手書きの看板やメニュー、ぬくもりが感じられる木製の椅子やテーブル、それから空や森、太陽などの自然を連想させるカラフルなペイント。これらは、手作業で丁寧に作られたことが伝わってくる店内のさまざまな装飾だ。その中でも特に目を引くのが、手書きの看板とメニュー表。そこに書かれた漢字や英単語のところどころに「誤字やスペルミス」があるが、特に修正されることなく、そのまま使われている。思わず笑みがこぼれてくるような、温かい気持ちになる。
そんな、「ミス」を「ミス」でなくすような、“無造作な心地よさ”が感じられる場所が、千葉県船橋市三咲にある福祉レストラン『らんどね空と海』(以下、らんどね)だ。若者から高齢者まで、障がい者と言われる人たちからそうでない人まで、多様な人たちがスタッフとして働くレストランである。業務の担当も、調理から出来上がった料理を運ぶホールまでそれぞれで、一人ひとりが「好き」や「得意」を活かしながら働いている。
「利用者さんが書いたモノを、たとえ間違っていたとしても修正をせずにそのまま使っています。」店内の内装について、そう嬉しそうに話すのは、らんどねのシェフである藤田承紀さん。シェフという肩書きを持ちながら、菜園料理家としてメニュー開発や立ち上げに関わるほか、『ラニーズベジー』というユニットメンバーとしても活動。モノづくりのワークショップの開催や、お弁当箱や水筒などポジティブに環境問題に取り組めるグッズ販売なども行っている。
シェフ・料理家・環境活動家と大きく3本の軸で幅広く活動を行いながら、「福祉の可能性」を探っている藤田さん。今回は、ご自身の「福祉」や「食」に対する考え方や生き方などをお伺いすることができた。
きっかけは糸。御縁から始まったレストラン
もともとダンスをやっていた藤田さんは、振付師やレッスン講師としての仕事をしていた。しかし、「これからダンスの道で頑張っていくぞ」というときにけがをして踊れなくなった。頭が真っ白になったとき、何か感動するものに出会いたいと思い、たまたま訪れたイタリアで食に出会ったという。それから日本に帰国して食に関する仕事を始めると、再びダンスを始められるまでに回復。けががきっかけで食の大切さを実感し、シェフになることを志したそうだ。そんな藤田さんは、どのような経緯でらんどねのシェフとなるに至ったのだろうか。
「イタリアから帰国し、『自然農』ができる畑を探していました。自然農は、鎌で草を刈って被せるだけで道具がいらず、耕さないので虫も殺さない方法です。そんな場所を探しているときに、たまたま地元のすぐ近くで見つけたのが、野菜だけでなく和綿(※1)も育てている畑です。それからは、そこで和綿の栽培や糸つむぎの講師もしながら糸を作っていました。」
「そのときに、近くで織をやっている人がいると聞いて教わりにいったところが、らんどねの隣の建物です。26年ほどつづいている、障がいがある方たちのための作業場で、もともと紙漉きからスタートして、今では織や草木染もやっています。そこにレストランがほしいということで、運営する社会福祉法人地蔵会からお声がけいただき、立ち上げから関わることになりました。」
※1 絶滅危惧種的とも言われる和綿は、短くて弱いが湿気を吸うので日本の気候に合う。しかし、生産方法はすべて手織りと手間がかかるので現在ではかなりその数は減少している。
涙して食べてくれる人たちのための場所
そんな、糸から始まった御縁ではあるが、元々自身が耳に障がいを持っていることもあり、福祉に関わりたいと考えていたという藤田さん。しかし他にも、らんどねのシェフになるきっかけとなったことがいくつかあったそうで、その一つが、「福祉の現状」だという。
「僕が見てきた福祉施設の中には、作業やトレーニングの延長で出来た手づくりのモノを販売している所も多くありました。それを責めるわけでは決してありません。ですが、お金をいただく以上はクオリティを維持しなければ、買う側も売る側も不幸になると思っています。個人的に、福祉施設は本当に大きな可能性を秘めていると思っているので『福祉施設の活かし方』を探りたいと思いました。」
