人の「得意」を発掘する。アートで人と社会をつなぐ「andand+」

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はじまりは、「嫉妬」だった。デザイン業界で長くキャリアを積んできてもなお、どうやったって敵わない、超越的なアート作品がある。誰にも媚びない表現の力強さと、飛び抜けた集中力でアウトプットした魅力が凝縮している、そんな太刀打ちできないクリエイティブに出会ってしまった。

「自分が描くと、どうしても悩んでしまうのに、悩まずにインスピレーションを表出化させることができるアーティストたちがいて、その人たちは描く疲れを知らずに、永遠と楽しそうに描いていたんです。」──その絵を描いたアーティストの多くが、知的障がいのある人々、だった。

そう話すのは、「andand+(アンド・アンド・プラス)」代表取締役兼ブランドプロデューサーである浅川浩樹(あさかわひろき)さんだ。浅川さんは、そんな自身を嫉妬させたほどの絵の創作現場である福祉施設を訪れたときに、ある衝撃的な光景を目にした。それが、事業をスタートさせるきっかけとなっている。あれほど自分を感動させた、施設にいる方々が描いたアートが、ダンボールに山積みになって廃棄されていたのだ。

世の中にはそんな、たとえアートを生み出す才能があったとしても、自らを「アーティスト」だと名乗ることができない人々がいる。それは、たまたま言語の発話が難しかったり、描いた作品の良さを見つけ出してくれる人が周囲にいなかったりと、理由はさまざまだ。

andand+は、そんな埋もれてしまっているクリエイターの才能を発掘し、アートをデザインしてプロダクトや空間に溶け込ませ、社会と接続させる機会を生み出している。浅川さんに、「事業への想いや生み出したい循環」そして「andand+が目指す、誰もが自分の得意を活かせる豊かな社会」について話を聞いた。

話者プロフィール:浅川 浩樹(あさかわ ひろき)さん

浅川さんINAX(現LIXIL) 住器事業部 浴室商品デザイン、コクヨファニチャー(現コクヨ)コクヨファニチャーで空間デザイン、Kom&Co.Design チーフデザイナー、2017年 Creative consulting A 創業、2019年に株式会社 and and plusを設立し、福祉施設等のアーティスト活躍を目指す。事業構想大学院大学 MPD修士取得、多摩美術大学 生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻。

未来を創るクリエイターを発掘したい

andand+は、福祉施設で描かれた後に誰の目にも止まらず埋もれてしまったアートを、企業活動で扱えるよう、経営資源に応じたスタイルにデザイン変換をする。たとえば、「優れているが、そのまま対象の商材にするには難しい」というアートの二次加工をデザイナーが行い、製品デザインとパターン(図版)を組み合わせて、商品やサービスを生み出し、アーティストが社会承認を得られる場を創出している。

2018 渋谷ロフト 間坂ステージイベント

2018 渋谷ロフト 間坂ステージイベント 協力:株式会社ロフト 株式会社 ROOTOTE  株式会社フジテックス 参加福祉施設:スタジオクーカ(神奈川県平塚市) / メジロック(東京都豊島区目白) アーティストマネジメント:Con*tio

福祉施設では、絵を描くことは就労訓練の余暇として行われており、施設の人々の気持ちを落ち着かせることが目的とされている。彼らは通常、ボールペンの組み立て作業などを行い、一ヶ月1万円を超えるか、それ未満の給与で労働の対価を受け取っているという。

「彼らのアートが適性に評価されれば、一作品できちんとした収入が得られる可能性があるのにも関わらず、彼ら彼女らは自ら機会を作ることができないうえ、機会が与えられることはありません。自分が『どうしても敵わない』と、嫉妬したほどの作品が捨てられていて、そんな“アーティスト”たちが、東京都の最低賃金にも満たない金額で働いているんです。」

浅川さんは課題提起をすると同時に、現代のクリエイティブ人材の大切さも強調する。手のひらの上でクラウドコンピューティングが動き続け、AI化が進む今、人の役割は得た情報から更なる「問い」を導き出すことではないだろうか。テクノロジーをベースに高い創造力を発揮するクリエイターこそが未来を創る、と。andand+は福祉事業に軸足を置いているのではなく、あくまでも非連続な発想で新しい価値を創造することができる「クリエイター活躍」を目指している。

「未来を創るクリエイターを発掘し、まだ日の目を見ていない優れたアーティストのアート作品を日常のプロダクトに浸透させ、アーティストの社会承認と活躍の機会を創りたいと思ったんです。」

