ベトナムの大人気ピザ屋「Pizza 4P’s」のSustainability Managerである永田悠馬氏による、レストランのサステナブルなプロジェクトに焦点をあて、Pizza 4P’sがさらにサステナビリティを突き詰めていく「過程」を追っていくオリジナル記事シリーズ「Peace for Earth」。
前回は「サステナビリティ推進の舞台裏」をテーマに、Pizza 4P’sが今までの実際の取り組みを例に、企業がサステナビリティを推進する上で見えてきた課題や、他部署との衝突、意思決定の難しさなど、サステナブルアクションに取り組む企業のリアルな現場をシェアしてきた。
▶︎【Pizza 4P’s「Peace for Earth」#04】サステナビリティ推進の舞台裏。赤字アイデアの許可が社内でとれた理由
第五回目である今回の「Peace for Earth」のテーマは、ナチュラルワインだ。ワイン作りの過程にて、農薬、培養酵母、酸化防止剤といった人工的な要素を可能な限り排除し、葡萄本来の力を引き出して丁寧に醸造されるナチュラルワイン。近年、そのナチュラルワインの優しい味わいを好む愛好家が世界中に増え、ワイン業界にて市民権を獲得しつつある。Pizza 4P’sでもナチュラルワインをお店で提供することを決め、一年がかりでようやくベトナム初となるナチュラルワインの商業輸入を果たした。ベトナム国内でサステナブルアクションに取り組む企業のリアルな現場をシェアする。
身体にも、地球にも、優しいワイン
ワイン作りは「栽培」と「醸造」という2つのプロセスを経て作られるが、ナチュラルワインとは葡萄の栽培からワインの醸造まで、可能な限り人工的なものを入れないようにして作られたワインだ。
実はナチュラルワインに厳密な定義はないのだが、一般的に、ワインの原料となるブドウの栽培からワインの醸造まで、可能な限り人工的なものを入れないようにして作られたワインを「ナチュラルワイン」と呼ぶ。ナチュラルワインは、よくオーガニックワインと混同されがちである。オーガニックワインは、葡萄の栽培過程における有機農法の実践を重視しており、その後の醸造プロセスに関しては厳密な基準を持たない。一方、ナチュラルワインは厳密な基準や認証こそないが、有機栽培を実践し、自然環境のバランスを壊さないような葡萄栽培を追求する姿勢が特徴と言える。葡萄収穫後の醸造プロセスにおいても、一般的に使われる培養酵母を使用するのではなく、葡萄自体に付着している天然(土着)の酵母によって自然な発酵をさせる。
輸出向けに大量生産されるワインのほとんどは、その長時間の輸送や気温の変化などに耐えるために、酸化防止剤を添加することが多い。一方、ナチュラルワインにおいては、酸化防止剤を一切使用しない、もしくは限りなく減らしている。葡萄以外の添加物がほとんど入っていないということは、その土地で育った葡萄の味わいを限りなくピュアに楽しめるわけだ。
つまりナチュラルワインとは、地球に優しく、かつ人間の身体にも優しいワインなのだ。
ナチュラルワインをベトナムに初輸入
日本国内では簡単に購入できるナチュラルワインだが、ベトナムではナチュラルワインを見かけることはほとんどない。その理由としては、インポーターにとってのリスクが高いためだ。と言うのも、ナチュラルワインは添加物をほとんど入れないため、同じワイナリーの全く同じ葡萄の品種でも、生産年によって味や品質が大きく異なることがよくあるのだ。その年の天候や、土壌の状態、葡萄の苗木の力にワイン作りを任せるナチュラルワインにおいて、年によっては「失敗作」も出るリスクがある。
また、酸化防止剤が入っていないため、輸送上の温度管理がうまくいかなければ、輸送中にワインがダメになってしまう、というリスクもある。そうした理由から、一般的なワインのインポーターはナチュラルワインの輸入に消極的なのだ。
そこで、Pizza 4P’sでは、こうした障壁に負けずに「ベトナム初」となるナチュラルワインを輸入しようとプロジェクトを立ち上げた。ナチュラルワイン自体がPizza 4P’sの食材や農業に対する考え方にマッチしていること、ベトナム人の方々に美味しいナチュラルワインを飲んでいただきたいという思い、などももちろんある。だが何よりも一番のきっかけは、Pizza 4P’s代表の益子自身がナチュラルワインが大好きだったからだ。益子は当時ののことをこう語る。
「ある朝目覚めたときに、ふと「ベトナムではナチュラルワインが飲めない」と気づいた。なんとかならないものか……。こうなったら自分で輸入するしかない……」
そこからすぐに、益子は日本でナチュラルワインを作る友人に連絡をとって情報を集めた。候補となるワイナリーを絞り、実際にサンプルを20本ほど取り寄せて試飲。そこからさらに初回の輸入に妥当と思われるイタリアのワイナリー1社、ボトル5本まで絞り込んだ。