さらにもう一つ、藤田さんを後押ししたのが、レストランが建つまで、月に一回行っていたランチ会での経験だそう。林の中でカセットコンロを使って調理し、利用者さんたちに振舞っていたとき、「美味しい美味しい。」と涙を流して食べてくれた。そんな光景を見たことがきっかけだという。
「最近よく言われる“映え”などで話題となっているお店や都会の有名店などでは、訪れた人は写真を撮ることやSNSでシェアすることに目が向いている人が多い気がします。しかし、ここで利用者さんに振舞うとき、みんな料理の完成をずっと待っていて、出来上がった瞬間にすごいスピードで食べてくれます。そして食べ終わったらすぐにおかわりに並ぶ。その様子を見たとき、僕は、これこそ料理人として幸せなことだと感じました。それと同時に、ここでこの人たちとレストランをやりたいと強く思いました。本当に料理人としてありがたい経験でしたね。」
バッドを避けるのではなく、グッドを取り入れる
そんな藤田さんに次に伺ったのが、「食」について。らんどねで提供されている料理は野菜を中心としたイタリアンだが、藤田さんは「食」についてどのように考え、向き合っているのだろうか。
「けがをしたのも治ったのも食がきっかけだったので、口に入るモノは結構気になってしまっていました。添加物が多いな、などとネガティブな思考になることも多かったのですが、『何をとっちゃだめ』と、ダメなモノを勉強するときりがないんですよね。それが自分には合わないなと思って、今度は『何を食べるといい』というポジティブな考え方にシフトしていくようになりました。」
「バッドを避けるのではなく、グッドを取り入れるようになった」と話す藤田さん。自ら野菜を育てれば、それが良いモノか悪いモノかは別にして、少なくとも育てた過程は分かるので安心できるということで、野菜の栽培を始めたそうだ。加えて、大切にしているのが「自分の体の声を聞くこと」だという。
「グルテンフリーというと、小麦を使ったものは全部食べられないってなるんですけど、例えばパンの中でも、短時間熟成だと体に合わないけれど長時間熟成だと大丈夫、輸入小麦は合わないけれど国産小麦だと大丈夫、というようなこともあります。小麦の中でも、どういうパンで、どこでどのようにつくられているのかが大事だと思っていて、ちょっとした体の変化や違和感を大事にしています。『良い』と言われていてもそうでないこともあるし、逆もしかりだと思うんです。」
単純に「美味しい」と思ったものを選ぶ
そんな「自分の体の声を聞くこと」が大事になってくるのは、もちろん小麦だけではない。メニューのほとんどに多くの野菜が使われているため、「ベジタリアン」や「ヴィーガン」を意識しているのかと思いきや、肉料理もあるようだ。そこで、藤田さんが「肉を食べること」についてどのような考えを持っているのか、お伺いしてみた。
「僕は、『つくる人』で食べるもの、食べるかどうかを選ぶことが多いです。例えば、本当に仕事に誇りを持ち、自分と周りの人を大事にしている人は、人や環境に負荷をかけることはしないと思うんです。そういった人の中には、『環境破壊をしてでも、とりあえず肉をたくさん生産しよう』という人は少ないのではないでしょうか。」
「この店で出させてもらっているジビーフのお肉は、広大で自然豊かな土地で育てられています。しかしそこに住んでいる人の数はたった二人だけ。とてつもなく広い大地で牛を育てているその二人がいるからこそ、そこの豊かな自然は守られていると言えます。食用肉をつくる過程で、特に牛は多量の温室効果ガスを排出するため、お肉を食べることが環境破壊につながると言われています。それは一つの事実かもしれませんが、同時に必ずしも『野菜=善』『肉=悪』ではなく、時と場合によると思っています。『野菜・グルテンフリー=良い』、『肉・小麦=悪い』という風に短絡的に考えることはできないのではないでしょうか。」
そんな藤田さんが今お店で出している野菜は、信頼している八百屋さんと地元の農家さんから仕入れたもの。「自分がいいな」と思ってチョイスした結果、ほとんどが無肥料・無農薬、固定種のモノだったそう。単純に野菜が美味しいというのも、店で野菜をメインで出している理由でもあり、オーガニックを特に意識している訳ではないという。
