「一週間に一回でいいから、電話でもいいから、話し相手になってほしい。」
とある高齢者の方が言った言葉である。日本の独居高齢者の数はおよそ700万人(※1)、高齢者の約12%の会話頻度が一週間に1回以下といわれている。高齢化が進む日本では、「高齢者の孤立」が課題とされてきたが、現在世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症はその状況をさらに悪化させている。重症化を懸念し、人と接触することを避けるため、家から出られない人が増えているからだ。
しかし、人との直接的なかかわりを減らすことで新型コロナ感染のリスクを回避することができたとしても、会話頻度が少なくなることにより他者とのかかわりが希薄になることは、他のさまざまなリスクを生み出す。例えば、認知症の悪化や発症、身体の弱体化など心身へのネガティブな影響だ。そんな「高齢者の孤立」という課題に向き合い、「つながり」をつくることで孤独を減らそうと取り組んでいる人たちがいる。――栃木県大田原で活動を行う、一般社団法人「えんがお」だ。
えんがおのビジョンは、「誰もが人とのつながりを感じられる社会」。地域の様々な人とともに高齢者の孤立化の予防と解消を目指して取り組んでいるが、ただ孤立をなくすだけでなく、高齢者を「地域のプレーヤー」にすること、「学生」にそのための一助となってもらうことを大切にしながら活動を行っている。今回はえんがおの代表・濱野将行さんに、取り組みの背景やかける想い、これからつくっていきたい理想のコミュニティついて伺うことができた。
「家で独りぼっちという状況が変わらなければ健康にはならないのではないか?」
多くの高齢者にとって、会話をする機会は減少している。調査によると、栃木県内で「会話頻度が一週間に一回以下」の高齢者が5000人以上、独居高齢者の男性の約35%が「困ったときに頼れる人がいない」状態だという(※2)。そんな「高齢者の孤立」という社会課題をビジネスとして解決していきたいと考え、一般社団法人を設立した濱野さん。どのような経緯で現在の活動を始めるに至ったのだろうか。
「転倒して骨折した高齢者がリハビリをして自宅に戻った後、家から出ることが少なくなったことが原因で体が弱り、再度骨折して施設へ逆戻り。外出することが少なくなり今度は認知症になって施設に帰る――作業療法士として高齢者施設で働く中で、そのような人たちを多く目の当たりにしたとき、『まず“家で独りぼっち”という状況が変わらなければ健康にはならないのではないか?』と感じました。」
「また、一週間に一回も人と会っていないというおばあちゃんがいて、週に一回、電話でもいいから、話し相手になってほしいといわれたことがあります。そのとき、高齢者の孤立はかなり深刻な課題だと感じました。高齢者を支える国の制度はあるのですが、制度の向こう側で孤立している人がいたんです。それをどうにかしたいと思いました。」
ボランティアではなくビジネスじゃないと出来ない“支援”
そんな濱野さんの想いからはじまった「えんがお」。活動の一つである高齢者向けの生活支援サービスでは、電球交換や草刈りなど、高齢者の“ちょっとした困りごと”に対応する、いわゆる便利屋事業のようなことをしているそうだ。
「あるとき、高齢者の中に、寒くても自分で布団を出すことができず寒いままで過ごしていた人、電球を交換できず暗いまま過ごす人や、洗剤の箱の蓋を自力で空けることができず長い間水洗いをしていた人などがいることに気付きました。小さな困りごとのようですが、それが生活の中で積み重なると、生きづらさを感じることもあり、それが最終的に『死んでしまいたい』という感情につながることさえあります。」
えんがおは、そんな“ちょっとした困りごと”に対し、「電球交換一回○○円」。といったように、有料での支援を行っている。ボランティアではなく、お金をもらって支援をする背景には、高齢者の方たちの“リアルな声”があったそう。
