新型コロナウイルスの影響で家に滞在する時間が増えた。オフィスに行かなくなった分、家での仕事環境を整えたり、都市部から地方移住に関心を持つ人が増えたりしたように、これをきっかけに「住まい」への考え方に変化があった人も多いだろう。ポストコロナの不安定な時代に住まいを工夫することが、私たちの心の健康につながるのではないだろうか。
「シェアすることで、よりライフスタイルが自由になる家づくり」を提案するのが、建築家の高橋良弘さんがデザインする「Isecho Nest」(333 architects設計)だ。オーナー住戸と賃貸住宅2戸で構成された賃貸併用住宅で、オーナー住戸の大半を時間によって誰もが使えるシェアスペースとして「ひらく」ことを試みており、そのユニークなデザインで2020年度のグッドデザイン賞を受賞した。
具体的には、公園に面した1階にコーヒースタンド、地下にシェアオフィス、2階にシェアリビングを配置している。日本の古い住宅の「縁側」や、玄関を開けておく風習など、本来持っていた“境界の曖昧さ”を建築内に取り込み、地域と住宅、相互の価値を高めることに加えて、「気持ちの良い空間を地域にお裾分けする」という生活の新しい楽しみ方を提案している。
自らがデザインした自宅で暮らす高橋良弘さんに、そんな「Isecho Nest」の価値と、「これからの暮らしのあり方」を聞いた。
住宅の半分をひらいて、ベーシックインカムを得る
「空間をシェアすることから生まれた価値」として、高橋さんはIsecho NESTのよさを3つの視点で語る。
1つ目に「住居費がゼロであること」。住居費は家計の多くを占め、特に都市部では賃料の負担が大きい。Isecho NESTでは賃貸併用住宅にすることで、住宅ローンの支払を賃貸部の家賃収入でまかない、住居費をゼロにしている。ミニマムライフコストを下げ、お金に縛られないライフスタイルを実現することができる。
2つ目は、「ワークスペースが家の中に複数あること」だ。コロナ禍でリモートワークとなり、オフィスに行かずに家で働く人々も増えた。Isecho NESTでは、気分によって働く場所を変えることができる。開放的で、家族の声が聞こえる場所で仕事がしたいときはシェアリビング、落ち着いて集中したいときは地下一階にあるシェアオフィス、公園の賑わいを感じながら仕事したいときは、1階のコーヒースタンド。自宅とオフィスの境界線が曖昧になる今、どれだけ自宅で快適に働けるかは、多くの人にとって重要なポイントとなるだろう。
「シェアオフィスには常に働いている大人がいるので、子どもたちにとっても、小さい頃から自宅に社会科見学の場所があるような感覚です。」
3つ目は、「空間が働き、収入を得ること」。自宅の一部をシェアオフィス、コーヒースタンド、シェアリビングとして、時間貸しを行うことがで、高橋さんはこれにより月額5万ほどの収益が見込めると話す。彼は自ら“ベーシックインカム”を生み出したわけだ。
「ベーシックインカムを複数確保し、仕事がなくなるリスクを抑えることができたことで、実はコロナ禍にもそれほど生活は変わりませんでした。」
個人的にシェアリングエコノミーに参画できる
Q. 地域にひらいた住宅により、周辺に住む人々との関係はどう変わりましたか?
1階のコーヒースタンドは、お店を出したい方向けに貸し出し、ビジネスの挑戦機会を与えられる場所でもあります。今は月に1回、日本茶ソムリエの方がカフェを開いています。ほかにも、子どもたちがPCと画材を広げて絵を描くお絵かき教室を行ったり、一緒に水遊びをしたりします。
家をひらくことで、拡張家族や親戚のような間柄の人が家にいてくれる安心感があります。地下一階に入居した友人に、自分が家にいない間にもワーキングスペースを利用する方へのシェアスペースの貸し出し業務をお願いして、その代わりにお礼として家で夕飯を作って振る舞ったこともあります。
住宅ローンを使っているので、比較的ローリスクでこの計画に挑戦できるんです。個人的にシェアリングエコノミーに参画できる感覚ですね。普通の分譲地でこの仕組みができているので、汎用性もあると思っています。ただ収入を得るだけではなく、収入を得ながらご近所づきあいを活発化させることができるんです。