「自分も育てていたので分かりますが、農薬を使わずに野菜を育てるのって本当に大変で、難しい。自分だけが食べるために少量を生産するならまだしも、そこに生活がかかっていたらもっと大変だと思います。自然災害に左右されますし、天候など自然の摂理によってダメになったとき、やるせなさも大きいと思います。野菜を育てるのは本当に大変だと知っているからこそ、無農薬を理由に選ぶわけではなく、生産者さんによって丁寧に作られた美味しいものを選んでいます。」
味がすべてではない。美味しく食べてもらうための環境づくりが大事
食選びにおいて、「信頼できる人から仕入れること」を大事にしている藤田さんだが、食以外でもより良いレストランづくりのために大切にしていることがある。
「雰囲気づくりです。人が美味しいと感じるとき、味覚の要素は5%だけで、実際は食べる前から決まっていると言われています。美味しそうという見た目やにおいの感覚、誰とどこで食べるかなどが美味しいと感じる大部分を占めているほか、サービスがいいことも大事です。美味しく楽しく食べてもらうための環境を整えることも大切にしています。」
「実際、切り口がきれいとか、美味しそうな見た目の料理は美味しく調理されているものなのですが、味がすべてではないと思っています。例えば、コロナ禍でレストランの店内が混雑していたら不安で食事どころではないお客さんもいると思います。快適に過ごしてもらうために少人数制にするなどの配慮も、安心して美味しく食事してもらうために必要なことかもしれません。」
店内の約8割が手づくり
まさにらんどねは、その「快適な環境づくり」を実践している場だ。味だけでなく、美味しさを倍増させてくれるような温かい空気溢れる店内。その内装の多くが手作りの自然素材で、人工物はなるべく見せないように工夫しているそう。
「ここにあるものの8割くらいは手作りです。テーブル、イス、クッションカバー、ランチョンマット、制服など。壊れたものをわざと美しくする、日本に昔からある伝統技術でもあり、今では“アップサイクル”とも言われる金継ぎもしています。金継ぎといっても、新漆(漆のように使えて水にも強く、人体にも影響がない樹脂)を使った、短時間で直せる“なんちゃって金継ぎ”です。まだ慣れていないスタッフも多く、かけたり割れたりすることが多いのですが、簡単に金継ぎができることが分かったので割れても前よりショックは受けなくなりました。」
「あとは、常に店内に緑を絶やさないことも意識していることです。フェイクではなく、この近くで育てられた草花を中心に飾っていて、なるべく店内に人工物を置かない、見せないことも心掛けています。植物の鉢もコーヒー袋で包んだり、カーテンも和紙でつくったりしています。」
常にフラットでいることと、好きなコトにフォーカスすること
らんどねが、温かい雰囲気で包まれている理由の一つに、自然溢れる店内の内装があるが、それだけが理由ではないだろう。障がいがある、ないにかかわらず、みんなが同じ空間で同じように働いている、そこで働く利用者さんやほかのスタッフの方の存在も、居心地の良い空間をつくっている一因だと感じられる。そんな、「各々がスキルや個性を活かしながら、自然体で働くことができる」環境をつくるため、意識していることがあるか尋ねてみると、返ってきたのは意外な答えだった。
「意識していることは特にありません。先入観ってあるじゃないですか。この人にはこう、あの人にはこう、といったように分けてしまうと、結局その人自身の良いところや悪いところが見えてこないと思っています。なので、あまり『子どもだから』とか『障がい者だから』というようには考えていなくて、しいて言えば『考えない』ことを意識しています。どの人に対しても同じようにお願いするし、やってみたいかを聞くし、常にフラットでいられるよう心掛けています。」
「ただひとつだけ決めていることは、苦手なことを聞かず、得意なことだけを聞くということです。『あなたはどんな障害がありますか?』なんて聞かないじゃないですか。それよりも『何が好き?』とか『何が得意?』とか聞いた方が、話してても楽しいし、ポジティブに取り組める。なので決めているのは、フラットに接することと、得意なことを聞くということだけですね。あとは、例えばキッチンで調理していると気付いたら横に居たので、『揚げ物やりたいの?』と聞くと無言でうなずく子もいました。みんな素直にやりたいことを表現してくれるので、そういう風に表現してくれた本人の意思は尊重するようにしています。」