浅川さん

浅川さん

アートの一部をイントロとして、企業と、社会とつなげる

andand+の特徴は、アートをそのまま使うのではなくデザインして「二次加工」することにある。アーティストから二次加工の許可を取ったうえで、これまでひとつの作品を仕上げないと社会とつながることができなかったアーティストたちにも活躍機会を広げているのだ。

「デザインの役割は、いろいろな利害関係や価値、想いを抽象化して足し合わせ、これまでつながらなかったものに意味や意義を定義して、新しい価値に変換して提示してみせること、つまり、新しいビジョンを提示することだと思います。そのアウトプットは、コンセプトでも、プロダクトデザインでも、空間デザインでも、WEBツールなどのコミュニケーション媒体でもいいんです。おかれている状況下で、最も魅力的で効果的なものを選択し、組み合わせることが、andand+の役割です。」

アートは、アーティストが自分の考えを絞り出して生み出していく「内発的な創造」が基本で、誰かの要望を反映して創作するのではなく、自らが描きたいものを、描きたい画材で好きに創作を行うものだ。そうした内発性を持ったものは、ごく一部の人には唯一無二の素晴らしい作品と感じてもらえても、多くの方々に受け入れられるのは難しい。andand+が担うのは、普及を促す中間的な役割だ。

「アートの良い部分を強調してイントロとして見てもらい、社会とつなげています」と、浅川さんは話す。andand+では原画の独占契約などは基本的に行っておらず、版権ロックもしていないため、プロダクトから原画のアートに興味を持ってもらえた際には、採用した法人と独占契約を取り交わしていなければ、原画を購入することも可能だという。

2020年12月竣工 Otemachi One 新築オフィス「食堂・カンファレンスエリア + 空間アートグラフィックス」施主:三井物産株式会社、三井不動産株式会社

パターンデザインで、人々をワクワクさせる

日本のアート市場の売り上げは、いまだ世界の1%未満に留まる。そんな小さな市場規模の中で、まだアートをそのまま取り入れることは難しいという。そこで、もっと人々にアートを世に普及させるために、アートをマリメッコのようなパターンデザイン(柄)として衣服や傘・バック、文具や雑貨などのプロダクトや空間内装材として、日常生活に馴染ませて使うほうがよいのではないかと、浅川さんは考えたのだ。

さらに、浅川さんがパターンデザインにこだわる理由はもうひとつある。日本文化は本来、パターンデザインが暮らしの中に溶け込み、柄を使いこなしながら心情を表現し、コントロールしていたのだ。日本人の伝統的な世界観に、儀式や祭などの非日常を「ハレ」、日常を「ケ」とする「ハレとケ」の文化がある。幕府から日常での派手な暮らしを抑制されるようになっても、裏地や小物などに派手な柄を隠し持ち、日常の中に取り入れていたほどだ。

それが高度経済成長期、企業による人の統制や西洋文化の流入や生産の効率化などにより、大量生産された均一で角質的なモノで溢れた。ミニマリズムの流行などもあり、削ぎ落として本質的な価値を研ぎ澄ませていく、本来のミニマリズムとも異なり、生産効率の追求から情緒的な価値や豊かさを表現しないモノが広がった。そんな今こそパターンデザインを日常に取り入れたいと、浅川さんは話す。

「andand+ではアートの高尚さは求めていません。私たちのチームのプロダクトや空間、媒体を通じて見た人が、心浮き立つようなワクワク感を感じて、いつもよりちょっと前向きに、新しい行動を起こすといったインタラクティブな状態を生み出すことを、アートと捉えています。」

たとえば、今日初めて着るコートの裏地にお気に入りのアート柄が施されていて、心が少し浮き立つ。なんとなく、今日はまっすぐに家から帰らずに友人に連絡をして会って帰ろうと思い立つ、いつもと違う自分がそこにいる。偶然そこで新しい出会いがあり、恋に落ちて、家族が生まれる。行動の変化から人生を大きく変える偶発性はいつも、そんな小さなきっかけから生まれてきた。小さな一歩を踏み出させるようなきっかけを、andand+のアートを通じて人々に届けたい。そうした想いから、andand+ではワクワクするアート作品が選定基準となっている。

「人って結局、感情の生き物ですよね。言語化できていない喜びや感動が、気づかないうちに自分の行動を大きく変えていくことって結構あると思うんです。『こうしてみたい!こうなったらどうなるんだろう』という欲求である内発性を、アートが感化してくれるんです。」

オフィス写真

2020年12月竣工 Otemachi One 新築オフィス「食堂・カンファレンスエリア + 空間アートグラフィックス」施主:三井物産株式会社、三井不動産株式会社

