんだ。

山崎さんは、大阪の企業で培ったビジネススキルを活かし、効率的な製造管理や営業、採用活動を改善しつつ、4年程前から企業のリブランディングに着手している。今回IDEAS FOR GOOD編集部では山崎さんにヤマチクの取り組みについてお話を伺った。

サステナブルで機能性も抜群。竹箸の持つ魅力とは?

竹箸(食洗器対応)

ヤマチクの竹箸

輸入した間伐材を原材料に箸を製造しているメーカーが多いなか、ヤマチクは国内で採れた竹のみを使用して箸づくりに取り組んでいる。竹は育ちが早く、すぐに再生できるため、持続可能な素材であるのと同時に、国内産の材料を使用することで、海外からの輸送時に生じるカーボンフットプリントも削減できる。山崎さんは実際の竹箸を手に取り、竹の特徴を説明してくれた。

「竹は細く、しなるので強度があります。木で竹箸と同じくらいの細さに加工すると割れてしまい、同じくらいの強度にするには重くなってしまいます。しかも、竹箸は細さ故に口当たりがよく、食べ物の邪魔をしないため、お料理をより美味しく味わうことができます。」

竹箸を実際に手に取ってみると、木の箸と比べてかなり軽いことに驚く。力を入れずに食べ物を取りやすいので手が疲れない。機能性と品質を担保したヤマチクの竹箸は、竹ならではの素材を活かすことに注力しているのだという。

しなやかで持ちやすい、ヤマチクの竹箸

「竹の素材を活かした上で、使い心地を追求するお箸づくりがしたいと考えています。そして、こだわって作り上げた良いものを適正な価格で提供したいです。」

このような特筆すべき特徴がある竹箸だが、消費者と生産者との距離があるゆえに、自分たちの作る竹箸の魅力を正しく理解されずに市場に出てしまっていることに山崎さんはとても悔しい思いをしたという。その現状を変えるべく、山崎さんは手を打った。

リブランディングの第一歩は、社員を巻き込むこと

竹箸のおかれている状況を変えようと、山崎さんは、まず会社のリブランディングに着手した。ヤマチクで働く社員は2020年現在は26名。地元の高卒の方から60代まで年齢層は幅広く、女性が多い。どんなに素材や製造にこだわっていても、社員を巻き込まないことにはリブランディングをしても何も変わらないと山崎さんは説明する。

「まず、社員には消費者のいる現場に足を運んでもらいました。リブランディングの際にありがちなのは、都会の富裕層向けに作るといった風に架空の人物をターゲットにしてしまうケースです。我々は、妄想するのではなく、我々が作ったお箸が実際にどのようなお店で売られていて、どんな人が買ってくれているのかを自分たちの目で確かめることで、お客さんの顔が思い浮かぶようにしました。」

株式会社ヤマチク代表 山崎清登さん

株式会社ヤマチク専務 山崎彰悟さん

社員が現場に足を運ぶことで消費者の顔が見え、使い手の考えていることや気に掛けていることを意識した箸づくりができるようになり、ポジティブな変化が次々とあったのだという。

「大きく変わったことの一つとして、製品を作るときの主語に『お客様』が入るようになりました。今まで社員の多くは言われたことを淡々とこなして箸を製造していましたが、お客様を意識して取り組むようになり、皆の箸の製造に取り組むモチベーションが格段に上がりました。そして結果的に生産管理やクオリティまで自然と気にかけるようになり、品質が改善されたのです。」

どんな人が使ってくれるのかがわかると、その人の生活シーンが想像でき、消費者に寄り添った箸づくりができるようになる。自分たちで箸を作る意識が芽生え、業務に対する社員のモチベーションが上がることによって製品の改善案がたくさん出るようになるのだ。

「次第に、ここまで自由にやっていいのか、と思ったのか自主的にやりたいことや改善点を提案してくれる社員が増えました。女性社員が多いので、調理用にこういうのがあれば使いやすい、子供にはこういうのが使わせたいという生の意見が出てくるようになりましたね。」

このように社員が率先して自らのブランドを作ることによって、社員が自分自身でバイヤーに対してお箸を作った意図や売り場での売り方、接客の仕方などを教えられるようになり、結果として売上にも繋がるのだという。社長が考えたブランドを売るのではなく、社員一人一人に自らブランドを作っているという意識が根付くことで、全員が説得力をもって自分たちの作ったお箸を顧客に紹介できるのだ。

デザインは魅力を伝えるコミュニケーションツール

ヤマチクはリブランディングを通じて社員の意識を顧客志向へと変えるのと同時に、新たに自社ブランド “okaeri” の商品開発も行った。自社ブランドの開発においては、特にデザインに注力したという。

ヤマチクの新ブランドokaeri

ヤマチクの新ブランド “okaeri”