益子の「朝起きたらベトナムではナチュラルワインが飲めないと思った」発言からおよそ1年後の2020年末、ようやくPizza 4P’sのお店でナチュラルワインを提供することができた。
しかし、ナチュラルワイン輸入に上述したような品質リスクがつきまとうという事実は変わらない。社内の会議でもそのリスクに対してどう向き合うべきかが検討された。結果、Pizza 4P’sでは、万が一お客様に提供した品物の品質に問題があった場合、「ナチュラルワインの特徴や品質の下がりやすさについてお客様に丁寧に説明させていただく」という対応をとることにした。
酸化防止剤が入っていないナチュラルワインを提供するからこそ抱えてしまうリスク。それをベトナムのお客様にも理解していただく過程において、なぜそういったことがナチュラルワインでは起きうるのか、そして大量生産されるワインに酸化防止剤や添加物を入れることでそういったリスクを減らすということはどういう意味なのか。そういったナチュラルワインの生まれた背景を学んでいただくようなコミュニケーションを心掛けている。
イタリアの小さな村で、地元民が日常的に楽しむ”地酒”的ワイン
今回輸入したナチュラルワインは、イタリア北部のワイン名産地エミリア・ロマーニャ州のもの。同州のピオッツァーノという小さな村で16年に渡りワインを作り続けるブラギエリ夫妻によって営まれる〈イル・ヴェイ〉というワイナリーで作られたものだ。
イル・ヴェイではボルドー液以外の農薬や化学肥料を一切用いない有機農法を実践。ワイナリーでも葡萄のプレス時にごく微量の酸化防止剤を使うのみ。ボトリング時には酸化防止剤を一切添加しないという徹底ぶりだ。
風光明媚な小さな村で、昔ながらの醸造を続けるイル・ヴェイは、今でも生産量のほとんどをワイナリーで量り売りしている。村人は自宅から大きなビンを持参してワイナリーを訪れ、希望のワインを購入する。そして家に帰って自分で小さいビンにボトリングし直すという昔ながらの買い方を今も続けている。彼らのワインはまさに、イタリアの小さな村で地元民が日常的に楽しむ地酒的なワインである。
生ハムやチーズなどを日常的に食べるエミリア・ロマーニャ州では、少々コッテリした食べ物に合うさっぱりした微発砲ワインの製造が昔から盛んだという。口の中で軽快に弾ける細やかな泡の入った微発砲ワインは、暑いベトナムでもスルッと飲めてしまう飲みやすさ。もちろん、Pizza 4P’sのチーズやピザとの相性もバッチリだ。
想いが詰まったワインを飲んで、飲む人の心にもインナーピースを
大量生産されたワインと、ナチュラルワインの大きな違いの一つは、生産者がどれだけの手間と想いを込めて畑と向き合っているか、だと筆者は考える。
農薬や化学肥料に頼らずに葡萄栽培を行うことは決して簡単ではない。その年の天候によっては、ちょっとした気候の変化によって全ての苗木がダメになってしまうリスクだってある。一本一本の葡萄の苗木と真摯に向き合い、生産者の愛情をたっぷり受けて醸造されるナチュラルワイン。そんな生産者の想いが詰まったワインを飲めることは本当に素晴らしいことだ。たった一杯のグラスワインでも、そんな生産者のこだわりに想いを感じながら飲む一杯は、きっとそれを飲む人の心にもインナーピースをもたらすことができると信じている。
今回、イル・ヴェイのワインをPizza 4P’sの店舗で提供するにあたり、彼らのこだわりを飲む人にもどうやって感じていただくかについて考えた。結果、Pizza 4P’sでは、来店客にもイル・ヴェイのワインのこだわりを感じていただくため、メニューの1ページをまるまる使ってル・ヴェイの写真と説明文んを掲載することにした。
ナチュラルワインという言葉自体がまだ理解されないベトナムで、今回こうしてナチュラルワインを初輸入できたことを非常に誇りに思う。しかし、今回輸入できたのは1つのワイナリーのみ。イタリアに限らず、近年世界中に素晴らしいナチュラルワイン生産者が増えている。地球にも身体にも優しい世界中のナチュラルワインを、これからもっとベトナムに広めていきたい。
筆者プロフィール:Pizza 4P’s Sustainability Manager 永田悠馬(ながた ゆうま)
1991年、神奈川生まれ。東京農業大学を卒業した後、カンボジアに渡航。2014年からカンボジアの有機農業や再エネ関連の仕事に携わったのち、2018年にベトナムへ移住。ケンブリッジ大学ビジネスサステナビリティ・マネジメントコース修了。現在はPizza 4P’sのサステナビリティ担当。著書に『カンボジア観光ガイドブック 知られざる魅力』。
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【参照サイト】 Pizza 4P’s
Edited by Erika Tomiyama