2020年12月竣工 Otemachi One 新築オフィス「食堂・カンファレンスエリア + 空間アートグラフィックス」施主:三井物産株式会社、三井不動産株式会社

収益が循環する仕組みを作りたい

原画を二次加工することに対して、アーティストの抵抗はないのだろうか。思い切って尋ねると、「作品を大幅にイメージ調整する際は、キュレーターと施設さんを介して都度確認を行っていますが、彼らは、絵を描くこと自体が楽しいので、そこにはあまり執着されないことが多いです。多くの方々に見てもらい、喜ばれ、社会とつがなることに喜びを感じてくださっています。」と、浅川さんは答えてくれた。

「アーティストさんもさることながら、社会とつながったことでご家族が喜んでくれます。この活動を通じて、周囲の方々の意識も変わり、ご本人の活動がしやすくなったり、認められる機会が増えて自己肯定感が満たされたりと、それを持続できる状態になることを目指しています。」

価値を「発見」することは、誰にでもできることではない。たまたま誰かが見つけてくれて一躍有名になるアーティストもいれば、周囲から認められずに、たとえ描くことが好きでもやめてしまう人だっている。人によっては親に『絵なんて描かなくていいから就労訓練して就職してほしい』と、言われてしまうアーティストもいるという。

「前に、ある福祉施設さんでお話を聞きました。東京で個展を開いたところ、はるばる遠くからお客さんが来て、絵を買ってくださった方もいるくらい、人気が出たんです。そうして親御さんもやっと、その生徒さんの絵の良さに気がついたんですよね。周囲に認められ、褒められるようになった生徒さんはますます描く喜びを噛み締めて、イキイキと絵を描くようになったそうです。」

職員さんの話によると、その施設の生徒さんは今では絵を描くことはやめたそうだが、それは心が安定したからではないかと、浅川さんは続ける。

「アーティストが描き続けることが目的ではないんです。何年前かに描いたアート作品をデザインして社会とつなげる形にして、ロイヤリティをあげる。そうすると、親に何かがあっても、そのロイヤリティで生活を支えることができるようになります。理想的にはそのロイヤリティモデルで、持続的に収益が循環する仕組みを目指し、最終的にはお金だけではない対価を循環させてエコシステムを作りたいです。」

アート作品を生み出すことに負荷をかけてしまうと、福祉施設の職員さん方は通常の仕事で手いっぱいなため、継続することが難しくなってしまったり、アーティストさんは、内発的な創作行為から、相手に合わせた受託仕事になってしまったりする。施設にいる人々の日常を変えずに、活動を続けたい。特殊なことにエネルギーを割くのではなく、たまたまできたアート作品を、andand+のキュレーターを通してプロダクトにデザインして落とし込む。それが、浅川さんの考えだ。

「利益を生むことや、社会承認を得ること、自分の役割を見つけること、雇用を生むこと、それをみんなでやっていきたいんです。できないことを素直に宣言して、できることをやっていく社会が理想。無理して、見栄を張らない。私は、見栄っ張りで負けず嫌いで、恥ずかしい思いをたくさんしてきました。できないのにできるって言っちゃったりして。でもそうじゃない世界があってもいいと思う。自分ができることをのびのびとやったらいいって思うんです。」

みんなそれぞれ凸凹があって、得意不得意があることは当たり前

美大を卒業し、企業やデザイン会社などに長年勤め、素晴らしい創作物をたくさん見てきた経験のある浅川さんが、日常生活に障がいを持つ人々の作品を見てこれほどまでに驚かれたのは、一体なぜだったのか。andand+でのアートの選定基準を、浅川さんに尋ねてみた。

「プロのアーティストの作品はメッセージ性が強く、素晴らしいのですが、ずっと見ていたらくたくたになりますよね。でも、施設にいる彼ら・彼女らの作品は特に感じ方を強いるようなメッセージがあるわけではなく、見方やアートへの造詣の有無を選ばないんです。そんな、フレンドリーで優しいところがいいんです。美術史や社会的背景の文脈などを作品に込めるようなメッセージ性がない作品には逆に、今アーティスト自身が見ている心情が表現されるんですよね。」

見た人に、とにかくワクワクして欲しい。日常生活に障がいのある方の絵だと気づかなくていい。ワクワクするから使う。そこに喜びを感じてくれる人がいるのなら嬉しい。──「ワクワク」という言葉を、そう浅川さんは話の中で強調した。