「最初はボランティアでやろうかと考えていましたが、無料だと後日何かお返しをしないといけないと考えたり、同じような理由から、近所の人にも頼みづらかったりするという声を耳にしました。ボランティアよりも決まった値段であったほうがお願いしやすいということで、お金を頂いて生活支援をするようになりました。ちゃんとお金を払ってサービスを受けることは、同時に社会参加にもつながっていると感じています。」
「あとは、支援を行う際に『いかにフラットな関係性をつくれるか』も意識しています。接している相手の性格はさまざまで、自分が若者に何かを教えたいという人がいれば、こちらが孫のように接すると喜んでくれる人などもいます。一人一人のタイプに応じた接し方をして、できるだけフラットな関係性を持つことで、弱みや困りごとを打ち明けてもらえる雰囲気をつくるように心掛けています。そういった個別のケースはスタッフ間で情報共有しながら接し方を考えています。」
会話が“薬”。若者と高齢者が世代を超えてつながる場所
そんなえんがおの生活支援には、さまざまなこだわりがある。その一つが、生活支援の場に学生を連れていくということ。
「学生の中でも特に、不登校の人や自分に自信が持てない人、活動したいけど何をすればいいか分からない人や家庭に居場所がない人と一緒に支援の現場へ行き、私たちが生活支援をしている間におじいちゃん、おばあちゃんの話し相手になってもらっています。」
その中でも意識しているのが、「互いにつながっている感覚が得られること」と「頼れる人がいる」という安心感をつくることだという。
「おじいちゃんおばあちゃんにとっては、若い子が来ること自体が既に嬉しいことであり、さらに話を聞いてもらえるという嬉しさがあります。また高齢者だけでなく、多くの若者にとっても『つながり』が感じられにくくなっている今、人生の大先輩に悩みを相談することは、学生たちが『つながり』を感じられる機会でもあります。学生たちはおばあちゃんにコイバナをしたり、おじいちゃんに悩みを聞いてもらったりしています。」
若者と高齢者の多世代間での交流に加えて、えんがおが大切しているのが、高齢者の方たちが「いかに地域の中で活きるプレーヤーになるか」ということ。ただ支援を受けて「助けられる」だけでなく、自らが何かを与える「助ける」人にもなってほしいという。
「支援する側とされる側という関係性が面白くないと思うんです。知識もあるし技術もある人たちがたくさんいる。そういった人たちのスキルが十分に発揮されるような関わり方を意識しています。例えば、掃除が苦手だけど料理が得意なおばあちゃんの家を掃除する代わりに、おばあちゃんには地域のイベントで料理を担当してもらうなど、その人の得意なことで地域の中のプレーヤーになってもらいたいです。」
「仕方がないなあ」と嬉しそうに言うおばあちゃん
助けられるし、助ける。そんな「win-win」の関係性が生み出せるように活動を行ってきたえんがお。実際に“地域のプレーヤー”になった人にはどういった人がいたのだろうか。
「もともとラーメン屋を営んでいた80代のおばあちゃんがいました。自宅の枝が切れないから切ってほしいということだったので、お手伝いに行きました。その後、そのおばあちゃんが掃除が得意だと分かったので、今では毎週地域の交流スペースであるサロンの掃除や、飼っている犬の散歩当番も引き受けてもらっています。『仕方がないなあ』と言いながらも、おばあちゃんの表情はすごく嬉しそうなんです。周りの人からは、『なんであのおばあちゃんあんなに元気になったの?』と言われるほどに変化しました。」
また、かつて家の電球交換ができずに困っていたおばあちゃんには、時給制で草むしりをしてもらうようになったという。最初はお金はいらないと言っていたが、最近は「孫にお小遣いをあげられる」と喜んでいるそう。まさに、一人ひとりが持つ「得意なコト」が武器となり、ただ「支援される人」ではなく誰かの、そして地域の中で活きていることが感じられる。
リスクの中で、選択肢を提供し続ける
そんな生活支援に加えて事業の根幹となっているのが、世代間交流事業(サロン)だ。緊急事態宣言明けも、他の団体が運営する全国各地のサロンの多くは閉じたままだったが、その結果、認知症の症状が悪化する人や引きこもりの人が増加したという。そんな中えんがおは、きちんと対策をしたうえで早い段階からサロンを空けていた。その背景には、サロンに行くか行かないか選ぶことができる「選択肢を用意したい」という強い想いがあったそうだ。