いつ来ても歓迎してくれるし、いつ帰っても気持ちよく見送ってくれる場所
そんな、一人ひとりの意思を尊重してみんなが輝ける場をつくり出している藤田さんに、これまでで印象に残っていることをお伺いした。
「印象に残っていることは、ささいなことかもしれないんですけど、スタッフみんながいつ来ても歓迎してくれるし、いつ帰っても気持ちよく見送ってくれること。これまで仕事をしてきた場所の中には、遅い時間に行ったり早く帰ったりすると『遅いね』とか『もう帰るの?』といった空気になる所も少なくありませんでした。ここでは、それが全くないです。」
「いつ来ても、スタッフも利用者さんも笑顔で、『藤田さん好きだよ、今日もかっこいいね』と言ってくれて、帰るときも『また来てね』と言ってくれます。それだけで嬉しくて。ここの好きなところは、誰もが優しくて、人を責めないところですね。」
「障がい者」というくくりよりも「違い」を楽しんでほしい。
最後に、藤田さんにとって「らんどね」はどういう場所なのか聞いてみた。
「自分自身も含め、大事な人にいつ何が起こってどうなるかなんて、誰にも分かりません。苦しいときや困ったときに周りに助けてくれる人がいて、お互いに助け合えるような社会。これが僕が福祉を通して実現したい社会です。ここには、若い人は15歳くらいの実習生から70歳過ぎの人までいて、老若男女、また障がいの有無にかかわらず多様な人たちがいます。」
「ここは、人と人の『助け合い』が目に見える、一つのコミュニティのような場所なんです。らんどねに来る人には、そんなことを感じてほしいですね。フラットな場所だなっていうことと、こんな世の中になってほしいという想いが伝われば嬉しいです。あと、単純に楽しんでもらいたいので、『障がい者』というくくりではなく『違い』を楽しんでほしいです。ここまで読んでくださってありがとうございました。」
取材後記
藤田さんが、取材中に何度も繰り返していた「ここでは」という言葉。もちろん「ここ」とは、らんどねを指しているのだが、そこには様々な意味が込められているようだ。
「僕は目の前のことを大事にしたいので、『ここは』と言うようにしています。」
「日本では」「海外では」とか、「障がい者だから」「健常者だから」という風にラベルを貼ってしまうことで、自分の目の前の人、目の前のことが見えにくくなってしまう。同様に、例えば「ヴィーガン」「サステナブル」「ボランティア」といった「聞こえがいい」言葉もなるべく使わず、もっと具体的で、誰にでも分かるような言葉で伝えているそう。スタッフや家族、生産者など周りの人たち一人ひとりと愛情を持って接する藤田さんの考えの根本だ。
そんな藤田さんに、これまでの活動の中で大変だったことを尋ねるとこんな答えが返ってきた。
「大変なことは、ないですね。毎日好きなことをやらせてもらっているので。逆に好きなこと、明確な定規が見つかるまではすべてが大変で、自分がやりたいことが分からず、モヤモヤしていました。必要なことをやりたいんだけど、それが分からない。無駄なことはないと分かっていても、無駄じゃないことをやりたいんじゃなくて、どこに向かって走って良いか分からない時期が一番大変なんですよね。でも今は何をしていても前に進んでいる実感、自分がこれを選んだという自信があるので、別に大変だと思うことがないです。今出来ることをやり続ける中でたどり着いた先がここです。」
もちろん、大きな目標を持って生きることは大切なこと。しかし同時に、「目の前の、今やるべきことをコツコツやる」ことで見えてくることもあるのかもしれない。少し先のことに目を向けることも多いが、私たちも遠くばかりを見すぎず、「今この瞬間」を大切に楽しんで生きていきたい。
※らんどねはこの情勢を踏まえ、さらなる良い形として続ける為、2021年1月より準備期間としてしばらく休業する事となった。今後の詳細はこちらのページより。