ベトナムの大人気ピザ屋「Pizza 4P’s」のSustainability Managerである永田悠馬氏による、レストランのサステナブルなプロジェクトに焦点をあて、Pizza 4P’sがさらにサステナビリティを突き詰めていく「過程」を追っていくオリジナル記事シリーズ「Peace for Earth」。
前回は「ホエイの再利用」をテーマに、ホエイを使ったビール作りの経緯や、導入により見えてきた利点、今後の課題など、サステナブルアクションに取り組む企業のリアルな現場をシェアしてきた。
▶︎【Pizza 4P’s「Peace for Earth」#02】チーズから出る食品ロス「ホエイ」をビールに
第三回目である今回の「Peace for Earth」のテーマは、ケージフリーエッグに焦点を当てる。ここ数年で世界中の多くの食品企業が、鶏をケージ(檻)に入れない飼育方法である「ケージフリー」に急速にシフトし始めている。その動きは企業だけに留まらず、国や州レベルで従来型のケージ型飼育方法を禁止する動きも活発になっている。ベトナムでもケージフリーを実践する農家が少しずつ出てきたため、Pizza 4P’sも今年中にケージフリーエッグへ完全移行することを決定した。ベトナム国内でサステナブルアクションに取り組む企業のリアルな現場をシェアする。
ケージフリーエッグとは?
普段、スーパーで手に取る卵がどのように飼育されたか考えたことはあるだろうか?世界的にアニマルウェルフェア(動物福祉)の推進を行うNGOであるHumane Society Internationalによれば、世界の鶏のおよそ90%は狭いケージに入れられて飼育されていると報告されている。狭いケージの中で育てられた鶏はまともに動くこともできないため、鶏自体の健康を損なう原因にもなっている。足腰が弱り、病気にかかりやすくなるため、寿命も短くなりがちだ。
従来型のケージ型の飼育方法と比べて、ケージフリーは動物の福祉を大きく優先する。簡単に言えば、鶏が鶏らしくできるだけ自然に生きられる環境を整えてあげるということだ。具体的には、広いスペースが確保された平たい地面で鶏を育てる「平飼い」や、屋外で自由に走り回ることができる「放飼い」などだ。他にも、ちゃんと安心して卵を産めるスペースの確保、砂遊びできる場所の確保、止まり木や遊び場を作る、など鶏がよりよく生きられるための様々な要素がケージフリーの飼育方法では考慮されている。
なぜ世界中の飲食企業がケージフリーへの移行を宣言するのか?
現在、世界中で多くの企業が「ケージフリーエッグ」への切り替えを宣言している。アメリカの小売最大手のウォルマートは取り扱う全ての鶏卵を2025年までにケージフリーに移行すると宣言。外食チェーンでもマクドナルド、バーガーキング、サブウェイ、スターバックスなど各社がケージフリーへの段階的な移行へのコミットメントを発表。さらに、マリオット、ヒルトン、インターコンチネンタル、パークハイアットなどのホテル各社も次々にケージフリーへの移行を宣言している。
スイス、スウェーデン、フィンランド、ドイツなど、すでに国レベルで従来型のケージ型の飼育方法を法律で禁止している国もある。アメリカではまだ従来型の飼育方法が主流だが、カリフォルニアやミシガンなどの州ではすでに禁止になっている。他にも、ニュージーランドが2022年までに段階的に禁止にしていくと宣言している。
ケージフリーの卵が世界的に推進されている背景には、従来型のケージ型の飼育方法がアニマルウェルフェアの考え方に反していると考える消費者が増えているためである。こうした世界的なアニマルウェルフェアへの関心の高まりが、各国や企業をケージフリーへのシフトへと動かしていると言える。
Pizza 4P’sもケージフリーへ移行開始
一方、ベトナムではまだまだケージフリーの考え方が普及しているとは言えない状態だ。野菜や果物などでは「オーガニック」や「無農薬」などの言葉は広く普及しているが、まだ卵や食肉についての理解は欧米ほど広まっているとは言えない。
そんな中、ベトナム国内でも少しずつケージフリーの方法で鶏を育てて卵を販売する農場が出てきた。この機会に、Pizza 4P’sはまだまだ少数派のベトナム国内のケージフリーエッグ生産者と提携し、今年末までにPizza 4P’s全店舗で使用する卵をケージフリーに移行することを決定した。すでにホーチミンの店舗では使用し始めており、ハノイやダナンなどの他の地域の店舗でも順次切り替えていく予定だ。