「そもそもサロンに来ることでインフルエンザにかかるリスクもあるし、来る途中で交通事故に遭うリスクもある。転ぶリスクやのどに食べ物を詰まらせるリスクもあります。それらすべてのリスクと、日中一人ぼっちでいることを天秤にかけたときに、誰かと一緒に居るほうが良いから来ると思うんです。その点を説明をしたうえで、一人ひとりに選択をしてもらうようにしています。そもそもつながりが希薄な人たちは選択肢がなくて苦しんでいたところもあると思うので、そういう選択肢をつくることも役割だと感じています。」
「利用してくださっている高齢者の方たちの中には、『来年があるかどうか分からない』『今が良ければ良い』という人もいます。その一方で、長生きしたいので、コロナ前のように頻繁にサロンに来ることを躊躇される人もいます。考え方は皆さんそれぞれですが、コロナ禍の社会では、高齢者は人との接触を避けるべき、特に若者との接触が危険という空気が蔓延っています。サロンの活動は、人とのつながりをつくるために始めたことなのに、なるべく人との接触は控え、つながらない方が良いとされているのが現状です。」
来る頻度を減らす人は減らしたらいい、来る人はマスクをつけたうえできたらいい。コロナの有無にかかわらず、本人がリスクを考えたうえでやりたいことを選択していく――本来サロンとはそういう場所だったと、濱野さんは気付いた。だからこそ絶対にサービスをやめる、やるということは決めていないという。
「コロナ禍になって改めて感じたことが、人とのつながりは重要だなということ。そしてつながりがないとしんどいということです。一時期は『コロナにさえならなければいい』といった空気があり、今もそのように考えている人もいると思います。それが正しい、正しくないということではありません。ただ、私たちは日々あらゆるリスクの中で生きており、コロナもその一つ。すべてのリスクを排除しようとしたらきりがなくなります。コロナを通して、そもそもリスクというものが存在していたことを再認識し、リスクありきで考えていける団体でありたいという気持ちが強まりました。」
その場にいる人みんなが「楽しい」を感じるかどうか
学生サポーター20人、たまに訪れる人は年間1000人ほど。県外から訪れる人もおり、高校生と大学生が半々、ゼミの提携のほか、SNSなどで見て声をかけてもらう場合もあるという。参加した学生のリピート率は90%。「また参加したい」と思ってもらう活動であるために、どのようなことを心がけているのだろうか。
「まずは、運営側が楽しんでいるかどうか。課題意識だけで走るのは難しいと思っていて、例えばおばあちゃんとの会話が楽しい、おばあちゃんちで昼寝するといったような『楽しい、楽しそうなこと』だから共感して人は集まるのだと思います。」
そんな、「楽しい」という空気感を大事にすることに加えて意識しているのが、「学生の変化を言語化して手渡す」ことだそう。
「今の学生は、自己肯定感の低さが目立ち、自分は変われないという考えがベースにある気がしています。だけど、例えば2回話すだけで目を見て話せるようになったり、不登校の学生が話せるようになったり、これまで反応がなかった人がうなずくようになったり……みんな成長をしています。ただ、その変化に自分で気付かないから自己肯定感が上がらないだけだと思うので、そこに気付いてもらうために変化や成長を言語化して伝え、『自分は変われるんだ』という実感を持ってもらえるように努めています。」
分断をなくす。多様な人たちが交われるコミュニティづくり
高齢者だけでなく、若者同士、若者と周囲の人々のつながりも希薄だと言われる現代社会。新型コロナ感染者への差別や偏見、オフラインとオンラインなどデジタルが生み出す格差。そんな分断の時代に、生活支援やサロンなどを通じて人との会話、つながりを生み出し、地域のつながりを強くしているえんがおの“ミライ”について、濱野さんにお伺いした。