「リブランディングをしたとはいえ、何も新しいことはしていません。自分たちの技術には独自性があり、これまでやってきたことを整理し、言葉にして写真を付け加えてわかりやすく伝わるように工夫をしたのです。原点回帰し、ヤマチクのあり方を見つめ直し、ありのままの取り組みをわかりやすく伝わるようしただけです。」

古くから続くヤマチクの思いを込めた自社製品 “okaeri”には、原点回帰の意味も込めたネーミングにしたのだという。そして、クリエイターの力を借りながら、パッケージデザインにも工夫を施した。説明が必要なデザインはもはやデザインではない。そう語る山崎さんはデザインの重要性を深く理解している。

okaeriのパッケージ

あらゆる長さの箸にも対応するデザインの “okaeri” のパッケージ

「デザインとは、通訳と一緒で、思いを形にして伝えることなのです。僕がパッケージにこだわった理由は、お客様が商品に興味を示してもらうためのタッチポイントだからです。目を惹くデザインで興味を持ち、手にとってもらうためには、パッケージデザインは重要な役割を担っていると考えています。」

売り場に並べられたときに、コンマ数秒の世界でヤマチクの箸を消費者に選んでもらうためには、デザインがとても重要なのだ。また、デザインの効果はそれだけに留まらない。デザインを気に入って購入してくれたお客様は、その箸を長く使ってくれ、結果として持続可能な消費にもつながる。

愛着を持てるものが、サステナビリティに繋がる

製品をできる限り持続可能な形で使ってもらうには、機能性や品質も大切だが、それと同じくらいデザインも大切だと山崎さんは語る。

「持続可能な社会を作る上で使う人の気持ちも大切だと考えています。SDGsやサステナブルを意識した生活は我慢が必要なものになってはいけません。結局は、使いやすくて気に入ったデザインのものを人は長く使うのです。そのように愛着を持ったものは自然と大切に使うので持続可能になるのではないでしょうか。」

エコやサステナブルをワードとしてあげることも大切だが、いかに暮らしの中に自然と落とし込むかが大事。それが山崎さんの考えだ。

まち全体で竹箸を作る企業へ

地元の人々を積極的に雇い、地域に雇用を生み出しているのにも、山崎さんならではの思いがある。

「僕が幼い頃、地域や社員さんにとてもお世話になったので、その恩返ししたいです。社員とともに企業を成長させ、金銭的な余裕はもちろん、小さな町出身でも多くの選択肢が広がる手助けをしたいと考えています。」

山崎さん

山崎さんの恩返しの想いは社員に留まらない。竹を切る人の暮らしも支えたいと山崎さんは話す。

「ヤマチクの事業を通して、竹を切ってくれている人たちの仕事を増やし、竹林の循環を正しく作り直すことにも取り組みたいです。昔は春にタケノコを食べたり、育った竹からはカゴを作ったりと竹を使用する機会が多かったのですが、今となっては竹の需要がなくなり、山が荒れてしまっているのです。私たちは箸しか作れませんが、我々の活動が広まり、竹に注目する人が増え、竹を有効活用する一人でも増えた結果、竹林の循環も改善できればいいなと思っています。」

そんな地域からお世話になったという山崎さんの想いは、製品にもしっかりと現れている。都会に住む人に売れるような高価格帯の製品だけを作るのではなく、地域の人にも使われる、愛されるブランドを目指している。

「安いお箸が練習、高いお箸が本番ではないのです。ブランディングをして高い商品を作り、地域の方が買えないものを作ってしまっては、なんのためのブランディングになるのでしょうか。地域の人も喜んで使ってくれるような質と価格で箸を提供したいと考えています。」

誰のためのブランディングで、誰のための商品なのか。その原点を忘れずに取り組んでいるからこそ、ヤマチクのお箸は愛されるのだろう。山崎さんは、従業員とまち全体で箸を作っているような企業になりたいと熱く語ってくれた。

取材後記

取材を通じて、竹箸の製造から販売に関わる関係者全員の幸福を願う、山崎さんのまっすぐな想いが印象的だった。ヤマチクは、竹箸づくりを通じて竹という資源の価値を再認識してもらうだけでなく、地域の人々の生活にも貢献している。リブランディングではヤマチク創業の原点に戻り、ありのままの想いや取り組みを伝えるシンプルさが、生産者と消費者の距離を近づけることに繋がったのだ。実際に、ヤマチクの取り組みに興味を持った多くの企業や団体が話を聞きに会社に訪れるのだという。

山崎さんによると、箸を使う食文化は広くアジアに存在すれど、お父さんのお箸、お母さんのお箸というように、箸の一つ一つに持ち主を決めているのは、日本だけなのだという。同じ箸でもたった一つだけの固有名詞のように愛着を持って扱うのは、ものを大事にする日本ならではの独特の文化なのだ。箸のように日常的に使う製品だからこそ、どのような資源からできており、どのような人が作っているのかを意識して選び、お気に入りの箸をできるかぎり長く、大切に使いたいものだ。

山崎さん

【参照サイト】株式会社ヤマチク

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