アフターコロナの「これからの建築デザイン」
Q. コロナによって、これからの建築はどう変わっていくと思いますか?
コロナをきっかけに多くの人が、「窓を開けた方がいい」と、気づいたのではないでしょうか。今まで窓を閉め切ってクーラーに頼っていましたが、窓を開けることでオープンになり、地域との分断も少しずつ解かれていっています。
閉じた空間に魚を入れておくと喧嘩をしてしまうけど、大きな海にいると距離感を保つ。
この話を聞いたことがある方も多いと思いますが、人と建築の関係も同じようなことだと思います。建築の力は、人のライフスタイルを大きく変える力を持っているんです。コロナをきっかけに、多くの人が「住」に目を向け始めていますが、日本はもっと、衣食住の「住」を大切に、自由に考えてもいいと思うんです。住まいを考えることは、自分自身や家族の心の健康を考えることでもあります。
まずは自分自身を整え、大切にすることで社会を幸せにできる
Q. こうした自由なライフスタイルをデザインしようと思ったきっかけはなんですか?
人々が「ライフスタイルをもっと自由にしたい」と、人々が思ったとしても、現状では高価な住居費がネックになってしまいがちです。それをどうにかゼロにしたいと思ったんです。住宅費をゼロにすることで、仕事の選択肢や、時間の使い方も広がります。
用途が限定されていないゆるい空間が、街にひらかれていることが大事だと思うんです。日本の住宅って江戸時代にはそうした“ひらけた空間”が多くありましたよね。縁側や玄関を開けていたりとか。でも、今はほとんど中が見えない設計になっています。
北欧の方では、窓にカーテンがついていない家も多いので、街を歩いているだけで生活の様子が見えます。そうした「中の見えるオープンで自由な家を作りたい」と、思ったのがきっかけです。
Q. 今後、建築を通してどんな社会を目指したいですか?
まずは自分自身を整え、大切にすることで、周りを、社会を幸せにすることができると思っています。そうしたときに衣食住の影響は大きく、「住」を大切にすることで、そこに住む人のライフスタイルが整う。そうして周辺の人々とも豊かなつながりがうまれ、街にもいい循環が生まれます。
建築は「箱」づくりではなく、ライフスタイルを整えるための空間づくりだと思うんです。それを生かしたデザインを手掛けていきたいです。
編集後記
「ベーシックインカムがあったことで、コロナ禍にもそれほど生活は変わりませんでした。」という高橋さんの言葉が印象的だった。先の見えない中で、そうした安定した収入がある安心感が、心の健康につながるだけではなく、仕事を選ぶ上でも収入に囚われすぎない「好きな仕事を選ぶ」選択をできる人が増えるのではないだろうか。
また、家をひらくことで人とのつながりが増える。今回のコロナ禍で、シニア世代の約7割が外出自粛をきっかけに「社会との関わりが減った」と感じているという調査結果もあるが、外出自粛によるリモートワークが広がったことで、これまでと比べると人とのつながりが減ったという人は多いのではないだろうか。
そうしたときでも、地域とのつながりがあれば孤独を感じずに暮らすことができる。家をひらく人が地域に増えたら、昔のようなご近所付き合いも戻ってくるのではないだろうか。Isecho Nestを見て、そんなワクワクする豊かな世界を、想像した。
【参照サイト】【シニア世代におけるコロナ禍の外出・社会参加影響調査】シニア世代の約7割、外出頻度と共に社会との関わりが減少 「外出」と「社会参加」の減少がシニアの生活意欲低下を招く
【参照サイト】 内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」
【参照サイト】 333architects
【参照サイト】 MY NEST