「今、新規事業を考えています。障がい者向けのグループホームのほか、徒歩30秒圏内にある4つの空き家を活用し、地域居酒屋や地域サロン、宿泊場所、学生向けのシェアハウスなどをやりたいと思っています。風通しを良くしつつも、一つの小さなコミュニティで完結するモデルが重要だなと思っています。同じ景色を見ている人たちが集まってみんなでサポートし合えるような場を作りたいです。」
「“若者”、“子ども”、“高齢者”、“パパママ”、“障がい者”というように、分断してしまうから出来ないことがそのままになってしまうと思っています。例えばママさんが一息つけるように、地域のおばあちゃん、おじいちゃんが子どもたちを見ていられるような託児施設も考えています。また、高齢者施設の中には駄菓子屋さんがあるところなども増えてきているのですが、世代の違う人たちがもっと気軽に日常の中で関われるコミュニティがあれば楽しい社会になっていくと思うんです。」
今ある社会課題はすべて人とのつながりが希薄だから起こる
最後に、濱野さんにこれからの理想の社会についてお伺いした。
「今ある社会課題はすべて人とのつながりが希薄だから起こると思います。例えば、子どもへの虐待の問題は、お母さんだけで大変なときに、助けてあげられる人が周りに居て、ちょっと話だけでも聞いてもらえたらそれだけで状況は変わるのかもしれません。また、テレビで流れるような殺傷事件も同様で、罪を犯してしまった人の周りに、たった一人でも理解者がいれば、事件は起きなかったかもしれません。」
「ある問題を家庭の中だけで解消させることは難しい。だからこそ分断ではなく互いにサポートし合えるような関係性が大事だと思います。昔は当たり前だったのかもしれませんが、子育てが苦手な親御さんが困っているときに助け舟を出せる、お互いを助けられるような社会になれば、今“社会課題”とされている色々なことが解決していくと思います。そんなつながりあるコミュニティが、地域密着型でさまざまな場所でできれるといいなと思います。まずは、街中で出来そうな人には会釈をすることから始めてみてください。会釈を10回すれば、次は声に出して『おはよう』と言いやすくなるはずです。」
取材後記
今、コロナ禍で多くのイベントなどがオンラインを通じて行われるようになった。ビデオチャットツールを使ってオンライン飲み会を楽しむ人も増えてきただろう。意外と実際に会うことができなくても「つながり」を感じることができている人もいるかもしれない。しかし、その「便利」なつながりの機会に届かない人もいる。本記事の中心となった高齢者の多くがそうだ。皆がデジタル機器を持っているわけでもなければ、ビデオ通話の機能を使いこなせるわけではない。対面で会うことができなければ、孤立してしまう……そんなリスクがあるのだ。
印象に残ったのが、最後に濱野さんがおっしゃった「すべての社会課題はつながりが希薄だから起こる」という言葉。その一言に強く共感した。記事中でも繰り返されていた「支え合い」と「つながり」があり、ちょっとした困りごとを誰かにお願いできる社会になれば、今ある「問題」の多くは問題でなくなるのかもしれない。
「えんがわ」でおじいちゃんおばあちゃんが話していた風景。そこには漬物を届けたり、犬をかわいがったりする顔の見える「円」の関係、そして「笑顔」がある。そんな名前の由来を持つ「えんがお」は、文字通り、目の前の人を大切に互いに支え合い、笑い合える、そんな場を作っているように感じられた。
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本記事は、ハチドリ電力とIDEAS FOR GOOD の共同企画「Switch for Good」の連載記事となります。記事を読んでえんがおの活動に共感した方は、ハチドリ電力を通じて毎月電気代の1%をえんがおに寄付することができるようになります。あなたの部屋のスイッチを、社会をもっとよくするための寄付ボタンに変えてみませんか?
※1 内閣府 平成30年版高齢社会白書(全体版)より
※2 内閣府 平成29年版高齢社会白書より
【関連サイト】一般社団法人 えんがお