Pizza 4P’sのメニューではカルボナーラパスタや自家製プリンなど、様々なメニューに卵が使用されている。今回、ケージフリーの卵を初めて取り扱ってみて初めてわかったことは、黄身の味が今までの卵よりもケージフリーの方が遥かに濃厚だったということだ。あまりにも濃厚な味だったので、それぞれのメニューのレシピを微修正する必要があったほどである。鶏が健康に育てられている分、それだけ卵の質も高まるということが実感できた。
鶏一羽あたり4平米を確保する農園
ケージフリーエッグの提携先農園の一つであるEveryday Organic社の農場を2020年9月に実際に訪問してきた。同社はベトナム南部のダックラック省に農地を持ち、無農薬で野菜や果物を栽培、そしてケージフリーの鶏を飼育している。卵はEUのオーガニック認証も取得済みだ。
この農園では、農場内で栽培している野菜を収穫する際に発生してしまう切れ端などを鶏にエサとして与えているという。無農薬の野菜なので鶏にとっても健康的であり、かつ農場の生ごみを削減することにも繋がっている。
鶏舎の中では鶏たちが自由に動き回っている様子を見ることができた。それぞれの鶏舎には、屋外に自由に出ることができる扉があり、鶏たちはそこから自由に外で散歩することができる。鶏舎の外のスペースにはフェンスこそあるものの、フェンスの内側には広大なスペースが確保されており、鶏たちは自由気ままに外を歩き回り、餌をついばんでいた。
農園のオーナーに話を聞くと、この農場ではそれぞれの鶏一羽あたり4平米ものスペースを与えるという基準で鶏舎やスペースを設計しているという。ベトナムでアニマルウェルフェアを普及していくという彼らの強い意思を感じることができた。
レストランとして、ケージフリーをどう普及させるのか?
しかし、課題がないわけではない。農園の担当者によると、通常のケージを使う飼育方法と比べると、ケージフリーはより時間がかかり、手間もかかるため、コストが上がりがちだという。ベトナムではまだ消費者のケージフリーに対する理解が少ないため、まだまだコストで比較されがちだ。Pizza 4P’sとしてケージフリーの卵を推進していくことでベトナム国内の消費者の理解を高め、ケージフリーエッグ生産者がきちんと事業を継続していけるようなマーケット作りを地道にサポートしていく必要があると感じている。
また、アニマルウェルフェア全体の視点で見ると、ベトナム国内では鶏卵以外の農園は現時点ではほとんど皆無だ。Pizza 4P’sで使用する牛肉、豚肉、鶏肉、ミルクなどもできるだけエシカルな方法で生産されたものを使用していきたいが、それはベトナム国内の生産者とのパートナーシップなくして達成できるものではない。
しかし一方で、ベトナムの農村地域へ行けば、犬が田舎道をのんびりと歩き、牛が道路の真ん中を堂々と歩き、家の庭先では鶏が餌をついばみながら歩き回っている光景を見ることができる。事業としてケージフリーを実践している農園はまだ少ないが、ある意味人々の生活の中では動物はケージフリーであることが普通になっているのだ。まだ広々とした土地が残っている途上国だからこそ、今後もしかしたらケージフリーが急速に広まっていく可能性もありうるかもしれない。
世界的に「ケージフリーエッグ」というより「エシカルな選択肢」が広まってきているのは事実だ。どこの国でも、より多くの人々がエシカルやサステナブルなものを選択できるような未来を作っていくためにも、「本当に良い食とは何なのか」を自問し続け、レストランとして、Pizza 4P’sとして、率先して業界をその方向へリードしていきたい。
筆者プロフィール:Pizza 4P’s Sustainability Manager 永田悠馬(ながた ゆうま)
1991年、神奈川生まれ。東京農業大学を卒業した後、カンボジアに渡航。2014年からカンボジアの有機農業や再エネ関連の仕事に携わったのち、2018年にベトナムへ移住。ケンブリッジ大学ビジネスサステナビリティ・マネジメントコース修了。現在はPizza 4P’sのサステナビリティ担当。著書に『カンボジア観光ガイドブック 知られざる魅力』。
【関連記事】 自分の幸せが、社会の幸せになる。ベトナムのピザ屋に学ぶサステナビリティの本質
【参照サイト】 Pizza 4P’s
Edited by Erika Tomiyama