「『障がい』という言葉に、僕は違和感を持っています。みんなそれぞれ凸凹があって、得意不得意があることって、当たり前なんじゃないかな。何をもって、障がいというのでしょうね。その定義がわからないまま、障がいだと言われても困りますよね。たとえば、僕だって心理テストをやったら変だと思うんですよ。昔から大勢に混ざるのが得意じゃないですし。障がいって、単なる『特徴』だって思うんです。」

「障がい」とは、抽象的な言葉だ。ある日突然バイオリンが演奏できるようにはならないし、難しい数式を解けるようにもならない。できないことを障がいと呼ぶのなら、誰だって、何かしらの障がいがある。個々に、得意不得意の差が大きく違うだけなのではないだろうか。

「福祉施設にいる人々はみんな純粋で、たまたまお伺いした施設さんでは、朝に送迎で到着するなり、笑顔でハグをして、とっても嬉しそうでした。人間らしくて、素敵なんです。」

描き下ろし前掛けアート

描き下ろし前掛けアート:アーティスト / 東 美名子(東京) ※2021年2月中旬〜4月末クラウドファンディング Makuakeで販売予定

「誰も頑張らない世界」を持続したい

会社名になっている「andand+」。その意味は、足して、足して、さらに加える、ということ。

「会社一つをとっても、与信など何かネガティブな部分があったら、その会社とは組めない、というのが今の世界ですよね。でも、この人材不足かつ変化の激しい時代に、イノベーティブな物事を興そうとするならば、そうではないと僕は思っているんです。色々な得意分野を持っている人たち同士がつながったら、いわゆる売れっ子と言われる人々の能力を超える、最強チームもできる。ひとりで敵わないのなら、チームで足し合わせたらいいんです。」

人間誰しも、得意な部分も不得意な部分もある。たまたま日常生活で不得意な部分がある人がいる。それは障がいなんかじゃない。その人はもしかしたら、絵だったら得意かもしれない。浅川さんが想い描くのは、得意不得意がある中で、プラスの部分を生かして、誰もがイキイキと暮らせる世界だ。そんな組織を作りたいと願い、付けられたのが「andand+」だという。

そんな浅川さんは、「事業を無理に成長させるというより、広がって繁栄させたい。」と、話す。

「たとえば、アーティストがたくさん在籍している施設だけれど、互いに目指したい姿が異なる場合は、無理して一緒にはやりません。それが、それぞれのビジョン実現のための歩み方ですし、持続の秘訣ですかね。描いてくださる施設さんや職人さんにも頑張らせない。いつものペースでやってもらって、気付いたら収益を上げて分配していくような。誰も頑張らない世界を持続したい。」

「埋もれてしまっているクリエイターはたくさんいて、本当にやりたい仕事と出会えない人がいる。活躍機会が本当はもっとあるはずなのだから、うまく世に出ていない方々と、プロダクトをうまく組み合わせながら、活躍する機会、そして人々がワクワクする場所をつくりたい。andand+を、ツールとして、みんながワクワクしたり、自分たちの自己表現の手段の一つとして使ってもらえたらいいなと思います。」

編集後記

「私、みんなが気がつかない面白さを見つけて、共感してもらうことが大好きなんです。」

そんな浅川さんの話から、「見つけること」の尊さを改めて感じた。「あなたのここが素敵で、この能力は、唯一無二だよ」そんなふうに声に出して自分に教えてくれる人がいるだけで、救われることがある。言葉にしてくれる人がいることで、価値が存在するようになり、それによって自己肯定感が満たされたり、それが社会にとって価値のあるものだと認識されるようになったりする。

そうした社会とつながり、活かされるべき「特徴」は、人間誰しもが持っている。世の中から人々のそんな特徴が発掘され、足し合わせて多様なチームとなることで、最強なチームになる。そんな、andand+が目指すような優しいチームが増えていくことで、誰もがありのままの自分で社会とつながることができる世界が、実現するのではないだろうか。

[2020年12月竣工 Otemachi One 新築オフィス]
空間デザイン・監修 :コクヨ株式会社 佐藤 航 浅野 里紗 藤田 敦
食堂エリア:アートディレクション・彫刻・デザイン 渡辺 元佳
カンファレンスエリア:アートディレクション・デザイン A&M 藤田 あかね HAYASHI MARIKO 佐野 瞳 
フラワーアーティスト: AZU KIMURA
絵画キュレーション・デザイン: andand+ 浅川 浩樹 + Con*tio 山口 里佳  杉 千種
アーティスト:東 美名子 松下 ゆき子 ケリー・幸太・エドワード(認定NPO法人アール・ド・ヴィーヴル) 石川 伊智郎(目黒区立大橋えのき園)

【参照サイト】 andand+

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